3. 面接
社交界で最強の大伯母様が、面接官の席で足を組んでいる。
翌日の客間。男爵令嬢のイルミナ様が通されると、閣下より上座の大伯母様が私の耳元へ口を寄せる。蜂蜜色の髪を肩で留めたイルミナ様は、扉のところで膝を折り、顔を上げかねている。肩の髪留めだけが、真新しく光っている。
「アンナリーゼ、あの男爵令嬢が面接に来たわ。なんて図々しいのかしら、落としていい?」
「お話してからです、大伯母様。まだご挨拶も済んでおりません」
午後の光が薄い窓掛けを透かし、卓の白い布に葉の影を落としている。茶は温かいのに、扉のそばの空気だけが冷たく見える。
大伯母様は笑って、窓辺に寄せた客の椅子を示す。イルミナ様の声は、伏せた顔の下からかすかに届く。
「お招きいただき、ありがとうございます。……どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ようこそお越しくださいました。お顔を上げて、お座りください」
イルミナ様が腰を下ろすと、壁際の息子が身を起こす。
「イルミナ、緊張しなくていい。俺が話を――」
「あなたは壁。壁は喋らないの」
大伯母様に言われ、息子が腕を組んだまま壁へ戻る。私は茶器を手に取り、客のほうへ向ける。大伯母様が、客の椅子へ身を乗り出す。
「あなた、ゼヴェリンの何が好き?」
「……顔です」
大伯母様が足を組み直す。息子は顎を上げ、私は滑りかけた茶器を持ち直す。
茶の表面に映った窓が揺れる。褒められた息子の横顔だけが、やけに晴れやかだ。
「正直ね。次。顔がよければ何でも従うの?」
「それは嫌です!」
イルミナ様の指が膝の上で結ばれる。息子が身を乗り出すと、その顔を見上げる。
「イルミナ、そんな言い方をしなくても――」
「嫌なことは、嫌だとお伝えしたいです。ゼヴェリン様にも、聞いていただきたいです!」
息子が出しかけた足を戻す。
「あら……うふふ」
大伯母様はイルミナ様へ向いたまま、笑みを少し深くする。
「では、何を望むの?」
「私の返事を最後まで聞いてほしいです! 結婚したいです。でも、うれしいことも嫌なことも、お話ししたいんです。黙って頷くと決めたわけではありません!」
声の終わりがかすれる。けれど、イルミナ様の目は息子から動かない。
「嫌だと言えば、嫌われるかもしれないわよ?」
「……怖いです。でも、頷くだけなら、隣にいるのは私でなくても同じです」
大伯母様の笑みが薄れ、声が低くなる。
「それでも、伝えたいのね?」
「はい。うれしいときにまで、作り笑いだと思われたくありません!」
息子の口が開くより早く、大伯母様が手で退ける。私は窓辺の椅子へ茶を差し出す。受け取ったイルミナ様の指はまだ震えていて、湯気がその上をゆっくりほどけていく。
「言うじゃないの。アンナリーゼ、この娘はどうかしら?」
「今はまだ落としません。結婚のお返事は保留にします」
息子が壁から背を離す。顎の高さは、先ほどのままだ。
「保留って何だ! 会ったんだから決めればいいだろう!」
「会ったので、保留にするのです。まだ、あなたのお話を伺っていませんから」
息子の靴先が、またこちらを向く。
「あら、壁が喋ったわ」
大伯母様の声に、息子の耳が赤くなる。イルミナ様が口元を押さえ、慌てて膝へ手を戻す。
「人を壁扱いしないでください!」
「壁に失礼ね。壁は客の話を遮らないわ」
イルミナ様が俯き、肩を細かく揺らす。息子の組んだ腕がほどけ、また固く重なる。
大伯母様が私へ向き直る。空いた手を盆の縁に添えると、その指先まで見られている気がする。
「アンナリーゼは、ゼヴェリンの何が好きだったの?」
「……家の決めた縁、ですので」
大伯母様は黙って続きを待つ。茶器へ手を伸ばしかけ、客のための茶はもう渡したのだと気づく。手を膝へ戻して重ねても、言葉は続かない。
衣装の縫い目を見つめる。細い糸の流れを追ううちに、俯きすぎた襟が喉に触れる。
「家が決めたことは知っているわ。あなたは、どうだったの?」
「……それでよいのだと。ほかに、お答えが見つかりません」
返事の終わりだけが、ひどく細くなる。大伯母様はもう笑っていない。
「そうなのね……」
謝ろうと開きかけた唇を閉じる。窓辺の明るさへ目を上げると、笑おうとした頬がうまく動かない。
「それが令嬢の務めだと小さいころから教わってまいりましたので……」
窓辺で茶器が受け皿に触れる音がする。私は膝の手をほどけないまま、息子へ顔を向ける。
「あなたのわがままな行動は、許せないと思っています。あなたがちゃんと母に頭を下げるまでは、母は許しませんからね?」
「頭を下げる相手が違うだろう! 昨日まで俺の婚約者だったあなたに!」
息子の声が大きくなる。私は椅子に座り直し、その顔を見上げる。
「あら……元婚約者としては、もっと不愉快なのですけど?」
「く……」
息子の視線が、私から膝の手へ落ちる。私は指をほどき、茶器を置いたイルミナ様へ向き直る。
「お話をありがとうございます。イルミナ様を退けるための保留ではありません」
「そ、そうなんですね……」
イルミナ様の口元に、やっと力の抜けた笑みが浮かぶ。
「私の話も聞いていただけて、よかったです。お返事を、お待ちします」
イルミナ様が深く礼をして立つ。扉の前で振り返り、私に頭を下げる。息子が壁から身を起こす。
「……玄関まで送ってくる」
「どうぞ。お客様を玄関までお見送りするのも、家の者の務めです」
息子は返事をせずにイルミナ様の後を追う。その退室を見届け、腰を浮かせかけると、閣下が私を呼び止める。
「お疲れ様。家の返事は、君に任せよう」
「……お待たせすることになっても、ですか?」
閣下は頷いて、隣の妻の椅子を引く。
「君の返事を待とう。それより、君のことをもう少し聞かせてくれるかな? こちらへ……」
妻の席には、窓からの光が淡く差している。磨かれた肘掛けに明るい筋が走り、その先に閣下の袖がある。私は盆を卓に残し、衣装の裾を整える。
勧められた席へ移る。座面はまだ冷たい。背を伸ばしても、隣の肩の近さに、そちらを見られずにいる。




