第7章 『第一次世界大戦』デルダ現る、それぞれの戦いへ01
答えを確認したいマナだったが、グアンベリーが再び返事をしてくれることはなかった。だが、もう、明日が最後のチャンスだ。レオルドが参戦してくれるかどうかは五分五分だったが、時間がない。可能性に賭けるしかないのだ。マナの疲れを考慮して、一晩眠り、瑛気を養ってからデビルタワー攻略に打って出ることになった。
シェバはいった。
「どうせワンチャンスしかないだろう。今晩はしっかり眠って、万全の態勢で、明日、デビルタワーに挑もう!」
そして翌日、とんでもない事態がマナたちを待ち受けていた。
マナが目を覚ますと、異様な雰囲気を感じた。体にまとわりつくような嫌な気を感じるのだ。むしろ、その気に起こされたようなものだった。
「これは邪気? 闇がいるのか?」
時計を見ると、昼の三時を過ぎていた。思っていた以上に疲れていたのだろう。ずいぶん眠ってしまっていたようだ。マナは慌ててベッドから飛び起きた。そして、より邪気を感じる村の入り口に向かった。
すると、そこにはすでにシェバとレオルドがいた。二人は何かを待ち受けるかのように森の奥を見ていた。
「すみません。眠りすぎてしまったみたいで」
シェバが森を見たままいった。ただならぬ雰囲気を醸し(かもし)だしていた。
「いや、朝から何かがこの村に近づいてきていたのが分かっていたんだ。君も疲れていただろうし、我々もこの村を離れるわけにはいかなかった」
「何が来ているんですか?」
狼狽するマナにレオルドが苦虫を噛み潰したような顔をしながら答えた。
「やっかいな奴が来ている」
「よりによって、こんなときに奴が来るとは……」
シェバもレオルドと同じ表情だ。
(奴? いったい何が……)
そして、その『奴』が、もうすぐそばにまで来ていることは、マナにも分かった。圧倒的な負のオーラを感じていた。マナの腕には鳥肌が立っていた。
そのとき、森に変化が起きた。
「森が、枯れていく……」
そうマナがいうように目の前の森の一部が枯れ始めたのだ。それは『奴』が近づいてきていることを示していた。
そして『奴』は、その姿をゆっくりと現した。森の枯れた木々の中から一人の青年が現れたのだ。
マナたちに近づいてくる青年。当然、普通の人間ではない。その青年から放たれる禍々しい(まがまがしい)オーラが、その青年を邪悪なものと認識させた。
そして、マナたちの視線が集中する中、その青年が口を開く。
「久しぶりだね、レオルド」
「ちっ。このタイミングでおまえが来るとはな」
レオルドはその青年を睨みつけ、その名を口にした。
「デルダ……!」
その名を聞き、マナは衝撃を受ける。若かりし頃のレオルドの親友であり、レオルドの母親を殺した邪悪な闇。
「こ、こいつがレオルドさんの敵の、デルダ……!」
「そう。またの名を『ファースト・ワールドウォー(第一次世界大戦)』。ガイアの第一次世界大戦中に生まれた怪物だ」
(ファースト・ワールドウォー! デルダが宝沢さんのいっていた、あの化け物だったのか!)
マナはデルダを見ているだけで怖気が立った。闇に対して圧倒的な強さを誇るレオルドをして、「怪物」といわしめる、このデルダの底知れなさに、マナは恐怖を感じていた。
(なんて邪気を纏っているんだ……!)
