31
魔物がいなくなり、何もなくなった草原でケインと間合いをとって向かい合う。
「それじゃあ、いいかな?」
剣を片手にケインが問いかける。
柄にはめ込まれた魔石が陽の光を反射する。
「いつでもどうぞ?」
私は両手を空けて無防備に立ったまま、そう返事をする。
ケインは笑った。
どうやら、武器がないくらいじゃ動揺しないみたいね。
ケインの周囲に鋭い氷柱がいくつも浮かび上がる。
──ザッ!
氷が動くと同時に私は走り出す。
私の駆け抜けた地面に氷柱が刺さっていく。
弧を描いてケインへと近づき、私は空間魔術を構築し始める。
……いや、上!
空間魔術を中断し、障壁を頭上に張って氷を防ぐ。
その一瞬で、ケインは私に肉薄していた。
剣が振り下ろされるより早く、私は魔法で土壁を作る。
だが、激しい音とともに土壁はあっさりと砕かれた。
飛び散る破片を避けながら私は距離を取る。
「やっぱり、強いね」
ケインは楽しそうに剣を構え直した。
「あんたこそ、意外と頭脳派なのね」
「リーダーになると考えることも多いから」
私は短剣を二つ取り出し、両手に持つ。
ケインはそれを見て、好戦的な目で剣先をこちらへ向けた。
「それじゃあ、今度はこっちから」
ケインが距離を詰める。
私も双剣を構える。
迫る剣を紙一重で避けて、短剣で斬りつける。
しかし、ケインは刃を翻してそれを弾く。
それならば、二撃目だ。
私はもう片方の短剣を振るう。
──カンッ!
ケインの身体に当たる寸前、障壁によって阻まれる。
けど、硬さは不十分だ。
一本目の短剣でケインの剣を押さえ、
もう一度斬りつける。
障壁が壊れた。
すぐさま短剣を手放し、代わりに槍を取り出す。
ケインの懐に入ったまま、穂先を突き出した。
絶対に避けられない距離だ。
……いける。
そう思った瞬間、ケインの身体から電撃が迸る。
そして突きよりも速く後方へ跳んだ。
理解を越える速さに、私は咄嗟に追撃できなかった。
それを挽回するようにナイフを投げるが、体勢を立て直され剣で弾かれる。
「…………」
「…………」
間合いを空けたまま向かい合う。
お互い、見つめあったまま一歩も動かない。
が、一拍置いてケインが脱力した。
「ふう。いやあ、楽しかったね」
「思ったより熱が入っちゃったわ」
私も肩の力を抜いて短剣を拾う。
そして、寄り道も終わりにして帰路に就く。
「ほんとにね、槍が迫ってきたときは死ぬかと思ったよ」
「よく言うわね、あっさり躱したじゃない」
ケインが腹をさすりながら笑う。
まだまだ余裕がありそうな態度だ。
詳しいことはわからないが、雷魔法の応用なのだろう。
「危なかったのは本当だよ。やってみてわかったけど、フレアの戦い方はあまりにも恐ろしい」
「はあ?何よそれ。むしろ、私は真正面から闘ってるほうでしょ」
強いと言われるならまだしも、恐ろしいなんて言われる戦い方はしていない。
「考えてもみてよ。何が飛んでくるかわからない相手と真っ向から至近距離で対峙するなんて怖い以外の何物でもないよ。間合いなんてお構いなしで、無理矢理攻撃をねじ込まれるんだから。」
ううん……そう言われると何も言い返せないわね。
意表を突くためだけに用意したような武器もストックしてあるし。
大鎌とかね。
「ちなみに、空間魔術から直接、武器を飛ばしたりはできるの?」
ケインが思いついたように聞いてくる。
その目はどこかワクワクしてるように見える。
「それは無理ね。手から魔力を流さないと取り出せないわ」
「ふーむ、そんなに都合良くはいかないか」
ケインは少し残念そうにしたのも束の間、すぐに真面目な顔をした。
「そもそも、何で戦闘に使ってるんだ?君なら、剣一つでも十分だろ?」
ケインはおもむろに剣を引き抜いて私に見せた。
「魔術は展開に時間も必要だし、失敗することもある。便利とは言っても、リスクも大きいと思うけど」
ケインの言う通りではある。
特に空間魔術は構築に時間がかかる。
私も何度も繰り返して、さらには戦闘に使う分には必要ない術式を簡略化したりしてようやく実戦に使えるようになった。
……今までは聞かれても、便利だからと答えていたし、それで話は終わっていたけれど。
「そうね……私は、一つのものに頼るのが苦手なのかもしれないわ」
何か一つを極めて、それで何もかもひっくり返せるなんて思えないもの。
物語みたいに上手くはいかないわ。
「それに私って欲張りなのよ。何でもできるようにしないと気が済まないのよね」
そう言って胸を張る。
ケインも笑ってそれ以上は追及しなかった。
街がすぐそこまで近づいてきた。
「私はギルドに行くけど、あんたは?」
「俺もついていこうかな。西のギルドがどんなとこか興味あるし」
私たちは、門の前で検問の列に並ぶ。
ちょうど行商人達が王都に到着する時間だったようだ。
「ああ、そうだ。さっきの俺たちのパーティの話、あまり広めないでくれると助かるな。まだ、ザックには言ってないんだよね」
「いいけど、それ結構大事なことじゃないかしら?」
それに、有力パーティの過去なんてすぐ耳に入りそうなものだけれど。
「中央のギルドは、冒険者に深く介入しない。その代わりに、ギルド内での情報の機密保持を徹底する。って方針なんだ」
なるほどね。西とはだいぶ違いそうだ。
「ザックにはちゃんと言わなくちゃいけないんだけどさ、あの子は背負い込んじゃいそうだから。抜けた穴を埋めよう、代わりになろう、なんて思ってほしくはないんだ……」
