23.皇哭の大地へ
「おれのために、触れない……? ロゼ、その該当箇所を教えてはもらえないんですか」
「言ったでしょう? ルイ様のためだって」
「ですが……解呪のためならば、その方法を試す方がおれのためになると思うんですが」
「絶対にしないとは言っていないわ。他に色々と試してみて、それでもダメだったときの最終手段よ」
「最終手段が駄目だった時はどうしますか」
「ぐっ……そ、それはそうだけども! わたくしはこれでも、責任感は強いと思っているの。ルイ様の呪いが解けるまで、お傍におりますわ」
「それは、生涯おれの隣にいてくれるという事ですか」
「そ、そうならないように尽力するわ。一度きりの人生だもの。ルイ様はこれまでできなかったこともあるでしょう? 早急に解呪して、これからを楽しむべきだわ」
「ロゼが、ずっと隣にいてくれるんですね」
「だ、だからっ! それは解呪できなかったときだけでっ」
ルイツァーリ様の声が、わたくしをからかっているかのように感じるのは、気のせいではないわよね?
せっかく顔が見えていたのに、また時間をかけないと表情がわからないのはよくないわ。こんなとき、彼の気持ちを推測できないもの。
「ルイ様。ひとまず、ここで一晩過ごしますわよ。これ以上お城を腐らせてしまってはダメだわ」
「そうですね。でも、どうしますか?」
「何かしら?」
「持ってきてもらった長椅子は腐らせてしまったので、この上には座れません」
「っは。今思い出したけれど、わたくしと手を繋いでいれば周囲は腐らないのだから、このまま移動すれば良いのではないかしら」
「おれの呪いの事は伝えていますけど……ロゼだったら、人型の茂みが動く様子を見たいですか?」
「わたくしは特に気にしないけれど」
「ロゼだったらそうだと思います。表現の仕方を間違えました。もしおれが呪いを持っていなかったと仮定した場合、人型の茂みは恐怖ですよ」
「え。ルイ様のように鍛えている殿方でも?」
「鍛えている事と、人型の茂みを見るのは関係ないと思います。だって、怖いじゃないですか」
ルイツァーリ様が仰ることは正しいわ。
わたくしは先に助けられているから、驚かなかったのかもしれない。
例えるなら、彼の状態は妖怪みたいなものよね。今は指先が見えている状態だけれど、場合によっては顔だけ見えていて身体は茂みなんだもの。
そういうものだと教えられていたとしても、それを聞いただけなのと見るのとでは違うわね。
「わかったわ。けれど、それならばどうしようかしら。さすがに一晩立ちっぱなしなのは疲れてしまうわ」
「それなら、おれに名案があります」
この場から移動しないと決めると、心なしかルイツァーリ様の声が弾んだような気がするわ。
首を傾げていると、突然ルイツァーリ様が床に座った。手を繋いでいる状態だから、クンと少し引かれて前屈みになる。
「ルイ様?」
「ロゼ。ここに、椅子がありますよ」
「何を言っているのかしら。そんなもの、どこにも……」
生き生きとした声に聞こえるルイツァーリ様を見れば、右足を伸ばして左足を立たせている。それはまるで背もたれもあるような椅子のような形をしていた。
「――っ、な、何をっ!?」
「ロゼを床に座らせるわけにはいきません。だけど、下に敷けるような布も用意できません。おれの服を脱いで、一晩経過した姿を目撃されてしまったら、ロゼにご迷惑をかけてしまいますから」
「な、何をこれが最善だというような口調で仰るのかしら!? そ、そんな……ルイ様の足の上に座るだなんて、できるわけがないじゃない!!」
「では、どうしますか? 一晩中、立っていますか」
「くっ……」
これはあれね!? きっと先程迫ったことの仕返しね!?
ルイツァーリ様には、わたくしの感情の種類が伝わっている。本当は嫌じゃないってことも、お見通しなのよね。
何か、何か他に方法はないかしら。
ルイツァーリ様が求める体勢は、わたくしだけが恥ずかしいじゃない!
っは、そうだわ!
「ルイ様。そこに座って良いと、そう言いましたわね?」
「はい」
「二言は?」
「ありません」
「それなら、失礼するわ」
「はい。どう、ぞ……?」
ルイツァーリ様の、固いけれど弾力のある太ももの上にゆっくりと腰を下ろす。立てられていた左足に寄りかからず、彼の首へ手を回した。
ぐっと、顔が近づく。
「あ、あの?? ロゼ……??」
「これなら、ルイ様と対等ですわ。一晩も貴方の足に座っていたら身体が痺れてしまいますけれど、こうしていればそれも防げるでしょう?」
名案でしょう?
