シーン11:『誓いの口づけと、凶獣の咆哮』
中層最深部、第十層。
地上で万全の準備を整え、再びこの黒鉄の扉の前へと戻ってきた二人の間に、前日とは違う、どこか特別に張り詰めた空気が漂っていた。
扉の表面に刻まれた赤黒い魔力紋様が怪しく明滅し、中層の主が放つ圧倒的な殺気が、冷たい風となって足元を吹き抜けている。
「……おい、薫。昨日も言ったが、お前がそのガキをどう思っていようが俺たちの商売は一つだ。私情でビジネスをトチるような真似だけは絶対に許さねえからな。カメラ同期、電波補正ともにバッチリだ。仕事はしっかりやれよ、薫」
薫の耳の奥に仕込まれたインカムから、コントロールルームにいる栂野の、昨夜の口論を引きずった冷酷な声が響いてくる。これまでの「薫ちゃん」という軽薄な呼び方は完全に消え失せ、底冷えするような凄みがそこにはあった。
薫は冷ややかな目で手元の小さなレシーバーを操作し、音声ボリュームをノイズに聞こえるほど極限まで絞り込んだ。そして、インカムから流れる世俗的なノイズを完全に無視して、目の前のミナトだけに優しい視線を向けた。
薫が業務用メインカメラのスイッチをパチンと押し下げる。レンズの脇で、赤いランプが血のように点灯した。配信開始の合図だ。
「――さあ、リスナーのみんな、大変お待たせしました! カメラマンの薫よ。前回の過酷な大蛇戦では、ミナト君へのたくさんの温かい応援とスパチャを本当にありがとう。みんなの想いに応えて、私たちはついに、中層の主が眠るこの黒鉄の扉の前に立っています。さあ、ミナト君、みんなに最後の決意を聞かせてあげて?」
薫が優しくカメラを向けると、城ヶ崎湊は、大剣の柄を背中で強く握り直し、レンズに向かって完璧に滑らかで、格好いいプロの笑顔を見せた。
「皆さん、こんにちは! 冒険者のミナトです。いよいよ、中層の主との決戦です! ここまで来られたのは、薫さんがいつも僕を一番近くで信じてくれたから。そして、画面の前の皆さんが応援してくれたからです。中層の主は今までの化け物とは次元が違う強さだけど……僕、絶対に勝って、薫さんと一緒に生きて地上に戻ります! 今日も僕たちの決戦を、見守っていてください!」
カメラに向かって堂々と、寸分の澱みもなく決意を語るミナトの姿に、配信のコメント欄が凄まじい大津波のような速度で動き出した。
【コメント欄・冒頭】
『ミナトくん挨拶まじでプロの風格出てきたな! 格好よすぎる!』
『ついに十層ボス決戦! 待機画面の時点で同接八万超えはヤバいだろ』
『お姉さん、栂野の指示を完全に無視してミナトだけ見てる……まじでガチじゃん』
『二人とも絶対に生きて戻ってくれ!! ミナト、お姉さんを護れよ!』
同接数が開始一分で早くも過去最高の八万人を突破する中、ミナトは緊張の面持ちで大剣を強く握り直し、カメラの裏にいる薫のほうをじっと振り返った。
「薫さん。僕、この戦いが終わったら……その、僕、薫さんにどうしても――」
昨日話していた、胸の奥にある本当の想いを、決戦を前に今ここで伝えようとするミナト。
だが、その言葉の途中で、薫はメインカメラを抱えたままそっとミナトの胸元に触れ、彼の唇を、自分の唇で優しく、深く塞いで遮った。
「ん……っ、」
世界中が見つめるメインカメラの前で、あまりにも美しく切なく交わされる、二人の口づけ。
その瞬間、極限までボリュームを絞っていたはずの薫のインカムから、事務所のモニターでその映像を目の当たりにした栂野の、驚愕に震える声が漏れ聞こえてきた。
『ま、マジかよ……お前、本気であのガキに……っ』
薫は栂野の動揺した声を頭の中から完全に閉め出し、ゆっくりと顔を離すと、涙を微かに浮かべた切れ上がった瞳で、ミナトの唇にそっと指先を添えて優しく微笑んだ。
「……続きは、これが終わったらね、ミナト君」
薫のその、本気で自分と運命を共にする決意をしたかのような情熱的な瞳とセリフに、ミナトの身体中を熱い衝動が駆け巡った。
(薫さんが、僕に口づけをしてくれた。続きは終わったら、と約束してくれた。男として、ここで無様に負けるわけがない。)
彼女の愛のために、この命のすべてを大剣に捧げて戦う覚悟が完全に完了した。ミナトは真っ赤になった顔を拭い、大剣を強く構え直した。