夕日が、ケインの顔に陰を作る。
確かにザックはパーティへの思い入れが強そうだった。特にケインへはかなり信頼を寄せているように見えた。
「それならさっさと腹くくりなさいよ。悩んでもしょうがないじゃない」
ずっと秘密にされてるなんて私だったら我慢ならないわ。
早く言うべきよ。
……別に自分のことを棚に上げてなんかないわ。
あの二人には、死ぬまで隠すつもりだもの。
うん、それとこれとは別だ。たぶん。
「でもさあ、打ち明けた後なんて言えばいいの?『だから、頑張ろう!』なんて言ったら絶対気負っちゃうじゃんか」
ケインが肩を落とす。
「この前、パン屋さんの前通ったときに美味しそうだねって言ったら、次の日の朝一で焼きたてのパン買ってきてくれたんだよ」
ああ、何だか想像できる。
信頼というか、懐いてるって感じみたいね。
「でも、守りたいって言うのも違うんだよなあ。何て言うか、対等な仲間として失礼だし」
腕を組んで、真剣に考え始める。
思ってたよりも、ずっと悩んでるみたいだ。
「もう、情けないわね。ザックがガッカリするわよ」
「それは困るけど……でも、慣れてないんだよ。ザックが来る前は、俺が一番年下でフィオナ達に世話やかれる側だったから」
へえ、見た目からそんな気はしていたけれど、ケインの方が少し若いらしい。
フィオナとルイスは三十歳前後だろうか。たぶん、ガイルやロイドと同年代だろう。
ケインはそれよりは五歳くらい若そうだ。
「フィオナは優しそうだものね」
「いや、フィオナは何て言うか……」
ケインが口ごもる。
小さく「小煩い」と聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにした。
「逆にルイスは無言で甘やかしてくれるんだよね。それと……あの人も凄く優しかったな」
そう言って笑った。
「いいパーティだったのね」
「うん、今と同じくらいね」
前にいた旅人が門をくぐっていった。
私たちは一歩前に進んで、門番に冒険者カードを見せる。
そして、何事もなく通されて街へ入る。
「うん、でもフレアに話したら何だかスッキリしたよ。ありがとう!」
「私の前でも格好つけてほしいものね。ザックとほとんど年は変わらないんだし」
「ええ、無理だなあ。フレアは貫禄があるから」
引っ掛かる物言いだけれど、聞き流してあげることにした。
私の方も、案外話しやすい相手だと思っていたところだ。
ついでに、最近倒した魔物のことなんかも話しながら大通りを進んでいく。
「ほら、ここが西のギルドよ」
そう言って扉を開け、中に入るといつもと様子が違っていた。
普段はもう少し冒険者達で騒がしいのに、今日は少し人が少ない。
「何だかあっちが賑やかだね」
ケインにそう言われて横を見ると、人が集まっている。
「あ、お帰りなさい!」
人だかりの中心からレオ、ダン、ミアが飛び出してきた。
「パーティ名決まりましたよ!」
「なかなか良い名前だと思います」
「……ちゃんと俺も意見だしました」
三人とも満足そうだ。
「俺たちもアドバイスしたんだよ。ね、ロイ君」
「ああ、俺はあまり得意じゃないんだがな」
リックとロイドも後ろから歩いてくる。
「やあ、フレア。ところで、横にいるのは誰──」
「遅かったな!お前も一緒に考えればよかったのに、アランのセンスは見習いてえくらいだったぞ!」
「それほどでも……俺は少し家で美術を教えられたので。あ、ケインさんご無沙汰してます」
アルジャン、ガイル、アランもいたようだ。
それに、酒場にはまだ人がいる。
皆で考えてたのね。
「わあ、楽しそうだね」
「いつもこんな風ってわけじゃないわよ。この三人がさっき言ってた新しくパーティ組む若手よ。パーティの名前決めをしてたら、こうなったみたいね」
ケインに三人を紹介する。
「西はソロが多いからねぇ。面白そうだったから、皆で盛り上がっちゃったよ」
「一応言っておくが、最終的に決めたのはレオ達三人だ」
「よし、俺らは向こう行っとくか!ケインは久しぶりだな!」
そう言って、ガイル達はケインも連れて酒場の方へ戻っていく。
目の前には早く言いたいのか、そわそわしている三人がいる。
真ん中のレオは後ろ手に何か紙を持っているみたいだ。
三人で顔を見合わせた後、レオが口を開いた。
「それじゃあ、発表します!俺たちのパーティ名は……」
「「「緋天の三つ星」」」
綺麗に揃った元気な声がギルドに響いた。
それと同時に、レオが紙いっぱいに大きく書かれた文字を見せる。
ひてん……みつぼし……か。
「良い名前ね」
きっと三つ星は、正真正銘レオとダンとミアとで考えたものだろう。
ただの直感だし、確認するようなことでもないけれど。
「緋天って、夕焼けみたいな意味かしら? レオの髪の色とも合っていていいわね」
私はレオのオレンジの髪に手を置く。
「でも、レオの髪ならもっと暖かい雰囲気のような……」
緋色ってもっとなんか──
「ええ!やはりレオはリーダーですから、そこも意識しました!」
「俺たちの情熱、真っ赤に燃えてる……」
ミアとダンがやけに熱弁する。
ダンに至っては本人かどうか疑うくらいに、意外な台詞だ。
まあ、細かいことはいいか。
「俺たち頑張ります」
力説する二人の間で黙っていたレオが神妙に顔を上げた。
「わっ」
「ん」
そして、二人の手を掴んで、手繰るように引き寄せた。
「太陽まで届くくらい有名になります!三人で!!」




