19.要石
「そうだ、ここは以前の制御者であるお母様に話を聞いてみましょう」
「名案だ。公爵夫人からならばより良い情報を得られるだろうね」
わたくしが作ったクッキーは、分析班の方々が調査の延長で全て持っていってしまったみたい。結局食べられなかったカリアが涙目で訴えていたから、また焼くと約束した。
五人で移動し、お母様が休んでいる部屋へ向かう。
王太子様がノックをすると、中から返事があった。
「公爵夫人。体調はどうかな」
「お心遣い、ありがとうございます。寝たらすっきりいたしました」
王太子様と話しつつ、お母様の視線がちらちらとわたくしの右手に注がれているわ。
事情を聞きたい好奇心と、なぜそうなったのかという戸惑い。そしてわたくしの恋愛を応援するかのような目の輝きを感じられた。
「それなら、一つ教えてほしい事がある」
「何でしょうか」
お母様に、わたくしの力について王太子様が伝える。そして、クッキー以外に何か対策はあるかと。
「そうですわね……魔力暴走が起きてしまって残っているかも不明ですが、クノスパル公爵家の庭にある苔岩を使ってみたらいかがでしょうか」
「苔岩?」
「えぇ。あの苔岩は、制御者だけでは抑えきれない過剰魔力を吸い取っていると伝えられていますわ」
「お母様、その苔岩というのは子供の頃から毎日手を触れるようにと教えられた、あの岩ことかしら」
「そうよ。本当はあの苔岩が壊れないように対策すべきだったのかもしれないけれど、歴代の制御者が面倒がってね。野ざらしなのよ」
「確かお母様は、お父様に苔岩を守るような建築をと訴えていましたわ」
「そうね。けれどあの人は、そんな所に無駄なお金を使わないと反対したわ」
「クノスパル家の事情はともかく、その苔岩に行ってみよう」
お母様にはまだ休んでいてもらい、わたくしが苔岩まで案内することになった。
馬車が用意されるまでの間、会議場の隣の部屋で待機する。そこでまた、最早恒例となりつつある三人の討論が始まった。
「お姉ちゃんが育った家は、わたしの家でもある! ここは、わたしが行くべきね」
「いいえ! お嬢様のお世話をする私が同乗すべきです」
「カリアちゃん。ただ苔岩を見るだけだよ? 何の世話があるっていうの」
「馬車からの乗降は、おれに任せてもらえれば良いです」
「くっ……何か、何か他にお嬢様と一緒に移動できる理由は……!」
呪いのことを明かしているからか、ルイツァーリ様に余裕があるような気がするわ。
にこやかな笑顔を浮かべつつ、同じ土俵に立っていない優越感に浸っているような気がするのは、気のせいかしら。
三人が討論をしているのは、馬車に乗れる人数が限られているからね。
王家所有の馬車といえど、成人が乗れるのは四人まで。王太子様とわたくし、そして呪いの関係でルイツァーリ様。
あと一人の枠を誰が乗るか、という争い。
「アウレリア。あなたはお母様についていてあげて」
「お姉ちゃん!?」
「恐らくカリアの世話になることはないと思うけれど、密室空間で男女比が違うのはよろしくないわ。カリアはついて来てちょうだい」
「ありがたき幸せ」
カリアが深々と頭を下げる。その後にアウレリアに勝ち誇ったような笑みを見せたのは、見なかったことにしておきましょう。
馬車に乗る話し合いが終わった頃、準備が整ったと兵士が知らせに来た。
選抜メンバーで馬車へ向かうと、今度は乗る場所について軽い論争になる。
「おれはロゼと離れられません。よって、ロゼの隣を主張します」
「いいえ! あなたの事情は心得ておりますが、その主張を通すとなれば一介の侍女が王太子様の隣に座らなければいけません」
「私の隣にセリリルブロー殿が座れば良いのではないかな。手を繋ぐのは、お互いに少しだけ身体を前に出せば解決するでしょ」
「「ぐうっ……」」
