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完璧な妹は、私よりずっと性格が悪い  作者: 白昼夢


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4/4

最終話 私より性格の悪い妹は、私より幸せになるつもりらしい




 それから、一か月が経った。


 グレイアム侯爵家への調査は、予想以上に大きな問題へと発展した。


 侯爵家が管理していた公共事業の資金に、不自然な流用が見つかったのだ。

 レイモンド自身がそれに関与していたわけではなかった。

 けれど、彼は父親から渡された金を何の疑いもなく使っていた。


 私の妹への贈り物。

 舞踏会のための馬車。

 宝石。

 高級な食事。


 そして、私には一度も説明しなかった数々の出費。

 その一つ一つが、証拠として積み上がっていった。

 私は王宮から呼び出され、何度か事情を聞かれた。

 そのたびに同じことを答えた。


「私は知りませんでした」


 本当に、それだけだった。

 そしてある日。

 レイモンドとの婚約解消が正式に認められた。

 私が自分から望んだわけではない。

 彼のほうから婚約を解消した。

 だから、私の家に非はなかった。


 むしろ。

 侯爵家からは、騒動に巻き込んだことへの謝罪まで届いた。



     *




「お姉様」


 セシリアが私の部屋へ入ってきた。


「どうしたの?」


「お茶を飲みに来ました」


「珍しいわね」


「何がです?」


「あなたから誘ってくるなんて」


 セシリアは笑った。


「では、お帰りになります?」


「いいえ。座って」


 妹が向かいに座る。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 私は紅茶を一口飲んだ。


「セシリア」


「はい」


「あなたに聞きたいことがあるの」


「何でしょう?」


「どうして、あんなことをしたの?」


 妹は黙った。


「レイモンド様に近づいたこと」


「……」


「贈り物を受け取ったこと」


「……」


「私の前で、彼を好きだと言ったこと」


「……」


「私があなたを嫌いになっても構わないようなことまで言ったこと」


 私は妹を見る。


「全部、何のためだったの?」


 セシリアはしばらく黙っていた。


 やがて。


「お姉様を守るためです」


 と答えた。

 私は目を瞬いた。


「……え?」


「最初は、ただの好奇心でした」


「好奇心?」


「レイモンド様が、あまりにもおかしな行動をするので」


 妹は苦笑した。


「婚約者であるお姉様より私を見ている。贈り物をする。手紙を送る。二人きりになろうとする」


「……」


「私は思ったのです」


 セシリアの声が低くなる。


「この方は、お姉様を妻にする気がないのだろう、と」


「それで?」


「試してみました」 


「何を?」


「私が少し優しくしたら、どこまで来るのか」


 私は絶句した。


「……それは」


「性格が悪いでしょう?」


 妹は笑った。


「ええ。自覚しています」


「あなた……」


「でも、思った以上でした」


 セシリアは指を折る。


「手紙」

「贈り物」

「二人きりで会おうとすること」

「お姉様との婚約を解消したいという相談」


 そして。


「私と結婚したいという言葉」


「……」


「全部、記録しました」


 私は息を呑んだ。


「では、あの帳簿は……」


「証拠です」


「でも、あなたは私に何も言わなかった」


「言えませんでした」


「どうして?」


「お姉様は、きっと私を止めるでしょう?」


 私は答えられなかった。

 たしかに。

 もし最初から妹が、


「レイモンド様を罠にかけます」


などと言っていたら。

 私は必死で止めていたと思う。


「だから私は、悪い妹になりました」


 セシリアは微笑んだ。


「お姉様が私を嫌いになるように」


「……」


「お姉様が私を疑うように」


「……」


「そして、レイモンド様には、私が本当に彼を好きなのだと思わせるように」


 私はしばらく何も言えなかった。

 胸の奥が熱くなる。


「どうして……」


 ようやく声を絞り出す。


「どうして、そこまでしてくれたの?」


 セシリアは少しだけ目を伏せた。


「妹ですもの」


「それだけ?」


「……それだけではありません」


 顔を上げる。


「私は、お姉様に幸せになってほしいのです」


 その言葉は、とても静かだった。


「小さい頃から、ずっと」


「……セシリア」


「お姉様は、いつも自分より誰かを優先するでしょう?」


「そんなこと……」


「あります」


 きっぱり言われた。


