白い結婚が終わったら、腹黒公爵の幼馴染みの包囲網が敷かれていた模様
今日、私の白い結婚が終わる。
私、レオナ・グヴィナーは政略結婚の相手である夫、デニス・グヴィナー侯爵とは白い結婚だった。
「両親が言うから仕方なく結婚したが、私がお前を愛することは無い。貧相なお前を抱くこともしない。後継者は養子をとる。侯爵夫人として恥じない行動をするように」
初夜のベッドでそう言われたものだから、震える声で「承知いたしました」とお返しした。
まあ、よくあることだと社交界で噂されていたから覚悟はしていた。というより、与太話かと思っていたら、本当にする人がいたという驚きで吹き出しそうになるのを堪えていた。
ここで中途半端に初夜を済ませる下劣な方ではなかったことだけは褒めたい。
翌日、気まずそうに身支度をするメイド、敵意を向けてくる執事や家令、侍女たちを横目に実家へ戻ったわ。
幸い父に話せば怒髪天を衝く勢いで怒り、すぐにでも侯爵家に乗り込まんとしていたが、務めて冷静に押さえ込んだ。
要するに、ぐーぱんちである。
「ぐすん。レオナよ、父に対して酷くないか?」
「落ち着いて下さいお父様。侯爵家をぶち壊して灼熱の炎で燃やし尽くしたい気持ちは分からないでもないですが、それは得策ではございません」
「レオナよ、父はそこまで言ってない」
「それに既に婚姻の書類は国王陛下と神官長の印が押されてどうにもできません。私と塵侯爵はお二人が認めてしまった夫婦(仮)なのです」
たぶん、夫が爵位を継ぐには結婚が条件だったのだろう。
婚約期間中はそれはそれは大事にしてもらったもの。おそらく、途中でボロが出て破談になっては困るから、いたれりつくせりもなんのその、趣味特技は太鼓持ち、ごますりだってやってのけちゃうよ! な態度だったわ。
前侯爵夫妻は涙を流しながら息子をよろしくと言って意気揚々と領地に引き揚げて行ったし、なんともアッパレ、舞台俳優もビックリの演技力だったわ。
こういう奴を見て「婚約中に正体見抜けなかったのか」と高みの見物する人がいるけれど、むしろそう言う人と知り合って私に教えてほしいくらいだわ。無傷の外野のくせに、後から物知り顔で言わないでほしい。
「おそらく彼には愛人がいるのでしょうね。それも平民の。養子はその方との子を取るつもりでしょう」
「ならば早速前侯爵夫妻に連絡を入れよう」
「お待ちくださいお父様。それでは私がクズと添い遂げなければならなくなります」
「レオナよ、元々そのつもりだっただろう?」
「無理です。無理です無理よりの無理です。アレと添い遂げなければならないならば私は喜んで命を天に帰しましょう」
「それはイヤッ! ならばどうするのだ?」
「大変に業腹で頭にきて癪に障るしムカムカするし気が立って腹の虫が収まりませんが、白い結婚を目指します」
夫(仮)が私を抱くこともしないと宣言したから、白い結婚で白紙にする希望ができたのだ。
ただそれには三年を無駄に費やさねばならないという、貴族令嬢としては大変不名誉なデメリットがついてくる。
やれ夫をその気にさせられなかった、とか、愛人に寝取られた、とか、しょうもないレッテルが貼られるのだ。更にその証明は教会に出向き、白い結婚証明を取らなければならない。
