2 クリステル視点
「我が婚約者レオナ・ヒックスを階段から突き落としたのは、クリステル殿下です」
愛するフィデルの言葉にわたくしの頭は、真っ白になった。
何を言っているの? あの地味女が階段から落ちたのはフィデルのせいでしょう!
「……っ、違う。違うわ。わたくしは突き落としてなどいません。信じて! お父様!」
どんなに必死になって訴えても、国王であるお父様はわたくしの言葉を信じてはくれない。
突然、謁見の間に連れてこられたわたくしを待ち受けていたのは、レオナ・ヒックス殺害未遂事件の断罪の場だった。
玉座にはお父様。壁際には大臣たちやヒックス伯爵夫妻の姿。
「レオナ嬢を突き落としたのは、クリステル殿下ではありませんか?」
司法官に繰り返し尋ねられた。
「そんな……何も知りません。わたくしは潔白です……!」
「レオナ様に触れてすらいないのです。お願い、どうか信じて下さい……」
涙をはらはらと流し、首を振って怯えてみせる。
「……あんなにか弱いクリステル殿下が、そのような真似をされるはずがない」
「ヒックス伯爵の娘が勝手に落ちたのではないか?」
壁際に並び立つ大臣たちの間から、戸惑い混じりの声が漏れる。
そうよ。その通りよ。おまえたち、もっとわたくしを庇いなさい。
庇護欲を誘うように大袈裟に震え、彼らの同情を誘ったのも束の間――
わたくしに命じられ、あの地味女に嫌がらせを行った者たちが、次から次へと証言者として現れた。
わたくしが直接手を下したわけではなかったが、証言はすべて事実。否定するたびに同情めいた視線が冷たい視線へと変わっていき、わたくしを容赦なく突き刺す。
わたくしの叫びは虚しく木霊するだけだった。
最早、わたくしの言葉を信じる者はいなかった。お父様すら嫌悪と侮蔑が滲む視線をわたくしに向けていた。
そしてわたくしの罪を決定づけたのは、愛する婚約者を傷つけられ悲痛な表情を浮かべたフィデルの言葉だった。
レオナを階段から落としたのは、フィデルなのに。
この男は、わたくしに罪を被せたのだ。許せない。許さない。
『クリステル様を愛している』
そう囁いたあの男が憎い。
――王族としての身分を剥奪され、送られた国境にある修道院は地獄のような場所だった。
『身分を笠に着た悪辣王女』と陰口を叩かれ、他の修道女たちが敬遠する家畜の世話や洗濯をわたくしひとりに押しつけられた。
白く染みひとつなかったわたくしの手は、汚泥と冷水によって無惨にも赤くひび割れ見る影もなくなった。
『ああ、美しい人。僕が心から愛しているのはクリステル様、あなただけ。許されるのならば、レオナとの婚約を破棄してあなたと婚約したい』
『あんな地味な女を愛するつもりはない。だが、政略のために結ばれた婚約を我が家から断ることはできない』
わたくしの自慢のプラチナピンクの髪を指に絡ませたフィデルに、耳元で繰り返される台詞。そんな言葉を真に受けて、あの女に身の程をわからせてやろうとしたのだ。
取り巻きたちは可憐な表情を作り、お願いすれば簡単に意のままに動いてくれた。
羽ペンを折り、机をインクで汚し、教科書を破り捨てさせた。
頭から泥水を浴びせかけ笑い者にしてやったこともある。
教師を買収してあの女の試験結果を最低評価に偽装させた。
それでも唇を噛み締めて涙を堪え、フィデルの婚約者の座を降りないことが更に癪に障る。見た目も家柄も、わたくしの方が勝っているというのに。
『美しいフィデルに似合うのは、凡庸でつまらないおまえよりもこのわたくし』
苛立ちに任せて面と向かって詰め寄ったこともあった。
太陽の煌めきを放つ金色の髪、深い海を思わせる青い瞳。あの完璧な男の隣に相応しいのは、亜麻色と焦げ茶色ではない。プラチナピンクの髪とライラックの瞳のわたくしなのだと。
すべては、フィデルを手に入れるためにしたことだった。だからといって悪いのはわたくしだけではないはずよ。
わたくしを利用し恋心を弄んだこと、決して許すものか。
だからわたくしは手紙を一通、送った。
隣国に留学中の二番目のお兄様へ。
家畜の世話をする傍らで、定期的に物資を運んでくる商人に話しかけ『騙されて修道院に送られた』と、よよと縋りつけば簡単に泣き落としにできた。
後はライラックの瞳で上目遣いに商人を見上げ、『この手紙をわたくしの代わりに出してほしい』そう頼むだけ。
『フィデル・ウォードに騙されて弄ばれ、あの男の罪を着せられてしまったのです。わたくしは身分を失い国境にある修道院で酷い扱いを受けています。大好きなお兄様、わたくしを助けて。』
お兄様は幼い頃からわたくしをとても可愛がってくれていたから、必ずフィデルを捕らえてわたくしの恨みを晴らしてくれるはずだ。
待っていなさい、フィデル・ウォード。
わたくしを陥れたことを後悔するがいい。




