10.呪いを受け取る器
朝食、もとい昼食を終えたわたくし達は、現状を整理することにいたしました。
「一晩手を繋いでいると、ルイツァーリ様のお姿を拝見できるとわかりましたわ。以前少し触っただけでも、赤紫に黒を混ぜたような色が解消されました」
「ローゼリア様の体調に変化がないとはわかっていますが、実際、どんな原理でおれの呪いに影響が出ているんでしょうか」
ルイツァーリ様から質問され、改めて考える。
クノスパル公爵家の令嬢として産まれたにも関わらず、魔力が測定できなかった。でも恐らくそれはゼロではなく、他の理由。
……もしかして、魔力がないのではなくて、空なのではないかしら?
そういえば、わたくしは昔から感情が読みにくいとされていたのに、ルイツァーリ様と一緒にいるときは筒抜け状態ですわ。
もしかしたらそれは、彼の呪いを引き受けているから、感情が表に現れるようになっているのかもしれない。
それこそ、空の器に注がれる魔力のおかげで。
魔女の呪い。それは、彼女のありったけの魔力を込めたものだと思うの。
「……恐らく、ルイツァーリ様の呪いとわたくしの力は二つで一つだということ」
「それが不思議です。隣国とはいえ、なぜおれの呪いをローゼリア様が受け取れるんでしょう?」
「お二人が、出会うべくして出会ったという事でしょう!!」
ぐっと拳を握ったシチェス様が、少々興奮気味に意見を述べる。
鼻の穴が膨らんでいるように見えるけれど……?
この様子だと、シチェス様はわたくしとルイツァーリ様が親交を重ねるのを良しとされているのかしら。
「主君の先祖が犯した、魔女を騙すという大罪。その呪いを受けた主君を救うべく現れた、月の女神のような完璧な美を持ち合わせたローゼリア様。これほど完璧な演目はありません!!」
こそこそと二人で話す。
「……シチェス様はどうしちゃったのかしら」
「シチェスは演劇が好きなんです。子供の頃は身体が弱かったようで、本だけ与えられていたらしく……おれの側付きになる直前に舞台を見て、すっかりはまってしまったようで」
わたくし達の反応を気にせず、『シチェスワールド』が展開されているわ。
「呪いを受け入れ努力を惜しまない姿を現しているかのようなダークネイビーの髪と、物事を深く追求する意思を反映したかのような銀灰色の瞳。暗闇を照らす月のごとく輝く銀髪と、全ての恵みを生み出す海のような群青の瞳。ああ、まるで極上の演目を最前席で見ているかのようです」
熱が入っている目を見ても、シチェス様の本気度が伝わってきた。
「……実は、ローゼリア様がよく寝ていたので、起こすなと伝えていたんです」
「えっ……それはつまり、わたくしの寝相がシチェス様に見られてしまったということかしら!?」
「いいえ。それは、おれがさせていません」
「ん?? どういうことかしら」
「ローゼリア様の寝顔を見られる特権を、シチェスに譲るわけないじゃないですか」
「えっ、そ、そうなのね……そうなのですね」
「ローゼリア様。言葉で距離を感じます。共に森を進んでいた頃のように、気兼ねなく話してくれませんか」
「そ、それは……」
わたくしとルイツァーリ様の演目について滔滔と語り続けているシチェス様の声が、耳に入ってくる。
「呪いをかけられた主君は、月の女神の慈悲を請う」
「呪いをかけられた主君と女神は愛を重ね――」
「魔女の呪いに打ち勝った二人は永遠に結ばれ――」
……とりあえず、シチェス様が望んでいることはわかったわ。
呪いを解いたという理由で、きっと皇帝陛下は多少の報賞を与えてくださるのではないかしら。言葉遣いぐらいなら、目を瞑ってくださるわよね?
