太陽のかしら1
サキは動揺していた。目線が、消えた母の場所から変わらない。そんな様子を先程まで何かに操られていたかのように動いていたサルはただ黙ってみていた。
「……やつがれは一体……まるで自分ではなかったかのよう……」
サルはよろけながらサキのいる場所まで歩く。
「サキ様……やつがれは……」
「サルは……何も悪くないよ……」
サキは涙を流しながらサルを仰いだ。
「やつがれは太陽神力からもっとも離れた行為をしたのでは……」
「大丈夫。サルも……あたしも、時神に助けられた。情けもかけられた」
サキは拳を握りしめた。
「サキ様……」
「あたしだって、わかってたよ。あんた達に触れては来なかったけど……あんたがあたしに気付いて迎えにきた段階から……あたしは太陽に行かなくちゃならないことは確定していた」
サキは同じように戸惑うアヤに目を向ける。
「アヤ、ごめんね。いきなり叩いて。あんたらも……しょうがなかった」
サキはアヤにもあやまった。
「……サキ」
プラズマと栄次はそんなサキの変わり様を見てわずかに驚いた。
時神を恨んでくるかと思ったからだ。プラズマに至っては現世を担当するアヤが太陽と仲が悪くなると困ると考えていた。
「サキ、私は何も覚えていないの……。サキ……ごめんなさい」
「いいよ。あんたらは悪くない。この気持ちの処理は……あたしの問題だ」
サキは宇宙空間を見上げた。
「お母さんは人に戻った。あんた達が情けをかけてお母さんの力を巻き戻しただけにとどめたんだろう? 本当は消滅しててもおかしくないのに」
「そうなのかしら……」
「そうなんだよ、アヤ」
サキは困惑しているアヤにはっきりとそう言った。自分に言い聞かせているようにも見えた。
それを見たプラズマは追加で口を開く。
「……サキ、あんたは立派だよ。俺のさっきの言葉、わかってくれたんだな。お母さんを救うにはもう、これしかなかったんだ。俺は……」
「あんたにはアマテラス様の力があるんだろ?」
「……それは……わからない。だけど、これが最適解だと思った」
「そうかい」
サキは深くは聞かなかった。
「サキ、お前は本当に強い……。俺達はお前の強さ、尊敬する」
栄次はサキの心を心配したが、サキの目には太陽のような橙の光が宿っていた。
「そうでもないさ。この強さはあたしのじゃない……。あんた達が関わった方のサキのものだよ。あっちのサキなら、たぶん、こうする……そう思った」
サキは拳を握りしめた。
「そうか……和解の話を持ちかけていたというのに、俺達は……」
栄次がせつなげに下を向く。
「……うん。でもさ、あたし、思ったんだ。お母さんは変わらないって」
サキはサルの肩に手を置いて軽く笑った。微笑むことしかできなかった。
他にどういう表情をしていれば良いかわからない。
「サキ様……もうお休みになられた方が……」
サルはサキを心配するが、サキは時神達をまっすぐに見た。
「栄次、それからプラズマ。あんたらはこちらの世界にいてはいけない。太陽はあたしが立て直す。だから、元の時間軸へ帰りな」
「ああ、終わったしそうしたいんだが……」
プラズマが歯切れが悪くそう言っていると、ヒメが歩いてきた。
「うむ。ワシがふたりを元に戻しておくのじゃ。良いかの?」
「どうすんだよ?」
「おぬしら、天記神の図書館からよく元の世界に戻っているであろ? それを使うのじゃ。簡単なお話じゃ。
今回は陸に皆が来てしまっておる。弐(霊魂、夢の世界)の先端にある神々の図書館では陸の世界の神としてシステムが作動する。
元々の世界からあそこに入れば、元々の世界へ帰ることができるのじゃが。……なのでな、ワシら歴史神がその設定をいじり、元の世界に帰れるようにする」
ヒメは手を広げて語ったが、栄次とプラズマは首を傾げていた。
「ま、まあ、とにかく! 天記神の元へ行こうとするかの。後はワシらがなんとかする」
ヒメはサキに一礼をするとさっさと階段をおりていった。
「……サキ、ごめんな。太陽が再び起動することを願っている。頑張ってほしい。俺は……煮えきらないけど、ここで帰るよ」
プラズマがそう言い、栄次も頷いた。
「もう、俺達ができることはない。お前の力になってやりたかった。本当にすまない。なんと、言ったら良いか……」
「……うん。ありがと。……あたしさ、一段落したらさ、あたしを忘れた人間のお母さんに会いに行こうと思うんだ。あたし、身体を人に近づけさせられた影響で人間に見えるらしいから。もう何を言われても傷つかないよ」
サキは言葉を切ると続ける。
「関わらない手もある、確かにあるし、そちらのがあたしは傷つかなくてすむかもしれない。でもさ……」
サキはさらに続ける。
「でもさ、あの人はあたしのお母さんなんだ。だから、あたしが向き合わなくちゃいけないんだと思う」
サキは困惑していたアヤの背中を優しく押した。
「サキ……」
