20.決着
恐らくこの物語の原作者が、苔岩様の設定をしたのでしょう。苔岩に願った制御者にその身を捧げろ、のような。
この世界が「設定」されてから、苔岩様はどれほどその時を待ちわびたのでしょうか。自分に課された使命を果たすため、ただひたすら、この場から離れず。
原作の全てを知っているわけではないけれど、こうして前世の知識があるわたくしが転生して制御者になったのは、運命なのかもしれないわ。
「……苔岩様は、いつか自分は世界のために散るとわかっていたそうです。その尊き使命を、果たしていただきましょう」
「ロゼ……」
わたくしの感情がわかるルイツァーリ様が、きゅっと手を強く握ってくれる。
「分析班! 苔岩から許可が下りた。岩だと思って粗雑にせず、丁重に扱え」
「王太子様……お気遣い、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ礼を言う。数百年あまりの間、制御者達が触れてきたこの苔岩があったから、ツァルドゥーナ再生の道が開けた」
「あ、頭を上げてください」
「領地や村単位かなど、今後の魔力制御に向けて苔岩の分配はこちらで全て執り行う。その助力として、国に滞在する日数の可能な限り協力を頼みたい」
「それはもちろん。早速お城へ戻りましょうか。お父様達や他の高位貴族を優先的にすれば、自ずと安定したものとなるでしょう」
「その件だが。ローゼリア嬢から話を聞きたい。城へ移動がてら、聞かせてもらえるか」
「かしこまりました」
苔岩様の解体を分析班に任せた王太子様の後に続き、馬車に乗り込む。配置は、行きと同じ。
護衛の幾人かが、馬に乗って周囲を囲む。
「早速だが、ローゼリア嬢。魔力測定の儀の後の事を教えてくれるか。あの日私も別室で待機していたが、ローゼリア嬢が体調不良だと聞かされたのだ」
「王太子様がどこまでご存じかはわかりませんが……わたくしは、測定水晶に数値が表示されませんでした。そんなことは初めてだったようで、祭司様はわたくしの魔力をゼロと判断。その結果、お父様にクノスパル公爵家の恥だと森に捨てられましたわ」
「っ……」
わたくしの左で、カリアが息を呑んだのがわかった。きっと今、カリアは怒りに震えているのでしょうね。
「その後は? 魔力暴走が起きるまで約二ヶ月ほどかかった。まさか、森で生活していたと?」
「そうですね。幸いにも盗賊の方々に襲撃され対応した後に、前世の記憶を思い出したので」
「盗賊!? ロゼ、あいつら以外にも襲われたって事ですか!?」
「以外にも、という事は、森では何度も?」
「ルイ様に助けられた時の一回と、その後の一回だけですわ。その後は盗賊に遭遇しないように注意していたので」
「森というのは、王都からすぐの?」
「えぇ、そうですわ。獣に襲われなかったのですけれど、王都から近いと盗賊も多いのでしょうか」
王太子様は何か考えているように、腕を組んでいる。
「もしかして、二回目の盗賊にドレスや靴を奪われた?」
「あ……い、いえ、その……申し訳ありません!! 移動しづらいと思って、盗賊の方々を昏倒させた後にお二方の服を拝借してしまいました! その代わり……にはならないかもしれないですが、ドレスと靴を置いていきました」
「なるほどね。価値としてはドレスや靴の方が遥かに高い。状況的に考えても、生きる伸びるためには仕方なしと判断しよう」
「ありがとうございます」
「ただ、そうか……」
「何か?」
王太子様が、過去のいつかを振り返るように首を傾げる。
「ドレスや靴を売った男二名を公爵が手に掛けた事は、情状酌量の余地がなくなってしまったな」
「ど、どういうことでしょうか」
「公爵にはローゼリア嬢を追放した責任を取って捜し出せと伝えていたんだ。そんな時に売り出された二点を見て、公爵が男達を殺せと指示を出した」
「……そのお話は、おかしな点があります。ロゼが国を出てから、魔力暴走が起きました。であるならば、その男達が売りに来た時点ではロゼが生きていたという事になります」
「まあ、まさかローゼリア嬢が男達の服を着ているなんて思わないだろうからね。ドレスと靴があったら、娘は生きていても慰み者になったと判断したのかもしれない」
「それはおかしいと思います」
「どこがだ? 父親の心理としては有り得るだろう?」
「前提がおかしいです。本当に娘を愛する父親ならば、例え魔力の測定ができなかったとしても追放なんてしないでしょう」
「わたくしもルイ様の意見に賛成ですわ。アウレリアはわたくしと同じ年。生まれ月は確認していないけれど、お父様は同じ年に不貞をしていたということ。結果的に、わたくしの予備を用意していた」
お父様は、一体いつから今回の事を計画していたのかしら。クノスパル家に婿入りして、当主となり、王太子妃の実家という権力を得たかったのかしら。
そこまで考えたとき、アウレリアと似ている女性を思い出した。
「……王太子様。つかぬ事をお伺いします」
「なんだい?」
「百歩譲って、盗賊の方々は裁きを受けたと判断します。ですが、もし……倫理的なことを後回しにして、子を成してしまっただけで殺されてしまった方がいたとしたら、それは実行もしくはそれを指示した人物は罪に問われるでしょうか」
「どういう事だい?」
「アウレリアを王太子妃として迎えたのならば、彼女のことを調べたのではないですか」
「血統証明だけはさせてもらったよ」
「では、彼女の母親のことは?」
「え、まさか……」
貧民街で女性の死体を発見した後、何もできない自分を恥じつつ、森での生活で忘れかけていた。
あの豊かな金髪は、アウレリアを彷彿させる。
