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11.検証を重ねる


 怖いという気持ち。これは何かあったとき、足をすくませるものだわ。

 それがわたくしだけに影響するなら、それほど深く考えなくても良いのだけれど。


 その恐怖が、もしもルイツァーリ様に関わるものになってしまったら。

 怖いという気持ちを自覚しているのに動かなかった自分を、責めるだけでは足りないかもしれない。


「ルイツァーリ様。少し、協力してもらってもよろしいかしら」

「はい。何なりと」

「先程、わたくしは未知なる感覚に遭遇しました。それを、わたくしは『怖いもの』と判断していますわ。今後のことを考え、その恐怖心をなくしておきたいの」

「大切な事ですね。恐怖は、時として人に死を近づける」

「理解していただき、感謝しますわ。それでは早速、検証なのだけれど……」


 検証のためにはまず、先程と同じ状況を作り出さないといけないわね。


 ……いえ、それは気まずいとお互いに認知したばかり。

 近い状況を、作り出してみれば検証できるはずよ。


 茂み状態になっているルイツァーリ様の顔に、手を添える。ピクリと反応した彼の右頬の部分が、一部人に戻って見えた。


「ど、どうですか? 何かわかりましたか」

「いいえ……。これでは、特に何も感じませんわ」


 ルイツァーリ様の頬に添えた手を、そのまま流れるように首元へ移動する。

 わたくしの手が通った跡がわかるように、ルイツァーリ様の頬から首元の肌が見えるように茂みが動いた。

 彼の首元が少し湿ってきているような気がするけれど、緊張させてしまっているかしら。


「『怖い』の正体はわかりましたか」

「いいえ。これでもダメみたい」


 あのゾクッとした感覚。

 あれの発動は、わたくしがルイツァーリ様に触れるのではわからないのかもしれないわ。


 それなら、もう一つの可能性を試してみるしかない。

 胸元で両手を組み、お願いしてみる。


「ルイツァーリ様。申し訳ないですけれど、貴方からわたくしに触ってもらえないかしら」

「えっ!! そ、それは……」

「一晩一緒に寝ていても約束を守ったルイツァーリ様ですから、最後までその意思を貫きたいでしょう。ですがここは、わたくしを助けると思って協力してくださいませんか」

「わ、わかりました。ですが、お顔に触れるのは敷居が高いので……ローゼリア様の手に触れます、ね?」

「お願いしますわ」


 今は触れていないから、ルイツァーリ様の表情はわからない。

 けれど、まるで恐る恐るというような表現がしっくりくるように、ゆっくりと両手をわたくしに伸ばしてきた。


 わたくしから触らないという条件を満たすため、彼の手がわたくしの手に届くまで待機する。


 そろり、と近づいてくる、ルイツァーリ様の手。

 まるで宝物を扱うかのように、両手でわたくしの手が取られた。

 その、瞬間。


「ッ!!」

「あ、ごめんなさい。力を入れすぎましたか」

「い、いえ……」


 指先から痺れるような感覚が伝わり、思わず手を引く。


 何も悪くないのに謝罪してくれるルイツァーリ様に、伝えないといけないわ。けれどまだ、先ほどの刺激から抜け切れていない。


 痺れた左手を見たり、閉じたり開いたり。自分の頬に当ててあの痺れの原因を考える。


「……今、あの感覚がありました」

「それなら、『怖い』の正体はわかりましたか」

「いえ……二度目の体験を経て、『怖い』とは違うとわかりましたわ。けれど、未知なる感覚なのは否めませんの。こんな感覚、前世でも味わったことがないのに……」

「ぜんせ?」


 呟いてしまったことを聞き返され、思わず口の前に手を持っていく。


「あ、えぇと……」


 前世の話は、この世界ではどんな扱いなのかしら。異端者? 魔女の再来?


