22.勘違い
「あ……」
言いたいことを言ったのか、アウレリアは謁見の間から出ていくときに一度も振り返らなかった。思わず、まだいて欲しいと手を伸ばしてしまう。
陛下の配慮により、広い謁見の間はルイツァーリ様と二人だけ。そして彼とは、ずっと手を繋いでいる。
意識しないわけがない。
「ロゼ」
「は、はいっ」
愛称を呼ばれ、思わずビクつく。今は一度接触が解けてしまった後だから、ルイツァーリ様の顔は茂みに覆われている。
けれどわたくしを呼んだときの声音が色気を含んでいたように感じたのは、わたくしの気のせいかしら。
そう、思いたいだけなのかしら。
「ロゼが考えている事は、隣で聞かせてもらいました。それでもおれは、伝えたいです」
「な、何を……?」
ルイツァーリ様が、右手をわたくしに伸ばしてくる。
カリアの手によって多少は輝きを取り戻しているけれど、自分は平民だからと拒んだヘアメイク。雑に結んだだけの銀髪が、一房前へ流れていた。
その一房を、彼が手に取る。
「ルイツァーリ・セリリルブローは、ローゼリア・クノスパルを生涯愛すると誓います。おれと、結婚してくれませんか」
「――ッ、わ、わたくしの名前は、ローゼリア・フォン・クノスパルですわ」
――わたくしってば、何を言っているのかしら!?
急激に上がった体温から目をそむけるために、どうでも良いことを訂正してしまった。
ルイツァーリ様の表情は確認できないけれど、きっと驚いたように目を瞬かせているに違いないわ。
「失礼しました。では改めて」
「お、お待ちになって? 正式なものは、まだ聞けないわ」
「理由を伺っても?」
「だ、だって、わたくしは解呪係なのよ? も、もちろん、そんな大役を任されたからといってルイ様を脅すつもりなんてないわ。けれど、どうしてもダメなのよ。確かにこの世界で生きるこの身体は十六歳でルイ様と同じ年なのだけれど、精神は前世のままなの。わたくしが役目を全うして、ルイ様が他の方と交流されて、それでも気持ちが変わらないのであれば……」
「それは、ロゼもおれの事を慕ってくれているって解釈で良いですか」
「なっ……! そ、それは……」
グルグルと視線が定まらず、言い訳がましく言葉を並べた。けれど、わたくしの言葉を真っ直ぐに短く纏められてしまう。
先程から、ずっと体温が上がりっぱなしだわ。これ以上熱くならないと思うのに、まだ上がる。
きっと今のわたくしは、茹でだこのように真っ赤になっているのではないかしら。
「ではまず、解呪からですね。妹さんに言っていた方法を、おれにも教えてください」
ルイツァーリ様の声は、まだ老人のように掠れている。けれどその声には色気と艶があるように聞こえ、上機嫌に感じた。
どうしてそんなに、と考えたところで思い出す。
彼には、わたくしの内なる感情がわかってしまうと。詳細はわからずとも、喜怒哀楽のどれかはわかってしまうと。
――わたくしが、どれだけ言い訳じみたことをしていても、全て丸わかりじゃないの!!
また、カッと身体が熱くなる。
まるで自分が道化にでもなったようよ。相手にはばれていないと言葉を並べているのに、その全てをお見通しだなんて。
いえ、ちょっと待って?
ルイツァーリ様には、わたくしの感情がわかる。それは今に始まったことではなく、出会った当初からよね?
それなら先程の、まるでわたくしの気持ちを試しているかのような物言いは……?
