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03.【公爵令嬢】と王太子の婚約


 気絶している野党の二人から、服をそれぞれ拝借する。体格が良い方からは上の服を、細い方からはズボンと靴を。


 前世の記憶を思い出していなくても盗みは御法度だけれど、代わりにドレスと踵の高い靴を置いていく。等価交換というやつね。

 決して、嵩張るドレスを持ち運ぶのが大変だという理由ではないわ。歩きづらいという理由でもないわ。本当よ?


「んんっ。さて、移動しましょう」


 手編みの蔓ベッドを抱え、ネックレスをズボンのポケットに入れて、拠点を変えた。




 + + +


 森の中での生活が一ヶ月を過ぎようとしていた頃、狩人達の話が聞こえてきた。


「献上できるような動物を狩るぞ!」

「そうだな。覚えがめでたければ、噂の公爵令嬢様を最前列で拝めるからな」

「ああ……どんなご尊顔なんだろうな。王太子と婚約し月の女神と噂される、クノスパルの高値の花は」

「(……わたくしは、ここにおりますが??)」


 茂みの中に隠れて狩人達の話を聞いていたわたくしは、首を傾げるしかない。


 ツァルドゥーナには、五つの公爵家がある。かつて王族が降嫁したとされており、その五つのどれかから王太子の妃が選ばれる決まり。


 けれど、話題に上っていたのは、【クノスパルの公爵令嬢】。わたくしの記憶違いでなければ、公爵令嬢はわたくしだけ。

 一ヶ月程度じゃ次の公爵令嬢は産まれないし、何より王太子様と結婚するには同い年かそれに近い年齢でないといけないとされているわ。


 ……誰かが、わたくしを装っている、ということかしら。


 一応、世間に顔を知られていない。だから替え玉を用意するのは可能。けれど、それにしたってお父様が許すはずがない。

 魔力がゼロだとわたくしを追放するぐらい、クノスパルの名前を誇りに思っているお父様だもの。他人に語らせるなんてこと、あるはずがない。


「……待って。確か、馬車の中でお父様は笑っていらしたわよね?」


 追放された日のことを思い出す。

 魔力測定の儀の後、家に帰ることなく真っ直ぐ森へ連れてこられた馬車の中。お父様は、何か考えているように笑みを浮かべていなかったかしら。

 もしかしたら、あのときすでに何か考えがあったのかもしれないわ。


 お父様が騙されるような人間ではないことを、娘のわたくしは承知している。けれど、先程の狩人方の話を元に推測すれば、お父様が王家との婚約を結んだということ。

 獲物を「献上」ということは、婚約式に伴うパレードが行われるのではないかしら。


「……久しぶりに、王都へ行ってみましょうか」


 わたくしは一ヶ月近く過ごした拠点を離れ、王都へ向かった。




 + + +


「駄目だ駄目だ! お前みたいな薄汚い格好の奴を、王都に入れるわけにはいかない!」


 正々堂々と、王都を囲む城壁の門から入ろうと試みた。けれど、兵士達に門前払いされる。

 王都は国民に広く開かれているはずなのに。


 とはいえ今のわたくしは、適度に川の水で清潔にはしていたものの男性ものの服を着ている状態。そしてその服は、土汚れや獣の血が乾いた赤黒い染みもあった。

 かつてカリアに絶賛された自慢の銀髪も、輝きを失っている。


 ……獣を狩れるまで実力を上げたのは良かったけれど、確かにこんな姿じゃ中へは入れないわね。


 け・れ・ど。


 ここ一ヶ月で、わたくしは好奇心がかなり強くなっているの。

 サバイバル術だって、知識だけではなく実践してきた。


「ふふ。やってやろうじゃない。わたくしに、敵は無しだわ」


 服は今着ているものしかない。だから着替えるなんてできないし、ネックレスを売るにもまずは王都内へ入らないといけない。


 一ヶ月のサバイバル生活の中で作った手編みの斜めがけ鞄をしっかりと抱え、城壁の周辺を走り始めた。







「……王都の防衛について、進言した方が良いかもしれないわ」


