16.二ヶ月ぶりのツァルドゥーナ
「お嬢様。こちらへ」
わたくしが母国へ帰る意思を示しカリアに案内されたのは、星の意匠が施された王家の馬車。
犯罪者を運ぶにしては立派な馬車を寄越したのねと思っていると、カリアが扉を開ける。
「こちらでツァルドゥーナへ向かいます。えぇと、愛の奴隷様は……」
「ルイ様も一緒に乗るわ」
「はい。おれはロゼと片時も離れたくない愛の奴隷ですから」
「で、では、お嬢様と一緒にどうぞ」
にっこりと微笑む姿は、万人には効かないみたいね。
カリアは不審者を見るような目でルイツァーリ様を睨むと、引きつったような笑みをしてわたくしを馬車へ誘う。
「おれが先に乗ります」
「ちょっと、あなた? 愛の奴隷だというのなら」
「良いのよ、カリア。ルイ様、お願いします」
主人よりも先に乗るのはいかがなものかと、カリアは言いたかったのでしょう。
けれど、車高が高い馬車からルイツァーリ様を引くよりも、彼に引いてもらう方がわたくしも楽だわ。
カリアも乗り込み、護衛のシチェス様も乗ろうとしてルイツァーリ様に止められた。
「シチェス。おれが移動する事を、伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
周囲には、馬車を守るための兵士達がいる。話に聞いていたような犯罪者扱いではないと判断したのか、シチェス様が一礼して馬車から離れていった。
そして馬車がツァルドゥーナに向けて出発する。
「……側仕えがいるなんて、一体どんな人なのかしら……」
「カ、カリア! 元気……では、なかったわね。わたくしが家を追い出されてからのことを聞かせてもらえるかしら」
不穏な目つきをしていたカリアを止めるため、話題を振った。するとカリアはルイツァーリ様を睨むのを止め、わたくしに視線を向ける。
「魔力測定の儀の後、旦那様だけが戻って来られました。お嬢様はどこかと聞いても答えてはくださらず、二日後には【新しいお嬢様】が公爵邸にやってきました」
「王太子様と婚約された方ね」
「はい。その方に仕えるようにと命じられましたが、拒否しました。私にとってお嬢様は、ローゼリアお嬢様しかいなかったので」
「……それで、地下室へ?」
「はい。食事は一日一度でしたが、きちんといただけました。反省しろ、ということでしたが、私は心を変えずにいたのです」
カリアはもう少し頬がふっくらしていたはずね。けれど記憶の中にあるものよりも痩せているから、余計に痛々しく見えた。
労ろうと思って腰を浮かせるけれど、すぐにルイツァーリ様に手を引かれる。そしてあろうことか、そのまま膝の上に抱きかかえられてしまった。
「ちょ、ちょっと、ルイ様?」
「ロゼ。走っている馬車の中で立つのは危ないですよ」
「そ、それはそうですけどもっ」
「……お嬢様。その方はお嬢様の愛の奴隷なのですよね? なぜ敬うような口調を?」
「そ、それは……」
せっかくそらしたルイツァーリ様への関心が、またカリアに戻ってしまった。
セリリルブローの皇太子だと言うわけにはいかないし、どうしましょうか。
「ど、どんな相手にも敬意を払う。わたくしはいつも、そのように接してきたはずだわ!?」
「まぁ、それもそうですね。お屋敷が崩壊してしまって、お嬢様が気にかけていた薔薇の庭園もめちゃくちゃになってしまいました」
「庭といえば、ジョンズは無事? 他のみんなは?」
「ジョンズも他の方も魔力が暴走してしまい、昏倒させられた上で体内の魔力を整える順番を待っていると思います。セリリルブローへ到着するまでに馬車で十日ほどかかりましたから、今はもう施術も終わっているかもしれません」
「確か、馬車に乗る前も言っていたわね。魔力が暴走って、どういうことかしら」
「さぁ……? 私も、ずっと何がなんだか」
「一つ疑問なんですが、なぜそんな状況であなたは無事だったんですか。地下から助け出された、という事は、あなたは魔力暴走をしなかったんですよね?」
わたくしを抱きかかえたまま、ルイツァーリ様が問う。体勢的に彼の息が首元にかかって、またゾクッとした感覚になる。
そんなわたくしの体感なんて知らないカリアは、話の途中で割りこんできたルイツァーリ様を睨む。
「王族の方からの聴取でも聞かれましたけど、私だってその理由を知りたいです」
「まぁまぁ、カリア。眉間にシワを寄せていたら、可愛らしい顔が台無しよ」
「お嬢様……っ! お嬢様、暗闇を照らす月ごとく輝く銀髪が、傷んでいらっしゃいます!!」
「問題が解決したら、また手入れを頼むわね」
カリアは、まるで今気づいたとばかりに顔を青ざめた。悲壮な表情は見ていられなくて、馬車の中で立ち上がろうとしたカリアを手で制する。
「今はそんなことよりも、これからのことよ。聴取されたということだったけれど、王族の方々も無事なのかしら」
「はい。王族を初めとして、城に勤務していた方々は全員無事です。あとは、新しいお嬢様と奥様も」
「お母様も? それに、新しい公爵令嬢……えぇと、その方の名前は?」
「確か、アウレリアと奥様が名前をつけ直したと聞きました」
「つけ直す……それならそのアウレリア様は、貴族らしくない名前だったのかしら」
アウレリア、という名前を耳にしたときに何かが引っ掛かった。初めて聞く名前のはずなのに、記憶のどこかで知っている。
それなら、もしかしたら妹が読んでいた話の一つかもしれないわ。
「確か、アトゥン? という名前だったかと」
「アトゥン……可愛らしい響きだけれど、確かに貴族令嬢っぽくはないわね。アウレリア様とお母様は、今はお城に?」
