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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
宇佐美 紬編

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20/29

シーン19:仮面を剥ぐ部屋、外の冷気

 第一層の青白いダンジョンゲートをくぐり抜け、夕暮れ時の赤橙色に染まる地上へと戻ってきた二人の間には、まだ先ほどまでの初配信の熱狂が心地よく残っていた。


 初配信の興奮が冷めやらないといった様子で、二人は並んで駅の改札へと向かって歩いていた。紬は何度も小さく拳を握りながら、何度も薫の顔を見上げた。


「本当に、夢みたいだったなぁ……。私、あんなにたくさんの人が見てくれて、応援のコメントをくれたの、初めてだよ。薫ちゃんが隣にいてくれたから、全然怖くなかった!」


「ふふ、だから言ったでしょ? 紬ちゃんにはちゃんと特別な才能があるんだって。都会のリスナーだって、紬ちゃんのあの格好いい二刀流を見たら、みんな一瞬でファンになっちゃうんだから」


「都会の魔物、地元のダンジョンより動きが早くてちょっとびっくりしたけどね。でも、薫ちゃんが完璧なアングルで追ってくれてるって思ったら、なんだか不思議と身体が軽くなって、ククリナイフがいつもより綺麗に振れた気がするんだ」


 そんな他愛のない、同世代の女の子らしい初配信の感想を語り合いながら歩くうちに、紬はふう、と自分のレザーアーマーの襟元をパタパタと手で煽った。


「あー、でも、夢中で動き回ったから、汗で全身ベタベタになっちゃった……。早くお風呂に入りたくなっちゃったな」


「あ、それならさ、この後一緒に近くの銭湯に行かない? 昔ながらのすごく落ち着くお気に入りの場所があるんだよね。大きなお風呂で足を伸ばしたら、今日の疲れなんて一発で吹っ飛んじゃうよ!」


「えっ、薫ちゃん銭湯!? うん、私、一緒に行きたい!」


 子供のように嬉しそうに目を輝かせる紬を見て、薫は優しく微笑み、自分の肩に食い込んでいる黒い肩掛けバッグの紐を直してみせた。


「じゃあ決まりね。一度私の事務所に寄ってもいい? この業務用カメラの機材が結構重いから、置いてきちゃいたいんだよね。紬ちゃんは事務所の外の道でちょっと待っててくれる? すぐに機材を置いて、銭湯に行く準備をして戻ってくるから!」


「わかった! じゃあ、外の道で待ってるね、薫ちゃん!」


 駅へのルートから少しだけ進路を変えて辿り着いた、クローバー撮影事務所の古びた鉄の扉の前。紬を屋外の冷たい夕風が吹く道に残し、薫は「すぐ戻るね」と言い置いて、一人で静かに鉄の扉を押し開けた。


 扉が閉まり、カチャリと鍵が閉まる音が響いた、その刹那。


 薫の顔から、つい先ほどまで紬に向けていた温かく気さくな「友達の笑顔」が、まるではがれ落ちるように綺麗に消え失せた。その瞳は一瞬にして、極寒の氷のようになんの感情も宿さない冷徹な大人のものへと戻る。


 スニーカーの底を静かに鳴らしながら一階の綺麗な応接室を素通りし、二階のコントロールルームへと階段を上がっていく。


「おかえり、薫ちゃん。相変わらず反吐が出るほど完璧な女子会ゴッコだったぜ。あのガキ、完全にテメエをお友達だと思い込んで外で健気に待ってやがる」


 二階に足を踏み入れた薫を迎えたのは、ウイスキーのグラスを回す栂野の、いつも通りの薄汚い声だった。薫は肩から重い業務用カメラのバッグを丁寧に下ろし、デスクの上へと静かに置いた。それから、自分の頭に付けたままのウサギの髪留めにそっと触れ、千早のデスクへと歩み寄る。


「千早ちゃん、これ。今の配信データ、同期をお願いね」


 薫は頭から髪留めを優しく外し、千早へ丁寧に手渡した。千早はそれを両手で受け取ると、手際よくパソコンへと接続し、状況説明や今後の話をしながら髪留め型カメラの内部データをシステムへと同期させ始める。


薫は応接ソファへ深く腰掛け、長い足を組むと、冷酷な搾取のシステムを誇るモニターの光をその美しい瞳に反射させた。


「ビジネスよ、栂野さん。あの手の純朴なタイプはね、少しでもビジネスの壁を感じさせたら一瞬で逃げちゃうの。外で大人しく待たせてあるから、手短に報告を終わらせて」


 千早の感情の消えた指先がガガガ、とキーボードを叩き、初配信のデータ画面を中央に引き出す。


「お疲れ様です、薫さん。今回の配信の収益結果および同期データの集計が完了しました。同接数は最大で4万人を突破。チャンネル登録者数の増加率は予測値を15%上回っています。そして、配信終了時の高額投げ銭ラッシュを含めた、今回のスパチャの総売上は、日本円換算で【312万円】を記録しました」


