09.同居の始まり②
言えるわけがない。平民のわたくしが、言えるわけもない。
皇太子のルイツァーリ様と、男女の仲になりたいだなんて。
そ、それに、ルイツァーリ様は十六歳。わたくしの身体年齢は同じ年だけれど、精神は違う。前世を思い出した今は、二十三歳。ルイツァーリ様の年齢は、前世の妹と同じ。
そんな相手に手を出すなんて、犯罪じゃない。
「えぇと、申し訳なかったわ…いえ、申し訳ありませんでしたわ。わたくしの言葉で、きっと怒らせてしまったのですね」
「どうして急に、そんな距離を取るような言葉遣いになるんですか」
「そ、それは……い、今までの口調のこと、謝罪いたしますわ」
「ローゼリア様に、謝ってもらいたいわけじゃありません」
語気が荒い。けれど同時に、元々掠れて聞こえていた声が、さらに震えているような気がする。
突然距離を取られたら、確かに泣きたくなるわね。
ましてや、ようやく隣に並べる人間が現れたというのに。
「おれは……ローゼリア様ともっと一緒にいたいです」
「そ、れは、そうなりますわね。呪いに影響があるのだから」
「それももちろんありますけど、それだけじゃありません。おれは」
「お待ちになってくださいまし。それ以上はいけませんわ」
「なぜ、ですか」
「キューン」と、まるで大きな尻尾が垂れているように見えるなんて、わたくしも重傷ね。
元より、七つ年下の妹がいた。その時点で、わたくしは年下に弱いのよ。
「……まず一番に取り組まなければいけない問題は、ルイツァーリ様の呪いの問題ですわ。その他のことは、それが終わってからにいたしましょう」
「では、アプローチするのは問題ないんですね?」
「う。そ、それは……」
「頑張りますよ、おれ。ローゼリア様ほど優しくて一緒にいると嬉しくなる人はいませんから」
「で、ですからそれは、呪いが解ければもっと他の人との交流が産まれますので」
おかしい。
いつだって年下は庇護の対象で、振り回されることなんてなかったのに。
年長者として、引っ張っていかなければいけないのに。
早くも、年上の威厳が薄れているような気がするわ。
「では、ローゼリア様。早速、今晩の検証を始めましょう」
ルイツァーリ様の足が、心なしか弾んでいるような気がする。そんな足取りで一組しかない寝具の上に行き、掛布をめくった。
「さあ、こちらへ。おれからは触れないので、ローゼリア様。お願いします」
「――ッ」
人型の茂みにしか見えないのに、今、ルイツァーリ様が微笑んでいるような気がする。
それと同時に、寝具の上で正座して待っている姿は、大きな尻尾をぶんぶんと降っているようにしか見えない。
わたくしは犬派だったのかしら?
