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12.皇哭の大地を出る①


「皇哭の大地を出る……それは、デートという事でしょうか」

「そ、そんな大仰なものではないわ。検証の一環よ。今はルイツァーリ様が自ら作ったものでないと腐らせてしまうけれど、わたくしが接触していたら市販の物でも腐らないのではと」

「良いですね、行きましょう」

「上機嫌なようだけれど、これはあくまでも検証なの。デートではないのよ」

「わかっています。検証ですよね」


 夜が待ち遠しいと足を弾ませるルイツァーリ様を見て、思わずトクンと胸が高鳴る。


 解呪後のことを考えてあまり高望みをしないように心がけているし彼の期待値も高めないようにしているけれど……。

 わたくしの言動一つであれだけ声を弾ませられると、正直揺れてしまいますわ。




 その後、寝る間際になって重要なことに気がついた。

 市販の品を試すのなら、シチェス様に買ってきてもらえばいいのではないかと。


 ま、まぁ? ルイツァーリ様が自ら選んだものという検証も兼ねているから、無駄ではないわ。

 決して、わたくしがルイツァーリ様とデートしたいわけではないわ。えぇ、それは当然よ。


「それでは、ローゼリア様。よろしくお願いします」

「え、えぇ……」


 声が弾んでいる。

 明日はデートではないと否定しておいたけれど、実質は。


「おやすみなさい、ローゼリア様」

「お、おやすみなさいませ、ルイツァーリ様」


 わたしから伸ばした手に、ルイツァーリ様の指が絡む。


 今わたくしは、また彼にしかわからない匂いを出してしまっているかしら。

 それはきっと、甘い方の香り。

 そんな自覚がある。






 + + +


 翌朝。


 繋いだ手に力が入れられたような気がして、意識が覚醒する。


「おはようございます、ローゼリア様」

「おはようございます、ルイツァーリ様。昨晩はよく眠れましたか」

「ローゼリア様の健やかな寝息を聞いていたので、目覚めはすっきりです」

「……それは、寝たのかしら? 寝ていないのかしら?」


 目の下に隈は見えず、ひとまず問題ないかと思い起き上がる。その際ギュッと手を握られ、ルイツァーリ様に視線を向けた。


「ローゼリア様。今日は外に出るという検証をするんですよね? 一度離れてしまったら、また長い時間をかけなければいけません」

「そ、そうだったわ。まだ寝ぼけているのかしら」

「顔を洗いますか?」

「そうね、そうしましょう」


 手を繋ぎながら、という検証条件。これが、日常生活でいかに支障をきたすかということを、このときのわたくしはまだ知らなかった。




 ルイツァーリ様と井戸まで行き、早速難題にぶつかる。


「……しまったわ。片手が塞がれている状態だと、顔を洗いづらいわね」

「お互いの顔を洗いますか?」

「いいえ、それだと空いている自分の手で洗うのと変わらないわ。木桶に水を入れるのも、片手では無理よね?」

「できると思いますよ」


 そう言って、ルイツァーリ様は見事に片手だけで縄を引っ張ってみせた。

 今は全身が露わになっている状態だから尚のこと、彼の鍛えられた筋肉が服越しでもわかる。


「さて、こうして水を汲めたのは良いけれど……」

「どうやって顔を洗いますか? 片手でやると、いつもと体勢が違うから服が濡れてしまうかもしれません」


 手を繋いだままでは、行動が不便。

 手を繋ぐのは、ルイツァーリ様と常に接触していなければいけないから。

 接触しておくことが条件なら、それは例えば違う方法でも……。


「ローゼリア様。何か方法が見つかりましたか」

「……また、匂いが出てしまっていたかしら」

「くらくらするほどの、甘い香りが」

「そ、そう……。えぇと、顔を洗う方法がなくはないのだけれど……」

「その方法とは?」

「えぇと……」

「甘い香りが強くなりました。それなら、ローゼリア様が悲しまれるような方法ではないんですね?」

