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14.街での騒動


 ▲▲▲


 週に一度のお茶会で、アウレリアは勝負に出てみる事にした。

 メイド達が準備を整え、部屋から出ていく。王太子と二人きりになった。


「王太子様、お話があります」

「私達は婚約者だよ? ヴァイリッヒと名前で呼んでくれないかな」

「ヴァイリッヒ」


 敬称もなく、呼び捨て。普通であれば婚約者であっても不敬に値する。しかし、前世の記憶を取り戻しているアウレリアには、罰せられない確信があった。


 名前を呼ばれた王太子は、浮かべていた微笑みを消している。星型の虹彩がある金の瞳には、暇つぶしができそうだと愉快さが伺えた。


「それで? 俺に何を求める?」

「わたしの姉を捜す手伝いをしてもらいたいです」

「姉? おかしいね。君はクノスパル家の長女だ。上に跡継ぎはいるが、他に女性はいない」


 紅茶を優雅に飲む仕草は、まさしく王太子そのもの。しかし『シン婚』のヴァイリッヒは、何でもできるが故に常に面白い事を捜している。

 その知的好奇心を刺激すれば良い。


「ヴァイリッヒは頭が良いから、もうわかっているでしょ? わたしが公爵令嬢じゃないって」

「いや? 君は、クノスパル公爵の娘だよ」

「え……どういうこと?」

「婚約までの一ヶ月の間に、王宮から使者が来ただろう? そこで採った血を、血統証明の水晶に垂らした。どこの馬の骨とも知れない人間を、王家に入れる訳にはいかないからね」

「で、でも……わたしのお母さんは、娼婦よ? そんなはずが……」


 前世で『シン婚』を読んでいた。しかし、「物語」の中には主人公の父親の事なんて書かれていなかったはず。


「君は今、いくつ?」

「へ?」

「馬鹿そうな反応はいらないよ。あのクノスパル公爵が君を認めているんだ。王太子の妃として、一定の標準は超えている」

「あぁ……。魔力の高さが、見た目に反映されるってやつね」

「そう。公爵家は五つあるが、その中でもクノスパル家は群を抜いてその美貌が噂になっていた。もちろん、俺も君の見た目を認めている。だから、年を教えるんだ」

「今年で十六よ」

「ふうん……」

「な、何? わたしが十六だと何かあるの?」


「公爵も悪い人だ。そんなに権力が欲しいのか」と言いながら、ヴァイリッヒはまるで悪巧みをしているかのような笑みを浮かべる。


「それで、姉というのは? 生まれ月だと君が妹で、姉は本当の公爵令嬢じゃないのか」

「本当の公爵令嬢は、どこにいるのかわからないn」

「何っ!!」


 今までの余裕のあるような態度から一変。ヴァイリッヒは、テーブルにダンッと手を置き立ち上がる。

 その弾みで、テーブルにあったティーカップが倒れ、飲みかけの紅茶がクロスに染みを作った。


「どうしたの?」

「公爵は何を考えている!? 正気じゃないな」


 ヴァイリッヒは整えられた金髪をがしがしと掻きながら、腕を組んでどかっと椅子に座る。

 足を組み何か呟きながら口元に手を当てている様子は、尋常じゃない事が起きたのだと証明していた。


(……どういう事? 『シン婚』では、本当の公爵令嬢についての事は書かれていなかった)


