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完璧な妹は、私よりずっと性格が悪い  作者: 白昼夢


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3/4

第三話 完璧な妹は、何もかも知っていた




「私の名前が、資料に出ている?」


 父の言葉を、私はもう一度繰り返した。


「ああ」


「どういうことでしょう?」


「分からない」


 父は困惑した顔で首を振る。


「ただ、王宮から届いた書状には、お前がグレイアム侯爵家から受け取った金品について確認したい、と書かれている」


「金品……?」


 私は首を傾げた。


「私は何も受け取っておりません」


「そうだな。お前が贈られたものといえば、婚約当初にレイモンド殿からもらった花くらいだ」


「それ以外は……」


 言葉が止まった。



 セシリア。

 妹の顔が浮かぶ。

 レイモンドから贈られた宝石。

 菓子。

 本。

 髪飾り。

 そういえば、最近は私の知らないところで、彼から妹へ何かが届いていることも多かった。


「お父様」


「何だ?」


「妹が何か知っているのではないでしょうか」


 父は眉を寄せた。


「セシリアが?」


「はい」


 けれど。

 私はすぐに首を横に振った。


「……いえ。きっと違います」


「なぜそう思う?」


「分かりません」


 私は答えた。

 妹を疑いたくなかった。

 いや。

 正確には。

 疑うのが怖かった。




     *



 翌日。

 私はセシリアを訪ねた。


「お姉様?」


「少し聞きたいことがあるの」


「何でしょう?」


「昨日、お父様から聞いたわ」


 セシリアの表情が一瞬だけ固くなる。


「王宮がグレイアム侯爵家を調査しているそうね」


「ええ」


「あなたは何か知っているの?」


「もちろん」


 あまりにもあっさりとした返事だった。


「……何を?」


「たくさん」


「たくさん?」


「はい」


 妹は紅茶を飲んだ。


「レイモンド様のことも。侯爵家のことも。お姉様のことも」


「どうして……?」


「調べたからです」


 私は言葉を失った。


「なぜ?」


「必要だったからですわ」


 その答えは冷たかった。



 私は妹の顔を見た。

 そこには、以前のような柔らかい笑顔がなかった。


「お姉様」


「何?」


「私たちは、もう婚約者を取り合う姉妹ではありません」


「……ええ」


「だから、これ以上私を邪魔しないでください」


「私は邪魔なんてしていないわ」


「そうでしょうか」


 妹は微笑んだ。


「では、これからも何もしないでください」


「……」


「そのほうが、お姉様のためです」


 私は胸の奥が痛んだ。


「分かったわ」


 立ち上がる。

 そのとき、妹が呼び止めた。


「お姉様」


「何?」


「もし王宮から呼び出しが来ても、怖がらなくて大丈夫です」


「え?」


「あなたは何も悪いことをしていませんから」


 私は妹を見つめた。


「……どういう意味?」


「そのままの意味です」


 妹は微笑んだ。


「では、失礼いたします」



     *




 三日後。

 私は王宮へ呼び出された。

 応接室に通されると、そこには王家の財務官と、公爵家の令嬢が一人いた。


「シャーロット様」


「はい」


「いくつか確認したいことがあります」


「分かりました」


 質問は奇妙なものだった。


 レイモンドから何を贈られたか。

 いつ贈られたか。

 どこで購入されたものか。

 代金を誰が支払ったか。


 私は覚えている限り答えた。


「こちらの髪飾りは?」


「セシリアが受け取りました」


「こちらの宝石は?」


「それも妹です」


「こちらの馬車代は?」


「……存じません」


「あなた自身が支払ったことは?」


「ありません」


 財務官が顔を見合わせた。


「なるほど」


 私は不安になった。


「何か問題があるのですか?」


「今のところ、あなたにはありません」


「今のところ?」


「ええ」


 公爵令嬢が口を挟んだ。


「むしろ、あなたのおかげで確認できたことがあります」


「私のおかげ?」


「はい」


 彼女は一枚の書類を取り出した。


「これをご覧ください」


 そこには、私が見覚えのある文字が並んでいた。

 セシリアの字だった。


 品物。

 日付。

 金額。

 購入先。

 贈答先。


 まるで帳簿だった。

 私は息を呑んだ。


「……妹が?」


「ええ」


「これを王宮へ?」


「そうです」


「なぜ……?」


 誰も答えなかった。

 ただ、公爵令嬢が言った。


「あなたは、本当に何も知らないのですね」


「はい」


「そうですか」


 彼女は少しだけ笑った。


「それなら、それで結構です」



     *



 その夜。

 私はセシリアの部屋へ向かった。

