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「おまえのような女、誰も愛さない」と蔑まれた伯爵令嬢は塔の上にて  作者: 夜音


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3/3

3 フィデル視点

 塔の外を数人の兵が取り囲んでいるのを、僕は最上階の窓から見下ろしていた。


 ひときわ目を引く白馬に跨がり、こちらを睨みつけているのはクリステルの兄、第二王子だった。


 監視の目を掻い潜り連絡を取ったのか?


 あの女、修道院に送る程度ではなく処刑しておけばよかった。


「フィデル様?」


 不安そうに僕を見つめるレオナの肩を抱き寄せ、安心させるように笑顔を浮かべてみせた。


「安心して、レオナ。心配いらないよ」


 大丈夫だ。まだ運は僕に味方しているのだ。


 何故なら記憶を失っているレオナは、自分を階段から落としたのはクリステルだと信じている。


 第二王子にどう泣きついたかは知らないが、『レオナ暗殺未遂』の犯人はクリステルだ。それは、変えようのない真実。




 レオナ・ヒックスに初めて会った印象は、地味な女だった。


 亜麻色の髪も焦茶色の瞳も顔立ちも、何もかもが平凡。だが、我が侯爵家の新たな事業を成功させるには、ヒックス伯爵家との縁談は不可欠であった。


 ヒックス家が治める領地に打ち捨てられた鉱山がある。かつては、アズライトの原石が採れたが、掘り尽くされ宝石に加工できない青いくず石が転がるだけの鉱山が。


 アズライトのくず石とある植物の煮汁を組み合わせることで、色褪せることのない青い染料が生み出せる。お抱えの旅商人から他国の珍しい染料の話を耳にした僕は、これは莫大な富を生むと直感しすぐに飛びついた。


 調査の結果、幸運にもその植物は我がウォード領に雑草のごとく自生しており、もうひとつの材料が眠る場所がヒックス領のあの鉱山だったのだ。


 都合がいいことに伯爵家には、僕と同じ年頃の娘がひとり。それがレオナだ。


 領地への資金援助を餌にこの僕が婿入りするという形で縁談を持ちかけると、人のいいだけのヒックス伯爵はこちらの思惑など知るよしもなく、援助は善意だと信じ喜んで受け入れた。


 格下の伯爵家に侯爵家の僕が婿入りするのだ。くず石で利益を上げなければ割に合わない。何より家督を継げぬ僕が自らの力で富を得るために、あの鉱山がどうしても必要だった。


 婚約が決まると即、鉱山の調査と称して青いくず石の発掘に取りかかった。だがそれから数年、青に染められた生地は完成目前で行き詰まっている。


 婚約者となったレオナは平凡な見た目通りに地味で柔順。妻にするならば及第点だが、恋人としてはつまらない女だった。


 学園でクリステルと出会い、恋人にするのなら彼女がいいと心から思った。自慢の金髪と青の瞳。


 美しい僕の容姿に見劣りしないプラチナピンクの髪とライラックの瞳、そして陶磁器のように滑らかな白い肌。


 まさに隣に並んでも見映えがいい女だ。


『ああ、美しい人。僕が心から愛しているのはクリステル様、あなただけ。許されるのならば、レオナとの婚約を破棄してあなたと婚約したい』


 甘い言葉を耳に流し込んでやったら、簡単に僕に堕ちた。


 学園を卒業したらあの地味な女と夫婦になるのだ。それまで思い切り羽根を伸ばし、短い学生生活を謳歌させてもらおう。


 薔薇色の日々が待っているはずだった。


 だが、思いがけない誤算が二つ。


 ひとつは、可憐で清楚な見目をしたクリステルが、天使の皮を被った悪魔のように苛烈な女だったことだ。まさか、三番目とはいえ高貴な血を引く王女がレオナを虐めぬくとは。


 クリステルも卒業までの短い期間だけの割りきった関係だと理解していると思っていた。しかし、今さら無碍に扱うわけにもいかず頭を悩ませていた。


 そして、もうひとつはレオナがこの僕に意見したことだ。あの陰気で主体性のない女は生意気にも僕とクリステルの関係を咎めてきた。


『フィデル様、貴方の婚約者はクリステル殿下ではなく私のはずではないのですか?』


『私に婚約を申し入れたのは、あの鉱山を手に入れるためなのでしょう?』


 侯爵家が援助を打ち切れば、この女の実家など簡単に潰れてしまうだろう。そのためにクリステルの嫌がらせにも黙って耐えていたくせに、生意気な口を利くとは思いもしなかった。


 隠してきた企みをあっさりとレオナに見破られた。


 僕の腕に伸ばしてきたレオナの手を、苛立ち紛れに強く振り払ってしまった。


『ああ、そうさ。おまえのような女、誰も愛さない』


 蔑んだ瞳で吐き捨てたその瞬間――レオナの体は浮き上がり、階段を勢いよく転がり落ちていった。


 気がつけばレオナは階段の下で頭から血を流し、ぴくりと動かない。


 ……まさか、死んだのか?