「っ……そ、そうよ。わたくしが考えた方法は……」

「方法は?」

「――ッ。だ、抱きつくことよ!」


 カッと身体が熱くなる。今わたくしはきっと、顔が真っ赤になっているわね。


 わたくしから方法を聞いたルイツァーリ様の手からも、熱が伝わってくる。

 顔を見れば、耳まで真っ赤になっていた。


「こ、この検証は、わたくしとルイツァーリ様が接触していることに意味があるのですわ! 顔を洗う際、お互いが抱きついていれば。接触解除にはならないと思いますの!!」


 なぜやろうとしたのかを伝えるため、早口になった。


 ルイツァーリ様は何か考えているのか、真っ赤に染めたままの顔を上げたり下げたりしているわ。

 わたくしを直視せず、繋いだ手をキュッと握ってきた。


「……接触、という条件が肌と肌が触れ合うならば、恐らく、抱きつくのでは接触していないと判断されてしまうのでは? 膝枕の一件はありますが……」

「確かに。一時間でも顔や首ぐらいしか変化がなかったわ。時間をかければ問題ないかもしれないけれど、それはつまり、その時間ずっと抱きついていなければいけないということになる」


 ルイツァーリ様は、目をギュッと瞑ったまま。その様子は、まだ話に続きがあると思わせる。


「接触という条件を守るのならば、可能なのは後ろから首を触っていることでしょうか」

「っな、なるほどね!! それでいきましょうか!!」

「おれとしては、抱きつくという選択肢も捨てがたいのですが」

「な、何を言っているのかしら。ルイツァーリ様自らが、呪いについての矛盾点をついてくれましたわ。わたくしが先に顔を洗います。首を触っていてもらえるかしら」


 顔を洗うだけでなぜこれほどまで時間がかかるのかしら。

 そう思っていたら、ルイツァーリ様が右手をわたくしの首へ持っていく。


「っ……」


 わたくしの右手が解放されて顔を洗えるようになったけれど、首の付け根の背骨辺りを撫でる必要はないはずよ!?

 というか、初めて出会った頃はもっと控えめじゃなかったかしら!?


 シチェス様からの「触ってもらえば」という提案に、破廉恥だと異議を唱えていたルイツァーリ様は、もういないのかしら。


 きっとあれね。積極的にアプローチすると宣言していたから、それを実行しているのだわ。

 解呪後のルイツァーリ様の未来を守るため、ここは年上のわたくしが誘惑に負けないようにしなければ。


 気持ちを切り替えるため、木桶から水を掬って顔を洗う。夏でもひんやりとする井戸の水は、火照った体を冷ましてくれますわ。



 その後。


 ルイツァーリ様が顔を洗うため立ち位置を変える。

 そうしてようやく、顔を洗うという日常を終えた。






 かなりの時間を要してしまった洗顔を終えて家に戻ると、シチェス様が朝食を作ってくれていたわ。

 手を繋いでキッチンへ向かったから、満面の笑み……いえ、全開の笑みで迎えられた。


 ルイツァーリ様の姿を見られるということは、一晩手を繋いだと証明しているようなもの。

 いつまでもわたくし達を見て口元を緩ませているシチェス様に、今日の検証計画を伝える。


「こうして手を繋ぎ続けているのは、これから外に出てみようと思っているからなの」

「ええ、そうですか。それは良い事だと思います」

「これは検証のためよ? ルイツァーリ様の解呪のため」


 話している最中、急に視界が暗くなった。


「な、何!?」

「ローゼリア様の視界を制限します」

「なぜ??」


 突然の宣言に首を傾げたけれど、ルイツァーリ様が右手でわたくしの視界を塞いでいるとわかった。

 抗議する目的で左手でその手を叩いてみても、彼の右手を動かしてくれない。


「あの、ルイツァーリ様?」

「シチェス」

「かしこまりました」


 さすが長年の主従関係といった所かしら。ルイツァーリ様は名前を呼んだだけなのに、シチェス様は家から出ていってしまったみたい。


 ルイツァーリ様の右手から視界が解放されて二人きりだったから、たぶんそういうことよね?


