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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
宇佐美 紬編

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シーン24:『約束のパズルと、五層の冷扉』

 ダンジョン第三層、第四層を、風のように駆け抜けてきた二人の足跡は、上層の終着点――第五層のボス部屋へと続く、凍てついた大回廊へと辿り着いていた。


 壁面の魔力灯が放つ薄青い光が、霜の降りた石畳の上に二つの影を長く落としている。通路の奥からは、重々しく圧倒的なボスの魔圧が、冷気となって吹き抜けていた。


『ギャハハハッ! 聞いたかよ薫ちゃん! 落とし穴の壁飛びの切り抜きがクソほどバズって、待機画面の時点で同接五万超えだ、五万超え! チョロいバカどもがウサギちゃんに脳を焼かれてやがる。今回で上層ボス突破ってことになりゃ、あのメスの商品価値はさらに跳ね上がるぜぇ! 頼んだぞ薫ちゃん、しっかり煽ってカネを巻き上げろよ!』


 薫の耳の奥に仕込まれた極小インカムから、事務所のコントロールルームにいる統括ディレクター・栂野とがのの、下卑たダミ声が不快に響く。


 薫は表情を変えず、インカムの音量を極限まで絞り込んだ。ノイズを脳内から締め出し、二本のククリナイフの刃を熱心に確かめている宇佐美紬うさみ つむぎへと、優しい視線を向ける。


「……あの、薫ちゃん」


 配信が始まる前のわずかな静止時間。紬は前髪についた木彫りのウサギの髪留めを小さく揺らしながら振り返った。その瞳には、隣に立つ相棒への絶対的な信頼だけが輝いている。


「ここを突破したら、いよいよ中層だね。……私、薫ちゃんが隣でカメラを構えてくれてるって思うと、本当に、どこまでも飛べる気がするんだ」


「ふふ、あったり前じゃない。私は世界で一番、紬ちゃんを格好よく撮るカメラマンなんだから。……あ、そうだ。紬ちゃん、ちょっとじっとしてて?」


 薫は私物バッグから、リボンのついた小さなガラス瓶の保湿クリームを取り出した。


 自分の唇へと薄く馴染ませた後、指先に新しく少量をとり、ダンジョンの冷気で少しカサついている紬の唇へと、そっと優しく塗り広げてあげる。


「ふぇ……? あ、ありがとう、薫ちゃん。すっごく……いい匂い」


 至近距離で重なる視線。指先から伝わる、生きている人間の生々しい温もり。紬は気恥ずかしそうにはにかみながら、自分の唇に手を当てた。


「オシャレな女の子は、いつだって完璧じゃないとダメだよ? ……それに、忘れてないよね? 私たちの、あの約束」


「忘れるわけないよ! 【12月24日】、私の誕生日。薫ちゃんと二人でクリスマスパーティするんだもん!」


 紬はパッと顔を輝かせ、嬉しそうに小指を差し出した。


 薫は差し出された少女の小指を見つめ、チェス盤の底を激しく削るような重いノイズを押し殺しながら、自分の細く白い小指をそっと絡めた。


「ええ、約束よ。……じゃあ、始めよっか」


 薫は一歩下がって重々しい黒塗りの業務用メインカメラをしっかりと構えた。


 髪を耳にかける仕草で、自分の頭部にあるお揃いのウサギの髪留めに仕込まれた隠しカメラのシステムを完全に同期させる。


 手元のスイッチを押し下げると、レンズの脇でランプが血のように赤く点灯した。配信開始の合図だ。


「――はーい、リスナーのみんな、お待たせしました! カメラマンの薫だよ。私たちはついに、第五層のボス部屋の前に辿り着きました! 今日も私の大好きな親友、紬ちゃんが、最高の二刀流でみんなを魅了しちゃうからね!」


