02.森の中での出会い
「さて、と……。お父様のことですもの。一度した行動を撤回することはないわ。それならわたくしは、一人で生活する術を見つけないといけないわね。さしあたって……まずは、拠点の確保かしら」
十六年間、公爵家で蝶よ花よと育てられてきた。普通は森で生活をするなんて考えもしないわ。
けれどなぜか、わたくしなら大丈夫と謎の自信があるのよね。
サバイバルの基本は、居住空間の確保。それは水辺に近いほど良い。
「幸いにも、ここは森よ。森なら、川があるはずだわ」
王都外とはいえ、王都から近い森だ。危険な動物もいないはず。問題は、狩りができるかどうか。
「……さすがわたくし。細腕なのよね」
森の中を歩きながら、自分の腕をじっと見る。記憶の中にある腕よりも、ぐっと細い。
ただそれでも、カリアに褒められたように均整の取れている状態。
……ちょっと待って? 記憶の中って何かしら?
わたくしはローゼリア・フォン……今は普通のローゼリアね。十六年間、ツァルドゥーナで過ごしてきたでしょう……?
チラチラと、頭の中で不可思議な映像が流れてくる。
黒と白の固そうな箱の上に、赤いアクセントがある馬車……いえ、馬はいないみたいね。
それに、あの黄色い生き物は何? 頭から伸びる水色の触手のような物が光っているわ。……あぁ、なるほど。中に人が入っているのね……。
「……」
「……」
「……い」
あぁ、わかったわ。あれは子供達を喜ばせるものなのね。それにしても、あの見た目はどうなのかしら?
あんな分厚くて身動きが取れなさそうな毛皮、何かあったときすぐに動けないわよね。
「……おい!」
「何かしら」
何度か声が聞こえていたもののそのまま思索に耽っていたら、強引に左肩を掴まれた。お父様に腕を引かれて痛めていた方だったけれど、いかにも野盗と言わんばかりの人相の方々に弱みを見せるわけにはいかない。
周囲を窺う。
わたくしは川を目指していたはずなのに、いつの間にか森の深い場所に来てしまったようだわ。
掘っ立て小屋のような家の周りをぐるぐると回っていたのかしら。全方位を囲まれてしまっている。
いつも通り表情を表に出さず……というか、出せないのだけれど……わたくしを囲む荒くれ者達を一瞥する。
わたくしに触ってきたこの方が、リーダーかしら。
「あんた、貴族だろ? でもこんな所で一人でいるって事は……」
ゲヘヘ、と育ちの悪さを表すような笑い方をする。そんなリーダーと徒党を組む他の方々も、同じように下品な笑みを見せていますわ。
「何を想像しているか存じ上げませんけれど、わたくしは暇ではないのです。とっととどこかへお行きなさい?」
「お前……今の状況がわかってんのか?」
「まぁ、大変。囲まれてしまっていますわね」
パンと、わざとらしく手を叩く。その行動が挑発と受け取られたのか、野盗の方々が一斉に腕を伸ばした、その時。
「ぎいやああぁあああぁああ!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような叫び声が、わたくしから一番遠い野盗の方から聞こえた。
その声を上げた方の足下を見てみれば、腐葉土のような色の土が現れているじゃない。
あの土を集めたら、森の中で畑を作れるかもしれないわ。
「お、おい、あんた! 何をする気だ!」
「何って、あの土を調べなくてはいけないの。邪魔しないでくださいます?」
「お、お前……あんな腐った土を見て、正気か!? あんなん、触れた先から腐っていくぞ」
「ご親切にどうも。ほら、早くこの場を離れないと、あの土が迫ってきますわよ」
野盗の方が叫び声を上げるほど突然現れた土は、徐々にこちらへ近づいてきている。それを指摘すると、野盗の方々は尻尾を巻いて逃げていく。
安全になったと思い、改めて腐葉土かどうか確かめるため手を伸ばす。
「あら?」
「あら、あら?」
わたくしが手を腐葉土らしき土に手を伸ばそうとすると、その土が意思を持って引いていく。めげずに追いかけると、大きな茂みの中へさっと引っ込んでしまった。
