幕間:父/??
豊かに栄えた王都の中心。白い大理石で造られた王宮で、その日、議会が開かれていた。
議題は最近活発化している魔物について。
私はアウグスト伯爵家の当主として、それに参加していた。
議長による閉会の言葉が終わると、私は両隣の貴族に手短に挨拶をし、静かに議場を後にする。
「アウグスト伯爵、少々よろしいですかな」
長い廊下を歩き始めて間もなく、後ろから声をかけられた。
私は足を止め、ゆっくりと振り返る。
「モブロ伯爵。何か御用かな」
「いえいえ、用という用はないのですがね。傑物と名高いアウグスト卿と、こうしてゆっくり言葉を交わす機会もそうありませんから。せっかくですので、少しお話でもと思いましてな」
随分と分かりやすいお世辞だ。
わざわざ議会を終えた私を追ってきて、それだけということもあるまい。
「下へ降りるまででよければ是非」
私はそう言って、返事を待たずに歩き始める。
「ええ、今回も議会が長引きましたからね。私もすぐに領地へ戻って対応しなければ」
モブロ伯爵は隣に並び、大袈裟に肩をすくめる。
「魔物が活発になったせいで、今年は農作物に被害が出てしまいましてね。貿易にも影響が──」
こちらの様子を伺いつつ雑談を続ける伯爵に、相槌を打ちながら歩く。
そして、突き当たりの階段に差し掛かった辺りで伯爵が一拍置いた。
「そういえば、アウグスト卿のご息女も冒険者として随分と活躍しておられるようですね」
やはり、それが本題か。
「そのようですな。私も我が娘の活躍を嬉しく思っておりますよ」
私は階段の手すりに手を乗せながら、当たり障りない言葉を返す。
「聞けば、Sランクに昇格するのも目前とのこと。そうなれば、冒険者を続けるにせよ、貴族へ戻るにせよ安泰でしょうな!」
モブロは心から称賛するように手を叩く。
「ああ!是非ともフレア殿から直接話を聞かせていただきたいものだ」
私は足を止めず階段を降りる。
革靴の音が響く。
「……それならば、ギルドに話を通すとよいでしょう。彼女は貴族籍を抜けた身。もはやアウグスト家とは無関係の人間ですから」
前を向いたまま、そう言い放つ。
一瞬、モブロの足取りがわずかに鈍った。
まだ甘いな。
ここで、鵜呑みにしてフレアに直接手を出そうとするなら対処も容易いのだが。
この男はどう出るか。
「そうでしたか。それでは今度、ギルドへと足を運ぶとしましょう。私は少し寄るところがあるのでここで失礼します」
階段を降りたところで、モブロは一礼して左の通路へと去っていった。
私はその背を一瞥してから、正面の廊下を進む。
やがて王宮の大扉を抜けると、冷たい風が頬を撫でた。
……少し警戒しておく必要があるようだ。
私が静観している以上、フレアに手を出した後アウグスト家がどう動くかわからない。
今までならば、そんなリスクを負おうとする者はいなかった。
しかし、Sランクとなれば状況は変わってくる。
私に探りを入れる者が増えるだろう。
その度に、突き放すような物言いをすることになるのだろうな。
それを思うと、嫌気がさす。
だが、仕方ない。フレアは自分の後ろにアウグスト家の名前がついて回ることを嫌うだろう。
今後のことを思案しながら、歩いているとやがて門までたどり着いた。
目の前には、我が家の家紋が入った馬車が止まっている。
従者が馬車の扉を開ける。
「お疲れさまでした、父上」
中へ乗り込むと、息子のルーカスがすでに座っていた。
「議会の方はどうでしたか?」
「魔物の活発化についてだが、対応は概ねまとまった。詳しいことは屋敷へ戻って説明する」
私は席に座り一息つく。
やがて馬車が走り出した。
「……他に何かありましたか?」
私の表情を見たルーカスがわずかに眉を潜める。
おそらく、何かしら予想はついているのだろう。
「フレアのことだ。フレアの実力が貴族間に認識され始めている。遠からず接触する者が出るかもしれないな」
「やっぱ、そうか……」
隣から深いため息が聞こえる。
「アウグスト家は表向き一切関与しない。籍を抜けたにも関わらず庇護していると思われるのは我々にとってもフレアにとってもよろしくないからな」
「ええ、そうですね。あいつなら、どうせ自分でなんとかするでしょうし」
ルーカスはもう一度ため息をつく。
「あいつは何で大人しくしてられないのかなあ。冒険者として活躍したいわけでもないだろうに」
そう言って、どさりと背もたれに体を預ける。
「リチャードとエルセちゃんに心配かけたくないのか知らないが、名声を上げるにも限度があるだろ」
「なんだ、お前も気付いていたのか」
「最近のリチャードを見てたら、明らかにエルセちゃんを想ってますからね。そうしたら、あの頑固者の考えそうなことくらいわかりますよ」
まあ、そうだろうな。
あの娘を知っている者なら、いつか気付くだろう。