 今度こそ、問い詰めようと思った。


「セシリア」


「お姉様」


 妹は振り返った。


「王宮へ行ったのですね」


「ええ」


「何を聞かれました?」


「あなたが知っていることを、私にも教えて」


「……」


「どうして帳簿なんて作っていたの?」


 セシリアは答えない。


「どうしてレイモンド様からの贈り物を全部記録していたの?」


「必要だったからです」


「何のために?」


「それは……」


 妹は言葉を濁した。

 私は一歩近づく。


「セシリア」


「はい」


「あなたは、私を陥れようとしているの?」


 妹の目が大きく開いた。


「……どうして、そう思うのですか?」


「だって、あなたは私に何も教えてくれない」


「それは」


「レイモンド様と一緒にいるところを見せつける」

「……」


「私の悪い噂が流れる」


「……」


「そして、王宮には私の名前まで出ている」


 私は震える声で言った。


「あなたは、私から全部奪うつもりなの?」



 長い沈黙。


 やがてセシリアは。


「……そうかもしれませんね」


 と言った。

 私は息を止めた。


「お姉様」


 妹は笑った。


「私、欲しいものは全部欲しいのです」


「……」


「婚約者も」


「……」


「家の立場も」


「……」


「社交界での評価も」




 そして。


「お姉様の居場所も」


 胸が締めつけられた。


「そう……」


「はい」


「分かったわ」


 私は踵を返した。


「お姉様」


「何?」


「怒らないのですか?」


「怒っているわ」


「……」


「でも、あなたがそうしたいのなら、私はもう止めない」


 扉へ向かう。


「さようなら、セシリア」



 その瞬間。


「お姉様」


 妹の声がした。

 振り返らなかった。




「……ごめんなさい」


 小さな声だった。

 私は答えなかった。



     *



 その数日後。


 レイモンドとセシリアの婚約が正式に発表された。

 社交界は祝福ムードに包まれた。


 「美しい姉妹のうち、妹が侯爵夫人の座を射止めた」


 そんな記事まで新聞に載った。

 私は笑って読んだ。

 不思議なことに、もう悲しくなかった。

 妹が欲しいものを手に入れた。

 それでいい。

 私は私の人生を探せばいい。

 そう思い始めた。

 そんなある日。


「シャーロット様」


 庭園で声をかけられた。

 振り返る。

 そこにいたのは、王宮の法務官だった。


「突然申し訳ありません」


「いえ」


「実は、以前からお話ししたいと思っていました」


「私に?」


「はい」


 彼は少し緊張したように言った。


「あなたは、妹君のことを悪く言わないそうですね」


「……どうして、その話を?」


「王宮では有名です」


 私は苦笑した。


「姉妹ですもの」


「それだけですか?」


「それだけです」


 彼は私をしばらく見つめた。


「では、もし許されるなら」


 そこで彼は言葉を選んだ。


「私と、もう少しお話ししていただけませんか」


 私は驚いた。


 けれど。


「はい」


 そう答えた。





     *



 その頃。

 王宮の別室では。

 セシリアが一人の男性と向かい合っていた。


「ご報告します」


 男性は頭を下げる。


「グレイアム侯爵家の帳簿について、すべて確認が取れました」


「そう」


「公金の流用もほぼ確実です」


「レイモンド様は?」


「ご本人は何も知らなかった可能性があります」


 セシリアは少し考えた。


「では、彼は利用された側ということ?」


「そうなります」


「……なるほど」


 セシリアは窓の外を見る。

 王宮の塔が見えた。


「では、彼には予定通り退場していただきましょう」


「はい」


「そして」


 セシリアは机の上に置かれた別の書類を手に取った。


「こちらは?」


「王家からの新しい打診です」


「そう」


「お受けになりますか?」


 セシリアは書類を眺める。


 そこには、一つの名前があった。


 王弟殿下。


 国内最大の公爵家を母に持ち、王位継承権こそ低いものの、宮廷内で絶大な影響力を持つ人物。

 セシリアは微笑んだ。


「まだ、返事はしません」


「よろしいのですか?」


「ええ」


 彼女は立ち上がった。


「まずは、お姉様のことです」


「お姉様?」


「ええ」


 セシリアは窓の外を見た。

 庭園の向こう。

 シャーロットが、法務官の青年と話している。


「……あの方なら、お姉様を幸せにしてくれるでしょう」


 そう呟いた。

 けれど。


 その直後。

 セシリアの口元に、いつもの完璧な笑みが浮かんだ。


「さて」


 彼女は別の書類を手に取った。


「私の話も、そろそろ始めましょうか」


 その紙に記されていたのは。

 王弟殿下との、非公式な面会の予定だった。



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