第二部が始まったわたくしとルイツァーリ様の、シチェス様脳内演目。
それを聞きながら考えてしまうのは、少し身体を動かせばすぐに触れてしまいそうな距離にいるルイツァーリ様のこと。
今は人型の茂み状態で表情はわからないけれど、きっと期待に満ちた目でわたくしを見ているのでしょう。
「わかりましたわ。口調は、戻しますわね」
「ありがとうございます!」
「た、ただし! それだけですわ。それ以上のことは……」
「それ以上の事?」
「ぅっ……」
グッと、さらにルイツァーリ様が近づいてくる。茂みの状態でも、体勢はわかった。
今、顔がかなり至近距離にある。少しでも動けば、わたくしの唇が触れてしまうかもしれない。
現状を変えられないかと、話題にできそうなものを探す。
急に静かになったシチェス様が何かを期待するような目でこちらを見ていた。
「んんっ。話を戻しますわ。呪いのことです。なぜ隣国どうしのわたくし達が二つで一つなのか、これは推測なのだけれど……」
「ローゼリア様、少々お待ちを。シチェス、今すぐにこの家から出て行け」
「はっ。かしこまりました」
どうやらシチェス様が聞き耳を立てていたらしく、ルイツァーリ様が指示を出した。シチェス様は即座に従う。
もちろん側付きなのだから、話を聞いていた方が良いわ。
けれどわざわざ指示を出したということは、演目好きの好奇心が勝るような態度だったというかしら。
「お待たせしました。どうぞ」
「あぁ、はい。えぇと……」
改めて二人きりという状況になり、わたくしが違う世界から来たと伝えるべきか悩む。
ただ、それはこの世界で暮らすルイツァーリ様には関係のない話。
「ローゼリア様?」
「あぁ、申し訳ありませんわ。自分の世界に浸っていました。わたくしの推測なのですけれど……もしかしたらわたくしは、古の魔女の生まれ変わりなのかもしれないわ」
「なるほど……もしそうだとしたら、ローゼリア様がおれの呪いを受け取れるのもわかるような気がしますね」
「呪いの発動は、『かつて魔女を貶めた皇族と瓜二つの容姿の人間が現れたら』でしたわね? それならこの呪いは、魔女の愛ではないかしら」
「魔女の愛?」
「だってそうでしょう? この呪いは、自分が愛した殿方と同じ容姿の人が、他の誰かを愛せなくするものよ。人が人を愛するときは、必ず距離が近くなるものだもの」
「なるほど……という事は、この呪いを解くためには積極的に親交を深めた方が良いという?」
良からぬ気配を察知し、移動しようとした。
けれど、わたくしよりも素早く動いたルイツァーリ様に行動を制限される。
机の両端に手を置かれた。
「わ、わたくしの推測はあくまでも仮説であって……」
「仮説なら、検証してみないと」
「ぅぐっ……」
「一晩手を繋いだら、おれの姿が誰でもわかる状態になりました。それなら、次は何を検証しますか」
掠れた声なのに、ワクワクしていることが伝わってくる。もしこの声も呪いの影響なら、それが解かれたときはどんな声になるのかしら。
わたくしはあくまでも、解呪係。けれど、解呪するまでの特典は享受しても良いのではないかしら。
けれど、そうね……。
このまま年下のルイツァーリ様に翻弄されっぱなしというのも、よろしくないわ。
ここはきっぱりと、年上の余裕を見せてあげなくては。
「……確か、ルイツァーリ様は言っていましたわね? わたくしの寝顔をシチェス様に見せるわけにはいかないと」
「そうですね」
「と、いうことは。ルイツァーリ様は昨晩、ほとんど眠っていらっしゃらないのでしょう? わたくしが寝てしまうまでは、寝たふりをしていましたから」
「そ、そんな事わかるんですか」
「えぇ。もし今後同じ事をなさるおつもりなら、気をつけた方が良いわ。人は、寝ているときに唾は飲みこまないの」
「なる、ほど……。それは盲点でした」
「そして、寝ていないルイツァーリ様に提案する次の仮説は、『膝枕』、ですわ」
