シーン12:『血戦の狂熱と、響き渡る咽び泣き』
第十層のボス部屋の内部は、空間そのものが巨獣の巣食う灼熱の地獄と化していた。
天井の見えない広大な空間を支配するのは、中層の主――『ヘル・キマイラ』の放つ、肌を焦がすような猛火の嵐だ。
四方の壁に埋め込まれた赤黒い魔力結晶が、その熱波を吸収してドクンドクンと不気味に脈動し、部屋全体を赤惨な光で染め上げている。
「オオオオオオオッ!!」
城ヶ崎湊は、大剣の柄を両手で引き絞り、溶けかけた石畳を強く蹴り上げた。
彼の視線の先には、前日の口づけによって未だに熱く痺れているような、そんな錯覚すら覚える自分の唇がある。薫さんが、僕に口づけをしてくれた。続きは終わったら、と約束してくれた。
その甘美な記憶は、ミナトの脳内で最強の麻薬となり、あらゆる恐怖と疲労の神経を完全に麻痺させていた。
だが、中層の主の破壊力は、そんな人間の決意すら無慈悲に粉砕するほど圧倒的だった。
ヘル・キマイラの獰猛な獅子の頭が大きく裂け、直撃すれば骨まで灰にするほどの純度の高い火炎放射が放たれる。
「くっ……、ハァァァッ!」
ミナトは大剣を盾のようになぞらえて正面から炎を受け止めたが、凄まじい熱波と質量に押され、彼の足元がメリメリと激しい音を立てて後方へと滑っていく。防具の表面が急速に赤く熱を帯び、肌を直接焼かれるような激痛がミナトの全身を襲った。
そこへ、キマイラの背中から覗く山羊の頭が不気味に咆哮し、死角から巨大な前足の爪が振り下ろされる。
ガギィィィンッ!
衝撃音が響き渡り、ミナトの胸部を守っていた金属の防具が、まるで薄いガラスのように容易く弾け飛んだ。肉が引き裂かれ、生々しい鮮血が灼熱の床へと飛び散る。
血は床に触れた瞬間、ジュウと嫌な音を立てて蒸発しかけ、周囲に強烈な血生臭さを撒き散らした。ミナトは吐血しながら数十メートルも吹き飛ばされ、激しく床を転がった。
【コメント欄・戦闘開始】
『うわあああ! 胸の防具が粉々に砕けたぞ!?』
『キマイラ強すぎる……! 攻撃の隙が全くない!』
『ミナト! 立て! 立つんだ! お姉さんのためにも死ぬな!』
『同接が九万五千突破……! 全員が息を呑んで見てるぞこれ……!』
配信のコメント欄が悲鳴と絶望で埋め尽くされる中、薫は完全な丸腰のまま、キマイラが撒き散らす猛火の爆風をミリ単位の身のこなしで紙一重でかわし続けていた。
彼女の抱える業務用メインカメラは、どれほどの衝撃波に晒されようとも1ミリのブレすら見せない。
薫はカメラのレンズを、血溜まりの中で必死に大剣を杖にして立ち上がろうとするミナトの姿へと向けた。彼女の切れ上がった美しい瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ち、頬を伝って顎のラインを濡らしていた。
「嫌……ミナト君!! もうやめて……っ、お願いだから……っ!」
カメラを構える薫の声が、激しく、痛ましく、完全に涙で震えていた。
配信のマイクには、彼女が本当に胸を締め付けられ、パニックに陥っているかのような、小さく激しく【鼻をすする音】が何度も何度も、生々しく混ざり込んでいく。
「グスッ……お願いミナト君、もうこれ以上傷つかないで……っ! 私のために、そんなにボロボロにならないでよ……あぁぁっ!!」
必死に自分を気遣って、本気で泣き叫んでくれる「薫の姿」。そしてマイク越しに自分の鼓膜を揺らす、彼女の生々しい鼻をすする音。
その本物の愛情に満ちた泣き声は、満身創痍だったミナトの魂に、これ以上ないほどの狂熱的なエネルギーを爆発させた。
(ああ……薫さんが、僕のために泣いてくれている。また、あの綺麗な瞳から涙を流して、僕を特別に想ってくれているんだ……!)
