01.公爵家の汚点
『甘噛み』始めました。
完結保証付き!
毎日投稿していきます。
気に入った部分がどこかにあれば、ブックマーク登録をしていただけると幸いです。
ついでに「★(いくつでも!)」を入れていただけると日々の励みになります。
「ローゼリア・フォン・クノスパル様の魔力は、ゼロです」
……わたくしには、魔力がなかったの? それなら、わたくしの存在価値は何かしら。
− − −
「お嬢様。明日は魔力測定の儀です。そろそろ準備を始めましょう」
庭の薔薇の香りを嗅いでいたら、足取りの軽い侍女のカリアがやって来た。
「えぇ、わかったわ。では、それとあれと……あと、これね。わたくしの部屋にお願い」
「かしこまりました」
「ジョンズが育てた花はどれも素晴らしい物よ。楽しみに待っているわね」
見ていた薔薇をいくつか指差し、薔薇を持ってくるように庭師に頼んだ。カリアと屋敷へ戻る道すがら、「さすがローゼリア様だ」と聞き取れた。
わたくしが指定した薔薇はどれも、剪定されてしまうものばかり。あれだけ綺麗に咲いているのに、もったいないじゃない。
「やっと……やっとです! 明日から、ついにお嬢様の美が世間に知られていくのですね。不肖ながらこのカリア、全力でお嬢様を全人類がひれ伏すような女神に作り上げます!!」
「カリア。女神様は虚像ではなくってよ。それに、わたくしよ? このまま外に出ても良いくらいだわ」
「そうでしょう?」と返事を促すように首を傾ける。するとカリアは、両手をグッと力強く握りしめて全力で肯定してくれた。
「そうですとも!! 暗闇を照らす月のごとく輝く銀髪と、全ての恵みを生み出す海のような群青色の瞳……お嬢様の美を表す言葉は、どれもお嬢様の前では陳腐な飾りです」
「言いすぎよ。わたくしはローゼリア・フォン・クノスパル。公爵令嬢なのだから、これぐらいの美しさなんて当たり前なの。けれど、世の中にはもっと美しい人もいるはずよ」
「いいえ! お嬢様は世界で一番美しい方です!!」
「カリアの腕前はわたくしのお墨付きよ。明日と、これから始める準備はよろしく頼んだわ」
「はい!!!!」
満面の笑みを見せるカリアに頷き、庭の端にある苔岩に触れてから自室へ向かった。
すでに下準備がされているようで、部屋に備え付けの浴室から薔薇の芳醇な香りが鼻に届く。
脱衣場でカリアにドレスを脱がしてもらうと、ほうっと顔を赤らめられた。
「ちょっと。また見惚れているの?」
「お嬢様は神がもたらした最高の肢体の持ち主です。同じ性別でも、惚れ惚れします」
「毎日見ているのに、未だに慣れないものかしら」
「お嬢様は、芸術品を見飽きますか」
「いいえ? 素晴らしい作品はいつまでも見ていたいと思うわね」
「私も、そんな気持ちなのです」
「あら。それなら丹念にケアをお願いしようかしら」
「お任せください!!」
ドンと胸に手を当てたカリアの手を取り、一緒に浴室へ入る。湯船には大量の薔薇が浮かべられており、その傍らにはマッサージを受けるためのベッドが置かれていた。
「さ、お嬢様。こちらへ」
「よろしく頼むわね」
癖のない銀髪を横に流し、うつ伏せになる。そして、とろりとした液体が背中に流されていく。
明日は、魔力測定の儀。お父様からは、その儀式の後特別な話があると言われているわ。一体、どんな話を伺えるのでしょう。
+ + +
「完っ璧、です! 今ここに、女神が誕生しました……」
「カリア?」
翌朝。
早朝から儀式のため、コルセットをしたり髪を結い上げたり、胸元に少々重たい大きめな青い宝石のついたネックレスをつけたりと、周囲が忙しそうに動いている。
特にカリアはドレスの糸くずすら許さない完璧な仕事ぶりで、職務を終えるとふらついた。思わず支えると、拝むように両手を合わせられてしまう。
「あぁ……女神様はここにいました」
「馬鹿なこと言っていないで、わたくしを外まで連れて行ってちょうだい」
「はい。かしこまりました」
「行ってくるわね」
準備を手伝ってくれていた他の侍女達に声をかけ、羨望の眼差しを受けながら胸を張って部屋を出る。
正面玄関へと向かう途中の階段で、お兄様と遭遇した。
「お兄様、ご機嫌麗しゅう」
声をかけると、青みがかった緑の瞳が険しくなった。肩口で切りそろえている銀髪を手で払うと、挨拶も返さず反対側の階段を上っていく。
「……ルーロナイト様、相変わらずですね」
「えぇ。兄妹なのだから、もっと仲良くしたいのだけれど」
困ったわ、と頬に手を当てる。
お兄様は、昔からああだった。わたくしに好意的な態度をいただいた記憶がない。