レオルドは、苛立ちを秘めた声をだした。
「こんなときに何しに来た」
「ベルゼブブに呼ばれたんだ。君の遊び相手がいるよってね」
シェバが重い口を開く。
「我々の足止めにおまえを呼んだのか。よりによっておまえを」
「君たちは行きなよ」
デルダが喋った。マナとシェバにいっているのだ。
「僕の遊び相手は、レオルドだけだ。君たち二人とは、別に遊びたいとは思わない」
レオルドが鼻で笑った。
「ふん。おおかたベルゼブブは、この際、新たな虹の鍵人であるマナとシェバを返り討ちにしたいんだろうぜ。俺がいなきゃ、楽勝とでも思ってるんだろう」
「なっ!」
マナは憤りシェバを見た。しかし、シェバは黙ってデルダを睨むだけだった。そのことがマナに、どれほど危機的状況にあるかを伝えた。
デルダは笑っている。嫌な笑みがその顔にへばりついていた。
「そうだろうね。君たち二人だけなら、問題ないと思っているんだろう。君たち二人の足止めは頼まれなかったし」
「ど、どうしよう? レオルドさん、どうするんですか?」
しばしの沈黙の後、レオルドが口を開く。
「いいぜ。相手をしてやる。どうやら加勢には行けなくなっちまったようだ、マナ」
「そ、そんな……。俺たち二人だけじゃ」
「どのみち時間はないぜ。あと数時間で月の刻が過ぎる。そうなってしまってはデビルタワーは壊せない」
歯ぎしりしながら押し黙るマナ。シェバがマナを促す。
「行こう、マナ。今回のチャンスを逃がしたくないのであれば」
そうだ。次のチャンスは一〇〇年後なのだ。ハナにまた会うには今しかない。レオルドがマナの瞳をしっかりと見た。
「俺がいえた義理じゃないが、男がやると決めたんだ。信じろ、おまえの瑛気を!」
「そうだ、レオルド・ファイアもこんなところで負けない。我々も……!」
シェバもマナの瞳をぶれない瞳で見ていた。
「分かった。俺たち、行きます! レオルドさんはレオルドさんの戦いで勝つことを祈ってます!」
レオルドは、言葉にだしていう代わりにサムズアップして(親指を立てて)応えた。そしてデルダの方を見据えた。
「そっちは頼んだ」
「リー!」
シェバが傍らにいた小さなチェインリーに瑛気を注ぐ。チェインリーの体が巨体を取り戻す。そしてチェインリーが叫んだ。
「筋斗雲!」
瑛気が光となって何かを形作り始めた。そしてそれは、人が三人乗れるほどの大きさの雲の固まりとなった。
「本当に孫悟空みたいだ!」
驚くマナに、チェインリーはにっと歯を見せ、筋斗雲に飛び乗った。
「乗りな!」
チェインリーに促され、シェバが筋斗雲に乗る。次いでマナも。
「ご武運を!」
マナがレオルドにいうと、筋斗雲が爆音を鳴らして空に向かう。そして全速力で空を駆けた。
それぞれの戦いの幕が上がった。
◇
レオルドとデルダは、村から離れ、森を抜け、広大な荒野にいた。デビルタワーとは遠ざかってしまうが、それもいた仕方ないこと。村人たちを巻き添えにさせるわけにはいかなかった。二人の戦いは、それほどの甚大な破壊を生みだすことを示していたのだ。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
レオルド・ファイアの二丁拳銃から放たれる弾丸が、炎のような赤い瑛気を纏い、デルダの体を撃ち抜く。しかし、デルダは涼しい顔でそれを受けつづけている。
「熱い。君の瑛気はとても熱いね、レオルド。まるで君の名のようだ」
レオルドはかまわず撃ちつづけた。弾が尽きると、今度は口を膨らませ、口から空になったリボルバーに向けて弾を吹きだす。それらの弾は見事にリボルバーに装填されていく。これは実弾ではない。瑛気でできた弾丸だった。
「さっきよりも熱いのをくれてやる」
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
今度は少し顔をゆがめるデルダ。
「確かに。こいつは熱い。たまらないな」
それでもその熱さを楽しむように、両手を広げ、デルダはすべての弾を受けきる。
そして、リボルバーに装填されていた瑛気弾が尽きる。
「もう終わりかい? 足りないよ」
「もちろん、まだまだあるぜ。今度はもっと楽しんでくれよな、ドM野郎」
レオルドは右手に持っていた黒き魔銃ギガベルグをガンホルダーに収めると、左手に持つクリムゾンレッドの魔銃ギガレイズに瑛気を注いだ。ギガレイズが赤い光を放つ。そしてそれは、すぐに形作られた。
「ヒュー♪ いかしてるね、レオルド」
レオルドはギガレイズを媒体に瑛気で作ったそれを手にする。
「レッドマシンガン!」
何百発もの弾が連なる給弾ベルトをレオルドはその体に巻き付け、その赤いボディーのマシンガンを撃ちまくった。
ドドドドドドドドドドドドドドド!