「……顔が潰されてしまっていたので、人相はわかりません。ですがわたくしと同じ年のアウレリアを、お父様は確か二日後には公爵邸に連れてきていた。そうよねカリア」
「はい。その通りです」
「アウレリアを公爵令嬢として世に発表するぐらい、権力欲が強いお父様ですもの。万が一自分の不貞がばれないように、動くのではないかしら」
「もしそれが本当なら、かなりの重罪だ。王太子妃の母は、準王族扱いになる。その女性を殺すもしくはそうするように指示したとあれば、いくら王太子妃の父といえど無罪放免とはいかない」
「……アウレリアは、王太子妃から外されてしまいますよね」
「いや? あくまでも彼女は被害者だ。それに一緒にいると面白いしね。確か公爵は婿養子だったかな」
「そうだったとお母様から聞いております」
「それなら、連座は公爵の出身貴族にしよう」
「そんなことが可能なのですか? クノスパル公爵家も、連座の対象になるのでは?」
「もし公爵夫人も関わっていたなら、そうなってしまうだろうけどね。きちんと調べるよ。その上で関わりが見えなければ、クノスパル公爵家に罪は問わない」
調査を進めるため遺体があった場所を教えてくれと頼まれ、その場所を伝える。
……良かった。これでようやく、あの女性を送葬できる。
馬車は城前通りに停車した。そして護衛の二人が馬から下り、遺体を確認する。回収のためその場に護衛二人が残り、わたくし達と残りの護衛達が城へ向かった。
それからすぐに回収班があの女性を運びだしたようね。顔が潰されてしまっているけれど、確認のためにアウレリアが呼ばれた。
「っ!! ママっ!!」
アウレリアだけ通された部屋の外で、ルイツァーリ様と彼女の慟哭を聞く。その声は聞いているだけで、こちらまで胸が締めつけられる。
一人では、耳に届く感情を受け止められなかったかもしれない。
ルイツァーリ様が、きゅっと右手を握ってくれた。
しばらくすると、中から魔法師が数人出くる。開けられたままの扉から中を窺うと、アウレリアは遺体となってしまった母に突っ伏すような状態になっていた。
励ますため、アウレリアに歩み寄る。すると気配に気づいたのか、起き上がった彼女がわたくしの胸に飛びこんできた。
「お姉ちゃん……ママが、ママが!」
左手で、後頭部を撫でる。
魔法師が出てきたということは、アウレリアとあの女性が母子だと証明できてしまったのね。
「なんで……どうして、ママが殺されないといけないのっ」
アウレリアの悲しみと悔し涙で、わたくしの胸元が湿っていく。震える肩を優しく抱きしめ、落ち着けるようにポンポンと叩いた。
「お姉ちゃん……わたし、悔しい! こんなことをした犯人を、絶対に許さない!」
「アウレリアが危ない橋を渡る必要はないわ。王太子様が約束してくれたもの。きちんと調べるって」
「ヴァイリッヒが……それなら、ママもちゃんと報われるね」
アウレリアの中では、前世で読んだ王太子様の性格や行動を思い出しているのでしょう。
ようやく落ち着いてきたアウレリアを連れて、借りている客間へ移動する。
アウレリアをベッドで寝かせ、今後の調査結果を待った。
+ + +
滞在する間、わたくしもクッキーを毎日作ったり、遠い街には馬車で向かって現地でスープを作ったりしていたわ。わたくしが作れば、どんな料理にも効果が反映されるとわかったから。
国民全員が魔力制御するまでまだ時間はかかるけれど、その足がかりはできたみたい。
そして、一ヶ月後。
ついに調査が終了したということで、関係各者が謁見の間に集められた。
調査対象のお父様を油断させるため、アウレリアはその間王太子妃教育を受けていたわ。
お父様からしたら、順調に事が進んでいると思ったでしょう。不義の子とはいえ、自分の血が入っているアウレリアが毎日王妃様と過ごしていたから。
「グラルト・フォン・クノスパル。王太子妃の母を殺害した首謀者として、戸籍改ざんの指示を出したとして、そなたを公爵家から追放する。また、調査の結果クノスパル家には罪がないものとし、罪人の生家アークライ侯爵家は子爵へ降格。罪人は牢屋にて自分の罪について悔い改めると良い」
「陛下!! 濡れ衣です!! 私はっ」
「その者を捕らえ、収監せよ」
「離せ! 私を誰だと思っている!!」
陛下の指示に従う兵士達に捕まり、暴れるお父様。その様子は、かつての自信に満ちあふれた姿とは程遠い。
クノスパル侯爵家は、これからお兄様が継いでいくのでしょう。わたくしはお兄様から疎まれているから、きっと家に戻っても追い出されるわね。
ルイツァーリ様の呪いも解けていない。今後は解呪に全力を注がなければ。
そう、思っていたら。
兵士に連行されていくお父様と、目が合ってしまったわ。
「ローゼリア……! お前のせいで!!」
「おい、待て!」
お父様は怒りで我を忘れたみたい。魔力制御の施術を受けたのに、身に宿る力を解放した。
腐っても元公爵。魔力は高い。お父様を捕まえていた兵士達は、その強い魔力に弾き飛ばされてしまった。
「拘束道具を!」と現場が慌てる中、お父様が一心不乱にわたくしに向かってくる。
「皆さま! ルイツァーリ様から一メートルほど離れてくださいませ!!」
周囲へ声がけすると同時に、わたくしはお父様に立ち向かう。
「ローゼリアぁぁぁあああぁっ!」
わたくしに掴みかかろうとしたお父様の腕を取り、勢いを借りてそのまま一本背負いする。
ドーンと床に叩きつけられたお父様は、そのまま昏倒した。
「ふぅ……」
息を吐き緊張を解く。
するとパチパチパチと拍手の音に混じって、カサカサと葉擦れの音が響いた。