首を傾げ、自慢げに口角を上げる。体勢的に少々上目遣いになってしまうのは、仕方なしよね。
「っ……」
「ルイ様? そんなに仰け反られてしまうと、接触が解除されてしまいますわ?」
首に回していた手で、ルイツァーリ様を引き寄せる。それでも彼は抵抗を止めず、可能な限り顔を外へそらしていた。
「ルイ様? 一晩中そうしているのは、首を痛めてしまいますわ」
「ま、負けました。手を繋いで、そのまま床に座ってくださいっ……」
「あら、もう降参するのかしら」
ルイ様はやっぱり、自ら仕掛けるのはできるけれど、わたくしがグイグイ迫るのは慣れないようね。
「いっそのこと、床に寝ちゃいましょうか。この先、謁見の間に寝っ転がれるなんてこと、ないでしょうから」
「そ、そうですね」
接触が解かれないように注意しながら、手を繋ぎ直して仰向けになる。元々高いと思っていた天井が、もっと高く見えた。
「ルイ様。一晩経ったら、皇哭の大地へ戻りましょう。あそこは魔女が呪いを発動した場所ですもの。何か解呪の手がかりがあるかもしれないわ」
「そうですね」
ルイツァーリ様が、手をキュッと握る。わたくしも握り返して目を閉じた。
+ + +
いつの間にか寝てしまっていたわたくしは、清々しい気持ちで目を覚ました。
……昨日のこと。ルイツァーリ様の気持ちを疑ってしまったけれど……そもそも、わたくしが気持ちを伝えていないわ。
それなのに彼の気持ちがわからないなんて拗ねて……まずは、呪いを解いてからね。それから、きちんと告白しましょう。
たぶん、きっと。振られないと思うの。恐らく、両想いだと……。アウレリアもお母様も言っていたし。
そうそう。わたくしが宣言したときも、周囲の方々に残念そうな目で見られていたわ。もしかしたら周囲からは、なぜそんなことを言っているのかと思われたのかもしれない。
それなら、この恋には大いなる希望があるということよね?
「ロゼ。起きましたか」
「おはようございます、ルイ様」
今朝のルイツァーリ様のお声は、いつも以上に枯れているような気がするわ。もしかして一晩中、わたくしが何か仕掛けるかもと警戒させてしまったかしら。
まぁ、あんな迫り方をされたらそう判断するのも無理はないわね。
わたくしはもっと年上らしく、好奇心に負けずにきちんと自制するようにしましょう。
先に立ったルイツァーリ様に手を引かれ、立ち上がる。一晩手を繋いでいたおかげで、彼はどこからどう見ても人にしか見えない。
それも、とっておきの美男子。この姿ならば、誰も怖がらせないわね。
それから。
用意されていた朝食をいただき、準備してくださった馬車に乗って皇哭の大地へ向かった。
着いていくと言って譲らなかった、カリアも乗せて。
+ + +
「ま、まさか、こんな場所でお嬢様が過ごすというのですか!?」
馬車から降り、皇哭の大地内の家に到着した瞬間。カリアが開口一番に声を上げた。
ルイツァーリ様はわたくしと手を繋いでいるから動けないまま、カリアは勝手に家の中を捜索する。
その度に悲鳴が耳に届くけれど、カリア。あなた、ルイツァーリ様が皇太子だと忘れていないかしら。
「ごめんなさいね、わたくしの侍女が」
「いいえ。当然の反応です。おれも、どうにかしたいとは思いますが、家一軒を作るのに時間がかかってしまいますから」
「ルイツァーリ様。それでしたら、王都へ行かれてはどうでしょうか」
「シチェス様。お久しぶりですね」
ツァルドゥーナへ戻る前に会ったきりだから、かれこれ一ヶ月ぶりかしら。移動すると伝えてと言われていたけれど、その間一度も見なかったわ。
手を繋いだままのわたくし達を見て、全開の笑顔を向けられている。この笑顔を見るのは久しぶりだわと思っていると、鷲のホクルトがシチェス様の肩に降りた。
「シチェス。今はこうしてロゼのおかげで姿を保てているが、少しでも離れたらまた呪いが出てしまうのはわかっているだろう?」
「ルイツァーリ様。私が一ヶ月の間、何もしていなかったとお思いですか」
「何をした?」
「その場所へ向かう前に、陛下達にそのお姿を見せてあげてはどうですか」
「父上と母上に……」
ルイツァーリ様の手が震えている。
産まれてすぐにお母様から離されて、呪いの影響が及ばないようにここで暮らし始めた。皇帝陛下とその妃様だから、姿絵くらいはあるかもしれない。
でも、わたくしと街を歩いたときが初めてだと言っていた。ご両親の顔も、わからないかもしれないわね。
震えるルイツァーリ様の手を、両手で包み込む。
「両陛下に影響が出ないように、絶対に手を離しませんわ」
「ロゼ……」
ルイツァーリ様は決意したのか、わたくしが包み込んでいる手に右手を重ねて前を向く。
「わかった。父上と母上に、会いに行こう」
「かしこまりました。では、こちらへ」
そう仰ると、シチェス様は森の方向を手で示してから進む。
わたくしと接触していれば馬車も乗れるから、そこへ向かうのかしら。
そう、思っていたら。
「ルイ!!」
「もしかして……。母、上……?」
傾斜のきつめな皇哭の大地の入口部分に、車椅子に乗っている銀髪に見えるご婦人がいる。頬がこけてやせ細ってしまっているけれど、緑の目には力強い生命力が感じられた。
隣には、ダークネイビーの髪で紫の瞳を持った殿方がいる。瞳の色は違うけれど、その方がルイツァーリ様のお父様だと一目でわかった。
まるで年を重ねた彼の姿と思えるような、優しい顔つきをしている。
足を止めてしまっていたルイツァーリ様の手を引き、皇哭の大地の坂を上った。
「ルイ……ルイ……本当に、ルイなのね」
「母上……おれの姿が、おわかりに?」
「当たり前でしょう? あなたを産んだのだから。会えなかった時間が長くても、母には息子とわかるのです」
「母上……」
「ルイ。可愛いわたくしの坊や。母が抱きしめられるように、もっと近くへ来てちょうだい」
「は、母上。おれはもう十六です。そんな、坊やと言われるような年では……」
「良いから。こちらへいらっしゃい」
繋いだままのルイツァーリ様の手が、少し熱くなったような気がした。




