08.同居の始まり①
話の勢いもあって鋭い視線を二人分受け、思わずたじろぐ。
それでもと、考えていたことを伝える。
「寝心地に関しては、ルイツァーリ様のご意見を反映した方が良いかと思いますわ。睡眠は一日の三分の一を使いますから」
「ローゼリア様は、何を提案してくれるんですか」
「わたくしからの提案は、あの寝具と床の間に何か敷けないかというものですわ。今のままでは、外部から侵入した虫に睡眠を妨げられる可能性があると思いますの」
「虫……それは盲点でした」
「床に寝具を引きっぱなしというのは、衛生上よろしくないかと思いますの。建材を頼まれるのであれば、そこに加えてくださいませ。わたくしに妙案がございます」
「かしこまりました。では、何が必要か教えてください」
シチェス様に、「すのこ」を作る材料を伝える。
シチェス様はさらに必要と思われる建材を書き出していき、そのメモを持って外へ出た。
「ピューィ」
シチェス様がリュックから取り出した笛を吹くと、少ししてから上空に鳥が現れる。
「ルイツァーリ様、ホクルトに依頼書を渡してきます。しばし、その場でお待ちください」
シチェス様が駆け足で離れる。一メートルぐらいの場所に降りてきたその鳥は、鷹かしら。
その鷹の足にメモを括りつけて飛ばしたシチェス様が戻ってくる。
「板材が届くまで二、三日かかります。ご不便をおかけしますが、ご了承ください」
「わかりましたわ」
持っていた食器を引き取られ、ルイツァーリ様と二人で家に戻る。
「そういえば、食器を洗おうと思っていたのでしたわ。水場はどこにありますの?」
「家の裏手に井戸があります」
「まぁ、井戸まで……大変だったでしょう?」
「この場所なら、誰にも迷惑をかけないので。それに魔女の悲しみが満ちているとされるこの場所でも、おれが望むと失敗しないんです。井戸も、果樹も、畑も、鶏舎も。育てるのは自分でやらないといけないですが、育たないという事はないんです」
「そうなのね……」
ここは、かつて魔女が当時の陛下と過ごした場所。
呪いによって悲しみが満ちているかもしれないけれど、同じくらい幸せな気持ちがあってもおかしくないわ。
呪いの発動条件は、『当時魔女を貶めた皇族と瓜二つの人間が産まれたら』というもの。
この地に魔女の気持ちが残っているのなら、そこに魔女からの祝福があっても不思議じゃないわ。
――転生ものはね、高い確率でその世界でするべき役割があるんだよ!!――
妹の言葉を借りるなら、この世界は創作された物語の中ということ。
その「物語」という部分が、解決の糸口になるんじゃないかしら。
古今東西、色々な物語がある。
その中には、「王子様が呪いを受ける」という話もあるわ。
そしてその呪いを解く方法は。
「ローゼリア様? いかがされましたか」
「なぜかしら」
「今、ローゼリア様から強い香りを感じました。何か悩み事があれば、伺います」
「い、いえ……」
ルイツァーリ様に指摘され、自分の身体が火照っていたことに気づく。顔も、赤くなっているかもしれない。
感情を抱いたことはばれてしまっても、身体の状態のことまでは伝わらないみたいね。
わたくしのことをわかってくださるのはありがたいけれど、全てが筒抜けというのも恥ずかしいものよ。そうじゃなくて良かったわ。
「もしかして、体調が優れませんか? それならばすぐ横になった方が良いのでは」
「いえ、お気になさらず。井戸まで案内していただけるかしら」
「わかりました。環境が違えば、体調にも影響するかと思います。我慢せず、すぐに教えてください」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
「王子様が呪いを受け」「呪いを解除する」
それは概ね、真実の愛――つまりはキスによって解かれる。
それを想像してしまったけれど、わたくしも自分の立場はわかっているわ。
双方の気持ちが大事な、最終手段。その手段に頼らないように呪いの受け取り方を考えなければいけないわ。
その後、ルイツァーリ様に井戸の場所を教えてもらった。皇哭の大地ではここにしか水場がないようだわ。
「ルイツァーリ様。わたくしのわがままを聞いてくださるかしら」
「何でしょう?」
「水場がここだけならば、井戸の周囲に身体を清められるような場所を作っていただきたいのです」
「わ、わかりました」
「あと可能ならば、わたくしにもルイツァーリ様と同じ服を用意していただけませんか? 今着ているものしかないので、もう一着分あると洗濯もできます」
「そう、ですね!」
「? 費用の面でしたら、ご心配には及びません。森に置いていかれた際、着用していたネックレスがあります。重量もありますので、換金していただければそれなりに工面できるかと」
話を続けていると、ルイツァーリ様が気まずそうに背を向けた。
いえ、人型の茂み状態だから表情は見えないのだけれど……こう、少し前屈みになっているような。
腹痛かと伺おうとして、ハッとなる。先程、わたくしは何を言っていたのかと。
……年頃の男性ね、とからかうのは、絶対にやってはいけないことね。
わたくしも、軽率だったわ。発言にはもっと気をつけないといけないわね。
けれど、もし……。女性として意識してもらえたのなら。
不意によぎった思考を止めるため、バチンと自分の頬を叩く。
「ローゼリア様!? どうされました!?」
「む、虫がいたの!」
