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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
宇佐美 紬編

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19/26

シーン18:『レンズを曇らせる、甘い嘘』

 翌朝、冷たい朝霧が漂う第一層のダンジョンゲート前。

 宇佐美紬はガチガチに緊張した面持ちで立ち尽くしていた。

 都会に出てきてから何度も通ったはずのゲート。しかし、今日からは違う。世界で唯一、自分を認めてくれた「友達」が一緒に潜ってくれるのだ。その期待と、失敗したらどうしようという焦燥感で、紬の心臓は破裂しそうなほどに激しい鼓動を刻んでいた。


 その時、視界が不意に真っ暗になり、背中からふわりとした温かい温もりに包み込まれた。


「だーれだ? 朝早くからそんなに肩をすぼめて、迷子のウサギさんみたいになってるよ?」


後ろから目隠しをするように不意打ちで抱きしめてきたその声に、紬は飛び上がるほど驚いた。だが、それが誰の声なのかに気づいた瞬間、その硬直した顔が一気に弾けるような笑顔へと変わる。


「ひゃっ!? ……もう、薫ちゃん! びっくりさせないでよ!」


 目隠しを外して振り返ると、そこには昨日と同じ、カジュアルなパーカーを身にまとった薫が、いたずらっぽく笑って佇んでいた。薫の肩には、大きな業務用配信カメラが収まった、黒い肩掛けバッグのようなケースがどっしりと掛けられている。


 紬は薫の姿を見て、すぐにその頭部へと視線を吸い寄せられた。薫の綺麗な黒髪のサイドを留めているのは、昨日、あの雑貨屋で二人でお揃いで買った、あのシンプルな木彫りのウサギの髪留めだった。


「あ……! 本当につけてくれたんだ、薫ちゃん! 見て見て、私も!」


 紬は嬉しそうに声を弾ませ、自分の前髪をちょこんと留めている、全く同じデザインのウサギの髪留めを指差して笑った。


 自分と、大好きな友達を繋ぐ、世界にたった一対だけのお揃いの宝物。


 しかし、その光景が薫の頭のウサギ――千早の手によって、超小型の高性能レンズと集音マイクが完璧に仕込まれた「最悪の覗き穴」を通して事務所に大写しになった瞬間、薫の耳の奥の超小型インカムから、品性の欠片もない男の笑い声が響いてくる。


『ギャハハ! 最高だな、おい! 正確に言えばお揃いじゃねえけどな! 片方は最高級の盗撮器だ! 相変わらずゾクゾクするような仕込みをしてくれるぜ、薫ちゃん』


 栂野の下卑た声を完全に無視し、薫は紬のウサギの髪留めを優しく指先でつつきながら、どこまでも温かい、同世代の友達の笑顔を浮かべた。


「あったり前じゃない。紬ちゃんとお揃いだもん、絶対につけるって約束したでしょ? さあ、中に入る前に、少しお喋りしながら歩こ?」


「うん!」


 二人は並んでダンジョンの大穴へと歩みを進める。緊張をほぐすように、薫が気さくに話しかけた。


「そういえば紬ちゃん、今朝のご飯は何食べたの? 私はね、コンビニの甘いチョコクロワッサン」


「あはは、薫ちゃん朝から甘い物なんだ。私はね、地元の実家から送られてきたお米で、小さい塩むすびを作って食べてきたよ。まだ都会のオシャレな朝ごはんには慣れなくて……」


「えーっ、塩むすび最高じゃん! 今度私にも作ってよ」


 そんな他愛のない会話を交わしているうちに、紬の表情からは自然と余計な強張りが消えていった。


 いよいよダンジョンの入口の青白い光が見えてきたその時、薫は肩掛けバッグの入れ口から、重々しい黒塗りの業務用配信カメラを滑らせるようにして取り出し、どっしりと両腕で構えた。そのプロ仕様の威圧感に、紬は少しだけ身を硬くする。