先ほどの何倍ものおびただしい数の弾丸がデルダを撃ち抜く。デルダの体の再生が遅れ気味になる。
「これはいい。すごくいいよ、レオルド!」
デルダは両腕を胸の前にクロスさせると、思い切り広げた。
するとデルダの前に黒い霧が現れた。その黒い霧はレオルドの弾幕をいともあっさり受け止める。弾丸が黒い霧を貫通していかない。
「どうしたの、レオルド? 僕にまで届かないじゃないか。楽しませてくれるんじゃなかったのかい?」
「慌てるなよ、ド変態野郎。パーティーは始まったばかりだ」
レッドマシンガンが元のギガレイズに戻る。それをガンホルダーに収めると、黒き魔銃ギガベルグを素早く抜き取る。ギガベルグに瑛気が注がれると、拳銃だったギガベルグの形状が赤い光の中で変わった。巨大な姿を現す。レオルドが手にしていたのは黒光りする大砲だった。それを脇に挟み叫ぶ。
「ブラックキヤノン! いくぜ、おら!」
ガチャリとトリガーを引くと、炎を纏った砲弾がデルダに向かった。
ドゴオオオオオオン!
爆発音とともに、黒い霧の中に大きな穴が空き、レオルドからデルダの姿が丸見えになる。
「おら、もう一丁!」
ドゴオオオオオオン!
あたりを煙が占める。やがて煙が晴れると、体に大穴が空き、がくがくと足を震わせるデルダの姿が現れた。
「く、か、か、か、か、か、これは、強……烈……!」
「なんだ。そんななりして、まだ余裕じゃねえか」
レオルドがトリガーにかけた指に力を入れる。
ドゴオオオオオオオオン!
先ほどよりも大きな爆発音がし、煙が舞う。しかし煙が晴れていくと、そこにはデルダの異形の姿があった。
「『ダーク・メイル(暗黒の鎧)』……!」
冷たい笑みを浮かべてそういうデルダは、漆黒の鎧を纏って(まとって)いた。レオルドは見ていた。砲弾が当たる寸前に、先ほどの黒い霧が身体にまとわりつき、鎧の形を成したのだ。
「ちっ。今度は厄介そうだ」
「パーティーは始まったばかりさ。楽しもう、レオルド!」
「当然、そのつもりだ!」
レオルドはブラックキャノンを右脇に抱えたまま、左手でギガレイズを抜き取る。そして、ギガレイズをブラックキャノンと化したギガベルグに接着させた。
「頼むぜ、ギガベルグにギガレイズ!」
レオルドが二丁の銃に瑛気を送る。銃たちは赤い光に包まれる。そして、一つの銃になった。
ガシャリ!
地面に重量を持った何かが落ちる。やがて、光が収まり、姿を現した。それは巨大な銃身から伸びる、大砲並の砲弾が連なった給弾ベルトだった。大砲のような銃身を持った巨大マシンガンが現れたのだ。
レオルドはその巨大マシンガンを右肩に抱え上げると、両足を広げ地面を踏み込む。
「さああああ、こっからが本番だああああ!」
再び赤い光を放つ巨大マシンガン。
「ヘビー・マシンガン!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
赤い砲弾が連射された。デルダの鎧に当たる度に黒い煙を巻き上げる。
「これは、ずいぶんと、派手な趣向だ……」
デルダの顔に先ほどの余裕はなかった。だがしかし、次の瞬間、デルダが笑った。
レオルドがあたりの異変に気づく。空中に黒い灰が舞い始めたのだ。黒い灰は大地を覆っていく。
レオルドが冷たい表情で呟いた。
「来たか……」
レオルドは過去のデルダとの何度かの対戦でこれを見てきたのだ。
「これでようやくパーティーの本番だよ。『デッドマン・アッシュ(死人の灰)』。僕の鎧を君の瑛気が焼き切るたびに、この灰は降る。やがて、降り積もった死の灰は君をも死に誘う(いざなう)だろう」
レオルドは、押し黙ったまま、瑛気を放ち身体を覆った。依然、巨大マシンガンを撃ちつづけている。