「そうだったんですね。ローゼリア様の頬に狼藉を働くとは、不届きな虫だ。制裁を……って、もうすでにローゼリア様がされたんでしたね」
「そ、そう。不届きな虫には制裁をくだしてやったわ!!」
「だいぶ強く制裁したみたいですね。ローゼリア様の白い肌が、赤くなっています。しっかりと冷やしましょう」
先程よぎった思考を止めるために頬を叩いたのに、その後のルイツァーリ様の反応が良すぎて困る。
心配するように頬に手を伸ばされて、思わず後退ってしまった。
「お、お気遣いに感謝いたしますわ!!」
足早に井戸まで駆け、ルイツァーリ様に水を汲んでもらった。
+ + +
「いいえ、譲れませんわ。寝具は、家主が使うべきよ」
「こちらも、譲れません。ローゼリア様を床に寝かせるわけにはいきませんから」
夕食も終え、いざ寝ようとしたとき。ルイツァーリ様との論争が勃発してしまったわ。
現在、この家にある寝具は一つ。体格が良い彼一人なら余裕がある大きさ。
けれど、ここには今二人の人間がいる。
そして、双方の主張がぶつかってしまった。
「わたくしはどこでも寝られると、移動中の半月で証明してきましたわ。それに地面よりも、ルイツァーリ様が作った板の間の方が快適であることは明白。選択の余地もありませんわ」
「いいえ、それは違います。これまでローゼリア様が地面で寝ていたのは、それ以外に方法がなかったからです。ローゼリア様が作った手編みの寝具も、おれが腐らせちゃいましたから」
「ルイツァーリ様は、仰っていたではありませんか。寝心地にこだわっていると」
「ッ!! し、しかし、おれのこだわりよりもローゼリア様の快眠の方が大事です」
「いいえ。わたくしはあくまでも居候の身。ルイツァーリ様の呪いを解く方法を探す係ですわ。そんなわたくしよりも、家主のルイツァーリ様が寝具を使うべきです」
「いいえ、ローゼリア様の睡眠を守るべきです」
話は平行線のまま。
このままでは埒が明かないと思い、折衷案を提案する。
「……では、どちらかが寝具を使うのではなく、二人とも床に寝るのはいかがでしょう?」
「それなら……ああ、いや、駄目です。ローゼリア様と一緒にいる事で呪いを防げるなら、いつ虫が来てもおかしくありません。床に寝るのは寝具を使うよりも、その被害確率が上がってしまいます」
「では、どうされますか」
双方が寝具を相手に譲る。
床に横になるのもダメ。
シチェス様を追い出しそこで就寝するのは、議題にも上がっていない。
前世で見たドラマのように、椅子と椅子を向かい合わせて簡易ベッドを作るには数が足りない。
テーブルを使うにしても、高さがあって寝返りを打つと身体を強打する危険がある。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………わかりました。では、この寝具を二人で使いましょう」
「そう、なりますわね」
「ああでも、安心してください。約束した通り、決してローゼリア様に触れません。なんだったら、両手両足を縛ってくださって問題ないです」
「わたくしにそのような趣味はございませんわ。それに、これはある意味チャンスですわ」
「チャンス?」
「えぇ。これから最低でも、二日は同じ状態が続きますでしょ。それならば、その時間を有意義に使うえば良いのですわ」
「それは、つまり……?」
ルイツァーリ様の方から、唾を飲む音がした。
「以前も試した通り、一晩手を繋いで寝ましょう」
「っ、そ、れは……」
「ル、ルイツァーリ様がご心配になるのもわかりますわ。前は地面でシチェス様も近くにいらっしゃいました。二人きりではなく、鳥の鳴き声もありましたわ。状況が違いますけれど、何も変わりません。ルイツァーリ様の呪いを解くために、わたくしはここにいるのです」
「それだけじゃないです!!」
突然の大きな声に驚き、ビクつく。
そんなわたくしのに頭を下げたルイツァーリ様は、話を続ける。
「ローゼリア様は、おれに希望をくれました。もしかしたら呪いが解けるかもしれないと」
「可能性はありますが、まだ解けたわけじゃありませんわ」
「初めてだったんです……身体も心も軽くなったのは」
「そ、れは……わたくしに、そういう力があったというだけで」
「ローゼリア様と一緒にいると、未来が明るくなります。もしかしたら、普通の生活ができるかもしれないと」
「解呪のために尽力いたします。けれどもしそれが叶ったのなら、ルイツァーリ様にはそれこそ明るい未来が待っていますわ」
「おれの未来に、ローゼリア様も隣にいてくれませんか」
「そ、それはっ……」
請うような、甘い言葉。
けれどそれは、わたくしが呪いを解ける可能性を持っているというだけ。
「ルイツァーリ様は、呪いが解けるかもしれないと気持ちが高ぶっているだけですわ。今まで、わたくしのように呪いに影響を出せるような相手がいなかったのだもの。そうね、例えるならばひな鳥と親鳥のようなもの。呪いが解ければ、その先は様々な人と出会えます。その中には、きっとルイツァーリ様が生涯を共にする方もいらっしゃるでしょう」
早口で言いながら、ルイツァーリ様の隣にいる誰かを想像したくなくて首を振る。
自分の態度に気づいて、ハッとなってももう遅い。
「ローゼリア様。おれには貴女の感情が出ているとわかります。ですが、その感情の中身はわかりません。今、何を思っていますか?」
「そ、れは……」
言いよどむわたくしの言葉を、ルイツァーリ様が待つ。
じっと向けられているであろうその視線を感じ、身体が熱くなった。




