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完璧な妹は、私よりずっと性格が悪い  作者: 白昼夢


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2/4

第二話 妹は、私からすべてを奪う


 婚約解消を告げられた翌日。

 私はセシリアの部屋を訪ねた。

 妹は窓辺で手紙を読んでいた。


「お姉様?」


「少し話をしてもいい?」


「もちろんですわ」


 セシリアは手紙を封筒に戻した。

 私は向かいに座る。


「昨日、レイモンド様から婚約を解消したいと言われたわ」


「そうですか」


「あなたのことが好きだそうよ」


「……ええ」


 セシリアは驚かなかった。

 まるで、知っていたかのように。


「あなたはどうするの?」


「どう、とは?」


「レイモンド様と婚約するの?」


 妹は少し考えた。


「そうなるかもしれません」


「そう」


「お姉様は、それでよろしいのですか?」


「ええ」


 私は微笑んだ。


「あなたが幸せなら」


「また、その言葉ですのね」


「何?」


「お姉様は、いつもそう仰る」


 セシリアの声が少しだけ低くなった。


「私が幸せなら、それでいい。私は大丈夫。私は気にしていない。私は構わない」


「……」


「本当に、そう思っていらっしゃいますの?」


 私は答えられなかった。

 セシリアは私の顔をじっと見つめる。

 やがて、ため息をついた。


「お姉様」


「何?」


「婚約破棄は、できるだけ早くなさってください」


 胸が痛んだ。


「……そう」


「ええ」


「そんなにレイモンド様が好きなの?」


「そういう問題ではありませんわ」



 即答だった。

 けれど、その意味を深く考える余裕はなかった。

 私は立ち上がった。


「分かったわ」


「お姉様」


「何?」


「恨まないでくださいね」


 振り返る。

 妹は笑っていた。

 いつもの完璧な笑顔だった。


「何を?」


「何でもありませんわ」




     *


 婚約解消の手続きは、思っていたより早く進んだ。

 侯爵家から正式な申し入れがあり、父は渋い顔をしたものの、最終的には受け入れた。


 理由は明白だった。


 侯爵家は、セシリアとの新しい縁談を望んでいた。

 父にとっても悪い話ではない。

 私との婚約を終わらせる代わりに、妹が侯爵家へ嫁ぐ。

 家としては、むしろ格上の縁談になる。


「シャーロット」


 父が申し訳なさそうに言った。


「すまない」


「お父様が謝ることではありません」


「だが……」


「大丈夫です」


 私は笑った。


「妹が幸せになるなら、それでいいのです」


 父は黙った。

 そして、小さく呟いた。


「お前は、本当に優しいな」


 私は答えなかった。

 優しいのではない。

 ただ、もう疲れただけだ。

 婚約者の心を追いかけることにも。

 妹と比べられることにも。

 自分が選ばれなかったことを、何度も思い知らされることにも。


 だから。

 これで終わりにしたかった。



     *



 ところが。

 婚約解消が決まったという噂が広まると、社交界は思いのほか騒がしくなった。


「まあ、やっぱり妹君でしたのね」


「以前からお二人は親密でしたもの」


「お気の毒ですわ、シャーロット様」


「でも、セシリア様なら仕方ありませんわよね」


 私は笑って聞き流した。


 けれど。

 妹に対する視線は、以前とは少し違っていた。

 特に年上の令嬢たちは、セシリアを見ると意味ありげに微笑む。


「侯爵夫人になられるのでしょう?」


「まあ、まだ決まっておりませんわ」


「でも、時間の問題でしょう?」


「どうでしょう」


 セシリアは否定しながらも、嬉しそうに見えた。

 そして、私の目の前でレイモンドから贈られた指輪をつけるようになった。

 以前は婚約者の妹という立場を気にして隠していたのに。

 今は堂々と。

 まるで、私がいなくなるのを待っていたように。


「綺麗ね」


 私が言うと、セシリアは微笑んだ。


「ありがとうございます」


「レイモンド様から?」


「ええ」


「そう」


「お姉様にも見ていただきたかったので」


 その言葉が、妙に胸に刺さった。  


「……そう」


 私はそれ以上、何も言えなかった。



     *



 ある日の午後。

 私は王都の菓子店で、偶然セシリアとレイモンドに会った。

 二人は向かい合って座っていた。

 レイモンドが何かを話し、セシリアが笑っている。

 私に気づいた妹が立ち上がった。 


「お姉様」


「こんにちは」 


「こちらへいらしたのですか?」


「ええ。少し買い物を」


「そうですか」


 レイモンドが立ち上がる。


「シャーロット」


「レイモンド様」


「……悪かった」


「何がです?」


「君を傷つけるつもりはなかった」


「大丈夫です」


 私は微笑んだ。

 するとセシリアが言った。


「レイモンド様」


「何だ?」


「私、お姉様と二人でお話ししたいのですけれど」

「分かった」


 レイモンドが店の外へ出る。