私は窓の外に目を向ける。
「わかった上で送り出した私は愚かだろうか」
流れていく王都の街を眺めながら、そんなことを息子に聞いてしまう。
「止めたところで素直に聞くやつじゃないですからね」
そう言って、息子は呆れたように笑った。
「とは言っても、父上はフレアに甘過ぎますね。あいつの近況、ずっと報告させてるの知ってますよ」
「ははっ、これは耳が痛いな」
だが、仕方ないだろう。
親にとって子供とは可愛いものだ。
私は肩をすくめる息子にそっと目をやる。
「お、そろそろ着きますね」
馬車は王都の北西、貴族たちの別邸が立ち並ぶ一角へ入っていく。
「俺は、ローゼンベルグ家を訪ねてこようと思います。議会の話は夕食の時でもいいですか?」
「ああ、構わない。リチャード君によろしく伝えておいてくれ」
馬車が止まり従者が扉を開ける。
「そうだ、うちにある高級な茶葉持っていっていいですか? ローゼンベルグ伯爵には、いまだに申し訳なくて」
「茶葉と一緒に昨日取り寄せておいた酒も持っていってくれるか?」
私は従者に目配せし、酒を取りに行かせる。
玄関までの道を歩きながら隣を見ると、ルーカスがやけに楽しそうな顔をしている。
「最近のリチャード、面白いんですよ。エルセちゃんのこと、自分の片想いだって思い込んでいて、俺に色々相談したりして」
「青春、というやつだな」
できればその景色にあの娘も入っていてほしかった。
……きっと呆れた顔をしながら、甲斐甲斐しく世話を焼いただろう。
私は、手荷物を持ってローゼンベルグ家に向かうルーカスを見送る。
一人になって、先ほどのことを思い返す。
あの娘を知っている者なら、いつか気付く。
それでも、やはり口を出すべきではないだろう。
私は屋敷へと入り扉を閉めた。
◇◇
王都ギルド中央支部の近く。冒険者の集まる酒場。
そこで、一人の少年が不機嫌そうに料理を口に運んでいた。
「まあまあ、そんな顔すんなって。今日はどうしたんだよ」
友人は軽快に笑って、少年の話を待つ。
「今日も、ケインさんがあいつの話するんだよ。ケインさん、強い魔物倒したのに、『フレアに比べたらまだまだだね』なんて謙遜して」
少年はグラスを一気にあおり、「ケインさんの方がスゲーのに……」と小さく呟いた。
「お前、ほんとにケインさんのこと好きな」
友人がからかうようにそう言うと、少年は怒るどころか自慢げに腕を組んだ。
「ふん、当たり前だろ。俺が新人の頃、アーマーベアに襲われたところに颯爽と現れて助けてくれたのがケインさんなんだ。その後、俺が頼み込んだら快く鍛えてくれてパーティにまで入れてくれて──」
「あー、はいはい。それ何回も聞いたよ」
聞き飽きたというように手をひらひら振って、少年の話を遮る。
「俺たちのパーティがAランクなのは俺のせいなんだ……」
落ち着きを取り戻した少年が、今度は浮かない顔で話し始める。
「ケインさんも、ルイスさんもフィオナさんも。三人とも凄く強いんだよ。だけど、俺の実力が足りないせいで、上に行けない」
友人は真面目な顔で聞いていた。
それは、少年がずっと一人で抱えていた悩みだった。
「お前、そんなこと考えてたんだな」
「この前の緊急依頼、俺たちのパーティが指名されたんだ。他の冒険者もいたけど、俺たちだって十分頑張った。俺たちがいなかったら、もっと酷いことになっていたはずなんだ」
少年は俯いて空になったグラスをじっと見つめる。
「それなのに、王都に帰ったらやっぱりあいつが一番に評価されて」
──それが気にくわない。
少年はその言葉を飲み込んだ。
ただの嫉妬だとわかっている。
それでも、黙って割りきれるほど少年は大人にはなれなかった。
「俺は、冒険者のことはよくわからないけどよ」
黙り込んでしまった少年を見て、静かに話を聞いていた友人が口を開いた。
「悔しいこととか悩んでいることはちゃんと仲間に相談したほうがいいぜ?まあ、素直じゃないのもお前の可愛いとこだけどさ」
幼い頃から少年のことを知っている友人は、そう言ってにやりと笑い掛けた。
「……うるせえ」
少年は、その見守るような視線が気に入らなくて、そっぽを向いた。
友人は残っていた酒を飲み干して、立ち上がる。
「よし、二件目行くかザック!嫌なことは飲んで忘れろ!」
「俺の年齢考えろバカ」
「じゃあ、食え!奢ってやるからたくさん食べろ!」
二人はそのまま店を出ていった。
それは、熱意と焦りで空回った少年の小さな愚痴だった。
時が経てば消えるような些細な嫉妬。
けれど、それを聞いていたのは友人だけではなかった。
後ろに座っていた男たちは、僅かに口元を吊り上げた。
「面白い話を聞いた」
男たちは、聞こえてきた話を肴に酒を飲み始める。
好き勝手に、馬鹿馬鹿しく、面白おかしく。
そして、その話は広まっていく。