周囲を観察してみると、わたくしの足下以外の周辺が同じように赤紫に黒を混ぜたような色になっている。
まるで腐りかけのような大きな茂みは、人がちょうど隠れられそうな大きさをしていた。
「どこのどなたかは存じませんが、助けていただきありがとうございました。お礼をしたいと思いますので、どうかお姿を見せてはくれませんか」
茂みに向かって話しかけてみても、何も反応はない。
そこに確実に人がいると、気配は感じられる。けれど、正体を明かす気のない相手に無理強いをするのは良くないわね。
「わたくしは、ローゼリアと申します。今はただの平民ですので、何ができるかはわかりませんが……もし、貴方が困っていたらお助けしますわ。どうぞ覚えておいてくださいまし」
茂みに頭を下げて、その場を離れる。
腐葉土が手に入らないのは残念だけれど、ああして動かせるのなら魔法なのでしょう。それなら、わたくしにも扱えるかもしれない。
……いえ、わたくしは魔力がゼロだったわ。それならやっぱり、あの方に腐葉土をお願いしようかしら……。
後ろ髪を引かれる思いで振り返る。
「あれは……人?」
するとあの茂みの方へ、さっと何かが隠れたような気がした。
あの茂みを、明かしたくなる。
うずうずとした衝動に気づき、ハッとなった。
「……わたくし、一体どうしたのかしら。こんなに好奇心旺盛だったなんて。今まで閉ざされた場所にだけいたから、きっと生き残るために新たな可能性が開いたのね」
これからどんな自分に出会えるのかしら。
ワクワクが止まらないわ。
+ + +
「やぁっ!」
手製の槍を、川で泳ぐ魚に向けて放つ。バシャバシャと水飛沫が立っている場所まで向かうと、見事に魚を槍が捕らえていた。
「さすがわたくし。これで今夜の晩ご飯も確保ね」
お父様に捨てられてから、野盗に襲われ、不思議な人に助けられた。それからすぐに拠点にできる場所を捜したわたくしは、川の近くの洞窟を発見しましたの。
今度は考え事をしないで進んだから、きちんと目的を達成しましたわ。
元公爵令嬢のはずなのに、なぜかわたくしはサバイバル術を知っていて、槍も木の枝と石と蔓を使って作成済み。今は夏だから問題ないけれど、例え寒空の下でも過ごせる方法を知っている。
「……わたくし、天才なのでは?」
捕まえたばかりの魚に、木から削った串を刺す。そして用意していた火の側に刺した。
「塩味がほしい所ですけれど……贅沢はいけないわね。食糧があるだけで充分」
ドレスはあれ以上汚れないように脱ぎ、コルセットを外して、ネックレスも取った。
誰もいないのを良いことに下着姿で今の生活を満喫しているわ。
もう、かれこれ七日ほど経ったかしら。
洞窟の周辺に人影はないものの、万が一下着姿で誰かに見られたとあっては、お嫁に行けなくなる。
「まぁ、こんな森の奥の方まで来るような方はいらっしゃらないわね。ここは日差しが届く場所も確保できるし、そろそろ魚を干して備蓄食糧のことも考えようかしら」
公爵家という束縛から解放されたわたくしは、腰に手を当てて未来を夢見る。
自分で言うのも何だけれど……わたくし、こんなに逞しかったのね。
結局野菜のようなものは作れていなくて、魚ばかりの生活。干物にしても結局魚だから、そろそろ他のものも口にしたいわ。
「……ちか?」
「そうだ」
どこからか複数の声が聞こえてきて、とっさに洞窟の奥へ隠れる。寝床として用意した蔓で編んだベッドを立てて、その奥から様子を窺う。
「確かに、ここで生活している気配がするな」
「だろ? それに、見てみろよ。ここにドレスがあるって事は、ここで暮らしているのは貴族令嬢だ」
「違えねえ。ここに服があるって事は、今どこかで身体を綺麗にしてんじゃねえのか」
前に出会った方とは違う野盗のようですわ。
王都外とは言え王都に近いから、安全だと思っていたのだけれど。案外、都に近くて潜みやすい方が、危ないのかもしれないわ。