「だから、私が悪いことをすることにしました」


「……」


「お姉様が自分で戦えないなら、私が代わりに戦えばいい」


 私は目を伏せた。

 涙が一粒、膝の上に落ちた。


「……ありがとう」


「お姉様」


「本当に、ありがとう」 


「泣かないでください」  


「だって」


「困りますわ」


 妹は少し困ったように笑った。


「私まで泣いてしまいますもの」



     *






「でも」


 セシリアが言った。


「一つ訂正があります」


「何?」


「私は、お姉様のためだけにあんなことをしたわけではありません」


 私は顔を上げた。


「……どういう意味?」


「そのままの意味です」


 妹は紅茶を飲む。


「私は、自分のためにも動いていました」


「自分のため?」


「ええ」


 そこで妹は、少しだけ得意そうな顔をした。


「お姉様」


「何?」


「私、政略結婚そのものを嫌っているわけではありません」


「そうなの?」


「貴族ですもの。家のために必要なら、受け入れます」


「ええ」


「ですが」


 妹が微笑む。


「私は、恋愛結婚がしたいのです」


「……」


「できれば」


 妹は窓の外を見る。


「とても素敵な方と」


「それは……」


「家柄も、それなり」


「まあ」


「財力も、それなり」


「セシリア」


「将来性も、もちろん必要です」


「あなた……」


「何でしょう?」


「本当に欲深いわね」


「褒め言葉として受け取りますわ」


 私は思わず笑った。 


「それで?」


「それで?」


「相手はいるの?」


「おります」


 即答だった。


「……誰?」


 セシリアは答えなかった。

 代わりに、テーブルの上に一枚の紙を置いた。


 私は目を落とす。


 そこには、王家の紋章が押されていた。


「これは……」


「先日、王宮からいただいたものです」


「何の書類?」


「お誘いです」


「誰から?」


 セシリアは微笑んだ。


「王弟殿下から」


「……」


 私は言葉を失った。


「王弟殿下?」


「はい」


「あなた……いつの間に?」


「レイモンド様に近づくより、ずっと前です」


「え?」


「正確には、一年前から」


「一年……?」


 妹は優雅に紅茶を飲んだ。


「お姉様」


「何?」


「私が本当に欲しいものを、どうして伯爵令息程度だと思いました?」


 私は目を見開いた。


「……セシリア」


「レイモンド様は、最初から眼中にありませんでした」


「では、あの人にあれほど近づいたのは?」


「証拠集めです」


「宝石も?」


「証拠集めです」


「手紙も?」


「証拠集めです」


「好きだと言ったのも?」


「証拠集めです」


 妹はにっこり笑った。


「ついでに、お姉様の婚約者を処分できれば一石二鳥でしょう?」


 私は頭を抱えた。


「あなた、本当に性格が悪いわ」


「存じております」




     *




「でも」


 私は笑いながら聞いた。


「王弟殿下との結婚なんて、そんな簡単にいくの?」


「もちろん簡単ではありません」 


「でしょうね」


「だから、これから頑張るのです」


「頑張るって……」


「まずは気に入っていただかなければ」


 妹の目が輝いている。

 私は初めて気づいた。

 この子は、恋を夢見ている。


 ただし。

 普通の令嬢とは少し違う。

 白馬の王子様が迎えに来るのを待っているのではない。

 自分から王子様を捕まえに行くつもりなのだ。


「お姉様」


「何?」


「一つ、お願いがあります」


「何かしら?」


「私の恋を応援してくださいません?」


 私は笑った。


「もちろんよ」


「本当に?」


「ええ」


「では、これを」


 妹が一枚の紙を差し出す。


「何?」



「王弟殿下のお好きなものをまとめました」


「……」


 私は紙を受け取る。


 そこにはびっしりと書き込まれていた。


 好きな食べ物。

 苦手なもの。

 趣味。

 最近読んだ本。

 親しい友人。

 王宮での行動時間。


 そして。

『知性があり同じ目線で会話のできる女性を好む』


 私は思わず吹き出した。


「あなた……」


「何です?」


「私と同じことをしているじゃない」


「そうですか?」


「好きな人のことを調べて」


「ええ」


「好みを把握して」


「ええ」


「どうすれば喜ぶか考えて」


「もちろん」


 私は笑った。


「やっぱり、あなたは私よりずっと性格が悪いわ」


「ありがとうございます」


 妹は嬉しそうだった。




     *



 その後。

 私にも、新しい婚約者が決まった。

 伯爵家の次男で王宮の法務官。