 そんな紬の様子をファインダー越しに覗きながら、薫は優しく、歌うような声で語りかけた。


「これからダンジョン配信を始めるから、カメラ回すね。でも、全然緊張しないで大丈夫だよ? カメラなんて気にしないで――私だけを見ててね?」


「……うん。薫ちゃんだけを、見てる」


 その甘い言葉に完全に守られていると錯覚した紬は、深く深く頷いた。

薫が手元のスイッチを入れると、業務用の赤い録画ランプが点灯し、それと同時に薫の頭のウサギ(隠しカメラ)のシステムも完全に同期した。


『冷たい都会で、初めてできた私の友達。二人で挑む、Re:スタート配信!』


 千早が用意した最悪のタイトルがネットの海に浮上し、配信が開始される。


『お、始まった!』

『Re:スタート配信って何だ?』

『隣の女の子、めちゃくちゃ可愛いじゃん』


 画面の向こうで観客リスナーたちのコメントが、凄まじい勢いで流れ始める。


「みんな、おはよー! カメラマンの薫だよ。今日はね、私の大っっ好きな、自慢の友達をみんなに紹介したくて配信を回してます! ほら、紬ちゃん、みんなに挨拶して?」


 薫にカメラを向けられ、紬は全身をガチガチに震わせながら、カメラに向かってぎぎこちなく頭を下げた。


「あ……う、宇佐美紬です! 二刀流で……その、頑張ります、ので……よろしく、お願いします……っ」


「ふふ、みんな見て? 紬ちゃん、実は配信の前、緊張しすぎて私に『薫ちゃん、足が震えて一歩も動けないよ〜』って泣きついてきたんだよ?」


「ちょっと、薫ちゃん!? そんなこと言ってないよー! もう、嘘つかないでよ!」


 顔を真っ赤にして慌てて否定する紬。それを見て、薫は「あはは、冗談冗談!」と鈴を転がすように快活に笑った。


「でも、ほら。緊張、ほぐれたでしょ?」


「あ……」


 紬はハッとして、自分の身体から余計な強張りが消えていることに気づいた。どこまでも自分のために動き、自分を導いてくれる薫への絶対的な信頼が、その胸の中で確固たるものになっていく。


『……なんだこの神空間』

『仲良しかよw最高か?』

『ナイフの子、焦ってるの可愛いじゃん』


 コメント欄が早くも「お揃いの嘘」に脳を焼かれ、狂熱を帯び始める。


「それじゃあ――紬ちゃんの本当の凄さ、みんなに見せてあげようか!」


「うん……っ! 行ってきます!」


 ダンジョンの第一層に生息する獰猛なニードル・ウルフの群れが、牙を剥いて飛びかかってくる。

 紬の身体が、風のように地を蹴った。


 斥候職ならではの圧倒的な敏捷性。腰から引き抜かれたククリナイフの二刀流が、鮮やかな残像を描いて狼の肉を切り裂いていく。


 その泥臭くも必死な戦闘を、薫は大きな業務用カメラを片手で軽々とコントロールしながら、ミリ単位の狂いもない神アングルで捉え続けた。


 紬がステップを踏む瞬間、返り血が舞う瞬間、物理的なカメラから隠された薫の頭のウサギの視線。そのすべてが、まるで映画のヒロインの戦闘シーンかのように、実力以上に美しく、格好よく画面へと映し出されていく。


『すげえ動く! 動体視力どうなってんだ!?』

『演出神かよ!』

『二刀流の捌き、めちゃくちゃ綺麗じゃん!』


 コメント欄は絶賛の嵐に包まれ、同接数は瞬く間に跳ね上がっていく。


『いいね〜薫ちゃん。スピードタイプはこういう残像が映えるな。もっとあいつの脳を焼け』


 インカムの奥の栂野の声を受けながら、薫は自らの頭を傾け、ウサギの隠しカメラでも紬の必死な息遣いをパーフェクトにバックアップしていた。


最後の一匹の狼を鮮やかに仕留め、紬はカメラに向かってククリナイフをシャキリと鞘に収める。興奮と達成感で、その頬は赤く火照っていた。


「みんな、今日の配信はここまでだよ! 紬ちゃんの新しいスタート、これからもっともっと格好よく撮っていくから、応援よろしくね! ほら、紬ちゃんも最後にみんなにメッセージ!」