というか、王太子様の提案ならカリアがわたくしの隣になるだろうに。
ルイツァーリ様とカリアの息がぴったり合った。アウレリアもそうだけれど、何だかんだ仲良しよね。
「ほら、乗る場所が決まったなら乗りますわよ。王太子様もお忙しいのだから」
わたくしが二人に声をかけると、王太子様が馬車へ乗り込んだ。次いでルイツァーリ様、わたくし、カリアと続く。
そして、わたくし達が乗り込んだ馬車とは別に、分析班の方々が乗った馬車があるらしいわ。その場で解析をするのかしら。
馬車に乗るだけでも一苦労だわ。
ふぅ、と息を吐きつつ、馬車がクノスパル公爵邸へ移動し始めた。
+ + +
「これは……」
カリアから話は聞いていたものの、実際に目にすると惨状がよくわかる。
二階建ての屋敷は瓦礫の山となり、表からは見えないはずの元薔薇園が見えていた。魔力制御の施術を受けた面々が、それぞれ復興のための作業にあたっている。
その中の一人、庭師のジョンズがこちらに気づいたようだわ。パッと笑みを見せて駆け寄ってきた。
「お嬢様!! ご無事だったのですね!」
「えぇ、ジョンズも元気そうで何よりだわ」
「お嬢様、申し訳ありません。気にかけてくださっていた、薔薇園……自分が壊してしまいました」
「魔力暴走が起きたのよね? 仕方ないことよ。ジョンズの腕が確かなのは知っているわ。これからまた、いくらでもやり直せるじゃない」
「お嬢様……!」
感極まって流した涙を拭うジョンズは、ようやくわたくし以外の二人に気づいたみたいだわ。
「お嬢様、そちらの男性方は……?」
「金髪の男性が、王太子様。ダークネイビーの髪の男性は、隣国の皇太子様よ」
「ええっ!? そ、そんな高貴な方々が……も、申し訳ありません。そうとは知らず……」
「良い。ところでジョンズよ、公爵邸の庭は全て壊滅してしまっただろうか」
「わたくしが毎日触っていた苔岩も、壊れてしまったかしら」
「ああ、それなら問題ないですよ。あの岩だけ何か力が働いたのか、ヒビも入っていません」
「そう、ありがとう。ジョンズは仕事に戻って」
ジョンズがお辞儀をし、離れていく。
苔岩が無事だったと確認できたため、分析班の方々も含めて大人数で移動した。
「こちらが、苔岩ですわ」
「おお……。これは……」
王太子様の驚きと、分析班の方々のどよめきが重なる。
わたくしや歴代の制御者が毎日触ってきた苔岩は、苔の一つすら記憶の中のまま。
庭の一角にあり周囲に数本の木が植わっている。木漏れ日が当たる様子は、この苔岩の力を知ってからはより神々しく見えるわ。
「ローゼリア嬢。早速この苔岩を分析しても良いだろうか」
「良いと思います。使ってみたら、というのは色々としても良いという判断かと」
「苔の採取及び検証、岩も同様に。採取時は最新の注意を払え。ローゼリア嬢、あの苔岩は、外部からの力を受け入れてくれるだろうか」
「どうでしょうか。わたくしが触ってみます」
「頼んだ」
苔岩に触るのは、毎日の日課だった。だから特に何も感じていなかったけれど、今は力のことを知っている。
前世を思い出した今、目の前の苔岩に白い縄がつけられているような幻覚が見えるわ。
苔岩様。この世界の安寧のためにお力をおかしくださいませ。
『おう、良いぜ! 裏技までたどりついた奴は初めてだからな!』
「……っ!?」
「ロゼ? どうしましたか」
確かに、願いながら苔岩に手を伸ばした。今は突然の声に驚いて手を離している。
だからか、今はガテン系職人のような声は聞こえないわ。
ルイツァーリ様の声ではない。今はまだ老人のような掠れた声だけれど、それとは違う。
王太子様でもない。王族らしく通る声とは、程遠い。
えぇ、えぇ。わかっているわ。誰の声かなんて。
わたくしは恐る恐る、苔岩に手を伸ばす。