スーッと、少しだけ身体が冷えたような気がした。
わたくしの気持ちがわかっているのに、あんな風に試すなんて。
「ロ、ロゼ? 急に目線が鋭くなりましたが……」
「ルイ様」
「は、はい」
「ルイ様には、これから解呪の方法を試します。もちろん良いですわよね? それがお望みなのですから」
「え、ええ。お願いします……」
「あら、どうして椅子の後ろへ逃げるのかしら? それでは試せませんわ?」
「そ、それは……」
長椅子の端までルイツァーリ様を追いつめた。逃げ場がなくなった彼の顔辺りに左手を添える。
彼の左手はわたくしが捕まえたままだから、これでもう逃げられないはずよ。
「っ、ロ、ロゼ??」
「しっ。推測した方法を試すためには、正確な位置を把握しないといけませんの」
左の人差し指を自分の口の前に立て、黙っているように言う。
一度離してしまったため戻ってしまった茂みに、再び左手を添える。
頬をなぞるように動かし、ルイツァーリ様の唇を捜す。
「ッ、――ッ。ッッ!」
何度も何度も、ルイツァーリ様が息を呑む。なぞる箇所がどこもしっとりしてくる。
わたくしの指示を忠実に守って黙っている彼が、とても愛おしく感じた。それでも漏れてしまっていた熱い息が、わたくしの箍を外す。
……どこまでだったら、許されるかしら。
ルイツァーリ様と繋がる右手の、握り方を変える。指と指が絡み合うようにし、キュッと握った。
彼の体温が、上がったような気がする。わたくしとの接触を喜んでくれているのかしら。
ずっと触っていたからか、ルイツァーリ様の顔が露わになってきた。
少し荒れている肌は赤らみ、目をギュッと瞑っている。それと連動するように、唇も硬く閉ざされてしまっていた。
今だったら、あの氷のように鋭い銀灰色の瞳も熱を宿しているかしら。
「ルイ様。どうしてそれほど固く目を閉じているのかしら」
「そ、それはっ……」
「わたくしに、ルイ様の熱を見せてほしいわ」
目尻を、ツンツンとつつく。ピクピクと震える瞼が、ゆっくりと開かれた。
「――ッ!」
催促したわたくしが溺れてしまいそうなほど、ルイツァーリ様の瞳が潤んで熱を孕んでいた。
元の輝きはさらに煌めいて、銀灰色の瞳がわたくしを射抜く。
その瞳に、わたくし以外の誰も、何も映したくない。
まるで吸い寄せられるように、顔を近づけた。
もう少しでその煌めきに触れられると、思った瞬間。
「ロゼ!! それ以上は駄目です!!」
肩を押しわたくしの下から逃げ出したルイツァーリ様が、物理的な距離を取る。座っていた長椅子は、すぐに腐ってしまった。
赤紫に黒を混ぜたような茂みに戻る前に、耳や首まで真っ赤になっていたわね。
プルプルと震えて身体を小さくさせている様は、大型犬に恐怖を与えてしまったかのよう。
「ロゼ!? い、一体何をしようとしたのですか!?」
「何って、わたくしは検証、を……? ――ッ!!」
検証と称して、わたくしは何てことをしてしまったのかしら!!
あんな、ルイツァーリ様の意思に反して行うなんて。セクハラで訴えられても文句を言えないわ!!
