29
秋も半ばに差し掛かった頃。
私は併設された酒場の席に座り、荷物を手入れしていた。
机に並べられた防具や魔道具には、所々キズが入っている。
「フレア」
名前を呼ばれて振り返ると、無愛想な顔をした男が立っていた。
「あら、ロイド。こんな時間に何してるの?」
昼下がりのこの時間、冒険者たちは依頼に向かい、ギルドにはほとんど人がいない。
「槍の改修を終えたところだ。今はリックを待っている」
背中に担いでいる槍に目をやる。
使い込まれた跡はあるのに、柄も刃もくすんだ様子はない。
愛槍ってやつね。
「お前こそ、今日は依頼を受けないのか?」
「ええ、今日は何だか気が向かないのよね」
「……珍しいな」
そういう日もあるのよ。
私は手入れの済んだ備品を片付けていく。
そこへ、受付の奥からトレーを持ったセリアが歩いてきた。
「フレアさん、ロイドさん、お疲れ様です。今からお昼休憩なのでご一緒していいですか?」
「ええ、いいわよ」
セリアがトレーをテーブルに置いて、席に着いた。
トレーの上には手作りのサンドイッチとティーポット。
それにカップが三つ乗っていた。
「ほらあんたも座りなさいよ」
「ああ、そうだな……失礼する」
トレーをまじまじ見つめていたロイドが、槍を置いて椅子に腰かけた。
セリアが慣れた手つきで三つのカップに紅茶を注いでいく。
「どうぞ」
「ありがと」
目の前に置かれた紅茶からはふわりと甘い香りがただよってくる。
「ロイドさんもどうぞ」
「ありがとう」
ロイドも紅茶を受け取ると、少し香りを確かめてから口をつけた。
無愛想な顔に似合わず、妙に所作が整っている。
……なんというか、様になっている。
「ロイドさんは王国騎士団に所属していらしたんですよ」
私の視線に気づいたセリアが、そう教えてくれる。
「へえ、すごいわね」
「ずいぶん昔の話だ。もう冒険者になってからの時間の方が長いな」
ロイドは少し笑って、首を振った。
私もそのうち、貴族より冒険者の身分の方が長くなるのかしら。
それも悪くない。そう思った。
ロイドが少し笑った理由も、ちょっとだけわかる気がする。
「時間が過ぎるのは早いですね。受付をしていると、新人だった子たちがいつの間にか立派に活躍していたりして」
セリアがしみじみと話す。
その姿は、なんというか、その……妙に年季を感じる。
本人に言ったら怒られそうだから黙っておこう。
「ああ、そういえば。レオ君たち無事に依頼完了したようですよ。隣領のギルドから連絡がありました」
レオたち三人は、三日前から護衛依頼へと行っていた。
初めての遠征のはずだったが、達成したらしい。
「まあ、当然ね」
私が特訓に付き合ってあげてるんだもの、あれくらいの依頼で失敗はしないわ。
「もうすぐこちらに着くはずですし、これで一安心ですね」
「……ああ、そういうことか」
ロイドが小さく頷いた。
何に納得したのか知らないけれど、私には関係ないでしょう。
私はいたって自然な流れで、空間魔術を展開して、焼き菓子を取り出しテーブルに並べる。
さて、せっかくの休日ですもの。お菓子でも食べながら優雅にお茶を楽しみましょう。
「セリアとロイドも食べていいわよ」
焼き菓子を一口食べる。
うん、美味しいわ。
「…………」
「ふふ、じゃあいただきますね」
二人もお菓子に手を伸ばす。
私のティーカップはいつの間にか空になっていた。
しばらく三人で話していると、セリアの胸ポケットに何か入っているのが見えた。
「ねえ、それなに?」
「あ、これはですね……」
セリアがチラッとロイドを見た。
「ベルナ村から届いた書類に紛れていたもので、後で確認しようと思っていたのですが」
そう言って、取り出したのは二つ折になった一枚の紙だった。
開くと、槍を持った男の絵が描いてあった。
その横にはありがとうと添えられている。
そして、端には控えめな文字でこう書かれていた。
『騎士様、大好き』と。
「ごほっ……!」
ロイドが盛大にむせた。
これは、あれね。
たぶんあの時、ロイドが抱っこしていた女の子が送ったものね。
「大丈夫?騎士様」
「フレアっ!」
眉間に皺を寄せるロイドを横目に私はお菓子をつまむ。
「ええと、ではこの絵はロイドさんにお渡ししますね?」
セリアが少し申し訳なさそうな顔で手紙を差し出す。
「あ、ああ、確かに受け取った」
ロイドは一瞬手紙に視線を落としたあと、元通り二つに折って荷物へ入れようとした。
けれど、途中で動きが止まる。
……まあ、冒険道具と一緒に入れたらぐしゃぐしゃになるわよね。
ロイドは難しい顔をした挙げ句、そっとテーブルに置いた。
「封筒持ってきますね」
セリアが立ち上がって受付に向かう。
「無下にしちゃダメだからね。幼いからって」
言わなくてもいいでしょうけれど、つい口を出してしまう。
「勿論だ」
ロイドはきっぱりと頷いた。
初恋が苦い思い出で終わるなんて良くないものね。
たとえ実らなくても。
「お待たせしました、これ使ってください」
戻ってきたセリアがロイドに封筒を差し出す。
「助かる」
ロイドは絵を丁寧に封筒へ収める。
そのとき、ギルドの扉が開く。
「やっほー、お待たせ」
聞き覚えのある声に振り返ると、リックがこちらへ歩いてきていた。
「あ、フレアもいたんだ」
「ええ、今日は休みたい気分だったの」
「レオ君たち帰ってくるもんねぇ」
「…………」
リックがひょいとお菓子を一つ口に入れる。