『何だ、嬢ちゃんはビビリだな! そんなんじゃ、この先の人生苦労するぞ!』
〈わたくしの声が聞こえますか〉
『おう! 聞こえているぞ! どうした!』
苔岩様から離した手を胸の前に持っていく。
「……どうやら、わたくしは苔岩様と意思疎通ができるようですわ」
「何だって!?」
「岩と意思疎通……ロゼは、どこまで規格外なんですか」
「……こんな『設定』、あったのかしら。アウレリアだったら知っていたかもしれないわ」
「お嬢様? 設定、とは??」
わたくしが前世持ちというのは、知らせている。けれどこの世界が作られた「物語」ということは伝えていない。
王太子様の虹彩が星型だったり苔岩が話し出したりするけれど、この世界に生きる人達には命がある。
作られた物語であっても、わたくしやアウレリアが来た時点でそれは既存の物語じゃない。
わたくし達の、それぞれの物語だわ。
「聞かなかったことにしてちょうだい」
「はい。かしこまりました」
「それで、王太子様。苔岩と意思疎通ができるようですが、何か質問はありますか」
「本人……本岩に聞けるのなら、それに越した事はない。魔力制御の力はどうなのか、身体を傷つけても支障はないのかなどを聞いてもらいたい」
「かしこまりましたわ」
苔岩様に再び手を添える。
〈苔岩様、質問がございます〉
『魔力制御の力は、歴代の制御者達が触っていたからだ!』
〈……こちらの声が、聞こえているのですか〉
『おう! 周囲一メートルぐらいなら、聞き取れるぞ!』
〈では、こうして触れていなくても?〉
『それは無理だ! 聞き取れるが、話すなら触ってくれ!』
〈では、御身を傷つけても良いでしょうか? また、ここなら良いという許可はございますか〉
『制御者の言葉が絶対だ! 好きにしてくれて良いぞ!』
苔岩様から手を離す。
苔岩様の潔さの奥に、何かあるような気がした。
けれど、その『何か』はすぐに出てこない。
「好きにしても良いそうです」
「そうか、それでは早速……」
「お言葉を遮り、申し訳ありません。一つ、提案してもよろしいでしょうか」
「どうした?」
「苔岩様から、その力の内訳は歴代の制御者達が触れてきたからと聞きました。それはつまり、苔岩様には魔力制御の力があるということ。それならば、苔岩様を各地へ運べば制御の手助けとなるのではないでしょうか」
「なるほど……。ローゼリア嬢の言葉はもっともだが、この苔岩は大きい。人よりも大きく太いこの岩を運ぶとなると、かなりの労力が必要になる。そもそも、この岩はこの場所から動かせるのかどうか」
「伺ってみますわ」
苔岩様に手を伸ばす。
『制御者が望むなら、どこにでも行くぞ!』
〈それは、地面から浮いて? それとも、足が生えて?〉
『別に生やしても良いが、気持ち悪いだろ!』
〈そ、そうですわね。では、身体を浮かせるという方法でお願いしますわ〉
『もっと楽な方法があるぞ!』
〈その方法とは?〉
『歴代の力が込められた苔岩を、砕けば良いぞ!』
「そ、それは……」
「ロゼ? 顔色が悪いです。苔岩とはどんな話を?」
思わず声に出してしまっていたみたいだわ。ルイツァーリ様が、心配するようにわたくしの肩に手を置く。
「……苔岩様が、自分の身体を砕いて良いと仰っています」
「それは僥倖だ」
「ですが……」
『苔岩の事を考えているのなら、問題ないぞ!』
苔岩様の表情がわかるわけではない。けれどなぜか、生き生きとしているように感じられた。
『苔岩はいつか、世界のために散ると言われていたぞ! 今がその時だ!』
〈言われていた? どなたにでしょう?〉
『苔岩がこの場所にいるように言った奴だぞ!』
〈神様、ということでしょうか〉
『それは知らん!』
苔岩様から手を離す。
先ほど覚えた違和感が、わかったような気がした。