お兄様が去っていった方を見ていると、カリアから声をかけられる。
「今日はお嬢様の魔力測定の儀です。女神も嫉妬するお嬢様の美しさ、澄み切った冬空のような声でいて朝露をまとった風のようなお声のお嬢様が、全世界を虜にする大切な日です。憂いはここに置いていきましょう」
「ふふっ。そうね」
カリアからの全力称賛に、思わず声がこぼれた。そんなわたくしを見てまたカリアが頬を染める。
愛い侍女だと頭を撫で、外へ出た。
「お待たせしました、お父様」
「綺麗よ、ロゼ」
「ありがとうございます、お母様」
お父様と一緒に出迎えてくれたお母様からのチークキスを受け取る。そしてお父様の手を取り公爵家の家紋が描かれた馬車に乗った。
お父様も馬車に乗り込むと、すぐに馬車が出発した。
これから向かうのは、大聖堂。通常であれば今年十六歳になる貴族の子供らが集められるのだけれど……クノスパル家は公爵家ということで、別日に儀式の日が定められた。
お父様は自慢の髭を触りながら、その手の下の口元が緩んでいらっしゃる。儀式の後に話があると仰っていたことと、何か関係しているのかしら。
お父様からは特に話しかけられずに、大聖堂へ到着する。
お父様の手を借りて馬車を降りると、もう一台の馬車が停められていた。太陽の光に反射する星形の意匠をつけているのは、王家が所有する馬車のはず。
「ローゼリア。突っ立っていないで、早く行くぞ」
「あ、はい。かしこまりました」
確か王太子がわたくしと同じ年だったはずと、勉学の時間を思い出す。
公爵家といえど、王家には逆らえない。きっと同じ日に儀式をするのねと、そのときは深く考えなかった。
+ + +
「……」
「どういう事だ?」
しんと静まりかえった大聖堂の中で、お父様の怒りをはらんだ声だけ響く。馬車の中での上機嫌なんてどこへやら、わなわなと拳を震わせて、今にも祭司様へ飛びかかりそうなご様子。
「お父様……きゃぁっ」
「ええい、近寄るな!! 私は今、大切な話をしているのだ!」
落ち着いてもらうため席へ促そうとしたら、その手を払いのけられてしまった。ずざっと、みっともなくその場に膝をついてしまう。
そんなわたくしに目もくれず、お父様はついに祭司様に掴みかかった。
「クノスパル公爵様、暴力はいけません。その手をお離しください」
「ならば、もう一度申してみよ! ローゼリアの魔力測定の結果を!!」
未だに離さないお父様の手を苦々しく見ながら、祭司様が再び告げる。
「ローゼリア・フォン・クノスパル様の魔力は、ゼロです」
「何だと!? その測定水晶が壊れているのだろう!?」
「いいえ。こうして、私の魔力値が表示されますので、測定水晶が壊れているわけではありません」
祭司様が、測定水晶に手を重ねる。すると315.3と空中に表示されていた。
「あり得ない! こんな事、あり得ないだろう!? ローゼリアは、クノスパル家の子供だ。兄のルーロナイトですら、700を越えているのだぞ!? それが、まさか……」
お父様。そのお言葉は、お兄様を侮辱しているように聞こえてしまいます。
頭を抱え愕然としているお父様にそう伝えようとしたけれど、わたくしもそこまで余裕があるわけではなかった。
測定水晶が壊れていないのであれば、先程わたくしが手を乗せたときに何も表示されなかったのは。
……わたくしには、魔力がなかったの? それなら、わたくしの存在価値は何かしら。
身体の末端が冷えていく。
目の前が、真っ暗だわ。
魔力ゼロ。それは貴族として産まれた人間にはあり得ないこととされていた。爵位が上がるほどそれは顕著とされ、公爵令嬢ともなれば千を越えるのは当たり前。
そして魔力の多さは、そのまま見た目に反映される。容姿、体型、声音。人を魅了する要素を兼ね備えるほど、将来を有望視されている。
生まれ持った華やかさから、わたくしは期待されていた。
魔力測定の後華々しく社交界デビューをするのだと、ずっと外出を禁じられていたのに。
……それなのに、魔力がない。
これまでわたくしに費やしてくださった時間も費用も、全て無駄にしてしまった。
周囲の声は全て、わたくしの輝かしい未来を約束してくれていた。
向けられる優しさに応えようと、努力は惜しまなかったけれど。
家の中だけでは息苦しく、薔薇のある庭へ毎日出ていた。庭は外からは見えない位置にあるため、教えを守っていたはずよ。
けれど、そんな規則の穴を攻めるような姿勢がいけなかったのかしら。
そんなことをせず、もっとしっかりと取り組むべきだった……?
