24.解呪
万が一にも接触が解かれないよう立ち位置に注意しながら、ルイツァーリ様と皇后様が抱き合えるようにする。
「あぁ……。ルイ……ルイ……。こんなに、逞しくなっていたのね……」
「は、母上……そ、その……」
「十六年は長いわ。けれど、これからはもっと長い間一緒にいられるの。だから、今すぐに息子として振る舞わなくていいわ。ゆっくり、家族になっていきましょう」
皇后様からは、慈愛に満ちた声がしている。
車椅子とはいえ、呪いが発動してもこうして生きている。それなのに息子に会えないなんて、寂しかったでしょうね。
感動の、ワンシーンなのだけれど……。
まだ、解呪できたわけではないのよね。
気まずくなって視線をそらすと、皇帝陛下と目が合ってしまった。にっこりと微笑まれ、よけいに居心地が悪くなる。
「ミーリュフィ。そろそろルイを離してやりなさい」
「そうね。これからは、いつでも抱きしめられるもの」
「あ、あの……そのことなのですが」
「聞いているわ。まだ、解呪前なのよね?」
「申し訳ありません。親子の再会に、水を差すような状態で」
「この子の成長した姿を見れただけでも、ローゼリアさんの貢献は計り知れないわ」
「そ、その、わたくしのことはローゼリアと」
「あら、その呼び方を許してくださるのね」
皇后様が、コロコロと声を上げて笑う。
目上の方だと思って思わず訂正したけれど、気づいてしまった。
呼び捨てるのは、それこそ息子の婚約者か友人くらいだろうと。そして、わたくしと皇后様は、友人ではない。
訂正したことを訂正しようと思ったら、皇后様が咳き込んだ。
「ごめんなさいね。ルイに呪われた子としての運命を背負わせてしまって……我が子をこの腕で抱けなかったことを悔やんでいたの。これからは、もっと体力をつけないといけないわね。ルイが、帰ってくるのだもの」
にっこりと微笑まれる。その笑顔はまだ儚くて、婚約者ではないと言えない。
「シチェスから話を聞いている。君にはまだ不便をかけるが、息子の事、よろしく頼んだ」
「か、かしこまりましたわ……」
「長くいると、ミーリュフィの身体に障る。私達は、ここで失礼させてもらうよ」
「は、はい」
両陛下は、晴れやかな笑顔を残して馬車へ向かっていった。
その隣には、もう一代の馬車がある。
「それでは、私達も参りましょう」
「シチェス? どこに行くんだ」
「一ヶ月の成果を、とくとご覧に入れましょう」
ウキウキとした様子のシチェス様は、わたくし達を馬車へ誘う。
「シチェス様、これからどちらへ?」
「お二人の愛の巣ですよ」
「愛……表現はともかく、どこかの家に向かうならばわたくしの侍女も連れて行きたいですわ」
「かしこまりました。呼んで参ります」
一礼したシチェス様は、皇哭の大地へ戻ってカリアを呼びに行ってくれた。
馬車内での配置は、以前王太子様がいたときと同じ。男性と女性で分かれて座り、わたくしとルイツァーリ様が少し前のめりになって手を繋いでいる状態。
馬車の扉が閉められ、シチェス様が用意したという家に向かった。
+ + +
皇都へ入ったわたくし達は、一番左の道を進むようね。前に伺った情報だと、貴族達が住む区域かしら。
整えられた石畳と、一軒一軒が大きい家々。白い壁と朱色の屋根が並ぶ様子は、時間があれば観光したいくらい美しいわ。
窓の外の景色を楽しんでいたら、馬車が停止する。扉が開けられシチェス様が降りると、続けて降りるカリアに手を貸していた。
もしかしたらこの二人の未来も、なんて思っていたけれど。
ルイツァーリ様の手を借りて馬車を降りて、他のことを考えられなくなった。
「……えぇと、確か一ヶ月と言っていたわよね?」
「ええ。ルイツァーリ様の家という事で、国中の職人を集めて作らせました」
「……シチェス。その職人達には、きちんと割増料金を払っているか」
「ええ、もちろんです」
ルイツァーリ様も、ポカンと口を開けているわ。
それもそうよね。目の前にあるのは、家というより屋敷。広い庭園に噴水まである、立派な邸宅なのだから。