「賢明だよ、レオルド。そうやって、瑛気で身体を護っていないと、君はすぐに命を失うだろうからね。吸い込んだ灰は確実に君の身体を蝕む(むしばむ)のだから」
デルダは顔をゆがめ、醜く笑った。べたりと張り付くような嫌な笑みだった。
「でも、いつまでつづくかな。君の瑛気と僕のダーク・メイル、どちらが先に尽きるのか勝負だねえ」
二人の周りの大地は、すでに真っ黒な灰で覆われ始めていた。それはまるで、死が、世界を覆っていくようだった。
◇
デビルタワーを目指して、筋斗雲に乗り風を切るように飛んでいくマナたち。どんどんデビルタワーに近づいていき、その姿が大きくなってくる。塔の頂上には、黒い雲のような邪気が漂っているのが分かる。
そしてすぐに、デビルタワーの方から黒い霧のようなものがこちらに向かって迫ってきた。それはブブブブブブという、異様な音を立てて近づいてきたのだった。
やがて、それがなんなのか分かる。巨大な蠅の大群だ。邪気を纏ったそれが不気味な羽音を鳴らして接近してくるのだ。当然、悪意を持って。
シェバが叫ぶ。
「迎撃してきたな!」
「上等!」
チェインリーが雷霆棒を天に掲げた。雷霆棒の先端に雷が宿った。次の瞬間、雷霆棒から巨大蠅の大群に向けて雷が放たれた。
「千土兆雷!」
千の土地に兆の雷が降り注ぐ。チェインリーが叫んだその技名どおり、おびただしい量の雷が巨大蠅の大群に降り注いでいく。音と光があたりを包むと大群のほとんどが焼き尽くされていた。
だが、デビルタワーに近づくにつれ、すぐにまた巨大蠅は群を成して襲ってきた。
マナもすでに臨戦態勢だ。その右手はすでにエメラルドグリーンの瑛気の光そのものとなっていた。
バチイイィィン!
指を鳴らし巨大蠅の羽音に負けないくらいの音を鳴らす。ソニックブームが巻き起こる。一瞬で蠅たちは爆発し消滅していった。
だが次々と巨大蠅は現れる。負けじとマナは指を鳴らす。チェインリーは雷を起こす。
次々と襲いかかってくる巨大蠅の大群を迎撃していくと、もうデビルタワーはすぐそこに迫っていた。眼下に広がっていた生い茂る木々の森から大地がむきだしになった広場に出る。と同時に筋斗雲が低空飛行を始める。大地すれすれを飛んでいく。
シェバがマナに向かって叫ぶ。
「筋斗雲から飛び降りるぞ!」
「ええ? 飛び降りるの!?」
今、筋斗雲はとんでもないスピードをだして飛んでいるのだ。大地すれすれを飛んでいるとはいえ、下手な降り方をすれば、怪我どころではすまない。
「大丈夫だ! 今、君は瑛気で体が強化されている。転がってでも降りろ! 行くぞ!」
「え、ちょ!」
いうが早いか、チェインリーがシェバの体を掴むと脇に抱えながら筋斗雲から飛び降りた。
「ちくしょう!」
躊躇している暇はない。マナもそのまま飛び降りた。
「うああああああああ!」
地面をごろごろと転がりながら、なんとかマナも地面に着く。すぐに体勢を整え、デビルタワーの方に向く。
チェインリーがシェバを大地に降ろすのが見えた。シェバはすぐに走りだし叫ぶ。
「つづけ、マナ!」
マナも走りだした。筋斗雲を先頭にして、チェインリー、シェバ、マナがデビルタワーに向かって走った。それを迎え撃つように巨大蠅の大群がまた襲いかかってきた。
「キントウーン!」
チェインリーが叫ぶと、筋斗雲が発光し、前方の巨大蠅に向かって雷を放った。巨大蠅を焼き尽くしながら、デビルタワーへの道が拓かれる。
そしてすぐに、デビルタワーの真下でそこを護るように仁王立ちしているデビルガーディアン、ベルゼブブがその巨体を現した。
筋斗雲がベルゼブブに向かって突っ込む。ベルゼブブはその両腕をこちらに向けた。まるで筋斗雲を受け止めようとしているかのように。
筋斗雲がベルゼブブに激突する!