そのため堂々と発表せず、婚姻白紙後は領地に引き篭もる令嬢が多いらしい。
「白い結婚かぁ。まあ、娘が三年で帰って来ると思えば我慢できるかなぁ」
「……男が不能でできない場合もあるのに、女性ばかり悪評に晒されるのは納得がいきませんが」
「男は繊細なんだよ」
「女性も細やかですわ。……お父様は男性の肩を持ちますのね」
「いやぁ、男も不能で妻の魅力に気付かない節穴で甲斐性なしって言われればいいのになぁ! ははははは頼むから拳をしまいなさい」
ちょっと小指から内側に曲げてアップしていただけで脅してなんかいないのに、お父様ったらかよわい淑女相手に冷や汗ダラダラ流しちゃって酷いわ。
「そういうわけで、次のお相手は三年の間に見繕っておいてくださいね」
ニッコリと笑うと父はこくこくと頷いた。
よし、白い結婚が終わったあとのことは安心ね。
それからの三年は、怒涛の勢いで過ぎて行った。
まず夫の素行調査から始まり、使用人たちの躾。
使用人たちはちょっと壁に拳をめり込ませるだけですぐにおとなしくなったから、簡単だったわ。
時々魔物を素手で倒したとか、ドラゴンを使役して遊んでいたとかホラも混ぜると効果はばつぐんだった。
私は無駄な拳は振るわないわ。痛いもの。
ちなみに夫にはやはり平民の愛人がいた。
まだ妊娠はしていないようだから、夫の食事に避妊薬を混ぜるように指示を出しておいたわ。
変なところで高級嗜好で、愛人の作る料理は舌に合わないのか、食事は侯爵邸でとっていたから簡単だった。
子を授かってもいいけれど、妊娠のタイミングは的確に。
養子として迎えるならいいけれど、私の子として提出されて白い結婚が台無しになったらたまらないもの。
今の所味の濃い物を出しやすい晩餐のときに混ぜているけれど、念のため朝食にも混ぜている。
ちなみに高級避妊薬なので、後遺症無しだから三食混ぜても大丈夫。
疑いもせずに美味しいと言って料理人を褒めているから、舌がオバカさんなのかもしれないわね。
侯爵夫人として相応しいように振る舞って、社交界にもグヴィナー侯爵家をアピールして、とってもいい夫人だったと思う。
時折夫の両親がやって来て、孫はまだかと言うけれど。
「私にも非があるかもしれませんが、こればかりは夫に協力を仰がないといけませんので……」
と、シクシクすれば、確かに、とそれ以上は突っ込まれなかった。
二年も過ぎた頃にはお互い検査を、と心配された。
夫はいなかったから私だけ受けて結果を見せると、異常なし。
義両親も嫁に異常が無いなら息子に異常があるのだろう、と養子を検討することにしたようだ。
とても賢明で良い判断だと思います。
ちょっと誤算だったのは、夫が少しずつ歩み寄りを見せ始めたことだ。
ご両親に何か言われたのかしら。
……これが彼の最後のチャンスになるかもしれない、と思ったのと同時に女性としてある予感がしたので、有能執事に命じて愛人と切れてるか調べさせた。
「私の子どもに侯爵家を継がせるって言ってたのにできないじゃない! タネナシ! 不能!」
「お、落ち着いてくれ、マイスイート」
「嘘つき! いつ離婚するのよ! 本当は遊びなんでしょっ!」
「そんなことないよ。私はいつでもきみに夢中さ」
ぐすんぐすん本当に? もちろんだともマイハニー確かめてみるかい?
