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価値を書き換える俺は、正義を名乗れない  作者: 逆回転カエル


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2/6

価値を書き換える俺は、正義を名乗れない②

翌日。


 雨は上がっていたが、空気はどこか湿っていて、肌にまとわりつくような重さが残っていた。


 昨夜の出来事が、まだ終わっていないとでも言うように。


「……歩けそうか」


 俺は少し距離を置いたまま、白峰に声をかける。


 無意識だった。


 近づきすぎることに、わずかな抵抗があったのかもしれない。


「ええ。まだ少しふらつくけど……なんとか」


 白峰 澪は、小さく息を整えながら頷いた。


 その仕草はどこか慎重で、まるで自分の体の状態を一つずつ確かめているようにも見える。


 当然だ。


 昨日まで、ほとんど死にかけていたのだから。


 本来なら。


 こんな短時間で回復するはずがない。


 それは、常識として知っている。


 だからこそ。


「……やっぱり、あなたの力?」


 白峰のその問いは、確認というよりも、ほとんど確信に近い響きを持っていた。


「……たぶんな」


 俺は視線を逸らしたまま答える。


 肯定も否定もできない。


 ただ、“他に説明がつかない”というだけだ。


 沈黙が落ちる。


 短いはずなのに、やけに長く感じる沈黙。


「……ねえ」


 白峰が、少しだけ声の調子を変える。


 柔らかさの奥に、慎重さが混じる。


「昨日の、あの感じ」


「何か……おかしくなかった?」


 その言葉で、はっきりと思い出す。


 ――遠くで聞こえた、何かが崩れるような音。


 ――理由のわからない、嫌な違和感。


「……ああ」


 俺はゆっくりと頷いた。


「気のせい、じゃないと思う」


 そう言い切った瞬間、自分の中で何かが一歩進んだ気がした。


 “曖昧な違和感”を、“認識された異常”として扱ってしまった感覚。


「……私も、そう思う」


 白峰もまた、同じ結論に辿り着いているようだった。


 その声は小さいが、迷いはなかった。


 互いに、言葉を選んでいる。


 はっきり言ってしまえば、戻れなくなるとわかっているからだ。


「……確かめる必要がある」


 やがて、俺はそう言った。


 口にした瞬間、自分の中で言い訳が組み立てられる。


 これは必要なことだ。


 理解するためだ。


 制御するためだ。


「また、使うつもり?」


 白峰の問いは、静かだった。


 責める響きはない。


 だが、逃がさない強さがある。


「そうしないと、わからない」


 事実だけを返す。


 それ以上の理由は、言わない。


 ――言えない。


 少しの間。


 白峰は俺を見ていた。


 何かを見極めるように。


「……範囲は?」


「最小限にする」


 即答だった。


 あらかじめ用意していた言葉のように、自然に出た。


「影響も、できるだけ小さく抑える」


 言ってから気づく。


 “影響”という言葉を、当然のように使っている自分に。


 もう、仮定ではない。


 何かが起きる前提で、考えている。


「……わかった」


 白峰は、ゆっくりと頷いた。


 完全な納得ではない。


 それでも、止めはしない。


「でも、何かおかしいと思ったら、すぐやめて」


「ああ」


 短く答える。


 その約束が守れるかどうか、自分でもわからないまま。


 ギルドへ向かう道。


 人通りはいつもと変わらない。


 朝のざわめき。


 日常の流れ。


 ――のはずだった。


「……人だかり」


 白峰が足を止める。


 少し先に、ざわつきがある。


 不自然な密集。


「倒れたらしい!」


「急にだって……!」


 嫌な予感が、背中をなぞる。


 近づく。


 人の隙間から覗き込む。


 地面に、男が倒れている。


 見知らぬ顔。


 ただの通行人。


 そして。


 視界に浮かぶ数値。


 ――価値:0


「……ゼロ?」


 思わず声が漏れる。


「あなた、今何か言った?」


 白峰がこちらを見る。


「……いや、気にするな」


 とっさに誤魔化す。


 まだ、この情報を共有する段階じゃない。


「呼吸は!?」


「……ダメだ、もう……」


 周囲の声。


 焦りと諦めが混ざった空気。


 男は、完全に止まっていた。


 ――昨日の“違和感”が、頭をよぎる。


 タイミング。


 感覚。


 そして、この“ゼロ”。


「……偶然、よね」


 白峰が、確認するように言う。


「……ああ」


 答える。


 だが、その言葉は軽かった。


 自分でも、信じていない。


 視線を巡らせる。


 周囲の人間。


 どの数値も、普通だ。


 ゼロは、この男だけ。


「……条件があるのか」


 小さく呟く。


 “何をすれば、どこに影響が出るのか”


 考え始めている時点で。


 もう戻れない気がした。


「……やるの?」


 白峰が聞く。


 逃げ道はなかった。


「……ああ」


 俺は頷く。


「今度は、もっと小さく」


 視線を動かす。


 人の流れの中から、一人を選ぶ。


 ――価値:54


 平均的。


 極端ではない。


 だから安全だと。


 そんな都合のいい理屈を並べる。


「……やめた方がいいと思う」


 白峰の声が、少しだけ強くなる。


「まだ、確定してない」


 俺は言い返す。


「だから確かめる」


 言葉にしてしまえば、もう止まらない。


 手を伸ばす。


 触れる。


 数字の感触。


 昨日と同じ。


「……1だけ」


 54を、53に。


 ほんのわずかな変化。


 その瞬間。


 視界の奥で、何かが“軋んだ”。


「……今の」


 白峰が息を呑む。


「感じたか」


「ええ……少しだけ」


 数秒。


 何も起きない。


 静寂。


「……やっぱり関係な――」


 言い終わる前に。


「きゃあっ!!」


 鋭い悲鳴が、空気を切り裂いた。


「子供が倒れた!」


 振り向く。


 小さな体。


 地面に崩れ落ちている。


 視界に数値。


 ――3


 次の瞬間。


 ――0


「……っ!」


 理解が、追いつかない。


 いや。


 理解したくない。


「そんな……」


 白峰の声が震える。


 距離がある。


 関係ないはずだ。


 それでも。


 タイミングが、すべてを否定する。


「……今の、あなたよね」


 逃げ場のない問い。


「……たぶん」


 それしか言えなかった。


「……1だけだったのに」


 自分でも信じられない声が出る。


「それでも……起きた」


 白峰が呟く。


「どこかで、帳尻を合わせてるみたいに」


 その言葉は、あまりにも正確だった。


 増やせば。


 減らせば。


 どこかで。


 誰かが。


 崩れる。


「……昨日も」


「……ええ」


 もう、言葉はいらない。


 あのとき。


 彼女を助けた代わりに。


 誰かが、ゼロになった。


 沈黙。


 騒ぎは続いている。


 誰も理由を知らない。


 当たり前だ。


 原因は。


 俺だ。


「……やめる?」


 白峰が静かに聞く。


 単純な問い。


 やめるべきだ。


 間違いなく。


 それでも。


 視界には、数字がある。


 触れられる。


 変えられる。


 その事実が。


 頭から離れない。


「……わからない」


 それが、限界だった。


「……そう」


 白峰は、それ以上何も言わなかった。


 責めない。


 肯定もしない。


 ただ。


 同じ現実を見てしまった者として。


 そこに立っている。


「……最低ね」


 小さな声。


「……ああ」


 否定はしない。


 できるはずがなかった。

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