 城壁に沿って走っていたら、人一人が通れそうな穴を発見した。万が一入れそうな場所がなければ城壁を登る無茶まで考えていたから、その穴に入らないわけがない。


 四つん這いになってもまだ少し狭くて、どうせ服も汚れているしと匍匐前進のようにして王都内へ侵入。


 いいえ、侵入というのは違うわね。王都は、国民に開かれた場所なのだから。ちょっと入口が違うだけ。


 穴を通り過ぎ、軽く服の汚れを叩き落とす。それから、周囲を見回した。


 どうやらこの辺りは王都の賑わいがあまり届かない貧民街のようだわ。密集した建物のせいで光が行き届かず、影なのか汚れなのかわからない黒ずみがある。


 もし、公爵令嬢のままこの場を訪れていたら、わたくしはどうしたかしら。

 醜いと叫ぶ?

 手持ちのお金を全て渡して施す?


 どんな方法を採用したって、世間の荒波に揉まれてこなかった公爵令嬢には、為す術がなかったかもしれない。


「……」

「……」


 先を急がないとと思ったとき、横道からボソボソと声が聞こえてきた。


「あなた達! 何をしているの!?」


 下品な笑い声が気になって目をける。

 ズボンを脱ごうとしていた二人が、わたくしの声を聞いて慌てて去っていった。


 路地の裏に放置されていた、女性に近寄る。


「……ご遺体に何をしようとしたのかしら」


 女性の身体には大きな傷が有り、顔も潰されてしまっていた。血の乾き具合から、かなり前に殺されてしまったのでしょう。

 一部白骨化してしまっているけれど、きっとこの女性は綺麗な方だったでしょうね。腰まで伸びる豊かな金髪が、それを物語っているわ。


 前世の記憶を取り戻しても、この世界での送葬の仕方がわからない。せめて布を掛けようにも、余分な布はないことが悔やまれる。


 こんな場所に放置されて、さぞ悔しいでしょうね。でも、ごめんなさい。わたくしには何もできないの。


 女性に頭を下げ、路地を抜ける。


 人の流れを読み、建物の配置から、婚約式のパレードが行われるであろう城前通りを目指す。

 この辺りは前世での仕事経験が生きて、すんなりと目的を達成できた。


 段々と、裏の路地にまで人があふれてくる。


「女神様ー!」

「公爵令嬢様ー!」

「王子様ー!」


 黄色い歓声が聞こえてきた。比率としては、【公爵令嬢】への声が少し多い。


 さてさて、どんな方がわたくしを語っているのかしら。お父様が容認するくらいだもの。美人なのでしょうね。


「……嘘、でしょう?」


 オープン馬車に乗って周囲に手を振る【公爵令嬢】を見て、思わず言葉を失った。


 まるで二人の婚約を祝うがごとく煌めく太陽の光に、豊かな金髪がキラキラと輝いている。月の女神というより、太陽の女神という感じかしら。


 大衆に手を振る姿はどこかぎごちないけれど、微笑みを浮かべる青みがかった緑の目。あの瞳の色には見覚えがある。

 そう、お父様やお兄様と同じ配色。


 わたくしはお母様によく似ている。群青の瞳は、お母様の青い目とお父様の青みがかった部分が重ねられたような色。

 髪色も、お母様譲りの銀髪。


 本物のローゼリア・フォン・クノスパルは、ここにいる。


 けれど、誰があの【公爵令嬢】が偽物だと思うかしら。お父様も金髪だから、誰も疑わないわ。

 何だったら、実の娘よりも親子だと思われる見た目をしているんじゃないかしら。


「……帰りましょう。いえ、わたくしはどこへ行けば良いのかしら」


 集まった人達に祝福されている、【公爵令嬢】。

 片や、浮浪者と見間違われるような元公爵令嬢。

 このままここにいたら、あの輝かしい光に影は消されてしまうわ。


 来た道を戻る。今のわたしには、森での生活が性に合っているわ。身体は元公爵令嬢でも、精神はサバイバルが趣味の元日本人だもの。


 路地で儚くなっていた女性にもう一度頭を下げて、その場を去る。


 この世界の警察みたいな人に、死人がいると報告すれば良いのかもしれない。けれど、きっとこの世界はそこまで庶民に優しくない。お前が殺したのだろうと、捕まるのがオチよ。