だが、筋斗雲はベルゼブブに衝突する直前で直角を描くように軌道を変え、上空に飛び立った。
「おおおらああああ!」
ベルゼブブが筋斗雲の動きに気を取られた瞬間をチェインリーは見逃さなかった。雄叫びをあげ、雷霆棒で渾身の一撃をベルゼブブにぶつける。
ガキイイイイイイン!
重厚な打撃音が響き、火花が散った。ベルゼブブがその両腕を交差させチェインリーの一撃を受け止めたのだ。ベルゼブブの腕は黒い硬質の刃と化していた。
「でりゃああああ!」
チェインリーがつづけざまに打撃を繰りだす。息もつかせぬ連撃がベルゼブブを襲う。だがベルゼブブはそのことごとくを刃と化した両腕で受け止める。防戦一方のはずがその顔には笑みすら浮かんでいた。
(うおお! なんて迫力だ!)
ようやくチェインリーたちに追いついたマナは、そのすさまじい攻防に目を奪われた。
あっけにとられているマナにシェバが叫ぶ。
「マナ! 追撃を!」
「あ、ああ!」
シェバの声に呼応し、すぐに指を鳴らした。
ドオオオン!
ベルゼブブの体に爆発が起こる。だが、ベルゼブブの余裕の表情は崩れない。それもそのはずで、爆発したそばからベルゼブブの体が再生しているのだ。
「くそおお!」
指を鳴らすマナ。連発を繰りだす。
ドオオオン! ドオオオン! ドオオオン!
ベルゼブブの体のあちこちから爆発が巻き起こる。しかし、それもすぐに再生していく。
「うらあああああああ!」
チェインリーが爆発に合わせるように雷霆棒の先端をベルゼブブに突き立てようとする。
ガチイイイイン!
雷霆棒の先端は、すんでのところでベルゼブブの両腕の刃に止められる。だがそこで終わりではなかった。
バリバリバリバリ!!
雷霆棒から雷が放出された。あの如意棒を雷で鍛え直したというのは伊達ではない。
「むう」
ここで初めて、ベルゼブブの顔が歪んだ。さらなる追撃を加えようと、マナも指を鳴らす。鳴らす。鳴らす。
ドン! ドン! ドオオオン!
爆発とともにベルゼブブの体のそこかしこが飛ぶ。
「があああ!」
ついにベルゼブブが苦悶の声をあげた。先ほどよりも再生に時間がかかっているのだ。マナは手を緩めない。勝機と見たシェバはチェインリーに叫んだ。
「リー! 合わせるぞ!」
「ほい、きたあああ!」
チェインリーも叫ぶ。
シェバの体が先ほどよりも大きなエメラルド色の瑛気を放った。その瑛気がチェインリーの体に注がれる。チェインリーの持っている雷霆棒が、巨大な柱のように太く大きくなっていく。その巨大雷霆棒を両手で抱き抱えるように持ったままチェインリーが跳ねた。その場に高く跳ね上がり、巨大雷霆棒を槍投げの選手のように構えるとバネのように体をしならせて、ベルゼブブに向かって投げつけた。
ズドオオオオオオオン!!
ベルゼブブはそれを両腕で防ぐ。だが巨大雷霆棒のあまりの重量にベルゼブブが歯を食いしばっている。このとき巨大雷霆棒とチェインリーは瑛気で繋がっていた。
「疾風迅雷!(しっぷうじんらい)」
チィインリーが吠えた。チェインリーの体が雷と化す。同時に巨大雷霆棒に向かって怒濤の速さで飛んだ。その体はばちばちびゅうんと音を鳴らし、その両足をドロップキックのように柱と化した雷霆棒の先端にぶつけた。
「天撃、大雷槍!!(てんげき、おおいかずちやり)」
巨大雷霆棒そのものが大きな雷となってベルゼブブを襲った。
チェインリーと巨大雷霆棒に押されるベルゼブブの両腕の刃から雷や火花が飛んだ。ベルゼブブの体が地面をずりずりと引きながら後退していく。ベルゼブブは電撃を受けながら体ごと押してくるその圧力に、苦悶の表情を隠せなかった。
ここぞとばかりにマナも攻勢をかける。指を鳴らし爆撃を加える。
ドオオオオン!