有能執事なだけに再現までしてくれて大変に助かりました。これでもう遠慮はいらない。ヤッちまおう。
一応様子見していたのよ、という期間を終えた白い結婚が二年半程過ぎた頃、夫の食事に混ぜていた避妊薬を止めた。ひと月は毒抜き期間、残りの期間で励んでもらおう。
タイミングを見ながら慎重に、二人の望みを叶えて差し上げましょう。
だが、そろそろ現実を見る頃合いだ。
無事懐妊したとして、3ヶ月、4ヶ月くらいで打ち明けられるとタイミングばつぐんなんだけどな。
もし中々授からなかったら最後のひと月は妊娠しやすくなる薬を混ぜようかしらね。
これも後遺症無しだから無問題。
私が安全に逃げられるかどうかは二人にかかっているので心の底から応援している。
その間に私の再婚相手を父に探してもらっていたが、候補に出たのは一人だけだった。
レオナール・キースリング公爵令息。
私の実家のお隣さんだ。
この年になっても結婚していないのは、彼が遊び人だから、という噂。
夜会などで女性と流した浮名は数知れず。
泣かせた令嬢も数知れず。
純潔を奪われた、初恋泥棒、妻泥棒など、大怪盗も真っ青な経歴の持ち主である。
「却下」
「えー、でもレオナールはいい物件だよ? 公爵家だし、お隣さんだし、カッコイイし、お隣さんだし!」
父よ、お隣さんが二回出てきておりますが、結婚をそんな近所で済ませていいのだろうか。
「彼は遊び人です。この年齢になっても妻は愚か婚約者の一人もいない。夜会で流した浮名は数知れず。愛人の一人や二人、いやそれ以上いることはもはや火を見るよりも明らか。結婚して、また白い結婚で白紙になったらそれこそ私は社交界で笑いものです」
「いやぁ、レオナールはたぶんねちっこそうだけどなぁ」
そもそも彼とは没交渉である。
私が婚約するまでは割と交流していたが、その後徐々にフェードアウトしていった。
時折夜会で見掛けても、目が合うたび睨まれて距離を取られたから、おそらく私が何か彼の気に障ることをしてしまったのだと思う。
あちらは公爵家だがこちらは侯爵家。
圧をかけられないだけマシだし、そもそも父親同士仲良さそうだから私さえいなければ実家がどうなることもなかろう、と関係改善することもなく今に至る。
だからレオナールだけは再婚相手の検索除外対象だ。
「いいですか、お父様。私が修道院に行ったり天に帰ることが無いよう、くれぐれも人選にはお気を付けくださいね」
まだ何か言いたげな父を置いて、私は実家を後にした。
「懐妊!? それは確かなの!?」
「ええ。秘密裏に侯爵家御用達の医師を呼ばれましたので間違いございません」
白い結婚までひと月を切ったところで、無事愛人が懐妊したようだ。夫は仕事が忙しいからと泊まり込むつもりらしい。愛情深くてよろしくてよ。
食事はお仕事頑張って! と侯爵家から材料とシェフを派遣した。
庶民の厨房に興味があるらしい彼は、意気揚々と出向いてくれたわ。これで夫が帰宅する理由もなくなったのでホッとひと安心。残りの期間はゆっくりと引き継ぎましょう。
「奥様、本当にいなくなっちゃうんですかぁ?」
「奥様が毎日気を配ってくださったおかげで楽しい日々でございましたのに」
「奥様がいなくなったら侯爵家はどうなるんですかぁ」
「あ、大丈夫よ。優秀な分家の子が来るらしいから。みんな、今までお世話になったわね。次の当主夫妻もしっかり支えてあげてね」
「女王様ぁ……」
なぜか気が抜けると皆私を女王呼びするのは三年間でもよく分からなかったけれど、楽しかったからまあ、いいか。
それから何の問題も無く結婚から三年が経過した。
まず私は大神殿に行き、白い結婚の証明をいただいた。
「大抵初夜だけ済まされる方が多いので、泣き寝入りがほとんどですし廃れかけたシステムなのでまさか本物を発行できると思いませんでした。早速大神官様のところへ持っていきますね」
対応してくださった神官は、初めてのことにニコニコ顔だった。
ちなみに魔法で調べるため、痛みもなくさほど時間もかからずに終了。
これから大神官様に認証してもらうべく神官はスキップで行ってしまった。
待っている間暇だろうから、と大神殿の中を見学する。
大神殿の隣には大聖堂もあって、王族や公爵くらいの身分になると、ここで結婚式を挙げられるらしい。
王太子殿下のときは観客が多く、混雑した中豆粒くらいの殿下を拝見した気がする。
自分がその立場になったら、やはり観客が豆粒になるのだろうか。
周りを見渡して咳払いをひとつ。
「見よ、観客がまるで豆粒のようだ」
……豆粒だと、ちょっと想像してぞわっとしてしまった。
それに人を豆粒に例えるなんて不謹慎よね。反省。
そこへクスクスと静かな笑い声が聞こえてきた。
辺りに人はいなかったはずだ。いるかどうか分からない王家の影並に気配断ちが上手い人がいるなんて!
