シーン17:お揃いの嘘、お揃いの檻
「ねえ、今日はこれから予定ある? なかったら、ちょっと私と一緒に出かけない?」
クローバー撮影事務所の一階応接室で、契約書のサインを終え、まだ涙の痕が残る宇佐美紬の肩を、千歳薫はぽんっと優しく叩いた。
上京してからというもの、ダンジョンと安アパートの往復しかしておらず、都会の街をまともに歩いたことすらない紬は、目をまたたかせて驚いたような顔をする。
「えっ……お出かけ、ですか? でも、私、まだ配信の準備とか……」
「いいのいいの! 緊張してガチガチのままだと、良いステップも踏めないでしょ? 都会に慣れるのも配信者の大事な一歩なんだから。ほら、行こ!」
薫はいたずらっぽく微笑むと、紬の手首を掴んで引っ張るようにして、事務所の外へと連れ出した。
パーカーにスニーカーというカジュアルな服装の二人は、傍から見れば、休日に買い物へ出かけたごく普通の女子大生コンビにしか見えない。
だが、薫のサイドの髪を留めている、上品な黒真珠のヘアピン。その中央には、肉眼では決して視認できない超小型のレンズと集音マイクが仕込まれていた。
インカムの向こうから、二階のコントロールルームでモニターを眺めている栂野の、品性の欠片もない声が響いてくる。
「せっかくだから、私がいつも行ってるお気に入りの場所に案内するね」
薫が連れてきたのは、大通りの喧騒から一本外れた路地裏にある、アンティーク調の隠れ家カフェだった。
店内には穏やかなジャズが流れ、都会の冷たさに怯えていた紬の身体から、自然と余計な力が抜けていくのが分かった。運ばれてきた色鮮やかなフルーツタルトとアールグレイの紅茶を前にして、紬の目がパッと輝く。
「わあ……すごい。こんなオシャレなお店、私、初めて入りました……」
「ふふ、喜んでくれて良かった。あ、そうだ。あのさ、敬語、もうやめない?」
紅茶のカップを傾けながら、薫は身を乗り出すようにして紬の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だって、私たち同い年でしょ? これから一緒に上を目指していくんだから、いつまでもビジネスの付き合いみたいに『薫さん』って呼ばれるの、ちょっと寂しいな。私のことは『薫ちゃん』って呼んで欲しいな。ね?」
「え、ええっ!? でも、一緒に潜ってくれるカメラマンさんですし、そんな……」
「ダメ。はい、私のことは薫ちゃん。私も、これからは『紬ちゃん』って呼ぶから。……都会ってさ、本当に冷たいし、誰も信じられないような気持ちになるじゃん。だからこそ、私と紬ちゃんの間には、壁なんて作りたくないんだよ」
真っ直ぐに、心から自分を求めてくれているような薫の言葉。その瞳に一切の陰りを見出せなかった紬は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
「……うん。わかった、薫ちゃん。……ありがとう」
少し照れくさそうに、だけど本当に嬉しそうにはにかむ紬の笑顔。
その映像がヘアピン型カメラを通して事務所のモニターに大写しになった瞬間、インカムの向こうで下卑た栂野の声が響く。
『ガハハハ! 最高だな、おい! 「壁を作りたくない」だとよ! どの口が言ってやがる、あいつの人生そのものがガラス張りの壁の向こう側だってのによ。千早ちゃん、あいつらの同接シミュレーション、もう出せるか?』
『……静かにしてください、栂野さん。音声データにノイズが混ざります。タメ口への移行により、リスナー側の「身内感」の醸成効率が12%向上。最初の配信プランの構築を並行して進めています』
裏方たちの冷徹な計算など、少女たちの楽しげな笑い声にかき消されて、紬の耳へと届くことは決してない。
カフェを出た後、薫は「ちょっと寄りたいところがあるんだ」と言って、近くの路地にある小さな可愛い雑貨屋へと紬を誘った。
店内には無数のアクセサリーや小物が並んでいる。薫は棚の前に来ると、まるで本物の少女のように熱を帯びた瞳で、ある一点を見つめた。
そこにあったのは、シンプルだが非常に愛らしい、木彫りのウサギがあしらわれた一対の髪留めだった。
「あ……これ」
紬が声を漏らす。薫は本当にウサギモチーフの小物が好きだった。その本心を隠すことなく、子供のように目を輝かせて髪留めを手に取る。
「ねえ、これすっごく可愛くない!? 紬ちゃんの今の髪留めも素敵だけど……これ、私とお揃いで買って、次の配信で二人で付けない? 私たちが『最高の相棒』だって証にしたいな!」
「薫ちゃんとお揃い……! うん、私、それがいい! 私、一生大切にする!」
