18.ローゼリアの力
「魔力制御を迅速に行わなければいけないとわかりました。ですが、ここには特に訓練を受けずに事なきを得た人物がいます」
「そうね! カリア、あなたは特に魔力制御の訓練をしていないわよね?」
「は、はい。私は元々、そこまで魔力が高いわけではなかったので」
「でも、ジョンズも魔力暴走したのよね? それなら、魔力を持っている人は誰でもその危険性を持っていたのではなくて? なぜ、カリアだけ何もなかったのかしら」
「お姉ちゃん。わたしとシュリーフェさんも何もなかったよ」
「公爵夫人は、元制御者だ。君に関しては、恐らく魂がこの世界の人間ではないから。ローゼリア嬢は君と同等の理由と、制御者としての力だと推測できる」
「ねぇ、カリア。あなたには前世の記憶があるかしら」
「い、いえ、ありません……」
四人から視線を向けられ、カリアがたじたじと答える。
「では、なぜカリアは魔力暴走しなかったのかしら」
「ローゼリア嬢の侍女が他と違う理由は、必ずあるはずだ」
「その理由がわかれば、魔力制御への道も開けるかもしれません」
「ねぇカリアちゃん。あなたが特別な理由を教えてよ」
「え、えぇと……」
新旧の公爵令嬢、王太子、ルイツァーリ様。これ以上ないほどの高い地位の人間達に詰め寄られ、カリアが目をグルグルと動かしている。
そんな様子を見て、これ以上はカリアが倒れてしまうと危険を察知した。
「カリア、疲れたでしょう? 今すぐには答えが出ないようだし、休憩にしましょう」
わたくしの提案にホッとしたような表情を見せるカリア。色々と限界だったのかもしれないわ。
「良いね。それじゃあ厨房の者に何か作らせて、ここへ運ばせよう」
王太子様が手を上げると、認知していなかった場所からローブを着た人が現れた。
「お茶と何かつまめる物を用意するように伝えてくれ」
「御意」
指示を受けた後すぐに姿を消してしまった。その消えた先を見ていると、王太子様が立ち上がる。
「あいつは少々シャイな男でね、基本的にあまり姿を見せないんだ」
「そうなのですね」
「会議をする場では思考も凝り固まったままだ。続き部屋に休憩する小部屋がある。そこへ移動しよう」
王太子様が先頭に立ち、入口とは違う扉を開ける。王太子様は小部屋だと言っていたけれど、それでも充分な広さがあった。
王太子様とアウレリアが並び、わたくしとルイツァーリ様が並んでソファに腰を下ろす。
すると城で働く厨房人は仕事が早いらしく、休憩部屋の扉がノックされた。
「入れ」
ワゴンにティーセットやケーキなどを乗せたメイドから、カリアが引き継ぐ。
カップに注いだ紅茶を、カリアが眉間に深いシワをつけながら王太子様の前へ置いた。次いで、ルイツァーリ様。
わたくしには三番目だったけれど、本当は最初に出したかったのだろうなとわかる。
全員に配り終えたとき、カリアが声を上げた。
「……私が無事だった理由、わかったかもしれません」
「何だって!?」
「それは何だ?」
「教えてカリア」
「カリアちゃん!」
四人から視線を向けられて、またカリアがたじろいでいる。カリアにとっては気が重いわよね。高位者達しかいないんだもの。
「カリア。ひとまず、持ってきていただいたケーキをそれぞれの前に置いてくれるかしら」
「かしこまりました」
一呼吸置けばカリアも落ち着くでしょう。そう思って、王太子様に目配せをした。意図を察してくれたようで、最初に紅茶を飲む。
この場の最高権力者に続けと、ルイツァーリ様もわたくしも紅茶に口をつけた。
アウレリアだけは、前のめりのままカリアを見ていたわ。
「カリア。それでは教えてもらえるかしら」
「これは私の推測で、絶対ではありません。ただそれ以外には考えられないので、お伝えします。私が無事だった理由は、恐らくお嬢様からいただいたクッキーを食べたからではないかと思います」
「クッキーって……もしかして、あの失敗作?」
「失敗作なんかじゃありません!! お嬢様の理想が高かっただけで、初めて作るのにあれほどのものは作れませんよ!」
カリアが言うクッキー。それはわたくしが十歳の頃に初めて作ったものね。厨房長に教わりながら、カリアと一緒に作ったのよ。
わたくしは焼き色が気に入らなかったけれど、クッキーを焦がして炭化したカリアに絶賛されたのよね。
「あのクッキーって、他に誰か食べていなかったかしら」
「志の高いお嬢様は、捨てようとなさいました。ですがもったいないと、私が全ていただいたのです」
「そうだったかしら。食べ物を粗末にしようとしたなんて、六年前のわたくしは嫌な人間だったのね」
「いいえ!! お嬢様は五度目の挑戦の私よりも遥かに上手なクッキーを焼かれていました」
「お姉ちゃんのクッキーかぁ。美味しいんだよね。アイシングクッキーでデコレーションされたやつなんて、SNSでバズリまくったもんね」
「え、ちょっとアウレリア? あなたそんなことをしていたの?」
「そうだよー。お姉ちゃんのアイシングクッキーは、写真を上げる度にバズってたの。みんなに羨ましがられたんだー」
「あいしんぐ? えすえぬえす?」
「お嬢様の進化したクッキー!! なんて魅力的なものでしょう!!」
「ロゼ。その『あいしんぐクッキー』、俺も食べてみたいです」
「ストップ!! 一斉に話されても聞き取れませんわ!!」
わたくし以外が盛り上がる場を、一度止める。
咳払いをして、目的を戻す。