いいえ、違うわ。単純に、年下に弱いだけ。
それにこれは特別な意味のあることではなくて、ルイツァーリ様の呪いを解くための……そう、儀式のようなものよ。
睡眠は一日の三分の一を使うのだもの。それだけ長く接触できる時間を、有効的に使うのよ。
「ローゼリア様?」
「くっ……」
正座をして両手を足の上に置き、涙を溜めて切なげな顔で見上げている。
そんな、ありもしない妄想が思い浮かぶ。
実際は、体勢以外は何もわからないというのに。人型の茂みが、寝具の上にいるだけだというのに。
「っ、わ、わかりましたわ。今夜の検証を、始めます」
「どうぞこちらへ!」
バッと左手で示されたのは、一人分としては少し狭く感じる空間。そのすぐ隣には正座して首を長くして待つルイツァーリ様。
悪あがきのように、ゆっくりと寝具へ歩み寄る。わたくしが一歩近づくたびに、ルイツァーリ様がそわそわと落ち着かなくなっていく。
隣に腰を下ろすころには、局所的に地震が発生しているのではと思うほど彼の身体が揺れていた。
「ふふっ。さすがに揺れすぎではありませんこと?」
「もももももももももも、とととととと」
「落ち着いて下さいませ、ルイツァーリ様」
「ッッ!!」
「申し訳ありません、止まらなくて」と言っているかのように聞き取れた。だから物理的に止めようと両手を添える。
その瞬間。
まるで壊れた玩具のように倒れてしまった。
「大変!! かなり身体が熱くなっていますわ! 冷やさないと!」
急いで井戸まで水を取りに行き、木桶に浸した布を額部分へ当てる。よっぽど熱くなっているのか、当てた布は即座に温くなってしまう。
「ここまでの状態になってしまうと、シチェス様に相談した方が良いかもしれないわ。ちょっと呼んできますわね」
「ま、待ってください……」
立ち上がろうとしたら、弱々しい声で止められてしまった。
自分からは触らないというルールをこんな状態でも守っているらしく、わたくしに伸びた手はすぐに引っこめられた。
その姿が、前世の妹を思い出す。あのときはちょうど母が出張中で、わたくしは仕事を休もうとしていた。
けれど、それを妹は知らなくて……高熱でつらいだろうに、「行ってらっしゃい」と気丈に振る舞おうとしていたわね。
わたくしはルイツァーリ様の手を握る。
「どこにも行きませんわ。しっかりとお眠りなさってください」
「……言葉が距離を感じます」
「余裕が出てきたようですわね。もう大丈夫そうかしら」
「ごめんなさい! まだ駄目です!!」
「ふふっ。意地悪を言ってしまったようですわ。わたくしが隣で眠ることで、許してもらえるかしら」
「是非とも!!」
ルイツァーリ様は、ご自身の身体が寝具からはみ出ることを厭わずにわたくしに場所を空けてくれる。
空間を確保してくれている右手を掴み、少し引っ張る。
「ほら、もっとこちらへ来ないとルイツァーリ様が風邪を引かれてしまいますわ。今は夏とは言え、油断は禁物です」
「よ、よろしくお願いします」
もごもご……というより、もじもじという感じかしら。消え入りそうな声で挨拶をしながらわたくしの方へ近づいていらっしゃいます。
「さぁ、これから検証を始めますわよ」
検証と言っても、前のようにただ手を繋いで眠るだけ。
けれど、場所が状況を意識せざるを得ない。
二人で横になるには少し狭いけれど、お互いの顔を見ながら一晩過ごすのも違う。
その結果、手を繋いで仰向けで寝ているのだけれど……。
今ルイツァーリ様は人型の茂みのはずなのに、服越しに鍛えられた腕から熱が伝わってくる。
寝ようとして目を閉じればより鮮明に、その感覚が強くなった。
「っ!?」
わたくしから手を繋いだ、という工程を経たからなのか、ルイツァーリ様が指と指を絡ませるような繋ぎ方をしてきた。
バッと、横で眠るルイツァーリ様を睨む。
けれど彼は、何食わぬ顔をして目を閉じていらっしゃるわ。
寝ているように誤魔化しているけれど、わたくしにはそれが狸寝入りだとわかる。
整っているように聞こえる呼吸の途中で、唾をのみ込むような音を確認できたから。
「~~~~っ」
あくまでも、寝ているという姿勢を崩さないルイツァーリ様。それをわざわざ指摘して起こすのはどうなのかしら。
いえ、寝ていないのだから、起こすわけでもないのだけれど。