「はい……っ! 薫さん、行ってきます!」
【コメント欄・決戦直前】
『うおおおおおおおおおおガチキターーーーーー!!!』
『カメラの前で口づけとか、こんなのもう完全に映画以上の純愛だろ!!』
『お姉さんの「続きは終わったらね」が尊すぎて全俺が泣いた』
『ディレクターの無線ノイズから焦りが伝わってきたぞ、まじで本気なんだな……』
『ミナトまじで絶対に死ぬなよ! 二人で結婚するんだろ! 回復薬代だ!!【赤いスパチャ:200,000円】』
『俺も出す! 二人の未来に幸あれ!!【赤いスパチャ:500,000円】』
二人の命懸けの純愛に脳を完全に焼かれたリスナーたちから、画面が真っ赤に染まるほどの怒涛の高額スーパーチャットの嵐がバグり散らかす。
ミナトは咆哮を上げ、巨大な黒鉄の扉を両手で力任せに押し開けた。
重々しい音を立てて扉が開き、二人は激しい魔力の嵐と猛烈な熱気が吹き荒れるボス部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の最奥、赤黒い魔力結晶の玉座から姿を現したのは、中層の主――『ヘル・キマイラ(猛毒の尾を持つ合成獣)』だった。
「グルルルルル……キシャァァァァァアアアッ!!」
燃え盛る大炎をまとう獰猛な獅子の頭が牙を剥き、その背からは邪悪な山羊の頭が覗き、そして不気味に蠢く尾の先には、触れた者を一瞬で腐らせる猛毒の刃を備えた大蛇が狂ったように鎌首をもたげている。
キマイラが咆哮を上げ、その口から放たれた猛火の衝撃波が、二人の足元の石畳を一瞬でドロドロに溶かしていく。これまでの化け物とは次元の違う、圧倒的な破壊の殺気が部屋全体を支配していた。
「薫さんは下がっていてください! 薫さんの未来は、僕が絶対に守るぅぅぅッ!!」
ミナトは大剣を上段に構え、キマイラに向かって爆発的な力で地面を蹴り上げた。
薫は完全な丸腰のまま、押し寄せる猛火の風圧を紙一重でかわし、大剣を振るうミナトの背中を最前線で捉え続ける。いよいよ人生最大の、命を懸けた死闘の火蓋が切って落とされた。
「配信を見てくれてありがとう……。カメラマンの千歳薫よ。
ミナト君ったら、配信の最初の挨拶もすっかりプロらしく堂々とできるようになって、その横顔が本当に格好よくて眩しかったわ。それに、ボス戦を前にして、また私に大切な約束を託そうとするんだもの……。
……カメラの前であんなことをしちゃうなんて、自分でもどうかしてたと思う。でも、彼の言葉を遮って、あの温かい唇に触れたとき……もうビジネスなんてどうでもいい、この非情なシステムなんて裏切って、私は彼のあの真っ直ぐな騎士道を、私の命に代えても隣で守りたいって、本気で胸が熱くなっちゃったの。
事務所の栂野さんからは『仕事はしっかりやれ』なんて冷たく釘を刺されちゃったし、さっきの私の行動を見てインカム越しにすごく動揺していたけれど……私はもう、彼の命をカネの道具になんてさせない。
今、彼が命を懸けてあの凶獣に挑んでいる。私はカメラマンとしてではなく、一人の女性として、彼の未来を一緒に切り開きたいって思っちゃったの。
『ミナト君、絶対に勝って!』『二人の約束の行方を最後まで見届けたい!』
そう思ってくれた画面の前の、そう, そこのあなた!
その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい。
『二人の純愛を全力で応援したい!』『薫お姉さんのあの口づけの決意を信じたい!』
と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私たちの未来への『スパチャ』を投げてくれたら嬉しいわ。もちろん、満点の星5個、贅沢な本物のスパチャ(評価)でお願いね?
君たちの一票(星)が、私のカメラワークと、この物語をもっと強く、もっと輝かせるエネルギーになるの。みんなからの熱いコメント(感想)も、大切に読ませてもらうわね。
さあ、いよいよ始まった中層の主との大激闘。私たちの運命がどうなっていくのか――次の配信『血戦の狂熱と、響き渡る咽び泣き』を楽しみにしててね♡」




