30
「では、第一回俺たちのパーティ名を決めよう会議を始めます!」
レオ、ダン、ミアが無事に戻ってきた翌日。
レオのそんな宣言により、ギルドの一角でとんちんかんな会議が始まった。
三人が正式なパーティを組めていないことは昨日発覚した。
しかし、三人とも疲れていたので、セリアと私で相談して、明日説明することにした。
そして、数十分前。
ぐっすり眠れたのか、昨日の疲れもすっかり抜けた様子でレオたちがギルドにやってきた。
三人を受付に呼び、セリアがパーティの説明をする。
「へ?」
「あ……」
「忘れてた」
案の定、未だに仮のパーティだったことを忘れていた。
「三人ともEランクになってますし、討伐記録も十分にあります。正式なパーティを組む要件を満たしていますが、どうしますか?」
私は少し横にずれ、受付台に体を預けながらレオたちの様子を見ていた。
「組みます!」
間を空けずに、レオが力強く返事をする。
あまりの早さに少し笑ってしまうが、まあ予想通りの答えだ。
ダンもミアも、異論はないという顔をしている。
セリアも笑って説明を続けようとした。
けれど、返事をしたレオ本人の顔が突然険しくなった。
らしくなく、遠慮がちに二人の様子を窺う。
まったく、肝心なところで急に自信をなくすのは、変わんないみたいね。
でも、それを一番知っているのはきっとあの二人でしょう。
ダンとミアが、レオの肩に手を乗せる。
「三人でSランク」
「目指すんでしょ?」
二人の言葉を聞いた途端、レオは堪えきれないように歯を見せて笑った。
「おう! もちろんだ!」
二人の肩を組んで、今度こそパーティを組むと断言した。
「はい、今後も三人で頑張ってくださいね」
セリアは優しく微笑んで、レオに一枚の紙を渡す。
「こちらが、誓約書になります。今から詳しい説明をしますから、ちゃんと聞いてくださいね?」
そこから、三人はセリアの丁寧な説明を真剣な表情で聞いていた。
「説明は以上です。最後に、パーティ名は決めていますか?」
セリアのその一言に、レオの目がキラリと光った。
……そして、なぜか会議が始まった。
「いや、これに関しては私は絶対に口出ししないわよ?」
この子たち、私が意見すれば絶対にそれを尊重する。
いや、尊重し過ぎる。
「えー! フレアさんも考えてくださいよ!」
「駄目よ、自分たちで考えなさい」
私が立ち上がると、レオが素早く行く手に立ちふさがった。
「それじゃあ、聞くだけ聞いてください!ずっと前から考えてたやつがあるんですよ!」
レオが私の袖を掴む。
得意気な顔をしてるけれど、たぶんダサいやつだ。
「結構自信あるんですよね……その名も、ダークネス・スレイヤーズ!!」
……ああ、そっち系なんだ。
てっきり、もっとインパクト重視のダサさかと思っていた。
まあ、レオも意外とそういう格好良さに憧れがあるみたいだ。
一応ダンとミアの様子も確認するが、二人とも黙り込んだまま、じっと机を凝視してる。
……うん、そうなるわよね。
レオはよほど自信があったのか、この重々しい空気に気付いていない。
「ええと、まずは仲間の意見を聞くのがいいんじゃないかしら?」
私の言葉にダンとミアがびくりと反応した。
ミアが額に汗を浮かべながら顔を上げる。
「レオ、私たちSランクを目指すのですよね?」
「そうだな!」
レオの朗らかな表情から目を逸らしつつ、ミアが続ける。
「想像してみてください、この名前でSランクになって皆に注目されるところを」
レオが腕を組んで、考えている。
「……ダークネス・スレイヤー、Sランク……」
レオは何度か小さく呟いたあと、わずかに眉を寄せた。
「ちょっと名前負けするか?」
うん?これは……どっちの意味かしら?
「もっと格好良くしないと!」
ああやっぱりそっちなのね。それ、名前負けの使い方間違ってるわよ。
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
このままじゃ余計に悪化しそうだ。ミアは完全に途方にくれているし、後はダンに期待するしかないわね。
だが、顔を上げたダンは覚悟を決めた目をしていた。
「俺は、レオがその名前が良いなら……」
駄目だ。レオのことが大好き過ぎる。
こらからずっと、ダークネス・スレイヤーズを抱えていくつもりらしい。
ミアがそれを聞いた瞬間、ダンに詰め寄った。
「はあ!?ダン、本気ですか!私はそんなダサい名前嫌ですよ!」
「ダサい!?そんなことないだろ?なあダン!」
「ミアの言うこともわかるけど……俺はダサくてもレオが頑張って考えてくれた名前を大事にしたい」
「お前もダサいと思ってんのかよ!」
もう、状況はめちゃくちゃだ。
私はそっとその場を離れることにした。
レオが膝から崩れ落ち、「何でだ!」と叫んでいるのを尻目に扉を開ける。
「今日中に決まるかしら?」
私は特に行く当てもないまま、ギルドを離れた。
大通りを抜け、門をくぐって街の外へ出た。
一面に広がる草原の中に、整備された道が遠くまで続いていて、荷物を乗せた馬車が行き交っている。
私は道を外れて草を踏み分けて進む。
秋の風が肌を撫でる。
黄金色の草原を外へ外へと歩いていく。
街の壁が遠くに見えるところまでやって来て、立ち止まって上を見上げた。
空には薄く雲が広がって、隙間からは澄んだ青色が覗いている。