 薫が華やかに声を張り上げ、滑らかに業務用カメラを傾けると、横に並んだ宇佐美紬がお揃いのウサギの髪留めを揺らしながら、一歩前に出て元気よくカメラへ拳を突き出した。


「やっほー、みんな! つむぎだよー! いよいよ上層最終決戦、薫ちゃんと一緒に絶対に勝つから、みんな熱い応援よろしくねー!」


『上層ボス決戦きたああ!』

『お揃いの髪留め尊すぎるだろまじで!』

『タイトル【二人で挑む、上層最終決戦!】ってエモすぎ!』

『同接もう六万超えてるぞ! 紬ちゃん頑張れ!』


 画面の向こうでリスナーたちが歓喜し、コメント欄がものすごい速度で流れ始める。

 その熱狂を背に受けながら、紬は二本のククリナイフをシャキンと引き抜き、巨大なボスの大扉を見据えた。


「薫ちゃん。私、迷わずに跳ぶから――私のこと、ちゃんと見ててね!」


「ええ、一秒のブレもなく、最高のアングルで捉えてあげる。……いってらっしゃい、私の可愛いウサギさん」


 重厚な石の扉が、地鳴りを立ててゆっくりと左右に開き始める。


 中から溢れ出してきたのは、肌を切り裂くような凶悪な魔圧の嵐。


 少女が弾丸のように地を蹴って飛び込んでいくその背中を、薫は完璧な神アングルでファインダーの中に収めた。自らの胸の奥で大きくなっていく、不穏な音を必死に押し殺しながら。


 大扉の向こうに広がっていたのは、大聖堂を思わせるほど広大で、冷え切った円形の石造りドームだった。


 天井からは無数の歪な鉄柱や滑車がぶら下がり、そこへ、幾重にも絡み合う太いワイヤーが蜘蛛の巣のように部屋全体を覆い尽くしている。


 その巨大な空間の中央、宙吊りになった錆びついた鉄の檻の上に、そいつは座っていた。


 破れた黒い燕尾服を纏い、顔には引きつった笑いピエロの仮面を貼り付けた、異常に細身の人型モンスター。関節が生き物とは思えない奇妙な角度に折れ曲がり、主人の意志とは無関係にピクリ、ピクリと小刻みに揺れている。


 上層の主――『パペット・マエストロ(骸糸の道化師)』。


「ギ……、ギギギギギッ……!」


 仮面の裏から、木製の人形が擦れ合うような不気味な鳴き声が響いた。


 次の瞬間、マエストロの十本の指先から、魔力によって白く発光する極細の糸――『骸糸』が爆発的に撃ち放たれ、周囲の鉄柱やワイヤーへと一瞬で強固に結びつけられた。


 パンッ! と空気が弾けるような音がしたかと思うと、ボスの身体がゴムまりのように四方八方へと引き飛ばされ、目にも留まらぬ速度で空中を縦横無尽に走り始めた。残像だけを残して、ドームの壁、天井、鉄柱の間を弾丸のようにバウンドしながら、紬の頭上へと肉薄する。