 所詮は「物語」だろうと、その筋の通りに進む展開に疑問を持たなかった。しかし、そこに転生者というイレギュラーが発生した場合、「物語」から逸脱してもおかしくない。


「ヴァイリッヒ。わたしにもわかるように教えて」

「……君が公爵家に連れてこられてから、どれくらい経った?」

「え? えぇと……もう少しで二ヶ月?」

「二ヶ月か。保てているのは、まだ国内に公爵令嬢がいるからか?」

「それってどういう……っ!?」


 ヴァイリッヒに質問しようとしたら、公爵邸のどこかで爆発音がした。


「緊急事態だ! この屋敷は最早安全ではない。外に俺が乗ってきた馬車がある。それに乗って城へ避難しろ!」

「え??」

「グズグズするな! 走れ!!」


 ヴァイリッヒはどうするのなんて、そんな事を聞ける雰囲気ではなかった。先程の爆発音を皮切りに、窓が割れる音や誰かの悲鳴などが次々と聞こえてきている。


 アウレリアが部屋から飛び出すと、屋敷の様々な場所が壊れたり人が竜巻に飛ばされたりしていた。


「な、何? どういうこと?? っ、きゃぁっ」


 屋敷内の様子を窺っていたら、亀裂の入っていた壁が倒れてきた。

 すんでの所でかわしたものの、これ以上留まっていれば死んでしまうかもしれない。


(お姉ちゃんが、この世界にいるかもしれないのに!! こんな所で死ねないよ!!)


 状況が理解できないまま、アウレリアはどうにか屋敷を抜け出す。地獄絵図のような屋敷の外に、一人だけ影響を受けていない人がいた。


 おろおろと屋敷を心配そうに見ていながらも、それ以外は変化のない公爵夫人に駆け寄る。


「シュリーフェさん!」

「アウレリア! 良かった、あなたは無事だったのね」

「王太子様が、馬車で城へ避難しろと言っています。一緒に行きましょう」

「そうね……こんな状況になっては、ロゼが戻ってくれないとどうにもならないものね」

「えっ……? それって、どういうことですか?」


 話していると、屋敷の方から瓦礫が飛んできた。手前に落ちた瓦礫を見て、アウレリアはシュリーフェの手を取る。


「今はとにかく、ここから避難しましょう」

「そうね」


 突然起こった騒動に、御者も帽子を握りしめてヴァイリッヒを捜していた。

 ヴァイリッヒから避難するように言われたと伝えると、すぐに帽子を被って職務を全うし始める。


 馬車の中で、アウレリアは公爵令嬢について教えてもらった。


「公爵令嬢は……いいえ、クノスパル公爵家の女系は、国中にあふれる過剰な魔力の要石!?」

「そう。王家に嫁がなくとも、ツァルドゥーナの中であれば良かったの。わたくしもその力を受け継いでいたから……女児を産むと、その力は子供に引き継がれるのよ」

「こうして騒ぎになっているということは……公爵令嬢が、国を出てしまったという?」

「そうかもしれないし、ロゼが死んでしまったのかもしれないわ……」

「そんな……」


 城まで向かうまでの道中でも、そこかしこで魔力暴走が起きている。人が燃えたり、襲われたり、建物が崩れたり。

 瓦礫が飛んでくる事もあったが、それを避けられる御者の腕前は確かだ。このまま、城へ避難できるだろう。


(でも、どうしてお城へ避難するんだろう。ロゼちゃんがいなくなっちゃったなら、どこへ行っても変わらないのに)


 そんな疑問は、アウレリア達が城へ到着してから解消される。

 城内では、城下の騒ぎなんて全く関係ないと言っているかのように静かだった。


(ヴァイリッヒは何か知っているみたいだった。王族が知っているなら、お城で働く人達は対策をしていたのかもしれない)