確かに、わたくしの感情を知っておきながら試すのね、なんて思ったわ。
だったらわたくしだって、と思ってしまったわ。
けれど、逃げられないように追いつめたら嫌がらせと同じじゃない。
「ルイ様、申し訳ありませんわ。わたくしとしたことが、我を忘れてしまいました」
「こ、今回は、全部覚えているんですか」
「正直、頭は少しぼんやりとしていましたわ。けれど、氷のように鋭い銀灰色の瞳に熱を宿しているかしら、とは思いましたの」
「そ、それで、あんな至近距離に!?」
「謝罪をすれば済む話ではありませんわね。どうしたら許してもらえるかしら」
「ゆ、許す? 何をですか」
「何って……わたくしが、ルイ様の意思に反してべたべたと触り過ぎたことよ」
「そ、れは、別に……い、嫌だったわけでは」
ルイツァーリ様が、もじもじといった様子で腕を組んだり、右手をぐるぐると回したりしているわ。
「ルイ様。ひとまず、また手を繋ぎましょう。離れてしまったことで、範囲内の床が腐り続けています。このままでは、床が抜けてしまうかもしれないわ」
「そ、そうですね」
ちょこちょことした動きで近づいてきたルイツァーリ様は、ギリギリ届く距離から手を伸ばしてきた。
「ルイ様? 少し遠くないかしら」
「い、今はこの距離でっ……ロゼと出会ってから大分鍛えたんですけど、さすがに今は無理ですっ」
「鍛えて? ルイ様は元々鍛えられた肉体をしていたけれど……」
言いながら、ハッとなる。
先程までの状況を考えたら、鍛えたというのは肉体ではなく、精神ということね。
ルイツァーリ様の意思が固く、全くそのような流れにならなかったから、わたくしに魅力がないのかと思っていたのよ。
でも……そっか。
わたくし相手に精神を鍛えるほど、我慢していてくれたのかしら。
ニヨニヨと、勝手に口元が緩んでしまう。こんな顔を見られるわけにはいかないと、ルイツァーリ様の指先を取って背を向ける。
「ロゼ?」
「す、少しお待ちになって?」
「はい」
左手で口を覆う。どうにかこの緩んだ頬が引き締まらないかと、手の向きを何度も変えてみる。
けれど、何度試みても頬の筋肉が仕事をしない。
いっそ、見せてしまうのはどうかしら。
だって、わたくし達は両想いなのだから……?
両想い、なのよね??
突然、我に返った。
止めたプロポーズに、「生涯愛すると誓う」とあったわ。だから愛されていると思っていたけれど……。
愛すると誓う。それは、愛しているとは違う?
え、同じ……よね? わたくしのことを愛しているから、プロポーズしてくださったのよね??
わたくしは、ルイツァーリ様の解呪係。呪いの検証も兼ねて、二ヶ月近くも一緒にいたわ。お母様が指摘していたように、とても濃密な時間を。
もしかしたら、その時間の責任を取るということではないかしら?
じっと、ルイツァーリ様を見つめる。
「どうしました?」
「いえ……」
わたくしは勝手に、好きな相手からの接触だったからあんなに真っ赤になったのだと思っていたわ。
けれど、そう。
身体を清めたいから井戸の近くにそれをできる場所を作ってほしいと伝えたときも、男性らしい反応をしていなかったかしら。
自慢じゃないけれど、わたくしは自分の体型を誇りを持っている。カリアや他の侍女達が丹念に仕上げてくれていたし、それがなくなったとしても自堕落な生活は送らなかった。
もしわたくしではなく、友人としてこの体型を見ていたら、同性だって嫉妬していたかもしれないわ。
そんな、完璧なわたくしが迫れば。
ルイツァーリ様でなくてもドキドキしてしまうのではないかしら。
彼が鉄壁の精神力で、反撃しなかっただけで。精神力を鍛えたのも、獣じみた行動をしないという彼の紳士的な考えからでは?
「ロゼ?」
指先だけ繋いでいた手を、キュッと握られる。今は表情が見えないけれど、わたくしを心配しているかのような声音だわ。
つい先程まで露わになっていた、ルイツァーリ様の唇の辺りを見つめる。
……やはり検証は、難しいわね。
唇は、本当に愛する人と重ねた方が良いわ。解呪できるかもわからない不確かなことで、ルイツァーリ様の初めてを奪ってはいけない。
「ルイ様。まだ考えていた検証方法を試していないのだけれど……その方法は、本当に他に為す術がないときまで試さないことにしますわ」
「えっと、ロゼ? そもそも、その方法を聞きたいんですが……」
「いいえ、ダメですわ。この方法を聞いてしまったら最後、ルイ様は実行しようと決断してくださるでしょう。ですが、その場所はルイ様のために触れない方が良いと思いますの」
古今東西に伝わる、解呪の方法。それをもう少し、思い出してみる必要がありますわ。
もしくは、皇哭の大地に何かヒントがあるかもしれない。