「はい。私はお嬢様は必ず生きていると信じ、お嬢様を捜す隊に志願しましたが、お二方は城に留まっていらっしゃいます。奥様が、お嬢様が死んでしまったかもしれないと憔悴されていたので」
「それで、アウレリア様が傍にいてくださっているのね。お父様やお兄様は?」
「旦那様とルーロナイト様は、元々の魔力が高く暴走した際の力も大きかったようです」
「まさか、死んで……?」
「いいえ。旦那様やルーロナイト様のように魔力が高い高位貴族の方々は、城が所有していた魔道具によって拘束されているようです」
確かお父様は他家からの婿入りだったはず。けれど公爵家の婿になるということで、魔力の基準は他の方よりも高かったとお母様に伺った覚えがあるわ。
そういえばお母様の魔力のことは覚えていないのだけれど、どうだったかしら。
「わたくしが国へ連れ戻される理由を、カリアは知っていて?」
「直接的には、聞いていません。ですが、城に滞在していたときに漏れ聞こえてきたのは、お嬢様がツァルドゥーナを安定させる要というものですね」
「わたくしが……?」
「やっぱり。ロゼには特別な使命が課せられていたんですね」
「お嬢様? どういうことでしょうか」
最後にカリアに会ったのは、魔力測定の儀があった朝。だからわたくしの魔力を測定できなかったと知らないのよね。
あの朝、あれだけ快く送り出してくれたのに、結果を伝えるのは心苦しいわ。
「ロゼ。大丈夫ですよ」
「ルイ様……」
「ちょっと、お嬢様の愛の奴隷様? なぜお嬢様と見つめ合っているのですか!」
ルイツァーリ様には、わたくしが今どんな感情なのか筒抜け状態ね。だから励ましてもらえて、心が軽くなる。
止まらず進み続ける馬車の中で立ち上がるなんて愚行を、カリアはしない。けれど今にも彼に飛びかかりそうなほど鋭い目を向けている。
「そういえば、カリア。わたくしから、今何か匂いはするかしら」
「え? お嬢様からは常に薔薇の香りが……いえ、今は特に何も感じません」
「そうなのね。長い付き合いのカリアならと思ったけれど、やはりルイ様にしかわからないようね。――ッ!」
一緒にいる時間ではなく、やはり呪いとの関係ねと思っていると。
カリアと話してばかりいたから、機嫌を損ねたのかしら。唐突に、ルイツァーリ様がわたくしの首元に顔を埋める。
そんな彼に、カリアが堪らず立ち上がった。
「あ、あなた!! った……」
「大丈夫? カリア、危ないから立ち上がるのは止めなさい」
「は、はい……」
「それと、ルイ様? わたくしの大切な侍女をからかうのはお止めになって? 鼻を近づけなくても、ルイ様はおわかりになるでしょう? ――ッ、ルイ様!!」
諭すように話していると、首元に息がかかる。そんなルイツァーリ様を見て、笑顔を取り戻していたカリアがまた怒りでわなわなと震え始めた。
「カリア? 優秀なあなたのことですもの。同じことは繰り返さないわね?」
「はい、もちろんです」
「それなら、ルイ様に向ける敵意を仕舞いなさい? 長年わたくしに仕えてくれていたあなただもの。できるわね?」
カリアはいつも元気な子だけれども、ここまで感情を露わにするなんて珍しいわね。
それでも、わたくしの言葉には耳を傾けてくれたようだわ。ルイ様への視線は敵意ではなく無関心に見えた。
「ル、ルイ様っ!?」
ほっと息を吐いて安心していると、首元に柔らかい感触があった。
驚いて振り向いたらルイツァーリ様の顔が近すぎて、ぶつかりそうになってしまう。
慌てて立ち上がろうとして、手を繋いだまましっかりと抱えられる。そしてなぜか両手を絡めるように繋がれる状態になってしまった。
「ロゼ。危ないですよ」
「~~ッ、ルイ様!! そ、その、少し過密すぎる気がしますわ!?」
「おれはロゼの愛の奴隷です」
「その言い分だと、わたくしがそうするように命令しているみたいじゃないかしら?」
「命令とあれば、何なりと」
「違う!! そうじゃないのよ!!」
「お嬢様の指示ならば、私も!」
「カリア!? ちょっとややこしくなるから、今は参戦しないでくれるかしら!?」
ツァルドゥーナは今、魔力暴走が起きていて大変なことになっている。そのはずなのに、そこへ向かう馬車の中はどうしてこうも賑やかなのかしら。
わたくしが頭を抱えている今も、ルイツァーリ様とカリアが言い争いをしていた。
道沿いに進むと、今夜の宿がある街ノインに到着。王都から数えて九番目の街という意味らしいわ。
ということは、これからあと八つの街を経由していくのね。先が長そうだわ。
なぜかわたくしを取り合っているかのような争いに発展している二人に気づかれないように、溜息をこぼした。
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「王太子様!! 高位貴族達の暴走衝動が収まりました!」
「何!? それならば今のうちに施術を!!」
王太子の婚約者として城に滞在していたアウレリアは、部屋に駆け込んできた兵士と一緒に出ていったヴァイリッヒを見送る。
「シュリーフェさん。ロゼちゃん、生きていたみたいですよ」
「良かった……」
「ずっと眠れていなかったですよね。今は、安心して寝てください」
「ありがとう、アウレリア」
シュリーフェに肩を貸し、ソファからベッドへ連れて行く。
数日の不眠で限界だったのだろう。シュリーフェはベッドに横になるなりすぐ眠ってしまった。
「これは転生もの……それなら、ロゼちゃんがお姉ちゃんかも」
アウレリアは、ローゼリアと話したいと心を躍らせた。
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