今度はベルゼブブの右腕が爆発する。支えを失ったベルゼブブの体に巨大雷霆棒が容赦なく突き刺さった。
「があああああああ!」
断末魔の叫びかと思うようなベルゼブブの悲鳴が響きわたった。巨大雷霆棒はそのままベルゼブブの体を貫き、ベルゼブブを地面に張り付けにした。そして、ベルゼブブの体に突き立った巨大雷霆棒から無尽蔵かと思えるほどの雷が迸る。
ガラガラピッシャアアアアアアン!!
瑛気でできた雷が、ベルゼブブの体を焼き付くす勢いで放たれつづける。それに比例して、ベルゼブブの悲鳴も聞くに耐えないものに変わっていく。
やがてベルゼブブの体が切れ切れになり、その形を失くそうかというところにまできた。
(いける!)
マナは勝利を確信し、自身も追撃の手を休めず、爆撃をつづけていた。
そのときだった。何十発目かの雷鳴が轟いた後、急にあたりがしんとなった。先ほどまで暴力的な光を放だしていた巨大雷霆棒がぴたりと攻撃を止めたのだ。
ベルゼブブは頭部の一部を残していた。まだとどめには至っていない。雷霆棒が見る間に元の大きさに戻っていく。飛び降りてきたチェインリーは片膝をついた。ぜえぜえと荒い息を漏らし肩を揺らしていた。
(なんで?)
シェバを見た。そしてマナは状況を察知する。
シェバがその小さな身をふるふると震わせていたのだ。チェインリーと同じく荒い息づかいが聞こえてくる。
瑛気が――切れたのだ!
「シェバ!」
思わず声をかけるマナに、シェバの反応は鈍かった。
「く……瑛気が……足りない」
シェバは四肢を踏ん張りなんとかその場に立ってはいたが、今にも倒れそうだった。
「嘘だろ? もう少しなのに」
ベルゼブブを見る。まだ頭部だけが残っている。
「うおおおおおおお!」
マナはとどめとばかりに指を鳴らした。鳴らしまくった。そして、ベルゼブブの残された頭部もついに四散した。
――かに見えた。
四散した部分が再び集まっていくのだ。それは蠅だった。蠅が一カ所に集まって形を成していくのだ。マナは恐怖を感じながら、指を鳴らし爆撃をつづける。だが、そんなマナの攻撃をあざ笑うかのように、蠅は集合しつづけ、やがて固まりになり、次の瞬間には固まりの中央からベルゼブブが姿を現し始めた。
「ああ、くそお……」
マナの手は止まっていた。もうすでにベルゼブブは復活していたのだ。
「惜しかったな。虹の鍵人たちよ」
ベルゼブブが喋った瞬間に、片膝をついていたチェインリーが、雷霆棒を手に飛びかかった。
ガキイイイイイン!
死力を尽くしての一撃だった。だがそれすらもベルゼブブには通用しなかった。楽々とそれを片手の刃で受けられた。そして、ぼふんと煙を立ててチェインリーが消えた。主人を失った雷霆棒はがらんと音を立てて地面に転がった。
「シェバ!」
シェバはその場でうずくまっていた。瑛気が完全に切れ、力尽きてしまったのだ。
「くっ」
ベルゼブブを見ると、にたあと笑い、突如霧散した。蠅の大群になったのだ。その蠅の大群がマナの目の前まで来て止まる。ブブブブブブというおぞましい音を立てながら、空中からその無数の瞳をこちらに向けていた。
「ベリー!」
マナは叫んだ。グアンベリーを再び呼び起こすために。絶体絶命のピンチ、これを切り抜けるためには、もはやグアンベリーとリンクを深める以外に手だてはない。
だが、グアンベリーは答えない。聞いているのかどうかさえ分からない。
「ベリー! 頼む! 出てきてくれ!」
マナの痛切な叫びもむなしく、蠅の大群の羽音にかき消されるだけだった。
蠅が密集しその密度を増した。そして再びベルゼブブの巨体が現れる。
「うう」
後ずさるマナ。しかしこの距離で逃げることは叶わない。
ベルゼブブの両腕が黒く照り光る刃に変わる。
「これで終わりだ。すぐにシェバにもとどめをさしてやる」
振りあげられた凶刃がぎらりと不気味な光を放ち、マナを襲った。
「うわあ!」