「私は、何をしてるんだろう?」
ふと、そんな漠然とした気持ちが頭の中を通り過ぎた。
何だか少し空虚な気分だ。
脳裏に浮かぶのは、やっぱりリチャードとエルセのこと。
二人が躊躇いなく手を取り合えるために私は冒険者になった。
冒険者になるのが私の夢だったのだと信じさせるために、これまで続けていた。
うん、それは忘れていない。
でも、もう十分だろう。
リチャードもエルセも今更疑うことはないはずだ。
だとしたら──
「私はこれから何をすればいいのだろう」
そんな独り言は、風に紛れて消えた。
「なんて、ばっかみたい」
別に現状に不満がある訳じゃないもの。
あの子たちも正式なパーティを結成したとはいえ、まだまだ危なっかしいところはある。
「私もSSランクでも目指そうかしらね」
退屈になったらそれもありかもしれない。
そんな風に考えながら適当に森の方へと歩いていると、遠くにケインの姿が見えた。
「こんにちは、ケイン」
「やあ、フレア。今から依頼かな?」
ケインはベルナ村で会ったときと同じ、爽やかな笑みを浮かべた。
「ただの散歩よ」
目的があったわけでもないし、正直にそう答える。
森から出てきたところを見ると、ケインは依頼を受けていたようだ。
「俺は帰るところなんだけど、よかったら少し話さない?」
「いいわよ。あんたに聞きたいこともあったし」
「そうなのかい?興味を持ってくれて嬉しいよ」
ケインはそんな人当たりの良い言葉をさらりと口にして、柔らかい金色の髪を揺らした。
こういうところが、リーダーとしての素質なのかもしれない。
歩き始めるケインを横目に観察しながら、私は隣に並んだ。
「もう秋だね。知ってる?この時期、珍しい薬草の採取依頼が増えるんだよ」
「へえ、初耳だわ」
私たちはそんな他愛もない話をしながら、のんびりと街へ向かって歩く。
「あ、そうだ。何か聞きたいことがあるんだっけ?」
「ええ、パーティのことなんだけれど。最近、後輩の三人組の面倒を見ているから、チームで活動する時の注意点なんかを聞きたいわ」
あまり出すぎたことを聞くわけにもいかないでしょう。
冒険者は命懸けの仕事だ。
親しくなったからといって、何でも聞いていいわけじゃない。
「それはいいね!最初のうちは苦労することも多いからね。よければ俺が直接その子たちに話そうか?」
「あら、いいの?それじゃあお願いしようかしら」
ケインはにこやかに頷いたかと思うと、歩幅を広げて私の前に進み出た。
そして、振り返って私の目をまっすぐ見つめる。
「それで、他にもあるんじゃない?今、俺に、聞きたいこと」
何でも聞いていい。
とでも言うような目をしていた。
それなら、遠慮なく聞かせてもらおう。
「パーティの仲間が大怪我を負ったことはある?」
私もケインも向かい合ったまま、足を止めた。
冒険者を続けていれば、そんな可能性から目を背けるわけにはいかない。
知ったところで私にできる事なんてないだろうけれど、これはケインにしか聞けないことだと思った。
「いえ、答えなくていいわ。聞かなかったことにして」
私はすぐに撤回した。
そんな話をさせるなんて、酷に決まっている。
「あるよ」
私の言葉を無視して、ケインはそう言った。
穏やかなのに、鋭くて胸に刺さるような、そんな口調だった。
「もうすぐAランクに上がる頃だったかな。その時は、まだザックはいなくて、俺とルイスとフィオナと、もう一人別のやつの四人でパーティを組んでいた」
ケインは昔を思い出すように、遠くを眺める。
「まあ詳しいことはいいか。肝心なことだけ話そうか。ある日、討伐の依頼を受けた。相手はグリフォンだ」
……グリフォン。
並みの冒険者じゃ到底太刀打ちできない、上位の魔物の名前だ。
「勝てると思ったんだけど、無理だった。どうにか逃げることはできたけど、彼は俺を庇って重傷を負ってしまった。もう冒険者は続けられないくらいの傷だ」
ケインは淀みなく話を続ける。
でも、私には平静を装っているようにしか見えない。
「俺は自分が憎いよ。でも、彼は俺たちを今でも応援してくれているんだ。だから、俺は冒険者を続けている」
そこで言葉を切って、ケインは私を見た。
「あの時の俺は馬鹿だった。でも、そうじゃなくても、上を目指すなら危険は付き纏う。自分たちなら大丈夫なんてことは絶対にない」
Aランクパーティ【蒼銀の剣】のリーダーがそう断言した。
「どう?俺の話、役に立ったかな」
「……ええ、ありがと」
わかっていたことだ。
覚悟はできた。
「この話も後輩君たちにしてあげようかな」
ケインは踵を返して歩き出した。
「仲間の傷を教訓みたいに語るなんて、俺は最低だな……」
とても小さい声だった。
私はなにも言わない。
怪我をする冒険者が減ってほしいんでしょ?優しいのね。
なんて、薄っぺらい励ましだ。
お互い黙ったまましばらく歩いた。
「ねえ、ケイン」
嫌にまっすぐな背中に声をかける。
「あっちに魔物がいるみたいよ」
重い空気なんて好きじゃない。
私は、不敵に笑い掛けてやる。
「……ははっ、いいね。どっちが多く倒せるかな」
私たちは、草原を一気に駆け出す。
「魔物を片付けたら、俺と手合わせ願えないかな」
「いいわよ、その代わりパーティのことちゃんと教えてやってよね!」
さっきまでの空気は、もうどこにもない。
私たちは競い合うように剣を振った。




