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価値を書き換える俺は、正義を名乗れない  作者: 逆回転カエル


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4/6

価値を書き換える俺は、正義を名乗れない④

それから、三日。


 黒崎の様子は、はっきりとおかしくなっていた。


「またミスかよ」


「お前、昨日も同じとこ間違えてただろ」


 最初は、些細な違和感だったはずだ。


 計算を一つ間違える。


 書類の順番を取り違える。


 そんなもの、誰にだってある。


 だが。


「……違う、確認したはずだ……」


 同じ箇所で、同じミスを繰り返す。


 見直しても、気づけない。


 気づいても、修正が遅れる。


 その積み重ねが、確実に何かを削っていく。


 周囲の視線。


 最初は、軽い呆れだった。


 次に、疑問。


 そして今は――明確な不信。


「……最近おかしいな、あいつ」


 小声で交わされる評価が、耳に入る。


 隠す気もない声音。


 視界に浮かぶ数値。


 ――73


 変わっていない。


 それなのに。


「……数値は、結果じゃない」


 思わず呟く。


「……状態、か」


 白峰がこちらを見る。


 その目は、警戒と不安が混ざっていた。


「どういう意味」


「高いほど、安定してる」


「低いほど、崩れやすい」


 黒崎の動きを目で追う。


 手元が微妙に狂っている。


 焦りが、それをさらに悪化させている。


「……土台みたいなものだ」


 そう考えると、妙にしっくりきた。


「だから、たった10でも」


「ここまで歪む」


 自分の言葉に、自分で納得している。


 それが少しだけ、気味が悪い。


「……じゃあ」


 白峰の声が、かすかに震える。


「あなたが下げた分だけ」


「不幸になるってこと?」


「……たぶんな」


 曖昧な返答。


 だが、否定はできない。


 あの子供。


 あの悲鳴。


「少なくとも」


「何も起きない、はない」


 言い切る。


「……0になったら?」


 その問いで、空気が変わる。


「……死ぬ」


 迷いはなかった。


 理屈ではない。


 確信に近い直感。


「帳尻が合う」


 自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出た。


「……っ」


 白峰が息を呑む。


「じゃあ今までのも……」


「どこかで、誰かが払ってる」


 沈黙が落ちる。


 重く、動かない沈黙。


「……やめて」


 白峰が言う。


「もう十分でしょ」


「……いや」


 首を振る。


「まだ足りない」


 言った瞬間。


 自分の中で何かが、はっきりと形を持った。


「……何が足りないの」


「どこまで下げたら、どう壊れるか」


 完全に、一線を越えた言葉だった。


「……あなた」


 白峰の声が低くなる。


「それ、試すつもり?」


「……ああ」


 否定しない。


 もう、できない。


「でも、0にはしない」


 続ける。


「絶対に」


 その言葉に、どこか救いを見出している自分がいる。


「……それでいいと思ってるの?」


「いいとは思ってない」


 正直に答える。


「でも」


 視線を逸らさない。


「0じゃなければ、死なない」


 その理屈は、危うい。


 自分でもわかっている。


 それでも。


「……生きてる」


 黒崎を見る。


 まだ立っている。


 まだ働いている。


 壊れているのに。


 終わってはいない。


「……最低」


「……ああ」


 それでも。


 引き返す気はなかった。


 そのとき。


「おい」


 低い声。


 黒崎が、こちらを睨んでいた。


「さっきから見てんじゃねえよ」


 目の奥に、苛立ちと焦燥が混じっている。


 自分でも何かがおかしいと、気づいている目。


「……別に」


「気持ち悪いんだよ」


 一歩、近づく。


「なんだ、文句あんのか?」


 白峰が、袖を強く引いた。


「……やめて」


 その声は、今までで一番強かった。


 それでも。


 手は、止まらなかった。


「……少しだけだ」


 視界に浮かぶ数値。


 ――73


 触れる。


 あの、ざらついた感触。


「やめてって言ってるでしょ!!」


 白峰の声が、はっきりと怒りを帯びる。


 それでも。


「……3だけ」


 73を、70に。


 書き換えた瞬間。


 世界が、明確に歪んだ。


「……っ!」


 耳鳴りのような圧迫感。


 頭の奥を、何かが引きずる感覚。


 黒崎の体が、大きく揺れる。


「……は?」


 焦点が合わない。


 視線が泳ぐ。


「……なんだ、今……」


 次の瞬間。


「――っ!?」


 膝から崩れ落ちる。


「おい!?」


「黒崎!?」


 周囲が一斉に騒ぐ。


「……手が……」


 黒崎の手が、震えている。


 自分の意思とは関係なく、細かく揺れている。


「……力、入らねえ……」


 声にも、明らかな異常が混じる。


 そのとき。


 遠くで、ガシャン、と大きな音がした。


 反射的に振り向く。


 棚が崩れている。


 下敷きになりかけた女性が、尻もちをついている。


「きゃっ……!」


 周囲が駆け寄る。


 視界に数値。


 ――12 → 9


「……っ」


 理解する。


 3。


 さっき下げた分。


「……分配されてる」


 言葉が、勝手に出た。


「……あなた」


 白峰の声が震える。


「今の、見たでしょ」


「……ああ」


 死んではいない。


 だが。


 確実に、不幸が落ちている。


 偶然ではない。


「……やっぱり」


 確信に変わる。


「下げた分だけ、どこかが崩れる」


 白峰が、一歩後ずさる。


「……もうやめて」


 その声には、はっきりと恐怖があった。


「これ以上は、本当に――」


「大丈夫だ」


 遮る。


「0にはしてない」


 その言葉が。


 空気を決定的に変えた。


「……あなた」


 白峰の目が、冷たくなる。


「それ、本気で言ってるの?」


「……ああ」


 迷いはなかった。


「0にしなければ、死なない」


「だから」


 一拍。


「まだ、やれる」


 沈黙。


 白峰は、何も言わない。


 ただ。


 ゆっくりと、一歩下がる。


 ほんのわずかな距離。


 それなのに。


 決定的だった。


「……止める」


 小さく、しかしはっきりと。


「私は、あなたを止める」


 敵でもなく。


 味方でもない。


 その宣言だけが、そこに残った。

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