そう、これは検証よ。わたくしの力がルイツァーリ様の呪いに影響を及ぼすことはわかっている。それを、一晩かけて検証するだけのこと。
わたくしは自分に言い聞かせて、目を閉じた。
+ + +
「んぅ……?」
うっかりあのまま寝てしまったようだわ。
てっきりドキドキして眠れないかと思ったけれど、わたくしもなかなか図太い神経の持ち主ね。
覚醒できたのは、鼻をくすぐる香ばしい匂いのおかげ。
隣を見たら、ルイツァーリ様は寝ていた。まだ見慣れない、本来の姿の彼がここにいる。
では、どなたが朝ご飯を作っているのかしら。
「そろそろ起き……ああ、ローゼリア様。おはようございます。もうお昼ですが、ルイツァーリ様も起こしてもらえますか」
「えっ!? もう、そんな時間なのかしら」
「朝になってもお姿が見えないので様子を窺った所、お二方とも熟睡されていたようなので先に掃除と食事の支度をいたしました」
「そ、そうなのね。ありがたいお話だわ」
確か、途中まではルイツァーリ様と繋ぐ手が熱くて寝られなかったのよね。いつの間に寝てしまったのかしら。
というか、今、シチェス様が仰ったわよね。
わたくし達が寝ている所を、起こさなかったと。
「――ッ!!」
同じ寝具の中にいる姿を目撃されたのだと思って、ぶわっと羞恥心で身体が熱くなった。
その瞬間、寝ていたはずのルイツァーリ様がバッと起きて、わたくしを後ろに隠すように動く。
視界が、広い背中で埋められた。
「シチェス。ローゼリア様の寝起きを見るとは、何を考えている」
「それは、申し訳ございません。ですが、今は昼です。目覚めたのなら食事を取ってください」
きっちり一メートル以上を保っていたシチェス様は、ルイツァーリ様の返事を待たずにキッチンへ戻る。
「……シチェス様が作っても腐らないのですね」
「それは、食事の原材料をおれが作っているからですね」
「なるほど。そうなのですね」
いけない。まだ寝起きで頭がぼんやりとしているわ。シャキッとしないと。
「わたくしは顔を洗ってから参ります」
「おれも顔を洗おうかな」
「では、一緒に行きましょう」
昨晩のまま放置していた木桶をルイツァーリ様が持ってくれた。その後二人で顔を洗い、シチェス様の元へ行く。
朝食を取っている中、シチェス様からの視線が痛かった。
「ルイツァーリ様と一晩を共にしたのは、決して邪な気持ちがあったのではなく、呪いのための検証でしたの」
「はい。主君のためにご尽力、感謝いたします。以前森の中でその検証はしましたが、数を重ねるとまた違う効果が現れるかもしれません。今後とも、よろしくお願いいたします」
そ、そうでしたわっ!!
わたくしとしたことが、なんたる不覚。
前にしたことがあるのだから、一晩中手を繋いでいたってバレバレじゃないの!
昨晩は、うっかり大型犬に見えたり、年下からのお願いを受け入れてしまったりと精神状態が少々不安定だったわ。
わたくしは呪いの解除係。それを忘れてはいけないわね。
シチェス様に釘を刺され、改めて自分の立場を自覚した。
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(……もしかしたら、この世界にお姉ちゃんがいるかもしれない)
アウレリアは、前世の記憶と同時にこの世界のことも思い出していた。
『娼婦の娘であるわたしが公爵令嬢ってどういうこと!? ~王子様と結婚できるなんて、まるでシンデレラみたい~』。
『シン婚』と呼ばれ、メイン二人のラブラブっぷりが売りの話だ。
姉がトラックから守ってくれたが、後続の車にアウレリアも轢かれた。
(因果関係とか難しいことはわからないけど、死んじゃった時間がほぼ一緒なら、同じ世界に転生しているはず!)
日本人として生活していれば大体成り立つ礼儀作法も、肉体はこの世界のものだから言語能力もある。何だったら、計算方法は小学生で習うような内容。
早々に公爵からの監視はなくなり、週に一度の婚約者とのお茶会も二人きりで過ごせるようになった。
(お姉ちゃんを捜すためには、絶対的な味方が必要なんだけど……)
婚約者を部屋で座って待っていたアウレリアは、案内されてきた王太子を見て立ち上がった。
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