「ギャハハ! 初配信で300万超えかよ! 素晴らしい売上だ、やっぱりスピード職の演出はチョロい観客どもの財布を抉るには最高だな!」


 栂野が下卑た笑い声を室内に響かせる中、千早は眉ひとつ動かさずに画面の数字を更新していく。


「これより、契約書第4条に基づき収益分配の自動天引きプログラムを実行します。総売上312万円から、我が社の取り分として70%の218万4000円を回収。残る30%、93万6000円が宇佐美紬の取り分です。そこから月額固定手数料20万円を自動天引き。これにより、今回の実質的な手残り分配金は【73万6000円】として個人口座へ同期されました。なお、次月以降もこの固定手数料は自動で天引きされ、不足分は実家の両親の連帯保証枠から差し押さえられます」


「ふふ、十分すぎる手残りじゃない。あの田舎者にとっては大金よ。これで、あの子はもっと私とこの事務所を盲信して、引き返せなくなるわ」


 薫は冷淡に唇の端を吊り上げ、満足げに喉を鳴らした。栂野はウイスキーを喉に流し込み、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら薫を見つめる。


「急がずに、一度地上を挟んで泳がせる判断も大正解だぜ、薫ちゃん。あまり急にダンジョンを進むのはリスナーの『焦らし効果』を薄めるからな。このまま地上イベントであいつの脳を焼き続け、依存度を極限まで高めてから、予定通り中層の深淵で最高値でロストさせる。完璧なシナリオだ」


「当然よ。あの子はもう、私のカメラと、私の優しい言葉なしじゃ、まともにナイフを振るうこともできない身体になってるわ。ここからは、さらに心の防壁を溶かしてあげるわ」


 千早の処理が終わり、薫は同期が完了したウサギの髪留めを受け取ると、愛おしそうに自分の頭へと再び付け直した。紬のもとに戻る準備のために私物バッグから着替えの入った小さなポーチを手に取るその横顔には、再びあの優しくて温かい「友達の仮面」が、瞬時に、完璧に張り付けられていく。


 その頃。


 薄暗くなり、冷たい夜風が吹き抜け始めた事務所の外の道で。


 宇佐美紬は、寒さに身を震わせながらも、自分の頭にあるお揃いのウサギの髪留めを、何度も何度も指先で優しく触っていた。


「薫ちゃん、まだかなー……。早く大きなお風呂に一緒に入りたいな……」


 都会に出てきて初めてできた、自分を救ってくれた最愛の「友達」。


 その友達が、二階の部屋で自分の命と資産をいかに高く売り抜くかの冷徹なビジネスデータを叩き出していたとも知らずに、少女はただ純粋に、これからの幸せな未来を夢見て、寒空の下で笑顔のまま待ち続けていた。


 新たなる商品を中層の深淵へ引きずり下ろすための仕込みは、地上という名のもう一つの檻の中で、さらにねっとりと、残酷に深まっていくのだった。


「配信を見てくれてありがとう! カメラマンの千歳薫よ。


 配信が終わった後も、『楽しかったね、薫ちゃん!』なーんて目をキラキラ輝かせながら、一緒に行く銭湯を楽しみにして外の道で健気に待っている紬ちゃん。


 画面の前のあなたも、あの子の純粋な笑顔を見て、ついつい心がホッコリしちゃったんじゃないかしら? うふふ。


『あの子の取り分、ちゃんと残してあげて!』『二人の銭湯イベントの続きが気になる!』


 そう思ってくれた画面の前の、そう、そこのあなた!

 その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい!


『面白かった!』『クローバーの冷徹な天引きシステム、相変わらずエグくて最高!』


 と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私への『最高額スパチャ』を投げてくれたら嬉しいわ。


 お揃いのウサギの髪留めを愛おしそうに触って待っているんだから、本当に無邪気。


 私の頭のウサギが、千早ちゃんの仕込んだ『隠しカメラ』だとも知らずにね。あの子が外の冷気の中で私の帰りを信じて待てば待つほど、画面の向こうのあなたたちは「紬ちゃんが可哀想……」って、胸を締め付けられちゃうのよね……。


 「『紬ちゃん可哀想』『薫最低』といった感想も大歓迎よ!」

 さあ、防壁を完全に溶かされたウサギさんと行く、お楽しみの銭湯パートはどうなっていくのか――次の配信も、楽しみにしててね♡」


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