 私は妹を見る。


「何?」


「お姉様」


 セシリアは、私の手を取った。


「私は、レイモンド様をいただきます」


「……え?」


「もう、遠慮はしません」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「セシリア……」


「お姉様が婚約者でなくなった以上、私は好きにしていいのでしょう?」


「……そうね」


「では、そうします」


 妹は笑った。


「私は欲しいものを諦めるほど、聞き分けのいい女ではありませんから」




 その笑顔を見て、私は初めて思った。

 この子は。

 私より、ずっと性格が悪い。




     *



 それからセシリアは、ますます積極的になった。

 レイモンドと王宮の庭を歩く。

 舞踏会では隣に立つ。

 贈られた宝石を身につける。

 社交界では二人の婚約が近いと囁かれるようになった。

 私は、そのたびに笑った。

 そして、そんな私を見て。

 ある令嬢が言った。


「シャーロット様は、お優しいですのね」

「そうかしら?」


「私なら妹に婚約者を取られたら、絶対に許せませんもの」


「……取られた、というほどのことではありませんわ」


「でも」


 令嬢は声を潜めた。


「セシリア様は、本当にお姉様のことを考えていらっしゃるのでしょうか?」


「どういう意味?」


「だって……」


 彼女は周囲を確認してから言った。


「最近、セシリア様は、お姉様の悪い噂まで流しているでしょう?」


 私は目を見開いた。


「何ですって?」


「『お姉様は婚約者に執着している』とか」


「……」


「『私がレイモンド様と結婚することを邪魔している』とか」


「そんな……」


 私は信じられなかった。


 けれど。

 思い返せば、最近は確かに妙な視線を感じることが増えていた。

 社交界で親しかった令嬢から避けられることもある。

 私が婚約解消を惜しんでいるという噂も聞いた。

 けれど私は、誰にもそんなことを言っていない。

 もし。

 もしそれがセシリアの仕業なら。

 妹は本当に、私を追い出そうとしている。

 婚約者だけではない。

 私の居場所まで。




     *



 その夜。

 私は妹の部屋を訪ねた。


「セシリア」


「お姉様?」


「聞きたいことがあるの」


「何でしょう?」


「あなた、私の悪い噂を流しているの?」


 妹の表情が変わった。

 ほんの一瞬だけ。

 けれど私は見逃さなかった。


「……誰から聞いたのですか?」


「そんなことはどうでもいいわ」


「いいえ。とても大事です」


「どうして?」


「噂というものは、出所を確認しなければ意味がありませんもの」


 冷静な声だった。


「私が流したという証拠は?」


「証拠なんて……」


「ありませんのね?」


「セシリア」


「では、私を疑っているのですか?」


 私は言葉に詰まった。

 妹は悲しそうな顔をした。


「お姉様まで、私を疑うのですね」


「そういうつもりでは……」


「もういいです」


 妹は立ち上がった。


「私はレイモンド様と結婚します」


「……」


「お姉様に邪魔をされたくありません」


「邪魔なんてしないわ」


「なら、私たちのことには口を出さないでください」


 私は何も言えなかった。


「それが、お姉様のためでもありますから」


「私のため?」


「ええ」


 妹は微笑んだ。


「私が幸せになれば、お姉様もきっと諦めがつくでしょう?」



 扉が閉まった。

 私はその場に立ち尽くした。

 胸の奥が、冷たくなっていく。

 妹は、本当に私のことを嫌いになったのかもしれない。

 いや。

 もともと、好きではなかったのだろう。

 ただ姉妹だから、完璧な妹を演じていただけ。

 そして今。

 私から婚約者を奪い取る必要がなくなったから。

 もう、隠す必要もなくなった。




     *



 数日後。

 私は一枚の紙を受け取った。

 侯爵家からの正式な通知だった。


『レイモンド・グレイアムとセシリア・アシュフォードの婚約について、近日中に王家へ届け出る予定』


 私は紙を机の上に置いた。

 これで終わる。

 本当に。

 そう思った。

 けれど、その日の夕方。

 父が青い顔で私の部屋へ入ってきた。


「シャーロット」


「お父様?」


「これを見なさい」


 父が差し出したのは、侯爵家から届いた一通の書状だった。


 そこには。

 私の知らない名前が記されていた。


「これは……?」


「王家からだ」


 父は声を震わせていた。


「グレイアム侯爵家に関する調査が始まるらしい」


「調査……?」


「そして」


 父が私を見る。


「なぜか、お前の名前も資料に出ている」


 私は息を呑んだ。


「私が……?」


 父は頷いた。


「お前の妹が、何かを提出したらしい」


 その瞬間。


 私は初めて気づいた。

 セシリアは。

 私の婚約者を奪おうとしているだけではないのかもしれない。


 けれど。

 それが何を意味するのか。

 私にはまだ分からなかった。



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