「カリアが魔力暴走せずに無事だった理由が、本当にわたくしが作ったクッキーにあるというのなら、それを検証してみれば良いのですわ」
「それにしても、ローゼリア嬢は公爵令嬢だったのに厨房に立っていたんだね」
「お父様が家を空けるときぐらいです。お母様は許可してくださっていたけれど、お父様はそうではなかったので」
「なるほどね。公爵はきっと、ローゼリア嬢に傷一つつけたくなかったんだろうね。いずれ私の妃にと考えていただろうから」
「そうだ、お父様達はご無事でしょうか」
「公爵と小公爵は他の高位貴族達と同様に、魔力制御の施術中だよ。もしローゼリア嬢のクッキーの効力が確認できたら、その施術も捗ると思うんだ」
「責任、重大ですわね」
「そこまで構えなくて良いよ。魔法師達が時間をかければ、魔力制御はできるから」
結果がどうなるかわからないけれど、まずはクッキーを作ってみないと何も始まらないわね。
出されていたケーキを食べてから厨房に向かおうとしたら、また小競り合いが勃発した。
「ロゼ。おれの右手、空いてますよ」
「お姉ちゃん、右手が使えないと不便でしょ? わたしが食べさせてあげる!」
「お嬢様。その甘美なる仕事を、私に!」
「面白い事になっているね。私も参戦しようか?」
「しないでください!!」
食べ物を粗末にはできない。だから今の状況を楽しんでいる王太子様以外の三人で、均等にケーキを食べさせてもらった。
なぜ、わたくしばかり恥ずかしい思いをさせられているのかしら……。
早くルイツァーリ様の呪いを解き、両手を自由に使えるようになろうと改めて決意する。
そうして小競り合いを経て、ようやく厨房へ行けるようになった。
そこでまたアイシングクッキーを食べたことのあるアウレリアが謎のマウントを取っていたけれど、この世界では砂糖は貴重。
ルイツァーリ様には首を触ってもらいながら、普通の丸形のクッキーを渡された材料分だけ作った。
「ロゼのクッキー。早速いただいても良いでしょうか」
「ルイ様、今はまだ熱いですよ。少し時間を置いた方が良いです」
「お嬢様のクッキー……。はぁ。なんて神々しいのでしょう」
「お姉ちゃんのクッキー、久しぶり♪ 待ってられないよ。食べちゃおうっと」
「こら、アウレリア。つまみ食いは止めなさい」
「それなら、おれも」
「温かい内に食べられるなら、その方がより美味しいだろうね」
「んー。美味しい! やっぱりお姉ちゃんが作るやつは何でも美味しいよね!」
「くぅ……お嬢様の、クッキー……!!」
「カリア。よだれが垂れそうよ。自重しなさい。それとアウレリア。あなただけ何枚も食べないの」
アウレリアが両手に一枚ずつ持っている姿を見て、ルイツァーリ様も二枚目に手を出す。王太子様は一枚目を、何か検証するかのようにつまんで四方八方から観察している。
目を潤ませているのに、わたくしの指示に従って食べないで待っているカリアが可哀想に思えてきた。
「このまま厨房にいては迷惑がかかりますから、場所を移動しましょうか」
わたくしの提案を聞いたルイツァーリ様とアウレリアとカリアが、『クッキーを運ぶ名誉』をかけて睨み合いを始めている。
そんな三人とは違う空気の王太子様に目を向けた。
「ローゼリア嬢。このクッキーを、分析班に回してみても良いだろうか」
「分析班?」
「魔力に関わる事を調べる部署がある」
「なるほど。良いと思います」
「一枚では分析しきれない可能性がある。均等に力が入っているかもわからない。全てのクッキーを調査しよう」
「「「!」」」
争いの最中にも王太子様の声が聞こえたらしく、『クッキーを運ぶ名誉』をかけていた三人が、クッキーが載ったお皿を自分達の身体で隠そうとする。
ルイツァーリ様とは手を繋いだままだったから、わたくしもその輪の中に加えられそうになったわ。
「どう考えても、分析が先じゃない。効力が証明されたら、また作るわ。だからあなた達、そのお皿を王太子様へ渡しなさい」
諭すように声をかけると、三人ともまるで断腸の思いだと言っているかのように目をギュッと瞑ってお皿を前に出した。
+ + +
クッキー争奪戦から一時間ほど。
分析班から、クッキーの調査結果が出たようだわ。
「結論から言おう。ローゼリア嬢が作ったこのクッキー、魔力を整える力があるようだ」
「整える? 制御ではなく?」
「そもそも魔力制御というのは、魔力を抑えつけて自分の意のままにしようとする事だ」
「抑えつけるから、完璧ではない?」
「ご名答。まあ、その制御自体も常に自分に課していれば、やがて完全に自分の力にできるんだけどね」
「では、整えるというのは?」
「制御は力づく、整えるのは緩やかにってところかな。私も一枚食べてみたけれど、これはすごいよ。魔力制御を完璧にこなしてきた私ですら、改めて体内の魔力の流れを感じられた」
「魔力の流れを感じる、というのが重要なのですわね」
「そう。魔力制御をするにしても、まずコツを掴まないといけない。そのコツを、このクッキーが作り出してくれる」
クノスパル家の女系は、これまで国中の余剰魔力を抑えていた。それは自然と、空気中の魔力を整えていたのかもしれないわ。
だから、そんなわたくしが作ったクッキーが、特別な力を持っている。
「ただ分析班によると、効力があってもクッキーはクッキーらしい。時間が経てば腐るから、国全土へ広めるのは無理だ。何か対策を考えないといけない」
「何か良い方法はないかしら……」
考えていたとき、わたくし以前の制御者であるお母様が頭に浮かんだ。




