母と娘1
サキはまどろんでいた。
笑顔のお母さん。
「アマテラス様を祭る神社はもうここだけ……。他の太陽神の神社はとりあえず、照姫を祭るようになった。うちは昔からずっとアマテラス様を信じるわ」
お母さんはサキの席があるテーブルに手作りのクッキーを置いた。
「わあ、おいしそうなクッキー!」
「何飲む? 麦茶?」
「お母さんが作った梅ジュース!」
「ああ、こないだ作ったあれね。じゃあそれでティータイムしましょ、サキ」
幸せそうな自分と笑顔なお母さん。
ずっと一緒に過ごしてきた。
特に何もない平和な親子だった。
それが十年ほど前から崩れ去る。
ある時、サキは不思議な力に目覚めた。燃えるような熱い何か。子供のサキは戸惑い、母に相談を持ちかける。
「お母さん、あたし、なんか変なんだよ。なんなんだろう? 体が熱いんだ」
そんなことを言うサキにお母さんは眉を寄せていた。
……なんでこの子が、アマテラス様の力を持ち始めたの?
ここを保たせているのは私なのよ!
私がアマテラス様の……
「お母さん、聞いてる?」
サキに問われ、母は我に返る。
「聞いてるわ、それはあなたが……」
「お母さん、どうして、そんな辛そうな顔に……」
「あなたが太陽神として自覚したからよ……」
嫉妬を抱えながらも母はサキと平穏に過ごそうと努力をした。
「大丈夫よ、私があなたを……守るから」
だんだんと生活するにつれ、母の励ましの言葉には感情が何も含まれなくなった。
サキの力は日に日に増大していき、サキが太陽神のトップに立つことはもうすでに確定していた。
アマテラス大神が伍の世界に行き、隠れる手前に発言していた予言、いずれ私の代わりが現れる、私の力をこちらに少し残す、と言っていたことはこの時、記憶操作されていたプラズマは知らないが、世界大戦時にプラズマにアマテラス大神がそう伝えていた。
この時期は知るよしもないが。
しかし、「私の代わり」というのがサキであることは間違いなかった。
アマテラス大神を皆が忘れているこの時代は誰も気がついていないのだ。
忘れ去られたアマテラス大神を唯一祭るこの神社に住むサキの母は、サキがアマテラス神力を持ってうまれ、いずれ太陽の上に立つことに気づいた。
「……この子じゃなくて、私がなるべきだわ。アマテラス神に」
母はおかしくなっていった。アマテラス大神になろうとしていた。
自分ではなく、自分の子がアマテラス神力を持ち、太陽神になることが許せなかった。
母はサキからアマテラス神力を剥奪し始めた。気付かれないよう慎重に。
太陽神のサキには神としての名前があった。母はそれに注目し、親であれば名をしばらくは変えられることを知り、サキから太陽神に関係する文字をとった。
「照」、「天」、「輝」などだ。
サキは太陽神を剥奪され、神になった。そして一回目、サキは向こう側である壱の同じ神社の前に現れる。太陽神は二柱いない。
壱と陸を太陽と共に交互にまわっているため、バックアップの世界にはいないためだ。
なんだかわからない神になってしまったことによりサキは二柱になった。今度はサキの名前に太陽神の文字を戻した。
すると、壱にいたサキが跡形もなく消えた。壱のサキは陸にいるサキやサキの母からは観測はできないが、ずっと一緒にいるサキの太陽神力がかなり減っていた。
サキの母は口角を上げ、不敵に笑う。
「これだ……。これであの子の神力を徐々になくせる……」
サキは太陽神力現れる不鮮明な時に名前の剥奪などをされた影響により、人間のデータも残ってしまった。
サキの母はさらに何度も名前の剥奪と元に戻すを繰り返し、サキの力をどんどん削いでいった。
名前を剥奪するたびに現れたもう一人のサキは誰もいない神社に当たり前に住み始め、なんの疑問も持たずに名前を戻されたタイミングで消える。
十年、繰り返された。
向こう側に現れるもうひとりのサキは十七歳になった。人間と神が混ざるよくわからない人物となり、人間の時間軸で現れたり消えたりしながら成長をしていた。
たいして、オリジナルのサキは成長もせず、太陽の力も完璧にはなくさずにきていた。母が自分から力を奪っていると知った時、とても悲しい気持ちだった。
新しい力はわき出るものの、すぐに奪われるのでサキは次の一回で神力がなくなり消滅すると考えていた。
母の体にアマテラス神力が漂いはじめ、母は太陽から帰ってこなくなった。
サキはずっと母を神社で待ち続けた。
「お母さんのために神力を渡して、あたしは消えるのか。それでもいいかもしれない」
サキはそんなことを思っていた。