「だ、誰!?」
「レオニーは相変わらずだね」
振り返った先にいたのは……父が推す次の再婚相手候補のレオナールだった。
「どこにいたの」
「ずっと、あなたの、そばに」
「こわいこわいこわいこわい」
「冗談だよ。たまたま通り掛かったら美しい貴婦人がいるな、と思って蝶のように吸い寄せられてきたんだ」
ああ、そういえばこの人ぞわぞわするセリフ好きだったわね。
彼が「ん?」と笑みを浮かべ小首を傾げると、サラサラの銀髪が揺れた。
「レオニーはどうしてここに?」
「私は……ちょっと野暮用よ」
きょとんとした顔で野暮用って何の? って訴えないでほしい。野暮用は野暮用で空気読んで。
「お世辞にも、レオニーは信心深い子じゃなかったよね?」
「う、うるさいわね」
「気になるなぁ。ね、久しぶりに会ったんだし、ちょっとお茶でも飲んでかない?」
なるほど、噂のご令嬢たちはこういう手口に引っ掛かるのね。私はそうはいかないわ。
一応白い結婚で婚姻白紙になるとはいえ、離婚の申請は出していないからまだグヴィナー侯爵夫人だし。
それにこの人についていったらせっかくの白い結婚が台無しになるかもしれない。
「お断りいたします。私も忙しい身なので」
くるりと踵を返すと、向こうから先程の神官がスキップしながら戻ってきた。
「グヴィナー侯爵夫人、お待たせしました〜♪ 大神官様から認証いただいてきましたよ! 大神官様もこの書類を拝めるとは、と複雑そうでした」
神官様から渡された書類を受け取ろうとすると、それをすいっと略奪されてしまった。
「ちょっと! 返してよ!」
「白い結婚……証明書?」
レオナールから奪い返し、書類を抱き締める。
これは私が自由になるための大切なもの。こやつに渡してなるものか!
「レオニー……離婚するの? しかも、白い結婚……?」
「なによ、悪い? どーせ私は夫に見向きもされない妻ですよーだ。でも、これで自由になるんだから」
そこまで言うと、レオナールの表情が険しくなった。まだ文句があるのか、と後ずさる。
「そんなことない。レオニーは昔から可愛いし魅力的だし壁に拳めり込ませるし可愛いし妙齢になってからは美しいも加わって眩しいし夫の見る目が無かったんだよ」
「こわいこわいこわいこわい」
ずいっと力説されてたじろいだ。いや、引いた。
「でも……そうか、レオニー、独身に戻るんだ……」
ん、何だかイヤーな予感がしてきたわ。
ここは一旦引けー! 引けー! という内なる警戒の音に従い、私は今度こそ踵を返して退散した。
お父様には改めて言おう。レオナールは、何かこわい、と。
その後、一応の結婚記念日だからと一時帰宅を促した。
愛人のお腹も順調みたいだし、そろそろ頃合いだと思っているのだろう。素直に帰宅するとの返事だった。
指定した日時に帰宅してくれてよかった。こちらも迎え撃つ準備が必要だったしね。
「仕事が長引いてすまないな。きみがシェフを遣わしてくれたおかげで毎日励めるよ」
「それはようございました」
この方は私が何故迷い無く愛人宅にシェフを派遣できたのか疑問にも思っていなさそうだ。
普通に考えれば引っ掛かりそうなものだけれど。
「そういえば、話があるって言っていたね。私もあるんだ。実は……私には結婚前から愛する女性がいてね。この度彼女がめでたく懐妊したんだ。もちろん私の子だ。その子を後継者として迎え、きみの子として届けようと思う。あ、子の心配はいらない。実母を乳母として雇うからね、離れ離れにはならないんだよ」
頭の中満開のフラワーワールドは顕在のようだ。
どこの世にそれがめでたい話と伝わっているのだろう。
幸せそうにはにかんでいるのがまた腹立たしい。
若干のイライラを淑女の笑みでごまかしつつ、ペラペラ馴れ初めから話す夫を見ていた。
ちなみに内容は一つも覚えていない。
「私の話はしたから、きみの話を聞こうかな」
目を開けたまま鼻ちょうちんを出す前に終わって良かった。では遠慮なく、と私は持っていたティーカップを置き口を拭く。サッと手を挙げると、有能執事がすかさず書類を持ってきた。
「単刀直入に申し上げますわ。旦那様、私たちが結婚して三年が経過いたしました」
「……そう、かな? いや、そうだね。うん、忘れるわけがないよ」
……? なぜか少し指がぱきっと鳴っただけで焦り出す夫。メイドも執事も目を輝かせているのは気のせいかしら?