サバイバル生活を始めてから、どんどん知らないはずの知識があふれてきた。だから今、手作りのパチンコもあるのだけれど。
手編みの蔓ベッドを立てた際に、少し離れた場所に飛ばしてしまったみたい。就寝時の用心と、ベッドの上に置いておいたのが仇になってしまったわ。
「んじゃまあ、そのお嬢様が戻ってくるまで待たせてもらうか」
どかっと、野盗の二人組が洞窟の入口にどかっと座る。残念ながらこの洞窟はどこかに貫通しておらず、占拠されてしまった場所からしか出入りできない。
……どうしようかしら。
入口で話しているのは、二人だけ。耳を澄ましてみても、他の気配はない。二人ぐらいなら、どうにかできる可能性はある。
ただ、それは手作りのパチンコを手に持てたら、という話。
も、もうちょっと……。
音を立てないよう、慎重に手を伸ばす。幸いにも野党の二人は外からわたくしが戻ると思っている、今が好機。
ゆっくりと、パチンコへ手を伸ばす。そしてしっかりと掴み、玉として使っている小石もいくつか手に掴んだ。
「お覚悟!!」
「は、中かr」
「おm」
バッと手編みの蔓ベッドの奥から飛び出すと、すぐさまパチンコを使った。寸分の狂いもなく二人の眉間に的中させたのだけれど……小石程度じゃ、相手も怯まない。
「俺らと良い事しようぜえ!!」
それどころか、二人がかりで洞窟の中に入ってきた。わたくしは迷わず入口に向かって走り、ガバッと前に出してきた野党の右腕を掴んだ。
「やぁっ!」
「おァっ!?」
体格差はあったものの、相手が勢い良く飛び出していたのが良かった。腕を引いて、そのまま背負って地面に投げつける。
「ぐァっ」
「次!」
挑発するように、もう一人の野党を手招きする。
「あ、あああああっ!」
ここで状況を把握して逃げるような相手なら仲間を呼ばれていたかもしれない。でもその心配はいらなかった。
気が狂ったように襲いかかってきた野党の腕を持ち、また背負い投げ。ドスンと音を立て、野党の二人は気絶した。
「ふぅ……。これで一件落着、だ、わ……くっ!?」
パンパンと手を叩いていたとき、頭の中に猛烈な勢いで様々な映像が流れてきた。
柔道大会女性の部を三連覇した後、男性の部優勝者を投げ飛ばしたこと。
犯罪を防ぐための広報活動として着ぐるみに入っていたこと。
休日には趣味の鍛錬も兼ねて山に登っていたこと。
ラノベ好きの妹の保護者として推し活を手伝っていたこと。
そしてその妹に迫るトラックから、身を挺して守ったことを。
「もしかして、わたし……転生してる!?」
自覚した瞬間から、ローゼリアとしての記憶と前世の生活安全課の警察官として過ごしていた記憶が入り交じる。
「っう、ぉえっ……」
記憶量の多さに、まるで脳みそをかき混ぜられるような気持ち悪さに襲われた。
吐くことはなかったけど、まるで頭を搾られているかのような違和感がある。
「わたし、は……わたくし、は……」
今の身体の主である、ローゼリアの口調を意識すると気持ち悪さが軽減する。
なるほど、それならローゼリアとして過ごさないといけないのか。いえ、いけないようだわ。
元日本人だから違和感があるけれど、それで身体が落ち着くのならばその反応に従うべきね。
「……あぁ、何てこと。妹の名前を思い出せないなんて」
転生した後遺症か、身体を張って守った妹の名前が全く出てこない。
妹は、無事だったのかしら。
いつか自分だけの王子様が現れると言って憧れていた、七つ下の妹。そんな妹の推しはいつも、王子様キャラだった。
わたくしがいなくなっても、推し活を楽しめているかしら。お母さんに迷惑をかけていないかしら。
……いつまでも子供扱いしないでって、怒るかしら。
もう会えない寂しさに、胸が締めつけられる。
わたくしは死んでしまったけれど、妹には自分の人生を謳歌してもらいたいわ。
「……ひとまず、この場所に居続けるのは危険ね。場所を移しましょう」
拠点を移動するための準備を始めた。




