07.ルイが生活している場所
「これも全て、ルイツァーリ様が?」
「ええ、そうです。不格好ですが……」
照れているのか頭をかくような仕草をしたルイツァーリ様は、普段過ごしているという自宅を案内してくれた。
窪みの中央には木造の平屋が二軒、鶏舎、畑、果樹が数本ある。
「ルイツァーリ様は全てを腐らせてしまうということでしたが……」
「畑やら木材やらが気になりますよね?」
そう言うと、ルイツァーリ様はシチェス様に目を向ける。
するとリュックから種芋やら何かの種やらを取り出し、なぜそんなことをするのか、地面にぽいっと投げ捨てた。
「あ、あの?? 何を……」
「これで良いんですよ」
何を見せられているのかしら?
首をかしげていると、ルイツァーリ様はこれが日常だと言わんばかりに捨てられたものを拾う。
「皇哭の大地は不思議な場所で、この場にある物は全ておれが腐らせてしまうのに、こうして『捨てられた物』であれば腐らないんです」
「……不思議な現象ですわね」
「原理も理屈もわからないですけど、こうしておれは生かされています」
先程の話を思い出す。
この場所はかつて、古の魔女が当時の皇族と逢瀬を重ねていた。呪いの発動条件からすると、当時の陛下かしら。
魔女にとっては、思い出もある土地。この地ではルイツァーリ様の手作りであれば腐らない。その理由は、魔女の気持ちが反映しているのではないかしら。
「ローゼリア様? どうされました?」
「……呪いの原理について考えていましたの。まだ具体的な解決方法は思いついていないのだけれど、もしかしたら解呪まで持って行けるかもしれないわ」
「それは本当ですか!?」
「い、いえ。期待させてしまったようで申し訳ないわ。まだ確実にできるとは言えないの」
「それでも、大きな進歩です! 長い間、この呪いの事は何も解明できていなかったので!」
ルイツァーリ様は今、満面の笑みを浮かべているのかしら。声の様子から、かなり興奮されているような気がする。
今は人型の茂みに見えているから、その笑顔が見られないのは少し残念ね。
「ローゼリア様。狭い場所ですが、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
ルイツァーリ様についていくと、シチェス様は礼をしてもう一軒の平屋に向かっていった。
恐らくあの場所がシチェス様が待機する家なのでしょう。けれど、わたくしをそこまで信用してもよろしいのかしら?
疑問に思ったけれど、任せてもらえるのならば全力を尽くすのみ。
ルイツァーリ様と、本拠点に入室。
「……ルイツァーリ様、器用ですわね」
「生きるためですから。食事を用意します。椅子に座って待っていてください」
木造の平屋は、玄関から入ってすぐ目の前にキッチンがある。棚や石造りの竈もあって、全てが手作りだとは思えないほど「家」だった。
一枚板を天板にしている机は頑丈そうに見えるし、座っているように言われた椅子には背もたれもついている。
キッチンの隣の部屋には前世でよく見た布団のセットが置かれていたわ。
皇太子ともあろうお方が木の床の上に布団……。
仕方なしとしても、せめて布団と床の間に何か敷きたいところ。
呪い以外にも協力できることはないかと考えていたら、嗅ぎ覚えのある香りが漂ってきた。空腹を刺激するニンニクの香りに釣られて、調理中の邪魔をしない場所に立つ。
「何を作っているのかしら」
「ブランボラーク、という料理です。これが手軽で……というか、これしか作れなくて。もう少し待ってくだされれれば、テーブルに運びます」
ジュゥと竈からの火を受けているのは、鉄板。フライパンみたいなものはさすがに、作るのは難しいものね。
作り慣れているのか手際が良く、まるでお好み焼きを作っているかのように木のヘラで危なげなくひっくり返す。
「もう少しでできます。座っていてください」
「わたくしも手伝いますわ。乗せるお皿はどこかしら?」
「ありがとうございます。そうしたら、竈の隣の棚からお願いします」
指示された通り、棚へ向かう。すると大きさが違う木皿がいくつも置かれていた。
「同じ大きさのお皿はありませんの?」
「すみません。いつも一人で食べていたので……近そうな大きさを二枚お願いします」
「かしこまりましたわ」
棚から木製のお皿とフォークを二つずつ持っていく。
フォークは柄の先の太さが均一ではないものの、これを手作りしたならルイツァーリ様はとても器用なのね。きちんと機能する形をしているわ。
「こちらでよろしいかしら」
「はい。ありがとうございます。こっちも、焼き上がりました」
木のヘラでブランボラークを木皿に乗せたルイツァーリ様は、二皿を持ってテーブルまで持ってきた。
そして椅子の前に一つ運ぶと、立ったままフォークを持つ。
「ルイツァーリ様? 座らない……いえ、座れませんね。椅子が一つしかないのですから」
「ローゼリア様が使ってください」
「わたくしだけ座るというわけにもいきませんわ。ルイツァーリ様が座らないのなら、わたくしも立ち食いをいたします」
「そ、そんなっ……ローゼリア様は落ち着いて食べられる方が」
「それを仰るのなら、皇太子であるルイツァーリ様を立たせて平民のわたくしが座っているのは有り得ませんわ」
「そ、それはそうですが……」
「二人で、一緒に同じ体勢で食べましょう。そうしたらきっと、いつもよりも美味しく感じると思いますわ」
「確かに……。こうしてローゼリア様が隣にいらっしゃるだけで、ポカポカと温かい気持ちになります」
ルイツァーリ様を説得して、わたくしも立ち食いを始める。
