05.国境へ
「え……その、お姿は?」
「ローゼリア様からも、おれの姿は草の塊に見えますか」
「え、えぇ……」
ルイツァーリ様が隠れていたと思われる、大きな茂み。それはそのまま動いてはおらず、人型の茂みが立っている。
赤紫に黒を混ぜたような人型の茂みが、隣国の皇太子……。
「これも、呪いの影響のようです」
「え、ですが……腕を出されたり、指先を見せて下さったりとしておられました。それがなぜ、今はそのようなお姿に見えるのでしょうか」
「十六年間、自分自身を研究してきた結果……どうやら、人に認知してもらう時には人間らしさを出せるようなんです。とはいっても、おれ自身の目からは普通の人間にしか見えないんですけどね」
「た、確かに。普段から茂みの塊だったら、何か作業をするのにも大変でしょうしね……」
説明され、納得する。
このお方の呪いを、わたくしはどうにかしないといけないのね。とても大変なことだけれど、そこにわたくしの居場所があるのならば、全力で取り組むのみ。
ルイツァーリ様とシチェス様と一緒に、わたくしは国境を越えるべく動き始めた。
+ + +
「今さらですが、ローゼリア様の渡国申請は行わなくても大丈夫ですか」
「えぇ。今のわたくしは公爵令嬢ではなく、ただの平民です。用意周到なお父様のことですもの。わたくしの戸籍はすでに新しい公爵令嬢の方に書き換えていると思いますわ」
「そんな……戸籍は、産まれた者全てにあるものです。そんな簡単に書き換えるなんてできないと思いますが」
「それを可能にしてしまうのが、わたくしの父クノスパル公爵という人ですの」
セリリルブローへ向かうため、滞在していた森を出発したわたくし達。
どうやらこの森は国境も兼ねているらしく、そのままセリリルブローへ行けるらしいのですわ。
「戸籍の書き換えをする国民がいないため、我が国ではそれを罰する規則がありません。どうにか、ローゼリア様が報われるような方法を探したいのですが……」
「それには及びませんわ。今までわたくしは、外の世界を知りませんでしたの。それが今は、自由に動ける。これほどワクワクすることはございませんわ」
「ローゼリア様がそう仰るのなら良いのですが……もし復讐したくなったら、いつでも教えて下さい。おれの全力を持って対応します」
「では、そのときが来ても黙っていましょう。ルイツァーリ様を恨みたくありませんもの」
「不当な扱いを受けても、まだご両親の事を家族だと思っているんですね。ローゼリア様は、何て寛大なんだろう」
「この年になるまで、過分な暮らしをさせてくださいました。それにお母様は……現状に、不満を持ってくださっていると思います」
魔力測定の儀の前。
お母様はいつものようにチークキスをしてくださった。
お兄様との仲が悪いことも、一番気にかけてくださっている。
一緒に刺繍をする時間は、とても楽しかったわ。
「それでは、国を離れる事をお伝えした方が良いのでは?」
「それは難しいでしょうね。お母様の愛情は確かに感じていたけれど、それでも貴族ですから。お父様に抗議はできないと思います。わたくしが顔を見せることで、お父様を刺激したくありません」
「ローゼリア様を悲しませるなんて。やはり、公爵だけでも……」
「ちょっとお待ちになって? 今、何と?」
またルイツァーリ様が、地を這うような低い声で仰る。けれどその言われた内容に、思わず耳を疑った。
「すみません。ローゼリア様は復讐を望まれないのでしたね」
「いえ、それもそうなのですけれど……わたくしが、悲しいと」
「ええ、そうです」
「おかしいですわ。わたくし、自慢じゃありませんけれど、昔から表に感情が出ないんですの。ルイツァーリ様は、どうしてわかりましたの?」
わたくしが質問すると、人型の茂み姿に見えるルイツァーリ様が首を傾げるような動作をする。シチェス様にも何か伺うような仕草をして見せた。
「どうしてというか……ローゼリア様は、感情が豊かだと思いますよ? 最初に出会った時もそうでしたが、こちらを気遣ってくれる時や先程も、本当にそう思っているのだと表情からわかりました」
「表情から……??」
「はい。それにローゼリア様が感情を見せてくださっている時は、必ず甘い香りがします」
「え、香り……? それはシチェス様にもわたくし本人にもわからない、『良い匂い』というものでしょうか」
「はい、それです」
どういうことかしら?