まったく、リックったら。
気だるげな態度の癖に妙に鋭くて嫌になるわね。
「それじゃあ、ロイ君行こっか」
そう言って、ロイドの肩に手を置く。
普段はそんな風に呼んでいるのか。
この二人の関係も気になるわね。
「あ、さっきアランと会ったんだけど、一緒に行きたいって言ってたんだ。三人でもいいよね?」
「ああ、構わない」
ロイドが槍をもって立ち上がる。
「アランは先に森に行ってるってさぁ」
「リックさん、ロイドさん……気をつけて行ってきてくださいね」
いつも通りの言葉のはずなのに、なぜか少しだけ引っ掛かった。
セリアを見るけれど、いつもと変わらない穏やかな顔をしている。
……気のせいかしら。
「うん、任せて。大丈夫だよぉ」
リックは手をひらひら振って、外へ向かった。
ロイドは封筒を胸の前に持ったまま、その後に続く。
「一度、家に寄っていいか?」
「うん?いいよぉ」
そのまま、二人はギルドを出ていった。
気づけば紅茶も空になっている。
セリアもサンドイッチを食べ終えたようだ。
……もうそろそろ、帰ってくるかしら。
そこで、私は一つ気になっていたことを思い出した。
「そういえば、パーティの結成とかランクってどういう仕組みなの?」
レオ、ダン、ミアの三人はこの前、最下のFランクからEランクに上がった。
けれど、それは個人のランクの話だ。
パーティとしてはどうなのだろうか。
「そうですね。ちょうど休憩も終わりですし、受付で詳しく説明しますね」
私はセリアと一緒に受付へ移動する。
セリアはトレーを奥へ片付けると、代わりに何枚かの書類を持って戻ってきた。
「まず、パーティの結成についてですが。
これは、冒険者登録と違いギルドの審査を通す必要があります」
「あら、そうだったの」
最初から初耳の情報だ。
けれど、それももっともね。
新人とパーティを組んで囮に使ったりとか、少し考えただけでも色々と不正の余地がある。
「といっても、難しい試験があるわけではありません。メンバー全員の意思確認や過去の依頼記録、問題行動の有無などを確認します」
セリアがパーティ結成に関する注意事項と書かれた紙を見せた。
先ほどの説明が小難しい文章で載っている。
セリアがその下の方に赤く囲まれた部分を指で示す。
「ただ、Fランクの冒険者が含まれる場合は、通常より慎重に審査します。また、Fランクのみで正式なパーティを結成することも認められていません」
「じゃあ、あの子たちまだ正式なパーティじゃなかったのね」
「はい。ただし、Fランク冒険者のみの場合は仮のパーティを組むことができます」
セリアが書類から顔を上げ、優しく微笑む。
「冒険者同士にも相性がありますから、新人の方々ができるだけ自分に合う仲間を見つけられるようにと考えられた制度です」
なるほど。色々な人と仮のパーティを組んでみて、自分に合う仲間を探していくわけね。
「いつから正式なパーティを組めるようになるの?」
「メンバー全員がEランク以上で、ギルドの審査を通れば正式にパーティを結成できます」
あら?
じゃあもう、あの子たちも正式に組んだのかしら。
それなら、嬉しそうに報告してきそうなものだけれど。
「ああ、それが……レオ君たち、正式に結成できることを忘れてそうなんですよね」
セリアが苦笑する。
あり得るわね。
レオはもちろんだけれど、ミアとダンもちょっと抜けてるところがあるし。
「今日戻ってきたら、どうするか確認するつもりです」
そう言って、セリアが紙を捲る。
「次に、ランクについて説明しますね。パーティのランクはDからSSに分けられます」
「Dからなの?」
「はい、正式なパーティを組む利点としては、冒険者ランクより上の難易度の依頼を受けられることがあります。Dランクパーティなら、Dランクの冒険者と同じ難易度という認識で大丈夫です」
パーティはEランク冒険者以上でしか組めないから、Eの一つ上であるDランクからなのね。
「でも、それって少し危うくないかしら?Eランクに上がった途端にDランクの魔物と闘えることになるわよね」
「それについては、ギルドが個人の依頼記録を確認し、場合によっては制限をかけます」
セリアは毅然とした声でそう告げた。
「また、正式なパーティにFランク冒険者が加入した場合も制限の対象となります。一定期間F,Eランクの依頼しか受けられない、等です」
「それなら問題はなさそうね」
「いえ、それでも不正をしようという方や無理をして怪我をする方はいますから……」
少しだけセリアの表情が曇る。
長年ギルドに勤めて、色々見てきたのだろう。
「私も気をつけて見ておくわ」
「よろしくお願いします」
あの三人のことだけじゃない。この半年でギルドに入ってきた新人は他にもいる。
せめて目の届く範囲くらいは手助けするのが先輩冒険者としての役目よね。
私も他のやつらに色々教えてもらったし。
「それで、続きは──」
私がさらに説明を聞こうとしたとき、
──ガチャ。
ギルドの扉が開いた。
「やっと着いた!!」
「さすがに疲れましたね」
「……お腹空いた」
聞き慣れた三人の声が、静かだったギルドに響く。
見た限り怪我はなさそうだけれど、三人とも疲れきっている。
なのに、私と目が合った瞬間嬉しそうにするんだから、反応に困ってしまう。
私は三人のもとまで歩いていく。
まあ、まずはこう言うべきよね。
無事に帰ってきたのだし。
「レオ、ダン、ミア」
「おかえり」




