13.皇哭の大地を出る②
ブランボラークを食べさせてもらってから、使い終えた食器を洗い場に置く。
普段は、ある程度食器が貯まってからまとめて洗っているらしいわ。
「さて。食事も終えたことだし、早速外へ行ってみましょうか」
「外へ、ということですが、まさか皇都へ?」
「他に市販の物を購入できるなら、そこでも良いのだけれど」
「この辺りには店がありません。皇都までは半日ほど歩きますが、大丈夫ですか」
「問題ないわ。一緒に半月近くも森の中を歩いたじゃない」
早速行きましょうと、ルイツァーリ様の手を引いて出発する。
そのまま皇哭の大地を出ようとしたとき、前世の記憶が出てきた。
「そういえば、この家には鍵はありませんの?」
「かぎ?」
「家に不届き者を侵入させないための錠前ですわね」
「そのような習慣はないですね」
「(田舎あるあるかしら)きっと、鍵をかけなくても問題ないという、信頼関係が構築できているからでしょうね」
「それもあるとは思いますが……首都の家では特に、入居者以外の人間は入れないように魔法で管理されています」
「魔法で?」
「住居に住む際、入居費を国に支払います。そうすると城に所属している魔法師が、家と入居者を繋げる魔法をかけるんです。そうすると、入居者以外は家に入れなくなる」
「……まるで生体認証ね。ハイテクだわ」
「せいたい認証? それに、はいてく、とは?」
「ごめんなさいね。前世の言葉なの。あら、でもそうすると、わたくしがルイツァーリ様やシチェス様の家に入れたのはなぜかしら?」
「入居魔法を扱える魔法師の数はいますが、ここには近づけませんから」
「……なるべく早く解呪できるよう、尽力いたしますわ」
ルイツァーリ様の手を引き、皇哭の大地を進んでいく。一メートルほど離れた場所にシチェス様もついて来ていた。
シチェス様は手練れだから、護衛が一人でも問題ないわ。
けれど、皇都へ着いたら街の女性達がルイツァーリ様をほっとかないのではないかしら。
「ローゼリア様? どうされました?」
「……ちょっと、考え事を」
「それはわかります。少し、潮のような香りがしました。何が心配ごとがあるなら、おれに教えてください」
「ルイツァーリ様には、隠し事はできないわね。これから皇都へ行くでしょう? 今は貴方の姿がわかる状態だから、きっと街の女性達が集まるだろうな、と」
「それなら、咲き誇る大輪の薔薇に群がる虫達の方が多いと思いますよ」
「虫って……確かに母国にいたときのわたくしは侍女達が丹念に仕上げてくれていたからその美しさは自覚していたけれど。今は、手入れができていないのよ? ルイツァーリ様ほどではないと思うわ」
「いいえ! ローゼリア様は息をしているだけで周囲を明るくします。その光に吸い寄せられる虫共を、どう蹴散らしてやろうかと……」
「……物騒なことはおやめになって? あくまでも、検証のために出かけるのよ」
低い声になったルイツァーリ様を止めたけれど、にっこりと微笑みだけ返される。これは、わたくしがきちんと見ていないと危ないわね。
いざとなったら力を借りるわとシチェス様に目を向けると、まるで極上の観劇を見たかのように恍惚とした表情をしていた。シチェス様の頭の中では、一体どんな演目が流れているのかしら。
疑問に思っていたら、繋いでいた右手をクッと引かれた。
「ローゼリア様。前を見ていないと危ないですよ」
「えぇ、そうね」
微笑み付きの注意を受けると、なぜだか叱られたような気持ちになるわ。気分を害してしまったかしら。
「そういえば、買い物をしようと提案したものの、資金はありますの?」
「問題ないです。おれ達が気に入ったものを、シチェスが全部購入します」
「え。そうなのね」
「はい。おれは皇太子なので、おれ用に予算が分配されているんです」
「なるほど」
ルイツァーリ様からの説明を受けつつ、先程の言葉が気になる。
「おれ達が気に入ったものを、全部購入」とは、どこまでのことを指すのかしら。手に取ったら当然? もしかしたら目で追っただけでも「気に入った」になるのかしら。
だとしたら、多くの物を目に入れるのは止めておいた方が良いかもしれない。
「ローゼリア様? その、そんなにじっと見られると、照れます」
「えっ? あぁ、ごめんなさいね。出費を抑えるためには、ルイツァーリ様を見ていた方が良いかもしれないと思っていたの」
「なるほど。そういう事なら大歓迎です。おれも、ローゼリア様しか見ません」
「いいえ。ルイツァーリ様はそれではダメですわ。貴方が選んだ物を買ってみる、という検証なのよ?」
「そうでしたね。今回の検証は、(ローゼリア様にプレゼントを贈る)今後のためにも重要な案件でした」
わたくしが想定しているものとは違う意図があるような気がするけれど、きっと気のせいね。
ルイツァーリ様も検証に乗り気で良かったわ。
それから、半日かけて皇都へ向かった。
+ + +
「ここが皇都……」
セリリルブローは、ツァルドゥーナと比べて人を見た目で判断しないみたい。
わたくしとルイツァーリ様は、容姿はともかく服装が煌びやかではないわ。けれど、清潔感があったのが幸いしたのか、そもそもどんな人でも中へ入れてくれるのか。
皇都と外を隔てる街境にいる兵士達は、友好的に迎え入れてくれた。
街境の先には四つの道に分かれており、そのうちの右から二番目の道を進む。