紬の顔に、今日一番の満面の笑みが咲いた。自分を救ってくれた都会の「初めての友達」とのお揃いのアイテム。それがどれほど歪な意味を持つかも知らず、紬は大切そうに、愛おしそうにウサギの髪留めを胸に抱きしめた。
夕暮れ時。駅の改札前で、「また明日ね、薫ちゃん!」と何度も手を振りながら、希望に満ちた足取りで帰っていく紬の背中を、薫は笑顔で見送っていた。
――だが、紬の姿が完全に人混みの中に消えた、その刹那。
薫の顔から、あの温かく気さくな「友達の笑顔」が、まるではがれ落ちるように綺麗に消え失せた。その瞳は一瞬にして、極寒の氷のようになんの感情も宿さない冷徹な大人のものへと戻る。
スニーカーの底を鳴らしてクローバー撮影事務所へと戻り、鉄の扉を開けて二階のコントロールルームへと階段を上がっていく。
「おかえり、薫ちゃん。相変わらず反吐が出るほど完璧な女子会ゴッコだったぜ。あのガキ、完全にテメエをお友達だと思い込んでやがる」
ウイスキーのグラスを回す栂野の言葉に、薫はフッと小さく冷笑を返した。
「ビジネスよ、栂野さん。あの手の純朴なタイプはね、少しでもビジネスの壁を感じさせたら一瞬で逃げちゃうの。だからこれでいいのよ」
そう言いながら、薫は千早のデスクへと歩み寄った。
そして、自分のポケットから、先ほど雑貨屋で購入したばかりの【自分用のウサギの髪留め】を、コン、と無造作にキーボードの横に置いた。
「千早ちゃん。これ、明日の朝までに仕上げておいて」
千早ちゃん、と呼ばれた千早は感情の消えた目で、その愛らしいウサギの髪留めを見つめ、無機質な声で短く応じる。
「……了解しました、薫さん。隠しカメラと高感度集音器の組み込みですね。戦闘中の激しい挙動でもブレないよう、内部魔力の固定軸を強化しておきます」
「ええ、頼んだわ。次の配信のタイトルは【冷たい都会で、初めてできた私の友達。二人で挑む、Re:スタート配信!】で行くから、サムネイルの仕込みもお願いね」
薫は応接ソファへ深く腰掛け、長い足を組むと、冷酷な搾取のシステムを誇るモニターの光をその美しい瞳に反射させた。
少女の純粋な憧れも、お揃いの友情の証も。
そのすべては、次の『商品』を最も美しいアングルで、最高値でロストさせるための完璧な仕込みに過ぎない。
罠が仕込まれたウサギの髪留めが、暗い機材室のデスクの上で、不気味に鈍く光っていた。
【あとがき】
「配信(シーン17)を見てくれてありがとう! カメラマンの千歳薫よ。
都会に馴染めず怯えていた紬ちゃんを、私のお気に入りのカフェへ連れ出して、ちゃん呼びで呼び合える『本当の友達』になれたあの時間……。
雑貨屋で見つけたウサギの髪留めを、お揃いで買って本当に『最高の相棒』になれちゃった。画面の前のあなたも、私たちのてぇてぇ女子会トークに、ついつい脳を焼かれちゃったんじゃないかしら? うふふ。
『二人のこれからの配信が見たい!』『お揃いの髪留めで挑むリスタートが気になる!』
そう思ってくれた画面の前の、そう、そこのあなた!
その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい!
『面白かった!』『薫の徹底した仕込みのゲスさに痺れた!』
と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私への『最高額スパチャ』を投げてくれたら嬉しいわ。
私とお揃いだなんて言って、あのウサギの髪留めを一生大切にするって宝物みたいに抱きしめちゃうなんて……。紬ちゃんったら、本当に単純で可愛い私の『ウサギさん』。
これから私が頭に付けるあの子とお揃いの髪留めが、千早ちゃんの手で最高性能の『カメラと集音器』に変えられちゃうとも知らずにね。
私が首を傾げるたびに、あの子が必死にナイフを振り回して傷ついていく姿が、一秒のブレもなく最高のアングルで筒抜けになるのよ? うふふ、最高にゾクゾクすると思わない?
私の頭の上の『ウサギ(カメラ)』が、これからどれほど最高のアングルを捉えるか、下の星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めて私に応援を届けてちょうだい。
もちろん、千早ちゃんが仕込んだお揃いのカメラみたいに、贅沢な本物の星5個でお願いね? みんなからの熱いコメント(感想)も大歓迎よ!
さあ、お揃いの嘘を頭に載せて挑む、運命のRe:スタート配信がどうなっていくのか――次の配信(シーン18)を楽しみにしててね♡」




