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04.ルイの事情


「……名前を教えるなんて、駄目ですよルイツァーリ様?」


 つい呟いてしまったわたくしの声を耳にした殿方が、ハッとなって目が合う。


 即座にリュックを降ろし、剣を抜いてわたくしの眼前に迫る。身の危険を感じて即座にその場を離脱したけれど、相手の方が一枚上手だった。


 木を背後にして逃げられない所で、喉元に剣が突きつけられる。

 この殿方は、相当な手練れね。隙を感じないわ。


「シチェス。止めるんだ」

「かしこまりました」


 鶴の一声とは、こういうことを言うのかしら。


 ルイツァーリ様の指示が出された瞬間、シチェス様は剣を収めた。そして、茂みから一メートルぐらい離れて控える。


 先程もそうだったけれど、なぜそんなに距離を置くのかしら。お付きの護衛であれば、もっと傍にいた方が良いのではなくて?


「従者が失礼しました。お怪我はありませんか」

「えぇ、ありません」


 腐ったような色の茂みから、声が聞こえる。

 ルイツァーリ様は、そこからお姿をお出しにならないのかしら。それとも、もしかして茂みが本体?


 じっと見ていると、なぜか茂みがもぞもぞと動く。ここにはルイツァーリ様がいるとわかっているから、焦るような気配は彼から感じたのかしら。

 視線を外さずにいると、まるで姿勢を正すように茂みがピシッとなった。


「も、申し遅れました。おれはルイツァーリ・セリリルブローと申します。ローゼリア様がお好きなように呼んで下さい」

「え……お待ちになって? わたくしの聞き間違いかしら。今、セリリルブローと聞こえたような……」

「聞き間違いではないですよ。おれは、ツァルドゥーナの隣国、セリリルブローの皇太子です」

「ルイツァーリ様!!」


 シチェス様の焦りようからすると、身分まで明かすなんて、というところかしら。


「なぜ、わたくしにそこまで明かしてもらえたのでしょうか」

「ローゼリア様は、仰いましたよね? おれを助けてくれるって」

「はい。その言葉に二言はありません」

「ルイツァーリ様……本気ですか」

「シチェスだって、見ているだろう? ローゼリア様の物理的な距離を」


 ルイツァーリ様の言葉を聞き、そういえばと現状を見る。


 わたしは問題なく茂みの傍にいられるけれど、シチェス様は一メートルほど離れていた。何てことはないと思っていたけれど、実はそれが重要なことだったのね。


「ローゼリア様、どうか、おれを助けてもらえませんか」


 茂みの中から、切羽詰まっているかのような声が耳を打つ。困っているのなら、助けない理由はないわ。


「わたくしに、できることであれば」

「ローゼリア様だから、できると思うんです」

「その内容とは?」

「これから話す事は、他言無用でお願いします」

「えぇ、心得ています」


 焦らされると、これから聞く内容がどんなものなのかと不安になってきますわ。

 漂う緊張感に、ゴクリと唾を飲む。

 