 ……後者に関しては可能性として高いと推測しているから、問題ないでしょう。けれど前者だと判断されたら、ルイツァーリ様と一緒にいられないかしら。


「もしかして、ローゼリア様が博識なのは、その『ぜんせ』というものが影響していますか」

「そ、そうなの。前世というのは、今生きている時間よりも前に生きていた記憶があるということなのだけれど……」

「前に生きていた世界……前世は、古の魔女だったわけではないんですね?」

「そうね。その説は捨てきれないけれど、直近の記憶では違うわ」

「なるほど……。だとしたら、おれ達が出会えたのは奇跡のようなものですね」

「奇跡……。確かに、そうかもしれないわ」


 異世界へ転生する仕組みがどういうものかわからない。けれど、仮に転生していたとしてその後の展開なんてわからないわ。


 もしかしたら「物語」の力もあるのかもしれないけれど。

 前世を思い出したときのあの気持ち悪さは、物語の中の「わたくし自身」が耐えきれないといけないと思うの。


 頭の中をかき混ぜられるような気持ち悪さは、もしかしたらわたくしが前世で身体を鍛えていなかったら耐えきれなかったかもしれない。


「ローゼリア様。前世でも体験していないと言っていましたけど……貴女が感じた感覚を、言葉で表してみてもらえませんか」

「言葉で? それは良いけれど……」


 茂み状態になっているから、ルイツァーリ様の表情はわからない。けれど声の調子は、少し弾んでいるような気がする。


「最初に感じたのは、ゾクッとした感覚よ。それは寒気とは違うのだけれど、それ以上はわからないわ。先程のときは、痺れ、と表現するのが近いかしら」

「なるほど。それなら、おれも体験しました」

「え、本当に?」

「はい。ローゼリア様から触られると、同じような感覚になります」

「なるほど……では、この奇妙な感覚の発動条件は、異性から触られるということかしら。それなら」

「待ってください」


 シチェス様にも検証をお願いしようかと思って移動しようとしたら、ルイツァーリ様に腕を掴まれた。


 すぐに謝罪されて離されたけれど、右の手首に少し痺れた感覚が残っている。


「もう少し、二人だけで検証をしてみませんか。というか、そういう気持ちがなかったとしてもシチェスとローゼリア様が触れ合うのを見たくありません」


 こ、これはもしかして、『嫉妬』というものかしら。


 妹が推す相手はいつも、決まって王子様キャラだった。けれどその媒体は小説だけに限らず、漫画やゲームにも及んでいた。


 妹が推し活をしているときは、いつもキラキラと目が輝いていていたわ。そんな表情をもっと見たくて、妹が知らない漫画をよく本屋で発掘していたものよ。


 その過程で読んだ少女漫画に、今と似たような状況があったわ。

 ヒロインを好きなヒーローは、誰にも渡したくない独占欲をむき出しにして……。


「ローゼリア様?」


 今、ルイツァーリ様はどんな表情をしているのかしら。確認するためには、顔に触れないといけないわね。

 顔全体を確認するためには、どれくらいの時間が必要かしら。


「ロ、ローゼリア様!?」


 手を当てた両頬から、ルイツァーリ様の肌が見え始める。そのまま触り続けていると、茂みの葉が一枚、また一枚と解除されていく。


 両頬が全て見えるようになり、スッと通った鼻筋と口の周囲も露わになってきたわ。


「ローゼリア様!」


 形の良い唇がわたくしを呼んだ瞬間、ハッと我に返る。

 すぐに手を離して距離を取った。


 ルイツァーリ様も、すぐに人型の茂みへ戻る。


「ご、ごめんなさいね。べたべたと触って、不快だったでしょう?」

「いえ、それはないんですが……そ、その……」

「好奇心を満たそうと思ってしまって、記憶が曖昧なの。わたくし、どこまで触ってしまったかしら」

「触っていたのは、おれの頬だけですけど……そ、その、ローゼリア様のお顔が近かったです。貴女の、息がかかるほど……」

「……え? 嘘でしょう? わたくし、そんなに近づいていたかしら」

「はい」

「な、何てこと!! 申し訳なかったわ。決して、そのような意図があったわけではなかったの」

「ええ、ええ。わかっています。好奇心が勝っていたのですよね? わかっていますよ、おれは」


 肩が下がっているかしら。

 ルイツァーリ様がしょんぼりしているように見えるのは、目の錯覚?


「ローゼリア様は、何か考えながらおれに触っているみたいでした。何を考えていたんですか」

「それは……」


 嫉妬したの、なんて聞けるわけがない。

 認められてしまっても、その先の未来を保証できない。逆に認めてもらえなかったら、それはそれでちょっと悔しいわ。


 えぇ、そうよ。わたくしの中の気持ちはすでにルイツァーリ様に傾いている。けれど、それを認めるわけにはいかないの。


 ルイツァーリ様は、セリリルブローの唯一の継嗣。

 呪いが解けさえすれば、いくらでも結婚相手はいるのだから。


「ローゼリア様、もしかして今良からぬ事を考えていませんか? 先程からしていた甘い香りに、潮の香りが混ざったような感じになっています」

「……ルイツァーリ様のその能力は、少々やっかいですわね。わたくしの感情を、そこまでわかってしまうなんて」

「ご、ごめんなさい。感情がわかってしまうなんて、嫌ですよね。これからはあまり言わないようにします」

「……いいえ。その必要はないわ。わたくしが気をつければ良いだけの話だもの」

「ローゼリア様。もし心配ごとがあるのなら、どんどん言ってください。ローゼリア様が悲しまれているまま、それを解決できないのは嫌です」


 これは……わたくし自身を心配してくれているのかしら。

 それなら、とても嬉しい。


 けれど同時に、それだけ真摯に対応しようとするルイツァーリ様の将来を、年上のわたくしが奪うわけにはいかないという気持ちにもなる。


「さて、わたくしの感覚を求める検証はこれで終わりですわ。次はきちんと、ルイツァーリ様の解呪に向けて検証をしましょうか」

「わかりました。お願いします」

「では、一つ一つ確認していくわ。まずは、接触する時間と解呪の関係性について……」




 その後。


 検証を重ねた結果、触っている部位――手ならば肩先まで。顔ならば首の辺りまで――の全てを露わにするには、一時間ほどかかるとわかったわ。

 前に膝枕をしたのと同じぐらいの時間ね。

 一晩の時間をかければ、全身が見えるようになる。

 けれど何度検証を重ねても、わたくしが手を離すと即座に茂み状態に戻ってしまう。


「どうしたら良いかしら」

「一時的な解呪は、ローゼリア様からの接触が必要。それなら、例えばローゼリア様が手作りされたものを身につければまた違う効果が得られるのでは」

「森にいたころ、わたくしとルイツァーリ様が接触していなかったとき、手編みのベッドが腐ってしまったわ。そのときと同じ結果になってしまうのではないかしら」

「確かに……呪いの解除まで、まだまだ先は長そうです」


 ルイツァーリ様の呪いは、わたくし以外の一メートル以内にある物を全て腐らせるというもの。但し、ルイツァーリ様が手作りしたものや皇哭の大地に捨てられたものは例外となる。


 呪いをかけたのは、いにしえの魔女。そしてその相手は、当時の皇帝陛下。


「一つ、試してみたいことがあるのだけれど」

「はい。何なりと」

「今夜一晩手を繋ぎ、明日皇哭の大地を出てみませんこと?」


 わたくしからの提案に、ルイツァーリ様は目をパチパチと瞬かせていた。










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