しかも、隣の家までかなりの距離がある。
「両陛下は城にお住まいですが、それでは人目が気になるだろうと。両陛下肝いりのご自宅ですよ」
皇后様の前で婚約者とは言えず。
こうして、両陛下の計らいで家まで用意されてしまった。
外堀から埋められているような気がするのは、わたくしの考えすぎかしら。
「……シチェス様。確か、一ヶ月と仰っていましたわね。それはつまり、わたくし達がツァルドゥーナに行っている間に準備したということ。少し、気が早いのではなくて? 実際に、まだ解呪もできていないというのに」
「セリリルブローから帰還の早馬が来る前から、着工していました」
「だから、なぜ?」
「ルイツァーリ様の解呪が、どれだけ時間がかかるものかわかりません。あの場所でないと解けない可能性もあります。ですが、夜はきちんと睡眠を取るべきだと思いました。ましてや、ローゼリア様の事をお預かりしている状態ですから。何かあってはいけません」
シチェス様の言葉に、カリアがウンウンと頷いている。
「その配慮はありがたいけれど、わたくしがルイ様から離れたら、すぐに呪いが発動してしまうわ。新築の屋敷が、壊れてしまうの」
「お二方の寝室は、同じお部屋ですよ?」
「シチェス……」
「もちろん、解呪までです。主寝室は二つありますから、問題ありません」
シチェス様がニコニコと笑っている。
本当に二つ部屋があるのでしょう。けれど、そのまま一部屋を使っても良いですよと言われているような気がするわ。
「……ルイ様。迅速に、解呪する方法を探しますわ」
カリアは難しい顔をしていたけれど、抗議はしなかった。
完全に外堀を埋められてしまう前に、本当に迅速に、呪いを解かないといけないわ。
+ + +
……困ったわ。
夜を邸宅で過ごすようになってから、早一週間。
昼間は皇哭の大地で何かヒントがないか見て回ったり、城内に昔の手記がないかと許可を得て書庫に入らせてもらったり。
考えられる限りの手を尽くしたけれど、成果は古の魔女と因縁の陛下の関係性だけ。
どうやら魔女は、当時の陛下に妃にすると言われたようだわ。けれど政略結婚により阻まれた。
陛下もフォローができたら良かったのだけれど……。
側妃様も数人いたようだけれど、なかなか男児が産まれなかったみたい。しかも、後継者が産まれるまでは一人で行動できなかったようよ。
ようやく男児が産まれたのは、三年後。すでに呪いがかけられてしまった後のようだわ。
皇哭の大地に魔女の手紙が残っており、風化もしないでしっかりと文面が読めたのですって。
何というか、魔女に同情してしまうわ。愛する人と会えず、皇族の結婚も知ってしまった。待てど暮らせど、愛しい人は来ない。
そりゃぁ、愛は反転して憎しみになってしまうわね。
「ロゼ。これだけ捜してもないのならば、可能性のあるロゼの推測を試してみたら良いのではないでしょうか」
「そうね……」
新築の邸宅を腐らせてはいけないから、ずっと手を繋いでいるわ。
夜になったら、カリアもシチェス様も下がってしまう。幸い、ルイツァーリ様の鋼の精神のお陰で何も起きていないけれど……。
解呪をしてから告白するというわたくしの意思が、ぐらぐらと揺らいでいますわ。
「確か、妹さんが言っていましたよね。『両想いになってから解呪を試すでも、先に解呪を試すでも』と。その……」
わたくしと手を繋いで隣にいたのだから、当然アウレリアとの話は聞いているわよね。
声を潜めたけれど、推測している方法についても聞かれてしまったかしら。
ルイツァーリ様は、視線を泳がせながら顔を赤らめているように見える。
そもそも、わたくしの感情は彼にばれているのよね。さしずめ、今のわたくしからは甘い匂いがしているかしら。
「ル、ルイ様」
「は、はい」
心臓が口から飛び出しそうなほど、バクバクと鳴っている。
何度も深呼吸をしてどうにか落ち着かせようとした。
けれど、落ち着けるわけがない。
前世も合わせて、初めての告白だから。