「わわっ!? 上空から燕尾服!? 薫ちゃん、なんか空中をバウンドしまくってる変な道化師がいるよーっ!」


「落ち着いて、紬ちゃん! 敵は空中を跳ね回って死角を狙ってくるわ! でも、紬ちゃんのスピードなら絶対に捉えられる!」


「うん、了解っ! 薫ちゃんのカメラの前で、無様なところは見せられないもん!」


 薫は完全な丸腰のまま並走し、配信マイクへ拾わせるように頼れるお姉さんの声を響かせた。紬はそれに小気味よく応えながら、戦闘のギアを一気に引き上げる。


 マエストロが空中で指先を激しく躍らせると、空間に網の目のように張り巡らされた見えない糸が、鋭利な刃物と化して一斉に襲いかかってきた。


「ひゃああっ! 今度は見えない糸!? ちょっとこれ、本当に嫌がらせがすぎるってばあ!」


「左上から三本、右から四本よ、紬ちゃん! 刃線ラインを見切るの!」


「そこだっ……!!」


 薫の鋭い指示に弾かれるようにして、紬は二本のククリナイフを交差させた。


 相棒の声を完全に信頼し、迫り来る不可視の糸の軌道を「直感」だけで鋭く読み切り、湾曲した刃でそれを受け流す。


 ガガガガガガッ! と、凄まじい金属摩擦音と共に火花が散り、石畳の床が糸の風圧だけでズタズタに切り裂かれていく。


『うおおおお! ボスかっけえけど速すぎ!』

『ナイフの子の反応速度どうなってんだよ! 火花ヤバい!』

『てかこれ空中戦か!? 逃げ場ねえぞ!』

『画面の臨場感半端ない! カメラマンさん的確すぎる!』


 同接数が瞬く間に七万を突破する中、薫の超人的なカメラワークが冴え渡る。


 完全な丸腰でありながら、ボスの超高速移動によって発生する衝撃波や、空間を飛び交う見えない糸の弾道を、ミリ単位のステップでひらりと紙一重でかわし続ける。


 業務用メインカメラを両腕に固定したまま、糸の檻の隙間をすり抜け、紬の決死のブレードワークを最も美しく、最も迫力のあるローアングルから捉え続けていた。


「ギギッ! ギハハハハッ!」


 空中を舞う道化師が、さらに指先を引き絞る。

 天井の鉄柱に繋がれたワイヤーが強烈に巻き取られ、マエストロの身体が急降下しながら、紬の死角である背後から、鋼鉄をも容易く切断する極細の糸の束を鞭のように振り下ろした。


「うわわっ、後ろから鞭みたいに糸が降ってきたぁ! させないんだからねっ!」


「紬ちゃん、そのまま前方のドーム壁へ跳んで!」


「いっけぇぇぇーー!!」


 紬は地を蹴った。


 薫の指示通り、前方のドーム壁へと飛び込むと、その垂直な石壁を両足で強く蹴りつけた。


 鮮やかな『壁飛び』。


 重力に逆らうように空中へと弾丸のように舞い上がった紬は、そのままの勢いで、ワイヤーの上で体勢を立て直そうとするマエストロの懐へと猛スピードで突撃していく。


「いい画角よ、紬ちゃん! そのままあの子を捕まえちゃいなさい!」


「あぶなーい! でも空中なら私の勝ちだよ! 捕まえちゃうんだからっ!」


 空中で交錯する、少女の二刀流と、道化師の放つ無数の骸糸。


 ククリナイフの刃がマエストロの燕尾服を深く引き裂き、木製の肉体からガリガリと鈍い音が響く。だが同時に、ボスの指先から放たれた強靭な糸の束が、紬の軽いレザーアーマーの肩口を掠め、生々しい鮮血が宙へと舞い散った。


「うぅっ……痛っ! ちょっと、オシャレな服が破けちゃったじゃないっ!」


 薫の人差し指が、ほんの一瞬だけ、強烈に強張った。


 プロとして何千回と戦場を覗いてきても乱れたことのない指先が、あの子の流血を見た瞬間に、ほんの僅か、数ミリだけ操作を誤りかける。


 激しく切り結びながら、二つの影は同時にドームの床へと着地し、再び距離を取る。


 紬は肩の傷を小さく押さえ、痛そうに顔をしかめながらも、ククリナイフを握る手はピクリともブレていなかった。


 対峙する二人の戦闘能力は、ほぼ互角。上層の最深部で、目にも留まらぬ超高速の極限のスピード戦が、いま完全に火花を散らして開幕していた。

【あとがき】


「配信(シーン24)を見てくれてありがとう。カメラマンの千歳薫よ。


 ついに第五層、上層最後のボス戦。


 空中を飛び回る道化師に、鋼鉄まで切り裂く見えない糸。


 ふふ、なかなか画面映えする相手でしょう?


 それにしても紬ちゃんったら、私が『跳んで』って言っただけで、本当に迷いなく飛んでいくんだもの。


『薫ちゃんが見ててくれるから、どこまでも飛べる』


 ……本当に、困ったウサギさん。


 まあ、ちょっとくらい肩から血が出たって大丈夫よ。


 私のカメラは――ちゃんと、あの子を追えていたんだから。


 …………。


 ええ。


 ちゃんと、ね。


 画面の前の、そう、そこのあなた!


 空中を飛び回るウサギさんと道化師の超高速戦が気に入ったなら、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい。


『面白かった!』

『続きが気になる!』


 と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私への『最高額スパチャ』も忘れないでね?


 もちろん今回も、フェイク抜きの贅沢な本物の星5個でお願い。


 みんなからの熱い【感想】も大歓迎よ。


 それじゃあ、次の配信(シーン25)で会いましょう。


 上層の主との戦いは、まだ始まったばかり。


 紬ちゃんがどこまで飛べるのか――。


 私が、一秒も目を逸らさず撮ってあげる。


 うふふ。それじゃあ、またね♡」


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