「それで、私たちは旦那様が初夜に宣言された通り、白い結婚ですよね?」
「えっ? ……あ、う、うん、そ、そうだね」
まるで今思い出したみたいな表情だが、構わず進めていく。
「私、先日大神殿へ行きまして、白い結婚の証明書をいただきましたの」
そうして一枚の書類を目の前に差し出す。
さすがにお花畑の夫も、ちょっぴり花が枯れてきたかしら。
「あら残念、愛人の子は私の子にはなれませんわ。白い結婚とは、私の純潔の証。純潔のまま懐妊なんて神話レベルのお話ですわ」
夫はその書類を見ながら口をパクパクとさせている。そして何を思ったか、その書類をビリビリに破ってしまった。
が、なんと、書類が分裂したではないか!
「なっ……」
「面白いですよねぇ、その書類。応対してくださった神官が一番興味があったのがその仕組みらしいです」
『激昂した夫から破られてもいいように、破れば破っただけ分裂する紙でできているんですよ〜』
と彼はきっと一度は破ってみたかったに違いない。目がそう言っていた。私も実際目にするまでそんなばかな、と思ったが、何度も破っては分裂する書類で室内が埋まりそうだと気が済むまで破らせた。
「はぁ、はぁ。なんで、こんな……」
「旦那様、私は何も魔物ではございませんわ。私と離婚した後、愛人と再婚すればよいのです」
夫がごくりとツバを飲み込んだ。
「侯爵家の後継者なんですもの。ご両親もきっとお許しくださいますわ……」
夫の目が見開かれていく。いいぞ、フラワーワールドはまだ枯れていなかった!
「旦那様が今度こそ幸せになるために、私は喜んで身を引きますとも。ええ、それはそれは喜んで」
「……妻よ……」
片目だけに涙を溜める方法で離婚で身を引く健気な妻を演出し、立つ鳥跡を濁さずの精神で離婚の書類を差し出した。
夫は力強く頷き、書類にサインしていく。
その名前を見ながらそういえばこんな名前だったわ、と思い出すくらいには私たちの関係は希薄だったわ。
「では、この書類は私が責任をもって提出いたしますわね。旦那様はどうぞ、愛する方の元へ嬉しい報告をなさっては?」
キラキラの瞳で力強く頷き、早速彼は飛び出して行った。
完全にいなくなったところで、ガチャ……と力無く隣室へ通じる扉が開かれる。中から出てきたのは義理の両親だった。
二人はかわいそうなくらい顔を真っ青にして震えていた。
「これで、私たちの婚姻関係は終わりました。一つ、これは独り言ですが……、再婚は赤子が生まれてからでも遅くはないかと」
たぶん大丈夫とは思うが、何かを察した義父は顔を真っ赤にして、けれどもふらりと傾いた義母を慌てて支えていた。
「養子の件は進んでおりますか?」
そこで義父は目を見開く。そしてすべてを悟ったように頷いた。これで夫の未来に一石が投じられたからあとは野となれ山となれだ。
翌日私は実家が迎えに寄越した馬車に乗り、途中大神殿に寄って離婚の書類を提出した。
分裂した書類は悪用されてもいけないと思い、丁重にお返しした。
応対してくれたのはあのときの神官様だったから、噂は本当だった! と目を輝かせていたわね。