「膝枕……それは、おれが嬉しいですけど」
「何か不満でも?」
「いいえ。ふあぁあ。そういえば眠くなってきました。早速、お願いしても良いですか」
「背もたれがある方が良いので、寝室へ向かいましょう」
欠伸をする演技をしてみせたルイツァーリ様に、年上の余裕を見せる。
そう、意気込んでいたのは確かだわ。
+ + +
「……ルイツァーリ様。わたくしの膝は寝心地が悪いですか」
「いいえ、最高です」
仮説の検証を始めてから、これで何度目のやり取りかしら。
時間にして一時間ほど。
半月あまり森でサバイバルをしていたこともあり、前世のような筋肉が戻りつつあるこの身体。
ルイツァーリ様の頭が乗っていても、まだまだ疲れを知らないのだけれど。
満面の笑みを浮かべたルイツァーリ様と、ずっと目が合ってしまっているわ。
今は、頭から首の辺りにかけてわたくしと接している感じ。けれどそれは布越しで、直接ではない。
だからなのか、まだ時間が短いのか、首から下はまだ茂みの状態。なかなかシュールな絵面だけれど、問題はそこじゃないの。
「ルイツァーリ様。わたくしは、貴方に寝ていただきたいのです」
「そうですよね。でもおれは、全然眠くないんです」
「先程は欠伸までしていたじゃありませんの」
「そうした方が、滑らかにローゼリア様のお膝をお借りできるかと」
「眠っていただかないと、長い時間の検証ができないですわ」
「それはすみません」
ニコニコと微笑まれる。
これは、眠る気なんてないということね。
どうしましょうか。
熟考し、もっと寝やすい環境を整えることにした。
壁に寄りかかり曲げていた足を伸ばし、ルイツァーリ様の頭を撫でる。
「あ、あのっ?? ローゼリア様!?」
「視界が暗くなると、人は眠くなるものですわ」
人前で歌を披露できるほどの自信はないため、一定間隔でルイツァーリ様のお腹の辺りをポンポンと叩く。
ただ頭を撫でながらだと、少々体勢が前のめりになってしまう。
前に流れる銀の髪を耳にかける。
「ロ、ローゼリア様!? ち、近いです……」
「へ……?」
やりたいことを実行するために仕方なしとはいえ、ルイツァーリ様の鼻先にわたくしの唇を近づけてしまっていた。
指摘されて自分の体勢に気づいたけれど、年上の余裕を見せるためにその姿勢を続ける。
「一定の間隔で人の手を感じると、その熱に促されて眠くなってくるでしょう?」
「そ、そうかもしれないですけどっ……そ、そんな余裕は……」
もぞもぞと動かれ、ルイツァーリ様の顔がわたくしの腹部に近づく。もしかしたら、吐息がかかったかもしれないわ。
「――ッ!!」
ゾクッとした感覚が走り、思わず立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。頭を打っていないかしら」
「大丈夫です……」
耳まで赤くなっていたように見えたルイツァーリ様は、今は茂み状態になってうつ伏せになっている。
離れればすぐに様子がわからなくなってしまうことを残念に思う。
……いえ、これはそう。娯楽のようなものよ。ルイツァーリ様が見目麗しいから、それを観賞できなくなるのが残念なだけで。
自分の気持ちをすでに認めているくせに、年上だからとそれを否定する。
それは無駄なことだとわかっているけれど、いずれ解呪できたときに離れなければいけない。
今から予防線を張っておくに越したことはないはずよ。
「こ、この方法は、お互いに恥ずかしいわね。検証をするにしても、他の方法を探しましょう」
「え、ええ。そうですね」
ルイツァーリ様と物理的な距離をおくと、徐々に呼吸が整ってくる。
先程の感覚……前世でも味わったことがないわ。未知なる感覚に恐怖したけれど……知らないは、怖い。怖いという感情を、そのままにしておいても良いのかしら。
好奇心と、恐怖心。その狭間でわたくしの心は揺れていた。