 慌てて階段を駆け下り血溜まりの中に横たわるレオナに触れた。


 トクントクン。


 弱いが脈があることに、安堵の溜め息が漏れ出た。


 ふと見上げた先には、青ざめた表情で口元を押さえるクリステルが立ち尽くしている。


 物音に気がついた生徒たちが集まり始めていた。


『クリステル様、ここは僕に任せてください。あなたは去ったほうがいい』


 ふらふらと背を向けたクリステルの後ろ姿を見送りながら、妙案が浮かんだ。


 ――クリステルが突き落としたことにすればいい。散々レオナをいじめていたのだ、周囲も疑わないはず。


 集まってきた生徒どもの目にはクリステルが逃げ出したように映っていることだろう。これを利用してやる。


 レオナが目を覚ましたら、僕が言い聞かせればいい。ちゃんと話せばわかってくれる。僕はレオナの婚約者なのだから。


 婚約者を必死に介抱する振りをしつつ、頭の中で計画を練り上げた。


 そして、やはり運は僕に味方した。


 頭を打ったレオナはなかなか目を覚まさず、三ヶ月後目覚めた彼女は記憶を失っていたのだから。


 その間、僕は密かにクリステルが犯人だという証拠を固めていく。レオナを虐めていた者たちの証言や、あの階段で()()()クリステルを見たという目撃者。あらゆる証言を僕自ら率先して集めて回った。


 面白いことに、いつの間にか婚約者がありながら浮気をしていた男だという汚名はきれいに消え去っていたのだ。


 こうして見事クリステルに罪を被せることは成功した。彼女は王女としての身分を剥奪され、国境の修道院に送られた。


 目覚めたレオナを『第三王女派閥の残党から守るため、我が侯爵家の安全な場所で療養させる』と、お人好しのヒックス伯爵から預かった。


 そうやってレオナをこの塔に監禁し、僕に都合のいい記憶だけを植え付けたのだ。




 最上階へと続く螺旋階段を駆け上がる足音が近づいてくる。


 重々しい扉が、容易く開け放たれた。


 そこには、やはりクリステルの兄、第二王子の姿があった。


「フィデル・ウォード……! 貴様、よくも愛する妹クリステルを陥れ無実の罪を着せてくれたな!」


 妹によく似たライラックの瞳が、怒りに揺れている。


「誤解です殿下! 罪を着せるなど、そのような恐れ多い真似、誓って僕はしていません。当事者であるレオナに聞けば真実がわかるはず……」


「レオナ・ヒックス伯爵令嬢。そなたを階段から落としたのは誰だ?」


 殿下の言葉にレオナはゆっくりと僕を見上げ、にこりと微笑んだ。


 そうだ、おまえは地味で従順な女。僕の言うことだけを信じればいい。


 だが次の瞬間、レオナは肩に置かれた僕の腕を冷たく振り払った。


 まさか、すべて思い出して――


 レオナはゆっくりと殿下の方へと歩きだし、立ち止まるとこちらを振り返っておもむろに口を開いた。


「私を階段から落としたのは――」


 真っ直ぐに僕を指差し、冷ややかに見据える焦げ茶色の瞳にかつての地味で従順な女の面影は欠片もなかった。



 ∗



 それからしばらくして、城壁に縄で首を括られた男が吊るされた。青い瞳は光を失い虚ろに開かれ、風に吹かれなびく髪は、まばゆい金色をしていた。


 クリステルの殺人未遂の汚名は晴らされた。しかし彼女が私に対して行った王族にあるまじき数々の陰湿な嫌がらせが事実であることに変わりはない。


 妹想いの第二王子すら最後には冷ややかに首を振り、彼女が修道院で罪を償う日々は続いている。


 そして、すべての記憶を取り戻した私は、妹クリステルの犯した罪の償いを申し出た第二王子の協力を得てウォード侯爵家取り潰しによって宙に浮いた青い染料事業を引き継ぎ、ついに『褪せぬ青』を完成へと導いた。


 吸い込まれそうに鮮やかな青。決して色褪せない青。


 私は、青い布地を愛おしげに撫でるとそっと微笑んだ。


 かつて地味で柔順と蔑まれてきた女は、もうどこにもない。



最後までお読みいただきありがとうございます。


レオナ、記憶が戻って塔から逃げるタイミングを待っていた。

クリステル、結局修道院から出られず。


「アズライトのくず石から青い染料を作る」というのはファンタジーの世界の設定です。


8/18ジャンル変更しました。


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― 新着の感想 ―
侯爵子息の自分が屑だという自覚があれば性格の悪さに身分とか関係ないって理解して高貴な王女が虐めしても驚かなかっただろうに。 フィデルの中では婿入りの癖に浮気したことも王女に罪を擦り付けたことも正当化し…
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