「それじゃ、朝食にしましょうか」

「え、えぇ……」


 朝食は、以前ルイツァーリ様も作ってくださったブランボラーク。恐らく原材料として使えるものだから、これになるのよね。

 ただ、フォークで食べていたこのブランボーク。問題が発生しているわ。


 ちら、とルイツァーリ様に視線を送る。

 彼は利き手の右手が空いているから、わたくしと手を繋いだままでも特に問題なく食べれているわ。


 けれど、わたくしは検証のために右手を繋いでいる。ということは、普段は使わない左手で食べなければいけないということ。


 フォークは握れる。ただ、右手でやっているような動きはできない。例えばウィンナーとか、切られたステーキだとか、刺せば食べられるようなものであれば問題ないのよ。


 けれどブランボラークは、お好み焼きのような、ジャガイモのパンケーキのようなもの。

 フォークだとその隙間から崩れてしまうけれど、スプーンがあれば。


 繋いだままのルイツァーリ様の左手を引く。


「どうされました?」

「ルイツァーリ様。スプーンはありませんの?」

「スプーン? あるにはありますけど、なぜ?」

「ブランボラークは、フォークで食べるには少し柔らかいと思いますの。左手だと、普段のように扱えないので」

「ローゼリア様には、優秀な右手がついています」

「?」


 何を言い出すのかと思って首を傾げていたら、すでに食べ終えていたルイツァーリ様がご自身の右手を上げる。


「……ま、まさか」

「ローゼリア様が利き手を使えないと思い、先に右手を開けておきました」

「い、いえっ!? スプーンを出せば問題解決よ。スプーンを出すわ。離れないように、ルイツァーリ様も……」


 ルイツァーリ様の眩い笑顔にわたくしの目が泳ぎ、その場から動こうとする。

 けれど、繋がれたままの手をクッと引かれてしまう。


「ローゼリア様は言いました。この呪いは、魔女の愛だと。おれの祖先が魔女を貶めた結果で、解呪のためには魔女がしたかった事をするべきなんじゃないかって」

「そ、そんなことまで言った覚えはないわ」

「でも、検証してみないとわからないですよね?」

「うぅ……」


 ルイツァーリ様の笑顔が、悪魔の微笑みに見える。

 手を繋いでいることで彼の表情が全てわかるのは良いのだけれど……。


 一見すると氷のように冷たく見える銀灰色の瞳が熱を持っている姿を見てしまうと、年上だからと行動するその意思が消えてしまいそうよ。


「わ、わかったわ。何事にも検証は必要だもの。ルイツァーリ様、それではお願いします」


 覚悟を決め、ルイツァーリ様の隣に立つ足の先まで、身体が強張っているような気がするわ。

 そして、目をギュッと閉じて口を開けた。


「っっ……で、では、一口目をいきますね」


 目を閉じていてわからなかったけれど、繋いだままの手が熱くなった。

 ピクッと動いて、じんわりと手が湿ってくる。握り直したり、握り方を変えたりと焦りのようなものも感じたけれど。

 ルイツァーリ様は今、どんな表情をしているのかしら。


「っ、ローゼリア様っ。目は、閉じていてもらえますか」

「わかったわ」


 目を開けた瞬間、ルイツァーリ様と目が合った。そのときに目にしたのは、瞬時に耳まで顔を赤くする姿。

 わたくしと繋ぐ手に力が入ったように感じたのは、わたくしの思い違いかしら。


 目が合ったままなのはわたくしも気まずかったから、ルイツァーリ様が望むようにまた目を閉じてブランボラークを食べさせてもらった。







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