ルイツァーリ様だけしか確認できない、わたくしの香り……。
それに、感情がわかりやすいって……。
「ローゼリア様、今は何か困惑していらっしゃいますね? 眉間に皺が刻まれてしまうと、美しいお顔が陰ってしまいます」
やはり、ルイツァーリ様は的確にわたくしの気持ちを言い当てている。それならば、今わたくしは、そういう表情をしているということ。
「ローゼリア様? どうされました?」
「……ルイツァーリ様。ツァルドゥーナでは、魔力の高さが人を魅了する容姿として現れるとされていますの」
「でもローゼリア様は追放されてしまったんですよね? その法則があるならば、おかしくないですか」
「えぇ。わたくしもそう思います。一応、わたくし自身も自分の容姿のことは自覚していますわ。だからこそ魔力測定の儀の結果に疑問を持っていますの」
祭司様が触れていたとき、きちんと数値が出ていた。小数点まで出して細かく測定するのに、何も表示されないなんてことあるのかしら。
仮にわたくしの魔力がなかったとしても、それは「0」という表示になるのではないかしら。
表示されないから、魔力がない。その考えは、もしかしたら違うのかもしれないわ。
「ルイツァーリ様。わたくしは、もしかしたら規格外の人間なのかもしれないですわ」
「ツァルドゥーナでの法則があるならば、そうなるでしょうね」
「呪いを解ける力かどうかはわかりませんけれど……ルイツァーリ様と過ごす中でわたくしの可能性も探ってよろしいかしら」
「ええ。問題ないです」
「わたくしに可能性があると思わせてくださり、ありがとうございます」
「ローゼリア様! そんな、こちらこそ母国から連れ出してしまうのに……頭を、上げてください」
頭を下げたわたくしを見て焦る様子は、そのままルイツァーリ様の人柄の良さを表しているのでしょうね。
けれど、そのままではとても皇帝のような厳しい決断が必要とされる職務は重荷になってしまうのではないかしら。
……いいえ。それを憂えるのは、わたくしではないわね。
頭を上げたわたくしは、また国境越えのために動き始めた。
+ + +
「今日はこの辺りで一晩過ごしましょうか」
そう言って、ルイツァーリ様が足を止める。
川の音が聞こえるけれど近すぎない、少し開けた所。周囲から何かが来ても、すぐに対処できそうな良い場所ね。
「これまでお二人は、どのように夜を過ごされていたのですか?」
「どのようにも何も、地面へ横になるだけですね」
「それでは、もし雨が降った場合は?」
「それは自然のものですから、どうにもならないですね」
「確か、ルイツァーリ様が『作った』ならば、呪いの影響を受けないのでしたわね? それならば『野営の場所』もルイツァーリ様が作れば良いのでは?」
「残念ながら、おれにはそのような知識はなくて……」
シチェス様も、同様に頷いている。
それはそう。この世界にサバイバル技術を使うなんて、貴族じゃありえないもの。
けれど、わたくしがいる。
ちらり、とシチェス様のリュックに視線を向けた。
「シチェス様。そのリュックの中には何が入っているのかしら」
「りゅっく……? この背負い袋の事でよろしいですか」
「え、えぇ、そうよ。もしよろしければ見せてもらえないかしら」
「こちらは魔法鞄に分類されるものですので、覗いても中はわかりません。必要なものがあるならば、教えていただければ」
「そう。それなら縄や大きめの布はあるかしら」
「どちらもありますが、どれくらいの大きさをお望みでしょうか」
質問を受け、周囲を窺う。簡易的なテントを作る場所に適切な、間隔が離れすぎていない木の前に立つ。
「この木と隣合った木の間に渡せるぐらいの大きさのものはあるかしら」
「かしこまりました」
シチェス様がリュックから、わたくしが指定した物を取り出してくれる。それを受け取ったわたくしは、ルイツァーリ様の前で実践してみた。
四つの木を縄で結び、その上に布をかける。
「ルイツァーリ様。こうすることで簡易的な屋根を作れますの。布が潤沢にあるならば、左右と背面から垂らせば、仮の拠点を作れますわ」
「なんと……ローゼリア様は、どこでこのような知識を?」
「そ、それは……乙女の秘密ですわ」
「なるほど、奥が深いですね」
いえ、深くはないのですわ。
感心するようなルイツァーリ様からの視線に耐えきれなくて、わたくしは作ったばかりの簡易テントを崩す。
では実践してみましょう、と提案しようとしたところで、はたと気づく。
「……ちなみに、この縄と布はルイツァーリ様の手作りでは?」
「ないですね。市販の物です」
「なんてことっ……そ、それでは、縄を作るところから始めましょう」
「縄を……? そんな事もできるんですか」
自分で作った物でなければ腐らせる。それは、なんて恐ろしい呪いかしら。
ルイツァーリ様は茂みの塊に見えるけれど、本人は違うと言っていたわ。それなら服も着ているのでしょう。
呪いのせいで散々苦労して、きっと手先も器用になっているはずですわ。
「ではまず、細い蔓を捜すことから始めますわ」
+ + +
「な、何てこと……。こんなに、野営の設営が難しいなんて……」
「おれが暮らしている場所なら、もう少し簡単なんですけどね」
細い蔓を捩って纏めて縄にする計画、早くも失敗ですわ。
そもそも、ルイツァーリ様の呪いは周囲のもの全てを腐らせる。蔓だって何だって、触れる前から腐っていく。
「わたくし、良いことを思いつきました」
ポンと手を打つ。
そしてその提案を実行するため、ルイツァーリ様の隣に並ぶ。
失礼しますと声をかけ、手を掴んでテントへ。すると、腐りそうで腐らない状態を保っているように見えた。
チリッと時折赤紫と黒が混じったような点が見えるものの、腐食は進んでいない。
「成功ですわ。これで、ルイツァーリ様も屋根の下で寝られます」
「で、ですがっ」
「わたくしのことは、腐らない木とでも思ってくださいまし」
「そ、そんな事、無理ですよ。おれだって、年頃の男です」
「わたくしに魅力を感じてくださっているのね。ありがたいことですけれど、意識することはありません。わたくしも、ルイツァーリ様のことを弟と思いますので」
「お、弟……」
シチェス様とのやり取りを見ていて勝手にそう思ってしまったのだけれど、傷つけてしまったかしら。
配慮の仕方を間違えたかしらと思っていたら、ルイツァーリ様がわたくしの手を取り顔を近づける。
「今は、それで良いです。さあ、寝ましょうか」
今、手の甲にキスをされたのかしら……?
き、きっと、わたくしの気のせいね。睡眠は体力回復の資本。さっさと寝てしまいましょう。
ざわつく胸に手を当てつつ、眠る努力をした。