 真面目で、誠実で、私の話を最後まで聞いてくれる人。

 何より。

 私ではなく、妹でもなく。

 私自身を見てくれる人だった。


「お姉様」


「何?」


「幸せですか?」


「ええ」


「本当に?」


「本当よ」


「なら、よかった」


 セシリアは満足そうに笑った。


「私も、幸せになりますから」


「ええ」


「お姉様には負けませんわ」


「何の勝負なの?」


「幸せの勝負です」


「そんなもの、勝ち負けじゃないでしょう?」


「私は勝ちたいのです」


 私は呆れた。


「本当に欲深い妹ね」


「姉妹ですもの」


「それは関係ないでしょう」


「いいえ」


 セシリアは笑う。


「お姉様が幸せになるなら、私も幸せになりたい」


「……」


「二人とも幸せなら、そのほうがいいでしょう?」


 私は頷いた。


「そうね」




     *



 数日後。

 王宮から帰ってきた妹が、珍しく疲れた顔をしていた。


「どうしたの?」


「疲れました」


「王弟殿下とお会いしたのでしょう?」


「ええ」


「どうだった?」


「とても意地悪な方でしたわ」


「まあ」


「私が何を言っても、すぐに見抜こうとなさるのです」


「それは大変ね」


「ですが」


 セシリアは楽しそうに笑った。


「私も負けません」


「……そう」


「むしろ、燃えてきました」


 私はため息をついた。

 どうやら妹の恋は、私の恋よりずっと大変そうだ。


 けれど。

 それでいいと思う。

 私はもう、自分を犠牲にする必要はない。

 妹もまた、自分の幸せを諦める必要はない。

 姉だから。

 妹だから。

 貴族だから。

 女だから。


 そんな理由で、人生を誰かに決められる必要はない。

 幸せになりたいなら。

 自分で選べばいい。

 自分で掴めばいい。

 たとえ。

 そのために少しくらい、性格が悪くなったとしても。




     *



 後日。

 私はセシリアから一通の手紙を受け取った。


『お姉様へ。

 本日、王弟殿下から二度目のお茶のお誘いをいただきました。

 どうやら、私のことが少し気になっているようです。

 これは脈があると判断してよろしいでしょうか?

 それから、お姉様。

 以前教えていただいた白薔薇の件ですが、大成功でした。

 殿下はたいそう喜ばれました。

 ありがとうございます。

 やはり恋というものは、楽しいものですわね。

 もちろん、まだ油断はいたしません。

 相手が王弟殿下だからといって、こちらが簡単に落とされて差し上げる必要もありませんもの。

 私は、私の幸せを自分で選びます。

 お姉様も、どうかご自分の幸せを大切にしてください。

 では、また。



 追伸。

 お姉様の新しい婚約者様へ。

 もしお姉様を泣かせたら、私が許しません。

 ――妹より』




 私は最後まで読んで、笑った。


「……本当に、性格が悪いんだから」


 けれど。

 その言葉には、もう悪意などなかった。

 窓辺には真紅の薔薇が飾られている。

 以前は。

 真っ赤な薔薇を見るたび、レイモンドのことを思い出した。

 婚約が決まってから、私の元を訪れる時はいつも真っ赤な薔薇を送ってくれていた。…妹に恋するまでは。


 でも、今は違う。

 妹が掴もうとしている未来。

 私が掴み始めた未来。

 その両方を思い浮かべる。

 そして私は、新しい帳簿を開いた。

 最初の頁に、ゆっくりと書く。


『今日、私は幸せだった』


 少し考えて。

 その下に、もう一行。


『妹も、たぶん幸せだった』


 さらに少し考えて。

 私は笑いながら、こう付け加えた。


『ただし、妹のほうがもっと大きな幸せを狙っているらしい』


 窓の外から、春の風が吹き込んだ。

 窓辺に飾った薔薇の花びらが揺れる。

 きっと妹は、これからも欲しいものを諦めない。

 姉の幸せも。

 自分の幸せも。

 恋も。

 未来も。

 全部、自分の手で掴むつもりなのだろう。

 そんな妹を見ていると。

 私も、少しくらい欲張ってみてもいい気がしてきた。

 私は帳簿を閉じる。

 そして、笑った。


「……お互い様ね、セシリア」


 完璧な妹は。

 やっぱり私より、ずっと性格が悪い。


 ――そして。

 どうやら私は、そんな妹が嫌いではないらしい

これにて完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
姉の性格を考えたら妹が悪者にならなければならなかった訳ですね。 さくさくと読めて面白かったです。 気になるところといえば、展開が序盤から予想出来てしまったところでしょうか。 あと、終盤の妹のセリフで「…
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