↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
宇佐美 紬編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/22

シーン16:『ウサギの檻と、新しい友達』

 街のネオンが白々とにじみ、怪しく発光するダンジョンの大穴が夜空を汚す頃。


 かつて、一人の純粋な大剣使いの少年がその命と資産、そして純情のすべてを骨の髄までしゃぶり尽くされた『クローバー撮影事務所』の一階。


 外の依頼人からは決してみえない、床にバラバラと崩れ落ちた文字列の残骸を完全に踏み越えて、千歳薫は一階の純白の応接扉の奥で、次の獲物を静かに待っていた。


「あの……失礼します。ダンジョン配信のプロデュースをお願いしたくて、こちらの『クローバー撮影事務所』さんを訪ねてきたのですが……。今、よろしいですか……?」


 少し錆びついた鉄の扉を細く開けて、おずおずと、消え入りそうな声で顔を覗かせたのは、宇佐美紬うさみ つむぎという名の少女だった。

 ソファに深く腰掛けていた薫の瞳が、入ってきた彼女の風貌を瞬時に、冷徹に品定めする。


 田舎から一攫千金を夢見て上京してきたばかりだという彼女の姿は、都会の華やかな人気配信者たちとは真逆だった。


 身にまとっているのは、泥汚れやモンスターの返り血が染み付いた、斥候職用の地味で軽いレザーアーマー。腰のホルダーには、細かな傷が無数に刻まれた、使い込まれた2本のククリナイフが不釣り合いな鈍い輝きを放っている。


 何より彼女のちぐはぐさを際立たせていたのは、その少し長めの黒い前髪を、ちょこんと留めている小さなうさぎモチーフの髪留めだった。


 地元の素朴な温もりを捨てきれないまま、冷酷な大都会に迷い込んでしまった迷子。それが、薫の網膜に映った彼女の第一印象だった。


「はーい、どうぞ? ようこそ、クローバー撮影事務所へ」


 薫は立ち上がり、至高の笑顔で新依頼人を迎え入れた。


 ソファから立ち上がった薫の姿を見て、紬は思わず言葉を失い、目を丸くした。


 今の薫の服装は、大きめのカジュアルなオーバーサイズパーカーに、履き古したようなスニーカー。艶やかな黒髪はラフに一本のポニーテールにまとめられ、メイクもすっぴんに近いほどナチュラルに抑えられている。どこからどう見ても、紬と全く同い年くらいの、少しお洒落で、だけど気さくで話しやすそうな「都会の普通の女の子」そのものだった。


「あ……あの、私、宇佐美紬って言います!」


 紬は緊張のあまりカチコチに固まった身体で、勧められるまま古いソファの端にちょこんと腰掛けると、必死に涙を堪えながら、震える声で話し始めた。


「私、田舎にいる頃は、二刀流の動きが早いねって皆が褒めてくれたんです……。だから、都会に出て配信を頑張れば、人気出るって信じてて……っ。でも、東京はそんなに甘くなくて……」


 膝の上の拳をぎゅっと握りしめ、紬はぽろぽろと涙をこぼす。


「全財産で買った安物のカメラじゃ、私のスピードに全然ついていけなくて、いっつも画面がブレブレなんです……。同接もずっと一桁で……たまに来るコメントも、『地味なナイフ振り回して何が楽しいの』とか、『画面酔いするから田舎もんはすっこんでろ』って、そんなのばかりで……」


 頼れる友達もいない都会の片隅で、毎晩安アパートの薄い布団の中で泣いていたこと。今日の配信でも酷い言葉を投げつけられて、もう限界だったこと。


「これでダメなら、明日にも荷物をまとめて田舎に帰ろうって思ってました……。ネットの片隅でここを見つけて、本当に、最後の希望なんです……っ」


 そんな孤独な少女の言葉を、薫は拒絶するでもなく、遮るでもなく、「うん、うん、辛かったね……」と優しく小刻みに相槌を打ちながら、真っ直ぐな、濁りのない瞳で見つめていた。そして突然、薫の顔がパッと花が開いたように輝いた。


「ねえ、ちょっと待って! その前髪の、うさぎさんの髪留め……めちゃくちゃ可愛い!」


「えっ……? あ、これ、地元の田舎のバザーで買った安物ですけど……」


「ううん、センス最高だよ! 実は私ね、うさぎモチーフの小物が大好きなの。だから扉を開けた瞬間、一目で惹かれちゃった。ねえ、紬ちゃんって呼んでもいい? 」


 薫は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべ、紬の泥に汚れた手を、自らの白く滑らかな両手でぎゅっと温かく包み込んだ。


 薫自身が、私生活において本心からウサギモチーフを好んでいるというのは事実だった。だが、その本当の嗜好すらも、獲物を油断させるためのパーツとして完璧に組み込む。湊の時に見せたような異性としての「恋愛」の誘惑ではなく、今回は同世代に見せかけた「友情」という名の蜘蛛の糸。