「セリリルブローには、世間に知られていない呪いがあります」

「の、呪い?」

「遙か昔、セリリルブローには魔女がいました。ですが、当時の皇族が魔女を怒らせ、子々孫々に呪いをかけられたのです」

「そ、その呪いとは?」

「呪いは二つ。一つは、皇族に産まれる跡継ぎは必ず一人というもの。そしてもう一つは……」


 知らず握っていた拳が、汗で湿っていた。

 話の先を知りたい意欲が前面に出て、身体が前のめりになる。


「魔女を怒らせた皇族と瓜二つの人間が産まれた場合、手が届く距離のもの全てを腐らせるというものです」

「あぁ、なるほど。だからシチェス様はその場所に……お待ちになって? わたくし、その範囲よりも確実に中にいますわ?」

「ええ。こちらから見ても、ローゼリア様には呪いの影響が何も出ていないと思います」

「なぜ??」

「おれが思うに、ローゼリア様は何か特別な力をお持ちなのだと思います」

「い、いえ……。わたくしは、ツァルドゥーナで行われる成人の儀――魔力測定の儀で、魔力がゼロだと言われております。特別な力なんて、あり得ません」

「そんなはずは……ローゼリア様が傍にいてくださると、心地良い感覚になるのですが……」


 茂みの中のルイツァーリ様は見えない。けれど話している調子から、首を傾げているのではと感じられた。


 特別な力があると言われたわたくしも、同じように首を傾げる。


「……現状を確認しましょう。今、ローゼリア様の体調に何か変化はありませんか」

「えぇ、ないわね」

「では、ルイツァーリ様。その距離感で問題ないならば、ローゼリア様に触れていただくのはいかがでしょうか」

「触れっ!? な、何を破廉恥なことを!!」

「何を想像しているのですか。そうではなく、指先など末端に触れていただくのはどうかという提案です」


 ルイツァーリ様の反応が、何だか思春期の男の子のような……。そしてそれを窘めるシチェス様は、良き兄のような印象を受けますわ。

 お二人は仲がよろしいのね。


「わたくしは、何も問題はありませんわ」

「で、でもっ……万が一って事も」

「それならそのとき、ですわ。隣国からわざわざやってきているのですから、何か成果を上げなければいけないのでは?」

「そ、それはそう……」


 ルイツァーリ様は、恐らく今、茂みの中で葛藤されているのでしょうね。

 呪いを解くヒントを得るべきか否かと。


「呪われていても、その解呪を求めるのはセリリルブローのためですわよね? ルイツァーリ様の呪いが解かれなければ、セリリルブローの後継者が産まれない。それはすなわち、国の衰退。そうはしたくないからこそ、こうして国を出ているのでしょう?」

「……ローゼリア様は、おれが恐ろしくないですか。ご存じだと思いますが、おれはこの腐らせる力をある程度自在に扱えます。あなたの母国を滅ぼされるかもしれないのに」

「でも、そうなさらないでしょう? そんな気概があるお方なら、今茂みの中に姿を隠してはいないでしょうから」

「うっ……そ、それは……」


 ずっと仕えていたであろうシチェス様ですら、距離を取っている。それなら尚のこと、出会って間もないわたくしには遠慮してしまいますわね。


 わたしの事を知ってもらえたら、心を許してもらえるかしら。


「わたくしのことを、お話してもよろしいかしら」

「は、はい。どうぞ」

「もしわたくしがルイツァーリ様のお力になれるのであれば、そのお礼を求めてもよろしいかしら」


 わたくしの発言に、またシチェス様が剣に手を添える。


「シチェス、動くな。ローゼリア様、その内容を伺っても?」

「実はわたくし、元公爵令嬢なんですの。世間的には違う方がクノスパル公爵令嬢として王太子様と婚約されましたけれど」

「話し方や、気遣われ方。鼻に届く甘い香りからも、ある程度身分のある方だと思っていました」

「え、わたくし、甘い香りを出していまして?」

「ええ。前向きな気持ちになるような、夢心地になるような香りです」


 肩に鼻を近づけ、匂いを確認する。けれど、そんな甘い香りなんて微塵も感じられなかった。


 シチェス様に目を向けても、首を振られるばかり。もしかしたら距離が離れていてわからないかもと思い、シチェス様に近づく。


「どうかしら? わたくしから甘い香りはするかしら」

「いいえ。私は感じられません」

「おれは、この距離でも僅かに香りがわかります」


 ルイツァーリ様だけが感じられる香りということね。一体、どういうことかしら。


 疑問に思いつつ、話を進めるために茂みの隣へ戻る。


「ツァルドゥーナでは、魔力の高さが貴族の証明のようなものなのです。ですから、わたくしは実家から追い出されました」

「……復讐したいですか? おれならば可能ですよ?」


 これまで話してきた印象とは全く違う、冷たく地を這うような低い声。ルイツァーリ様の掠れた声が、少し怖い。


「い、いえっ。わたくしはもう実家とは関係ないのです。お願いしたいことというのは、もしわたくしの力がルイツァーリ様を助けられるのであれば、腐葉土を作っていただけいただけないかと」