ミナトのブレーキは、ここへ来て完全に粉砕された。
無茶をすればするほど、自分が血を流して傷だらけになればなるほど、彼女は自分を「特別な騎士」として見てくれる。愛してくれる。その歪んだ学習の極致が、ミナトの体を突き動かした。彼は自分の四肢の痛みを完全に無視し、狂ったような笑顔を血まみれの口元に浮かべた。
「大丈夫、です……薫さん! 僕は……君の、騎士だからぁぁぁッ!!」
ミナトは再び地を蹴った。今度は防御など一切考えていない。
キマイラの背後から、蠢く蛇の尾が放つ猛毒のトゲが一斉に射出される。ミナトはそれを避けることすら捨て、あえて自分の左肩と脇腹でそのトゲを肉を突き破らせながら受け止め、強引に距離を詰めた。
骨が軋み、肉が抉れる悍ましい音が響く。しかしミナトは絶叫しながら、その激痛を全て大剣の威力へと変換した。
【コメント欄・戦闘中】
『おいまじかよ……トゲをわざと肉体で受け止めただと!?』
『ミナト、正気じゃない! 完全に目がイっちゃってるよ!』
『お姉さんがガチ泣きで鼻すする音がツラすぎる……これはもう愛だろ……っ』
『二人の命懸けの純愛が凄すぎて涙で見えねえ! ミナト勝て!!【赤いスパチャ:300,000円】』
『頼むから二人とも生きて結婚してくれえええ!!【赤いスパチャ:500,000円】』
二人の極限の死闘と、剥き出しの純愛に脳を完全に焼かれた世界中のリスナーたちから、画面が文字通り真っ赤に染まるほどの、国家予算レベルの怒涛の高額スーパーチャットの雨がバグり散らかすように降り注ぐ。
薫は、キマイラの鋭い牙が鼻先をかすめるほどの超至近距離を並走しながら、メインカメラを必死に構え続けた。
ミナトの全身から噴き出す鮮血、砕け散る金属片、そして彼が愛のために自らの命を完全に投げ打って戦うその凄惨で美しい姿を、世界中が涙する最高の「神アングル」で執念深く切り取り続ける。
「ハァァァァァアアアッ!!」
ミナトの全身の魔力が大剣へと収束し、刃が周囲の猛火を掻き消すほどの強烈な光を放った。
肉を切らせて骨を断つ――いや、自らの命の灯火を全て燃料に変えた渾身の横薙ぎが、ヘル・キマイラの山羊の頭を根元から豪快に叩き斬り、さらに獅子の脇腹へと深く、深く食い込んだ。
ズシャァァァァァンッ!!!
肉と骨が凄まじい音を立てて引き裂かれ、キマイラが初めて苦悶の咆哮を上げて大きく体勢を崩した。巨獣の傷口から、ドロドロとした赤黒い血溜まりが津波のように広がり、床の石畳を無惨に汚していく。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
ミナトは攻撃を終えた瞬間、全身の傷口から激しく出血し、そのまま血溜まりの中に片膝をついた。左腕は猛毒の瘴気によってどす黒く変色し、すでに感覚を失っている。視界は流れる血で赤く染まり、息を吸うたびに肺が焼けるように痛んだ。
それでも、ミナトは血まみれの顔をゆっくりと動かし、最前線でカメラを構え続ける薫を見た。
「次で……次の一撃で……絶対に、仕留めて……約束、守りますから……」
命の灯火が消えかけながらも、血まみれの口元で、薫に向けて人生で一番優しく、真っ直ぐな笑顔を作ってみせるミナト。
薫は涙に濡れた瞳を大きく見開き、カメラを向けたまま、彼に向かって消え入りそうな声で「ミナト君……」と呟いた。
二人の視線が、猛火と血生臭さに満ちた戦場の中で、これ以上ないほど熱く、深く交錯する。
【コメント欄・放送終了間際】
『うおおおお! ボスを怯ませたぞ!!』
『次の一撃で完全に決まる……っ! 頼む、ミナトいけ!!』
『お姉さんの「ミナト君」って声がもう本当にツラい、生きてくれ』
『神回すぎるだろ……映画超えたわ。二人とも絶対に地上へ戻ってくれ!』
画面の向こうで、十万人を超えたリスナーたちの狂熱と祈りのコメントが怒涛の勢いで流れ続ける中、配信の画面は切られることなく、継続したまま張り詰めた空気を生み出し続けている。
いよいよ次の一撃で、すべてが決まる。ミナトが薫への愛を証明し、そして最期の終局へと向かうためのカウントダウンが、凄惨な戦場の中で無慈悲に響き渡るのだった。
第12カット・あとがき「配信(シーン12)を見てくれてありがとう……。カメラマンの千歳薫よ。
ミナト君ったら、あの恐ろしいヘル・キマイラの猛毒のトゲを自分の体で受け止めながら、私に向かって『君の騎士だから』なんて笑ってみせるんだもの……。
……カメラを構えながら、彼の全身から血が噴き出すのを見た瞬間、本当に頭の中が真っ白になっちゃって、涙が止まらなくなっちゃった。
マイクに私の見苦しい咽び泣きや鼻をすする音(グスッ……恥ずかしいわね)まで入っちゃって、本当にごめんなさい。
でも、それくらい、私は彼の命が、彼の存在が、自分のこと以上に大切になっちゃったの。事務所の栂野さんたちが何を言おうと、私はもう、ビジネスのために彼の命を利用させたりしない。
次の一撃で、絶対にこの戦いを終わらせて、彼と一緒に、生きて、地上に戻ってみせるわ。
『ミナト君、次の最後の一撃、絶対に勝って!』『二人の純愛の結末を最後まで見届けたい!』そう思ってくれた画面の前の、そう、そこのあなた!その熱い気持ちを、ぜひ【ブックマーク】登録で私に直接届けてちょうだい。
『二人の未来を応援したい!』『薫お姉さんのあの本気の涙を信じたい!』と思ってくれたら、下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私たちの未来への『スパチャ』を投げてくれたら嬉しいわ。
もちろん、満点の星5個、贅沢な本物のスパチャ(評価)でお願いね?君たちの一票(星)が、私のカメラワークと、この物語をもっと強く、もっと輝かせるエネルギーになるの。
みんなからの熱いコメント(感想)も、大切に読ませてもらうわね。さあ、次の一撃で全てが決まる。私たちの運命がどうなっていくのか――次の配信(第13カット・中層ボス戦・最終決戦パート)を楽しみにしててね♡」