 薫に促され、紬は一歩前に出ると、カメラを真っ直ぐ見つめて満面の笑みを浮かべた。


「みんな、たくさん見てくれて、コメントも本当にありがとうございました! これからも薫ちゃんと一緒に全力で頑張るので……また次の配信も見に来てください!」


「はーい、それじゃあみんな、またねー!」


 二人が笑顔でカメラに向かって手を振る。最高の盛り上がりと温かい空気の中、薫は手元のスイッチを操作し、配信の電波を自然に、滑らかに切断した。


『お疲れ様ー!!』

『最高だったぞ!!』

『【赤スパ 10,000円】最高のRe:スタートに乾杯!! これから絶対推すわ!』

『【赤スパ 5,000円】演出神すぎて鳥肌立ったわ。ナイフの子もカメラマンちゃんも可愛すぎ!』

『次も絶対見るわ!』

『【赤スパ 30,000円】てぇてぇすぎて脳溶けた。二人のコンビ応援させてくれ!!』

Salvage『【赤スパ 10,000円】地方の星を見つけた。仕送り頑張れよーー!!』

『ガチでスパチャの滝になってて草。でもこれは投げたくなるわ』

『バイバイ! 次の配信も待ってる!』


 画面が暗転すると同時に、怒涛の高額投げ銭が完全にクローバー撮影事務所の口座へと吸い込まれていく。


 配信が終了したダンジョンの中。薫は業務用カメラを素早く肩掛けバッグへと仕舞い直すと、すぐに紬の元へと駆け寄った。その顔には、先ほどと変わらない「友達の笑顔」が完璧に張り付いている。


「すごかったよ、紬ちゃん! 今の二刀流の連撃、すっごく格好かったよ! 私、ファインダー越しに見てて鳥肌が止まらなかったよ!」


「本当……!? 薫ちゃんが『私だけを見て』って言ってくれたから、迷わずに動けたの……! 私、本当に、薫ちゃんに会えてよかった……!」


 額に汗を浮かべ、嬉しそうにはにかむ紬。薫への盲信と依存をさらに深めた少女は、大好きな親友と一緒に、高揚した気分のまま、床に転がる狼の死体から魔石を仲良く楽しげに回収し始めた。


 自分が身に纏った「お揃いの髪留め」が、最高値で処理されるための檻へのカウントダウンを刻んでいるとも知らずに。


 新たなる商品を消費するための地獄の檻が、今、完璧な形で閉じられたのだった。

【あとがき】

「配信を見てくれてありがとう! カメラマンの千歳薫よ。


 都会のオシャレな朝ごはんにも慣れなくて、地元の米で塩むすびを握ってきた……なーんて、いかにも田舎者らしい話を恥ずかしそうに語っちゃう、純朴な紬ちゃん。


 私の『私だけを見ててね』っていう、ちょっと甘いおまじないをかけてあげただけで、カメラの存在すら忘れて必死にククリナイフを振り回しちゃうんだから……本当に、扱いやすくて可愛い私の『ウサギさん』。


 画面の前のあなたも、私たちの親密な道中雑談と、あのライブ感あふれる神アングル戦闘に、ついつい脳を焼かれちゃったんじゃないかしら? うふふ。


『二人のこれからのコンビ配信をもっと推したい!』『赤スパの滝に私も混ざりたい!』


 そう思ってくれた画面の前の、そう、そこのあなた!

 その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい!


『面白かった!』『お揃いの髪留めのカメラワークに痺れた!』

 と思ってくれたら嬉しいわ。


 私とお揃いだって喜ぶなんて、本当に無邪気。

 私の頭のウサギが、千早ちゃんの仕込んだ『隠しカメラ』だとも知らずにね。


 あの子が私を見て笑うたびに最高のアングルが筒抜けになって、あなたたちが赤スパを降らせてくれる。うふふ、レンズを曇らせるほど甘い嘘って、最高のビジネスだと思わない?


 これから私の頭の上の『ウサギ(カメラ)』が、あの子のどんな最高のアングルを捉えていくか、下の星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めて私に応援を届けてちょうだい。もちろん、リスナーたちが投げてくれたみたいなフェイク抜きの、贅沢な本物の星5個でお願いね? みんなからの熱いコメント(感想)も大歓迎よ!


 さあ、お揃いの嘘に目を眩まされたウサギさんが、次からどんな激闘へ連れ出されていくのか――次の配信(シーン19)を楽しみにしててね♡」

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