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価値を書き換える俺は、正義を名乗れない  作者: 逆回転カエル


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3/6

価値を書き換える俺は、正義を名乗れない③

その日の帰り道。


 空は晴れているのに、視界は妙に重かった。


 さっき見た光景が、頭の奥にこびりついて離れない。


 倒れた子供。


 何の前触れもなく崩れ落ちて。


 そして――“ゼロ”になった数値。


「……ねえ」


 隣を歩く白峰が、静かに口を開いた。


「あなた、これからどうするの」


 逃げ場のない問いだった。


「……やめるべきだと思うか」


 俺はあえて聞き返す。


「思うわ」


 迷いはなかった。


「使えば、誰かが死ぬ」


「もう、わかってるでしょ」


「……ああ」


 否定はできない。


「だったら――」


 言いかけて、白峰は言葉を止める。


「……でも」


 小さな声。


「完全に使わないって決めるのも、怖い」


 視線が揺れている。


「あなたの力がなかったら、私は昨日死んでた」


 事実だ。


「……それでも?」


「それでも」


「簡単に使っていい力じゃない」


 正しい。


 だからこそ、厄介だ。


「……じゃあ、見捨てるのか」


 気づけば、口にしていた。


「またああいうのがあっても」


「何もしないで、見てるだけか」


 白峰が言葉に詰まる。


 答えはない。


 あるはずがない。


「……少なくとも」


 俺は続ける。


「“誰でもいい”ってわけじゃない」


 足を止める。


「対象は選ぶ」


「……あなた」


「完全に無差別じゃないなら」


「まだマシだと思ってる」


 歪んだ理屈だ。


 自覚はある。


「……それ、正当化よ」


「そうだな」


 あっさり認める。


 それでも。


「何もしないよりはいい」


 その一線だけは、譲れなかった。


「……最低ね」


「……ああ」


 否定はしない。


「それでも、やるのね」


「……ああ」


 その一言で、決まった。


 ギルド。


 いつも通りの喧騒。


 だが、今日は違って見える。


 視界に浮かぶ数値。


 人の“価値”。


 その中で。


 一人の男に目が止まる。


 カウンターの奥。


 乱暴に書類を扱う男。


「次、早くしろ」


「詰まってんだよ」


 苛立ちを隠そうともしない。


「……不備だな」


 差し出された書類を、ろくに見もせず突き返す。


「え、でもそれは――」


「規則だ。読め」


 取り合わない。


 視界に数値。


 ――黒崎 恒一(価値:83)


「……ああいうのも、仕事よ」


 白峰が小さく言う。


「ルールで動いてるだけ」


「そうだな」


 俺は頷く。


「でも」


 視線は外さない。


「あいつ、自分で線引いてる」


 価値の低い人間には露骨に雑だ。


 逆に、高い相手には笑顔を見せる。


「……だからって」


「今回は殺さない」


 言葉を被せる。


 白峰が息を呑む。


「少しだけ下げる」


「それでどうなるかを見る」


「それでも……」


「完全に何もしないよりはマシだ」


 繰り返す。


 自分に言い聞かせるように。


 手を伸ばす。


 ――83


 触れる。


 ざらついた感触。


「……10だけ」


 83を、73に。


 その瞬間。


 世界が、わずかに軋んだ。


「……っ」


 頭の奥に走る違和感。


 だが、目を逸らさない。


 数秒後。


「……あ?」


 黒崎の手が止まる。


「……なんだこれ」


 書類を見直す。


「計算、合わねえ……?」


 小さな綻び。


 それだけだ。


 だが。


 それは確かに“始まり”だった。


 その日。


 それ以上は何も起きなかった。


 少なくとも、目に見える範囲では。


 ――夜。


「……やっぱり」


 白峰がぽつりと言う。


「何か、起きてる」


「……ああ」


 俺も感じていた。


 あの“軋み”は、あれで終わるはずがない。


 翌日。


 ギルドは、いつもよりざわついていた。


「黒崎がミスったらしいぞ」


「は?あいつが?」


 耳に入る噂。


 カウンターを見る。


 黒崎の動きが、明らかにぎこちない。


「……くそ、なんでだ」


 書類を何度も見直している。


「おい、それ昨日も間違えてただろ」


 同僚に指摘される。


「……は?」


「同じとこミスってんだよ」


「そんなはずねえだろ」


 苛立ちが増していく。


 だが。


 手は、確実に狂っている。


「……あなた」


 白峰が小さく言う。


「始まってる」


「……ああ」


 視界に数値。


 ――73


 昨日のまま。


 だが。


 “中身”が変わっている気がした。


 昼過ぎ。


「黒崎、ちょっと来い」


 上司に呼ばれる。


「……なんすか」


「お前、最近ミス多すぎる」


「は?いや、それは――」


「言い訳いいから」


 冷たい声。


 周囲の視線が集まる。


 黒崎の顔が、わずかに歪む。


「……チッ」


 舌打ち。


 その瞬間。


 空気が、少しだけ変わった。


 周囲の見る目が。


 “評価”が。


 確実に下がった。


「……効いてる」


 思わず呟く。


「あなた……」


 白峰の声には、明確な警戒があった。


 だが。


 目が離せない。


 たった10。


 それだけで。


 ここまで崩れる。


「……すごいな」


 口から漏れた言葉に、自分で驚く。


 恐怖じゃない。


 これは。


 理解だ。


 そして。


 ほんの少しの――高揚。


「……あなた、それ」


「わかってる」


 白峰の言葉を遮る。


 わかっている。


 これは、間違っている。


 それでも。


 視線は、黒崎から離れない。


 崩れていく過程が。


 あまりにも、はっきり見えるから。


 そのとき。


 遠くで、誰かの悲鳴が上がった。


「また……!」


 心臓が、嫌な音を立てる。


 振り向く。


 人が倒れている。


 見えなくても、わかる。


 これは。


 “その続き”だ。


「……っ」


 白峰が息を呑む。


 俺は。


 目を逸らさなかった。


 逸らせなかった。


 目の前で崩れていくものと。


 見えないどこかで失われるもの。


 その両方が。


 “繋がっている”と、理解してしまったから。

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