「皇都では、川が住居区を分けています」
「川が?」
「生活の違いが争いを生む事もありますから、国に収める税の金額で分けているんです」
「なるほど……けれどそれでは、上を目指す人が多くなってしまわないかしら?」
「城との距離が近いほど、収める金額は増えていきます。なので、上を望み続ける人はそれほど多くありません」
「国に収める税、とあるけれど、セリリルブローでは庶民も税を納めるのかしら」
「成人した十六歳以上で健康な身体を持つ国民全てに、仕事をする義務があります。二十歳までは減税する制度があり、その年までに仕事を決めていますね」
ファンタジーの世界だと思っていたけれど、やはりここは「物語」なのだわ。現代に近い考え方が根付いている。
「川で区切られた住居は橋で繋がれ、同じ住居区でも橋に近い方が入居費がかかるという仕組みになっています」
「なるほど……よく考えられているわ」
向上心が高い人は、橋の近くへ。次の住居区へ。
そんな人ばかりではないけれど、そうして国の収益も上がる。
「おれ達が今進んでいるのは、三番区。平民が多く住む場所ですね」
「確かに。わたくし達の格好では、この辺りが打倒かもしれませんわ。二番区も四番区も、違いすぎると目立ってしまうもの」
「その通りです。ただ普段はシチェスに頼んでいるので、おれも歩くのは初めてなんです」
「そうだったのね」
「おれが、こうして街中を歩けるなんて……ローゼリア様には、感謝しかありません」
「これからは、もっともっと色々なことを試せば良いわ」
「そうですね。こうして、ローゼリア様がずっと隣にいてくれるのなら」
「わたくしは解呪係。役目を終えたらお側を離れm」
「それは駄目です!」
ルイツァーリ様が、急にわたくしの両手を握った。
突然の大きな声に、思わず何度も目を瞬く。
そして、街人の一人ぐらいの認識だったルイツァーリ様が、周囲の女性の視線を奪い始めた。
「ル……ルイ様、声を抑えてくださいませ」
「良いですね、その呼び方! これからは、そう呼んで下さい!」
これまで、ルイツァーリ様は国民に姿を見せていなかった。けれど名前は伝わっているかもしれないと、配慮した結果。
まるで大型犬が全身で喜びを示しているかのような満面の笑みを引き出してしまったわ。
何人か、その場で頽れる女性が見える。わかるわ、その気持ち。確かにこの笑顔は、心臓が耐えられないわよね。
わたくしも心臓をバクつかせながら、内緒話をするためにルイツァーリ様の手を引く。
「ルイツァーリ様。周囲に女性達が集まっていますわ。お名前を知られているかもしれないので、仮の名を呼びました」
「それでは、おれもローゼリア様の名前を言わない方が良いですね。貴女を見ているあの虫共に名前を知られる訳にはいかないですから」
ルイツァーリ様が、ちらりと目線を動かした。その先を見ようとしたら、またクッと手を引かれる。
「ロゼ。何が欲しいですか。何でも買いますよ」
「――ッッッ!!」
「っと、大丈夫ですか」
急に愛称で呼ばれ、カッと身体が熱くなる。微笑み付きでされたものだから、周囲から黄色い声が上がった。
呪いのせいで年配の方のように聞こえる声。その掠れが、心なしか色気を含んだように聞こえてくる。
思わず足の力が抜けた所を、ルイツァーリ様が危なげなく支えてくれた。
「……ルイ様。わざとですか」
「何がでしょう?」
「ッッ! 今のは、わざとね!?」
ルイツァーリ様には、わたくしの感情が筒抜けなことを忘れていたわ。
愛称を呼んだときは、きっと意図していなかったでしょう。
けれど、その後は絶対にわざとだわ。
だって、わたくしの目を見てにっこりと微笑みながら言ったもの。
度重なる声の攻撃に、わたくしの足は完全に力をなくしてしまう。ルイツァーリ様に寄りかかるようにしていたら、さっと抱き上げられてしまった。
周囲から、悲哀とも歓喜ともとれる黄色い声がいくつも上がる。
「買い物も大事ですが、食事するという検証もしてみましょう」
「そ、そうね……お願いするわ」
抱き上げられたことにより、ルイツァーリ様との距離が近い。
接触が解除されないように首へ手を回しているけれど、そのせいでまるで自分から彼の首元へ唇を寄せているような感覚になった。
周囲からの視線が刺さる。
今にも思考停止になりそうだけれど、ルイツァーリ様の後ろに控えていたシチェス様と目が合った。
深々とお辞儀をされて、我に返る。
「ルイ様。あのお店なんてどうかしら?」
目線を向けたのは、川沿いにあるお店。白い壁に朱色の庇がある。
お店の佇まいからして、カフェかしら。
「良いですね。あそこで休憩しましょう」
ルイツァーリ様が、店頭の椅子までわたくしを運んでくれた。
下ろされる際もギリギリまで首に手を回し、彼が席についてからも手を繋ぎ続ける。
ルイツァーリ様を追ってきていたガッツのある女性達も、次々と離れていく。
「ラブラブみたいね」
「あんなかっこいい人と一緒にいるなら、もっと手入れすれば良いのに」
「ずっと互いに触れているな。そこに入る余地はなさそうだ」
女性だけでなく男性の声もし、想像させている関係ではないと否定したくなる。
けれど周囲に人はいない方が、万が一のときに被害が出なくて良い。
そう思って、ルイツァーリ様とメニュー表を見た。