フォークを入れると、表面がカリッと焼かれているのがわかった。フォークで掬い、口へ運ぶ。
「……なんだか、懐かしい感じがしますわ」
「懐かしい?」
「えぇ……。初めて食べるはずですのに、知っているような……」
ブランボラークの正体を確かめるため、フォークを進める。
「ジャガイモ……? けれど、ハッシュドポテトとも違うような……」
鼻から抜ける、爽やかな紫蘇のような香り。でも紫蘇ではなくて……。
お好み焼きのような、パンケーキのような……。
芋感があるから、ジャガイモのパンケーキという感じかしら。外はカリカリなのに中はもちもちで、進む手が止まらないわ。
「あ……」
「気に入っていただけて何よりです。材料はまだあるので、もう一枚焼きますか」
「い、いいえっ。食糧は貴重ですから、これ以上は結構ですわ」
木皿を空にしてしまったとき、もしかしたらまたルイツァーリ様だけにわかるわたくしの匂いが出てしまったかもしれないわ。すかさず言葉をかけられて、恥ずかしくて顔から火が出そう。
熱い顔を手で仰ぎつつ、わたくしと同じタイミングで食事を終えていたルイツァーリ様のお皿を引き取る。
「お水は使えるかしら。食事のお礼に片付けるわ」
「そんな、ローゼリア様が自ら?」
「お世話になるのだもの。これぐらい……」
ちょっと待って? わたくし、当然のようにここで呪いの解除まで過ごすと思っていたけれど……。
ちらり、とルイツァーリ様に視線を送る。
わたくしは今、また『匂い』を出してしまっているかしら。人型の茂み状態の彼が、首を傾げていらっしゃるわ。
「……わたくしの認識が違っていたら正していただきたいのだけれど。ルイツァーリ様の呪いがどうにかなるまで、わたくしは貴方と同居……と、いうことで、よろしいのかしら」
「ああ、それなら……」
ルイツァーリ様が何か言おうとして、言葉を止める。考えていることがあるらしく、顎に手を当てて首を傾げているわ。
何か思いついたのか、突然ダッシュして家を飛び出してしまった。わたくしも食器を抱えたまま追いかける。
シチェス様が滞在する家に向かったようだわ。
開けられたままの扉をくぐる。
「なりません! 私は、ルイツァーリ様の護衛です!」
「だが、それではローゼリア様の寝る場所がない」
「わたくしは新参者です。果樹と何か棒があれば、そこに簡易的な屋根を作れます。果樹二本を一時的にお借りできますか」
わたくしが声をかけると、殿方お二人が同じタイミングでこちらを見たわ。息ぴったりで、お二人は本当に仲がよろしいのね。
こちらの家も腐っていないということは、シチェス様の待機場所もルイツァーリ様が作られたのでしょう。
「それは駄目です!!」
「なぜかしら? 半月ほどご一緒してくださったのでわかっていらっしゃると思うけれど、わたくしは外で生活できますわ?」
「それは、仕方ない状況だったからで……家があるのに、外で寝るなんて駄目です」
「ですが、そうするしかありませんこと? シチェス様はルイツァーリ様の傍にいないといけないと思いますし、せっかく家に戻ったんですもの。ルイツァーリ様もゆっくり睡眠を取りたいのではないかしら」
「そんな、ローゼリア様を外で寝かせるなんて……皇哭の大地は、魔女の噂があるため人は寄りつきません。ですが、万が一ということもあります。おれの家も絶対に安全というわけではありませんが、外よりローゼリア様を守れます」
「ありがたいお話ですけれど……それでは、どうされますか?」
恐らく、ルイツァーリ様は同じ屋根の下で男女二人が暮らすのは良くないと思って、シチェス様の家を明け渡すように伝えたのでしょう。
けれど、シチェス様も職務を全うすべく抗議した。
わたくしが来る前の内容は、そんなところかしら。
その仮設が成り立つのだとしたら、わたくしがシチェス様と同じ屋根の下で過ごすのもダメよね。
「ルイツァーリ様。ご決断を」
相当悩まれているみたい。
無意識なのか、ルイツァーリ様は右手をグルグル回すように動かしている。
「……ローゼリア様に、約束します。おれは絶対に手を出しません」
「それはつまり、わたくしはルイツァーリ様の家で過ごすという解釈でよろしいかしら」
「そ、そうです。……シチェスと二人きりにさせるくらいなら……」
「え、今なんて仰いました?」
「い、いえっ。シチェス! これで良いだろう?」
「ローゼリア様にはルイツァーリ様の呪いを任せています。長く時を共にする方が良いでしょう。ましてや、女性を外で寝かせて良しとはできませんから」
言いつつ、シチェス様がわたくしに目を向ける。
恐らく、同じ屋根の下で過ごすとはいえ間違った思想は抱くなよ、ということじゃないかしら。
あくまでも、わたくしは呪いの解除要員。それが叶えば、セリリルブローの唯一の継嗣だもの。平民のわたくしなんかよりもっと高貴な方との縁談が結ばれるでしょうね。
わたくしはシチェス様の考えを読み取り、頷く。
「シチェス? なぜローゼリア様と見つめ合っているんだ?」
「ルイツァーリ様、早速ですが私は板材のため陛下に連絡を入れます。ついでに何か必要なものはございますか」
「……ローゼリア様が寝るのに困らない、寝台を作れるような素材を」
「それは板材の中に含めます。いい加減、私だけではなくルイツァーリ様も寝台で寝るべきです」
「待て、シチェス。おれはあの寝心地を気に入っているんだ。それにもうずっとあれで寝ているんだ。今さらそれを変えるのも……」
「あの、提案をよろしいかしら」
白熱した話をしていたお二人が、また同時にわたくしを見た。