 アウレリアは、馬車まで迎えに来た城の騎士に応接室まで案内された。




 それから数日。

 王都の被害は、甚大なものとなった。




 ▲▲▲


「ルイ様。これを頼みましょう」

「良いですね」


 ルイツァーリ様とメニュー表を見ていたわたくしは、店員オススメと書いてあるケーキセットを指差した。

 するとすぐに、手を上げて店員を呼んでくれる。


 テーブルへ運ばれてくる間も、もちろん手は繋いだまま。今の所周囲が腐る様子もない。


「ルイ様、ケーキは初めてですわね?」

「そうですね。ケーキというのは、どういうものですか」

「色々とありますけれど……このメニュー表によれば、季節のフルーツが乗っているようですわ」

「フルーツ……果樹はリンゴしか食べた事がないです。どんな味なんでしょうか」

「ふふ。それは来てからのお楽しみ、というやつですわ」


 ルイツァーリ様が、ケーキセットが運ばれてくるのを今か今かと待ちわびている。そわそわしている様子が可愛く思えて、思わず笑みがこぼれた。

 その瞬間。

 ルイツァーリ様も周囲から見ていた男性陣も、女性でさえ言葉を失ったように顔を赤らめていた。


 今までわたくしは感情がわかりづらかったはずなのだけれど……。


 もしかしたら、ルイツァーリ様の呪いを受け入れることで、その制限が解除されつつあるのかもしれないわ。


 自分なりの推測を立てていると、川沿いの道を鎧を着た兵士達が走っていく。


「何かあったのかしら?」

「あの鎧は、セリリルブローのものではありませんね」

「では、一体何が……」


 兵士達は、皆手に何か紙を持っていた。ちらりと見えたのは、人相書きかしら。

 協力できることならしようと、ルイツァーリ様と手を繋ぎながら立ち上がる。


「暗闇を照らす月のごとく輝……いては、いないな。ご令嬢。あなたと似ているクノスパル家の娘をご存じではないか」

「それでしたら」


 わたくしがそうだと言おうとしたら、ルイツァーリ様が立ち上がって背中に庇ってくれた。


「その方がどうかしたのか」

「国を混乱に陥れた人物として、今ツァルドゥーナから各地へ兵士が派遣されている。貴殿も見かけたならば、我らに報告願う」


 人相書きをルイツァーリ様に渡した兵士は、店を離れていった。


「これを見て下さい」


 渡された人相書きには、ツァルドゥーナまでわたくしを連れてきた人物に報奨金を出すと書かれているわ。

 その額は、一千万ルル。この「物語」の貨幣価値はわからないけれど、前世の感覚で言ったら相当大きな額だわ。


「ケーキセット、お持ちしました」

「……ひとまず、このまま食べましょう」

「そ、そうね」


 周囲からの目が、秋波から好奇心に変わったような気がするわ。


 先程、兵士に疑われたばかり。注文をしたのに食べずにこの場を離脱したら、真っ先に怪しまれてしまう。

 シチェス様は手練れだけれど、多勢に無勢。命を失ってしまうかもしれないわ。


「ルイ様。待望のケーキですよ。どうぞ」

「ありがとうございます、いただきますね」


 テーブルに置かれていたケーキを、お互いに食べさせ合う。あくまでも、ラブラブな恋人同士のように。

 けれどフォークを持つ手は震え、ケーキが落ちてしまう。


「ごめんなさいね、失敗してしまったわ」

「貴女には、ケーキですら重たいのかもしれないですね」


 そう言いつつ、ルイツァーリ様はもう一度挑戦しているわたくしの手ごとご自身の口元へ寄せる。

 ぶつけてしまって口の周りについたクリームを、紙ナプキンで拭った。


「うん。美味しいです」

「そ、それは良かったわ」


 周囲の目を気にしてしまうわたくしと違って、ルイツァーリ様は堂々としている。

 わたくしもその様子に倣って、三度目の挑戦は手が震えずにできた。






 そのままケーキを食べさせ合い、完食して退店する。

 支払いをシチェス様がしている間、周囲を窺った。


 セリリルブローは隣国だから、より多くの兵士が割かれているのかもしれないわ。どこを見ても、人相書きを持っている兵士がいる。


「お待たせしました」

「では、家に戻りましょう?」

「そ、そうですね、ロゼ」


 恋人同士に見えるように、手を繋ぎながらルイツァーリ様の腕に抱きついた。

 先程とは違い、腕が強張って若干の緊張が見られるルイツァーリ様と一緒に、三番区を出る。


 急がず、騒がず。ゆっくりと、確実に。


 皇都の入口にも、何人かの兵士達がいた。


「待て。なぜ街を出る?」


 その中の内の一人に、呼び止められてしまった。






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