「ふようど? それはどういうものですか」

「えぇと、作物に必要な栄養を与えてくれる土、ですわね。落ち葉が積もって腐った土なのですけれど、それが空気の流通や排水を良くしてくれるのですわ」

「作物……そういえば、ローゼリア様は生家を追い出されてから、ずっと森で生活を?」

「えぇ。獲物を捕らえて捌くまでの技量をつけたのですけれど、野菜も食べたいとのです」

「なるほど……それで、おれの力が必要ということですね」


 茂みの中にいるルイツァーリ様は、何か考えている様子。お願い事をしたわたくしは、彼の答えを待つだけ。


「では……おれからも提案をしても良いですか」

「何でしょう?」

「その……帰る家をなくしてしまったローゼリア様につけいるようで申し訳ないのですが、もし貴女の力が証明されたのなら、おれ達と一緒にセリリルブローへ行きませんか?」

「わたくしが、セリリルブローへ……?」


 確かに、わたくしは今帰る場所がない。

 森での拠点も、いつまた野盗に襲われるかもと心配することになる。それは時として、命に関わる可能性も十分ありえるわね。


「呪いの性質上、ローゼリア様にはかなりの運動を強いてしまうのですが……」

「呪いの性質、というのは?」

「この呪いはやっかいで、周辺を腐らせるというのは馬車にも適用されるんです。自分で作った物に関しては、適用外となるんですが……」

「確かに、馬車を作るとなると相当な技術が必要になりますわね。では、あなた方は歩いて国境を?」

「一年ほど前から、ツァルドゥーナの王太子が婚約をするという噂を聞いていたのです。父上からは行かなくても良いと言われていたのですが、やはりセリリルブローの皇太子として挨拶をすべきだと思い、今に至ります」

「その心意気は立派だと思いますけれど……挨拶は、その呪いをどうにかしてからでないといけませんわね?」

「はい、その通りです。どうにかここまでやって来たのは良いものの……特に解決策もなく」

「そんなときに、わたくしが現れたと」

「はい。なので、ローゼリア様がお嫌でなければ……」


 そろっと、茂みの中から同じ色合いの指先が出てきた。その指先は少し震えていて、ルイツァーリ様が勇気を出しているとわかる。

 その指先を、躊躇いなく両指でつまむ。


「あっ……」


 すると、わたくしが触れた先の色が取れた。本来の肌の色なのか、健康的な指先が見える。声の印象とは違って男性らしい太めの指ね。


「ああ……こんなに心地良いのは、産まれて初めてです……」


 陶酔しているかのようにうっとりとした声音は、少々勘違いしそうになる。まるで、ルイツァーリ様がわたくし自身に惚れているかのような、そんな錯覚。

 それは良くないと、つまんでいたルイツァーリ様から離した両手を胸元で組む。


 すーっと波が引くように、茂みから出ている指先が元の色に戻ってしまった。


「ローゼリア様に触れていてもらえないと、呪いは変化しないようですね」


 ルイツァーリ様が茂みの中にいてくれて助かった。

 もし今表情が見えていたら、残念そうな声音も相まって筋違いの気持ちを抱くところでしたわ。


「わ、わたくしの力は、どうやらあったようです。この国にわたくしの居場所はありません。お二方と一緒に、隣国へ行ってもよろしいでしょうか」

「ぜひ、こちらからお願いしたいです」

「では、早速向かいましょうか」

「そうですね」


 行動指針が決まり、いざ移動を始めようとなったとき――わたくしは、驚きのあまり言葉を失った。








土日は3回更新します。

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