「都会って、本当に冷たいよね。私もね、最初は田舎から出てきたからよく分かるんだ。誰も自分の頑張りを見てくれなくて、世界に自分一人だけ取り残されたみたいで、すごく寂しかったよね。……でもね、もう大丈夫。これからは、私が紬ちゃんの味方になって、その隠れた凄い才能を、世界で一番格好よく撮ってあげるから!」


「薫、さん……。う、うあぁあん……っ!」


 上京して以来、初めて自分を全肯定してくれた薫の温もりに、紬の張り詰めていた感情の堤防は完全に決壊した。


 紬は薫の胸に顔を埋めて、子供のように声を上げてボロボロと大粒の涙を流し、激しく泣きじゃくった。薫は「よしよし、頑張ったね」と、まるで本当の親友のように優しくその背中をトントンと撫で続ける。その優しい手の平の感触に、紬は完全に魂まで依存し、この人を信じようと心に誓った。


 薫はその温かいハグの最中、紬からは決して見えない位置――自分の背中の後ろ側で、応接机の上に一枚の書類を音もなく滑らせた。


『ダンジョン配信・撮影配信業務委託契約書』


「これ、これから二人で一緒に頑張っていくための『約束』のサイン、もらえるかな? 紬ちゃんの夢、私に一緒に追いかけさせてほしいの」


「はい……っ! 薫さんのこと、私、絶対に信じます……!」


 都会の暗闇の中で手に入れた、唯一にして、あまりにも眩しい光に目を眩まされた紬は、涙で滲む視界の中、特約条項――配信者の死亡ロストの瞬間に契約が即時解除され、遺体、装備、全資産の所有権が100%会社に無条件で強制移転するという、あの悪魔の文字列に一行も、一文字も目を通すことなく、満面の笑みでサインを書き入れた。


ガガガ、と二階のコントロールルームで、千早の感情の消えた指先がキーボードを叩いた。


「新規ターゲット・宇佐美紬、システム同期完了。口座バックアップの接続も正常です。スピード型の斥候職が、中層以降の死の罠でロストする際の、最も同情を誘い、投げ銭が発生する計算シミュレーションを開始します」


 デスクの隅でウイスキーのグラスを弄びながら、統括ディレクターの栂野が、下卑た笑みを浮かべてモニターを見下ろした。


「ハッ、今回は同世代の『友達営業』かよ。あいつ、湊を殺したばっかだってのに、もう次の『商品』の好みに合わせて完璧に仮面を付け替えやがった。本当に反吐が出るほどいい演技しやがるぜ、あの悪魔は」


 一階の応接室。すっかり泣き止んだ紬は、自分のうさぎの髪留めを愛おしそうに触りながら、薫と並んでこれからの未来の配信計画に胸を躍らせていた。


 自分が、最も信頼した「親友」の手によって、最高値で処理されるためのウサギの檻に自ら飛び込んだことにも気づかずに。


 一人の少年の命と純情をしゃぶり尽くした悪魔たちは、新たなる『商品』を消費するための地獄の第2章を、静かに、そして美しく開幕させるのだった。

【後書き】


「第2章の最初の配信(シーン16)を見てくれてありがとう! カメラマンの千歳薫よ。

 上京してきたばかりで、都会の冷たさに心が折れそうになっていた紬ちゃん。うさぎさんの髪留めをきっかけに、すっかり私を新しいお友達として信じ込んじゃって……本当に可愛い女の子。

 画面の前のあなたも、私たちの瑞々しい友情の始まりと、あの温かいハグに、ついつい心が温まっちゃったんじゃないかしら? うふふ。

『二人のこれからの関係が気になる!』『紬ちゃん、都会でのリスタート頑張れ!』

 そう思ってくれた画面の前の、そう、そこのあなた!

 その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい!

『面白かった!』『薫の新しいロールプレイにゾクゾクした!』

 と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私への『最高額スパチャ』を投げてくれたら嬉しいわ。

 都会で誰も信じられないなんて泣いていたくせに、私の優しい言葉一つで簡単に目を眩ませて、あの契約書に一行も目を通さずにサインしちゃうなんて……。紬ちゃんったら、本当に単純で可愛い私の『ウサギさん』。

 あの子がサインした契約書の文字列を真っ黒なインクで染め上げたみたいに、もちろん、満点の星5個、贅沢な本物でお願いね?

 君たちの一票(星)が、私のカメラワークと、この物語をもっと強く、もっと輝かせるエネルギーになるの。君たちがくれる星の数の分だけ、私たちはもっと残酷に、もっと美しく、あのウサギの檻を狭めて、あの子を最高値で処理ロストさせてあげられるんだから。みんなからの熱いコメント(感想)も大歓迎よ!

 さあ、次なる惨劇への仕込みがどうなっていくのか――次の配信(シーン17・裏舞台パート)を楽しみにしててね♡」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。