処分はお任せします、と言い残してきたから一度は破るかもしれない。
ちなみに夫は愛人宅へ行ったまま帰って来なかった。その事で義父……もう元義父だわね。
とにかく、義父の気持ちは固まり、元夫は廃嫡され養子が迎えられる事となる。
帰宅して、私は虚無感に襲われていた。
三年間よく頑張った。とても、よく、頑張った。
もう、いいよね。うん。お疲れ様、私。
しばらく何もしなくていいよね、と父に伝え、実家でゴロゴロしている。
政略結婚の義務は果たしたつもりだ。
だが、子どもは一人じゃ作れない。白い結婚だとどう逆立ちしても無理なのだ。
「あ……二人目を、うちの養子に……って無理じゃない……」
私たちは一人っ子同士の結婚だった。
子を複数産み、そのうちの一人は私の実家へ養子にやる予定だったのだ。
それすらきっと忘れていたよね。私も忘れてたけど。……まあ、再婚相手を見繕ってもらうようお願いしたし、大丈夫よね。
「レオナ、いいかな」
「どうぞ〜」
今日も部屋着のままソファで溶けていたところ、父が遠慮がちに入って来た。
私の姿を見てソワソワしているが、普段放っておいてくれるのはありがたい。
「レオナ、帰って来たばかりでこれからの話をするのは申し訳ないのだが」
言いにくそうな父を見て、私も人型に戻り居住まいを正した。
「レオナは再婚の意思はあるかい?」
「……無いとは言えなくもないかもしれませんが」
正直な話、今はそんな事を考えたくない、が本音だ。燃え尽きた真っ白な灰のごとく、今の私には何もしたくない症候群に陥っている。
「……そうか。もし嫌だったらしなくても構わないよ」
「……え?」
「政略結婚を強いた手前、こういう事になって申し訳無い。グヴィナー侯爵家と話したが、あちらのご両親は大変激怒されていた。元夫の有責で正式に謝罪をいただき、不本意ではあるが大変我が家の懐が潤いました」
「そう」
それは私の名誉毀損も……と思ったが、どうせ使うアテは無いし、父のいいように使ってくれたらいいか、と再び溶け始めた。
「あ、でも、一人だけ納得しない方がいるから、直接話してもらっていいかな?」
「はぁ。分かりました」
「てなわけで、お入りください」
「え?」
父の合図とともに待機していたメイドが扉を開けると、一陣の風が舞い上がった。かと思えばずさっ、と私の目の前に銀色がさらりと靡く。
「久しぶりだね、レオニー。突然だが僕と結婚しよう」
「いや、待って」
「待ったよ、待った。十年以上待った。途中諦めもしたけれど、とても待った」
「お、お父様」
「レオナールがねぇ、レオナが白い結婚証明を取ったその日に釣書を寄越してきたんだ。しかもわざわざ王都で一番の有名画家に似顔絵まで描いてもらって。さらにアピールポイントまでプレゼンされたんだよ。じゃあ、頑張って!」
お父様はピャッと逃げてしまった。卑怯者!
というか、逃げ道塞がれて外堀埋められてる?
これはお父様にレオナールは怖いからとNG出すのを忘れていた私の一生の不覚!