「お父様……その……」
「ローゼリア。帰るぞ」
「あの、お父様っ」
ぐいっと手を強く引かれ、左肩に痛みが生じる。訴えてみてもその力は弱まらず、むしろより強く握られた。
大股で進むお父様の歩調に合わせられず、何度か転倒しそうになる。けれど、そんな粗相をするわけにはいかないわ。
「お前はここで待っていなさい」
「は、はい。かしこm」
話している途中で、馬車の扉を乱暴に閉められてしまった。
馬車の窓の奥には、王家の馬車がある。
恐らく……恐らくだけれど。
お父様の大事な話というのは、王太子様とわたくしの婚約話ではないかしら。
膨大な魔力を叩き出し、その結果を元に王家との婚約を結ぶ。わたくしは決まりを守って外出したことはなかったけれど、きっとお父様がわたしの姿絵を持って行っていたのでしょう。
だから、こうして魔力測定の日に王家の馬車がある。
わたくしは、きっと失敗したのね。魔力測定なんて、自分の努力ではどうにもならないことだけれど……。
お父様の期待を、裏切ってしまった。
王家と公爵家以外に顔を知られていないのは、不幸中の幸いかしら。貴族であれば魔力ゼロなんてあり得ないのに、そんな結果が出てしまった。
公爵家の名に泥を塗ったのだもの。わたくしは、生涯軟禁生活かしら。それとも、厄介払いで誰かの後妻として家を追い出されるかしら。
「……これから、わたくしはどうなってしまうのでしょう」
自分の将来について考えていると、お父様が戻ってきた。
馬車の扉が開けられたとき、お父様に縋るため両手を組んで前に出る。それが、結果的にお父様の行く手を阻んでしまった。
「どけ」
「っ……」
ドンと押され、尻餅をつく。お父様が御者に指示を出し、まだわたくしが椅子に座っていないのに馬車が走り出した。
お父様、今、なんて……?
御者へ出した指示が嘘だったと思いたくて、お父様を見つめる。けれどお父様の関心は、すでにわたくしにはないみたい。
お父様の斜向かいにどうにか座ったわたくしには、一切目をくれなかった。
お父様に話しかけられるわけもなく、窓へ目を向けているお父様の様子をただ見つめる。
「……?」
手入れを怠らない髭をいじるお父様の口元に、微かな笑みが浮かんでいるような気がした。
+ + +
「魔力ゼロなんぞ、公爵令嬢ではない」
「お、お父様? お待ちください」
「行け」
「お父様……っ、きゃぁっ」
わたくしを王都外の森で下ろした後、お父様は馬車を走らせて行ってしまった。追いすがって転んで、顔を打ちつける。
「お父様……どうしてですか……」
公爵家を追い出されたのだと、見えなくなった馬車が告げている。この先、一人でやっていかないといけない。
わたくしはすぐに気持ちを切り替え、自分の装いを確認した。
「ドレスは汚れてしまっているけれど、生地は上等なものよ。それにネックレスだって……」
換金できる物はある。
これだけあれば、しばらくは困らないわ!