「……呪い子として運命を定められているのに屈しない強い心、自分で挑むのは平気なくせに迫られると真っ赤になるところ……。きっとわたくしは、ルイ様に助けられたときから気になっていたのだと思いますわ。その後も貴方の人柄に触れる度に、その想いは強くなっていった……。精神年齢が年上だとか、解呪係だとか、色々と言い訳ばかりしていましたけれど……わたくしは、ルイ様のことをお慕いしております。わたくしと生涯を共にしていただけませんか」
「も、もちろんです!! やっと、伝えても良いのですね。おれも、ロゼが好きです。例え解呪ができなくても、おれにはロゼしかいません」
早口で伝えたら、ガバッと勢い良く抱きしめられる。
今いる場所がベッドの上ということもあり、カッと身体が熱くなった。
首元にルイツァーリ様の吐息がかかる。くすぐったくって彼の肩を押したら、逆にトンと肩を押される。
そして、ルイツァーリ様が銀灰色の瞳を蕩けさせ、わたくしの頬に手を伸ばした。
「ロゼから甘い香りがします……この香りに、酔ってしまいそうです。これからは、我慢しなくても良いんですよね?」
「お、お待ちになって!? こ、婚前交渉は良くないと思いますの!?」
「それなら、今すぐ結婚しましょう。おれは皇太子です。父上もおれの門出を祝ってくれるでしょう」
「そ、そう! それよ! 今まで十六年も、ルイ様とお二方は離ればなれだったのだもの! 親子の時間を大切にしないといけないわ!」
「それも大事ですけど……おれとしては、ロゼと離れたくないです」
「そ、それに、両想いになれた今だからこそ、わたくしが推測していた方法が使えるかもしれないの」
左手で自分の顔を隠しながら伝えたら、ルイツァーリ様がわたくしの右手を引いた。予想していなかった行動に、思わず彼の胸に顔を埋める。
「それでは、試してみましょう。その方法、教えてくれますよね?」
「~~~~ッ、ル、ルイ様っ! 目を閉じていてくださいまし」
「わかりました」
ルイツァーリ様が、わたくしの指示に従ってくれる。
熱を孕んだ煌めく銀灰色の瞳は見えなくなったけれど、彼が整った容姿だとわかる長い睫毛やスッと通った鼻筋に視線が奪われる。
そして、その下の唇に。
ドッドッドッドと、このまま死んでしまうのではないかと思うほど、心臓がバクバクしていますわ。
少しでも抑えようと、左手を胸の上に置く。
深呼吸を繰り返し、ようやく実行する意思が固まった。
「そ、それでは、試してみますわね……?」
座っていてもある身長差は、こんなとき少し不便ね。不安定になる身体を支えきれない。
右手はルイツァーリ様と繋いだままだから、左手と両膝をベッドにつけて、彼の唇へ近づける。
「――ッ」
意図したわけではないのに、唇を重ねた瞬間に湿った音が出てしまった。
「ど、どうかしら?」
恐る恐るといったように、ルイツァーリ様を窺う。
目を開けた彼と至近距離で目が合ってしまい、思わず物理的な距離を開けてしまった。
けれど、もう人型の茂みに戻らない。
「ロゼ……呪いが、呪いが……解けたようです」
「よ、良かったですわ。それでは、わたくしは部屋を離れます、ね……」
ルイツァーリ様が、わたくしの手をしっかりと握っている。もう、呪いは解けたのに。
「あ、あの……? ルイ様??」
ルイツァーリ様が、有無を言わせずにわたくしを再びベッドに倒す。
「こ、婚前交渉はよくありませんわ!?」
「ええ、わかっています。ですが、ロゼにはあの時おれが味わったもどかしさを感じてもらいたくて」
「あ、あのとき……?」
呪いが解けたからか、ルイツァーリ様の声からは老人のような掠れはなくなっていた。
けれど、元々良い声だったようで色気と艶はそのまま。いえ、以前よりも力を上げているような気がするわ。
彼の顔が、グッと近づく。
細められた銀灰色の瞳に映るのは、わたくしだけ。それが嬉しくて、恥ずかしくて……。
唇を捜すように頬を撫でていく手つきを見て、わたくしは観念したわ。
好奇心に負けて暴走した謁見の間での行動が、今に至るのだと。
この後、エピローグを投稿します。
次で『甘噛み』は最終話となりますので、少々お待ちください。