「レオニー、辛かったね。とても頑張っていたのにね。でも安心して。元夫は再起不能に追い込んだし、平民女の子は実父にちゃんと責任取るよう脅したし、グヴィナー前侯爵にはその血筋証明をつけたし、それからね」
「こわいこわいこわいこわい」
「レオニーはどう? 僕との結婚は嫌だ?」
「いや、というか、今はまだ白紙になって間もないし、色々は考えられないというか」
きゅーんと鳴き声がしそうな雰囲気に呑まれかけるが、何とか今主張しないと丸め込まれてなし崩しになりそうな気がする……!
「そっか。分かった。ゆっくりでいいよ。僕と結婚したくなるように努力するから。まずはほら、僕の目を見て。あなたは段々僕を好きにな〜る」
「洗脳やめーい!」
瞬時に繰り出した拳は、いとも簡単に避けられた。
「あっははー、レオニー相変わらず可愛いなぁ」
何とか当てようと拳を繰り出すが、その度避けられて当たらない。……くっ、最近溶けすぎて鍛錬不足かしら……?
「レオニーは結婚したくないの?」
「したく、ないというか、もう、面倒で」
「でも、侯爵家の後継者はどうするの?」
「それは……いざとなったら養子をもらうなりするわ」
「僕と結婚したらお隣同士だから将来的に養子に行ってもいつでも会えるよ?」
そ……それは割と魅力的なのでは……?
いや、だめだ、忘れかけていたがこやつは遊び人。再びお飾りになるのはまっぴらごめんだ。
だが、そうか、子種だけもらう手もあるか?
そのうちパシッと拳を取られ、レオナールはニヤリと笑った。
「じゃあ、こうしようか。レオニーが僕に一発でも当てられたら、僕はきみを諦める。でも、当てられなければ諦めて僕と結婚して」
拳はビクとも動かない。
コイツ、こんなやつだったっけ?
「いや、あなた遊び人だから無理。子種だけくれるならいいけど」
「レオニーには何だってあげるよ。僕ごと貰ってほしいかな」
「だから、遊び人は無理。隠し子もいるかもしれない人とか論外よ」
「心外だなぁ。僕は清らかだよ。社交界でどんな噂が拡がってるか知らないけれど、潔白だ。現に先日神殿で会っただろう?」
それが遊び人じゃない証明にはならないよね?
「僕は神官の資格も持っているんだ。ほら、これ純潔証明」
レオナールが差し出したのは、白い結婚証明のような書類だった。……どこから出した。
「僕は結婚しないつもりでね。一時期悟りを開きかけたんだ。先日神官になるつもりで行ったら、レオニーがいたんだ。神様って本当にいるんだね。ちなみに純潔ではなくなるとここが黒くなるらしいよ」
指し示された箇所は、確かに白い。
どういうシステムかは謎だが、彼に神官の資格があるのは確からしい。
チラリとレオナールを見てみる。
ん? と小首を傾げる様は女性が好きそうな容姿に見える。
社交界の噂は真偽の程は定かではないが、噂は大なり小なりオヒレハヒレが付くものだ。
「今すぐの結婚は、無理」
「え〜」
「先程の勝負、受けて立つわ」
レオナールは目を丸く見開き、口も一気に口角が上がる。
よほど自信があるらしい。悔しい。
「全力で避けるからね! レオニーも全力できてね!」
「望むところよ」
「わぁい、楽しみだなぁ。僕はいつでもいいからね」
レオナールの笑顔を見て、底知れぬ闇を垣間見た気がしてソワッとする。
昔々な幼い頃の記憶が薄らと蘇る。
私、もしかしてとんでもない人を相手にしてしまったのでは? と思いながら、鍛錬を励もうと決意したのだった。
お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m
評価を頂けると今後の参考や励みになりますのでよろしければ下の方の★〜★★★★★を押して頂けると嬉しいです。
短編の練習のつもりが、思いの外長くなりました(汗
今後の二人の展開は……ご想像におまかせいたします
作者としてはこれで終わりで、需要は無さそうなので連載しませんm(_ _)m
作者の完結作品「さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください」「身代わりのあなたに花束を」などもよろしくお願いいたします。