「あたしは大丈夫。立て直す。だからさ、アヤも元の世界、壱に帰りな……。仲良くしておくれよ。陸の世界に存在するあんたは優しいかわからないからね。壱のあんたとは仲良くしておきたい。後であたしの連絡先、送るよ」
「……もうそんな話をするの? 前を向けるの?」
アヤは心配そうに尋ねた。
「あたしが……お母さんへの気持ちの折り合いをつける時、アヤ、あんたに一緒に来てもらいたいんだよ……。不安で怖くなるかもしれないからね。でも、絶対にお母さんには会いに行くつもりさ」
「……そう。わかったわ。私も同行する。あなたは立派よ……」
アヤが控えめに声を上げるがサキは堂々とアヤに声をかけてきた。
「アヤ、あたしとお友達になってよ。あたし、神の知り合いがいないんだ。あんたなら話しやすいし、やさしそうだ。栄次やプラズマは時間軸へ帰る影響であたしを忘れてしまうかもしれない」
「……ええ。私で良ければ……ぜひ、お友達に……。私、あなたのお母さんを消した本神だけれど、いいのかしら……」
アヤが戸惑いながら小さな声で言うが、サキはアヤの手を握ってきた。
「いいんだよ。そのかわり、気持ちの折り合いがついたらお母さんに会いに行くから……一緒に来て……横にいて……お願い……」
サキはアヤにすがるように涙をこぼした。アヤの手にサキの涙が落ちる。
「……ええ。いつでも呼んで。怖くなったら話も聞くから」
アヤはサキをそっと抱き寄せた。サキはアヤの背に手を回し、アヤにすがって静かに泣いた。
その様子を栄次とプラズマは悲しげな表情のまま黙って見ていた。
何も声をかけることはできなかった。栄次とプラズマはそれぞれ、参(過去)、肆(未来)の世界の平成へ帰る。
世界の辻褄合わせで記憶操作が一部される可能性もあり、栄次もプラズマも今のサキを助けようとは言えなかったのだ。
アヤなら同世界の反転の世界へ帰るだけなので一番、そのまま戻れる可能性があった。
「俺達は……アヤに頼るしかないな。彼女を見ていてくれますように」
「……ああ」
プラズマと栄次はヒメを追い、歩き出した。
「アヤ、一回……いくぞ」
「サキ……ちゃんと連絡先、送りなさいよ……。私はいつでも……」
サキはアヤを離し、プラズマ達の元へ押し出した。
「サキ、本当に大丈夫なの……?」
「ありがとう、アヤ。あたし、まだこれから太陽でやらないといけないことがあるんだ。頑張るよ」
サキは痛みを残した笑みをアヤへ向けた。
アヤはプラズマの背中を見つめ、サキを見つめ、迷うように視線を動かしていたが、サキに背を向けて歩き出した。プラズマの大きな背中を黙って見つめたまま、アヤは涙を流した。
……私はやってはいけない選択をしたのでは……。サキの母を奪ったのではないか。サキが来るまであの母を止めておくべきだったのでは……。
サキと話させるべきだったのでは……。
階段をおり、沢山の太陽神達にお礼を言われ、頭を下げられながらアヤはただ黙ってプラズマの背中を見ていた。プラズマと栄次は太陽神にサキを頼み、今後も仲良くしてほしいと声をかけ、足早に歩いていく。
栄次はエンと短く会話をし、お互いをねぎらい、軽く握手をかわし、頭を下げて別れた。
アヤはそんな栄次も黙って見つめる。ひどく感情的になっているのはアヤだけだ。サキに心を痛め、泣いている理由は……。
「アヤ」
ふと栄次がアヤに声をかけてきた。プラズマはリンに言葉をかけている。
「……な、なに……?」
栄次はどこか人間離れした雰囲気を纏わせ、アヤを見ていた。
「アヤ、俺は過去が見える……。お前は……自分の家族とサキを重ねているだけだ。故に……心を痛め泣くことをやめる必要はない。俺はお前のことをよく知っている。俺は……お前にもサキにも同情している。元の世界に帰りたくない。心配だ」
アヤは栄次から目を離せなかった。栄次は過去見ができる時神である。
アヤよりもはるかに神格の高い神なのだ。アヤは少しだけ怯えながら栄次に頭を下げた。
「……ありがとう、ございます……」
「……どうしようもできぬ……。また、あの天記神の図書館で、話を聞こう。俺も毎日あの図書館へ通う。あのすべての世界が繋がっているという図書館でまた……」
「……ええ。そうね」
アヤは栄次の優しさを感じ、少し安心した。時神達はあの図書館でいつでも会えることを江戸時代にプラズマが見つけている。あの立花こばるとの過去戻り事件で皮肉にも別の世界にいた時神達は結束を強めたのだ。
あれがアヤの時神神生の初めだった。本神達はまだこの時、彼を覚えてはいないが。
アヤはまた、プラズマの背中を見て歩き出した。
彼がこの場にいると安心する。
ずっと同じ世界にいてくれればいいのに。ひとりは心細い。
サキには支えてくれる神はいるのか。
暁の宮から外に出た。オレンジ色の不思議な空間にただ建っている天守閣。太陽にいるというなんともいえない恐怖がアヤを包む。太陽の力が膨大だからか。
行きと同じように犬のような像が浮いている長い階段をおりる。アヤはまたプラズマの背中に目を向けた。