【クノスパル公爵令嬢】が表に出た今、わたくしが本人だと言っても信じてもらえないわ。


 お父様は認めないだろうし、お母様は……男尊女卑の世界だから、きっと声を上げてくれないわね。

 そして誰からも証明されないまま、わたくしは殺人罪を問われるのでしょう。


 実際には、無実。けれどそれを証明するものも人も、何もない。

 それが今のわたくしの現実。


 これは保身よ。元警察官のくせにと、自分を責めたくなる。


 けれど……わたくしはまだ、生きていたい。


 ごめんなさい、名前も知らないお方。

 わたくしの足場が万全になったら、必ず国へ報告しますから。


 いかにも自分本意な考え方だと思いつつ、わたくしは入ってきた穴から城壁を抜けた。







 + + +


「あら? あれは……」


 王都から森へ戻る。使っていた拠点へ行こうとしたら、見覚えのある腐葉土があった。

 そのまま進めば王都へ行ける道に繋がるような、そんな場所。


 その腐葉土の先には人がいるとわかっているから、臆せず近づく。

 けれど、その腐葉土はやはり魔法のようね。探知機能がついているのか、わたくしを避けるようにその先の茂みへ引っ込んでいく。


「少し、お話しても?」

「ッ!?」


 ガサリ、と腐っているような大きな茂みが揺れる。

 反応があったことが嬉しくて、その茂みと隣り合うように腰を下ろす。


 するとガサッと大きな音がして、茂みの中の人物がこの場から離れようとしていると感じた。


「どうか逃げないで!」


 慌てて声をかけると、また茂みの中に気配を感じられた。

 話を聞いてくれるということで、よろしいかしら。


「わたくし、自分の無力さが嫌になりますの。あの方を助けたいのに、保身で動かない」

「…………別に、良いと思います」


 茂みの中から、声が聞こえてきた。

 その声はまるで年配の方のようにしわがれているように聞こえたけれど、口調は若者のような柔らかさがある。


「あなたは、どうしてこの森へ?」

「おれは……」


 茂みから声も聞こえ、気配も感じる。戸惑うような、困っているかのような、そんな声音のような気がした。

 立ち上がり、茂みから離れる。


「ごめんなさいね、人にはそれぞれ事情があるわよね」

「ま、待って!」


 この場を辞そうとしたら、茂みから赤紫に黒を混ぜたような色をした腕が伸びてきた。


「きゃぁっ」

「ご、ごめんなさいっ」


 わたくしの悲鳴を聞き、伸びてきた腕がさっと茂みに隠れた。


 悪いことをしたと感じさせるような声音は、しわがれたというよりも、まるで震えて泣いているかのよう。そんな声だと感じてしまったから、このまま離れるわけにはいかなくなった。


 年長者は、年下を導く者。

 思い詰めているなら、その悩みを聞くべきね。


「わたくしの方こそ、大声を上げて申し訳なかったわ。あなたも話したいのであれば伺うわ。まずは心を落ちつかせて?」

「は、はい。ありがとうございます……」


 返された言葉を聞く限り、この方はわたくしよりも若いのかもしれない。それなら尚のこと、なぜ森にいるのか気になるところね。


「おれは、ルイt……」


 自己紹介しようと思ってくれたのかしら。

 名前らしきものを言おうとされたとき、突然口をつぐんでしまったわ。

 そして、今まで何の気配も感じなかったのにわたくし以外の誰かの気配を感じた。


 茂みを回り込むようにこっそりとその気配に近づいていくと、一メートルほどの距離に少し長めの髪を首の後ろで括っている殿方を発見。少し大きめなリュックを背負っているわ。


 その殿方の前に、空中に文字が浮かんでいた。








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