母は優しかった。
優しかったのに。
サキは虚無な時間を過ごした。
自分が一人の人間になり、お母さんが太陽のトップになる。
それでも良いと考えていたが、母はアマテラス神力を持っているわけではなく、サキから奪った力を纏わせているだけだった。
太陽神の本質もわからずに母が太陽を壊しはじめているというのをサキは知るが、天に向かって「もうやめて」と言うことしか、もはやできなかった。
「あたしは結局、なにしてたんだろ?」
サキは目の前に現れた幼いサキに目を向ける。
「あっち側のサキ、はじめまして。あたしは……こっち側のサキだよ。あたしとあんたは同一神物なんだ。元々一柱さ。今回は同じ陸で神力の交換をしたからあんたはあたしの世界に現れた」
「全くなんだかわからないね。家に帰しておくれよ、もう」
サキは幼いサキにあきれた声を上げた。
「次は、あたしとあんたが一つになる。そうしたら、あたしは今を保てないかもしれない。あんたは太陽の力がない人間に近い神のような何かだ。そんなあんたと混ざったら、あたしの太陽の力はなくなってしまうんだ」
幼いサキは悲しげにサキに話してきた。サキにはよくわからなかった。いままで特に疑問はなく、生活してきた。
「あんたは元々、あたし、神社でお母さんと暮らしてる。あんたの生活費はお母さんがこちらの世界の、うちの机にお金を置いていた。壱と陸はバックアップ関係だから同じものが置かれる」
「へぇ、だから机にいつもお金が……」
サキはよくわかっていないが、机の上にあったお金を勝手に使っていたので使って良いと知り、安心した。
「あんた、何もわかってなさそうだけど、あたしなんだよ」
「あたしの小さい頃なんじゃないの?」
サキは走馬灯でも見ている気分だった。
「あたしは今もこんなだ。あたしの神力が安定しないから子供の姿のままなんだよ」
「へぇ、よくわかんないなー。しんりょくってなにさ?」
サキの質問に幼いサキは答えなかった。答えてもきっとわからないだろうと考えた。
「ねぇ……」
代わりに幼いサキはサキに質問を投げかけてきた。
「ん? なんだい?」
「あたしはさ、お母さんを止めた方がいいかな……」
思い詰めたような幼いサキにサキは首を傾げた。
「君のお母さんが何か悪いことをしようとしているなら、あたしは止めにいくかな。何したか知らんけどねぇ」
「……あのさ、あたし……お母さんにさ、ひどいことされてたんだけどさ……止めにいった方がいいのかな」
幼いサキはサキに助けを求めるように尋ねてきた。
「ひどいことねぇ……どうだろうねぇ。一瞬、放置したくなるねぇ。でもさ、あんたは止めようとしてるんじゃないかい?」
逆にサキに尋ねられた幼いサキは下を向いた。
「あんた、お母さんのこと、そんなに嫌いなのかい? 止めにいく行かないをどうしてそこまでこだわるんだい?」
「嫌いじゃなかったんだよ。すごく好きだったんだ」
幼いサキがしぼりだすように言う。
「じゃあ、助けに行くべきかもねぇ。あたしは、あんたを応援するよ」
「……そっか」
視界がだんだんと暗くなってきた。向こうのサキが見えない。
……あんたは、そういう考えか。
「……はっ!」
サキは目が覚めた。暁の宮最上階の一部屋でサキは眠っていたようだ。
「……んん」
体を起こし、目の前にある鏡で自分を見る。先程まで、成長していた自分を見ていた。だが鏡に映った自分はまだ幼い風貌だ。
「サキ、目が覚めた?」
目の前に立って声をかけてきた者はサキの母親だった。
母親はアマテラス神力を纏わせ、微笑んでいた。元々、あの神社を守り続けていたのはサキの母だが母は人間だ。
人間は神にはなれない。
霊などの存在になってからの話だ。
「お母さん、もうやめようよ……」
「サキ、だいぶん太陽神の力がなくなったわね、もう少しよ。もう少しで人間になれるわよ、サキ!」
「お母さん……」
興奮している母にサキは何も言えなかった。
「じゃあ、もう少しで私が太陽神の上に立てるから、あなたはここに向かってくる時神達を消しなさい。お母さんとあなたのためよ、できるわよね?」
「……で、できないよ……」
サキは陽気な母に静かに伝えた。母は笑顔を消し、サキを睨み付けてきた。
「ダメよ。あなたは私の下なの。私がもう少しで太陽の上に立つ! あなたは次で消滅する。人間に『戻れる』わよ! とりあえず、行きなさい! はやくっ!」
母の圧にサキは悲しくなりながら頷いた。優しいお母さんはいなくなってしまったのか。
もう一度、元に戻ってほしい。
サキは暗い顔で障子扉を開けた。




