第5章 説得02
マナがパワーテイルに来てから、一週間が経った。依然、マナは瑛気を発動させられずにいた。
夜になり、与えられた小屋の中でも、一心不乱に瑛気を発動させようと足掻いていた。しかし、やはり変化はない。
(だめだ。瑛気が漂う気配すらない……)
気分転換に星でも見ようと思い、小屋の外に出た。
辺りは真っ暗だ。夜の静寂が漂っている。
すると、庭にテュエルがいることに気づいた。テュエルもこちらに気づいたようだ。
「何してるんだい?」
暗がりの中、家の明かりに照らされていたテュエルはにこりと笑うと、星空を見上げていった。
「星を見ていたんです。私、星が好きなので」
「そっか、星、好きなんだ。俺も星を見ようと思って」
空を見上げると、満点の星空だった。黒いキャンバスにいっせいに大量の宝石をまき散らしたかのように、空一面の星。マナのいた町ではとうてい見られないほどのたくさんの星々の煌めき(きらめき)があった。
「うあ、すげえ……」
驚くマナの横で、テュエルが不思議そうな顔をしている。
「あ、俺が住んでいた町では、こんなに星が見えないから……。えっと、確か街灯り(まちあかり)が空を照らしていると、星が見づらくなるんだ」
「そうなんですか。どこでも星は同じだと思っていたけど。マナ様のいた町はとても明るいんですね」
マナはまた空を見る。星に埋め尽くされた空に圧倒されていると、テュエルがいった。
「私、いつも星に祈るんです」
「え?」
「あの星たちに祈れば、平和になって欲しいって願いが叶うんじゃないかって」テュエルはつづけた。「お父さんとお母さんにも安心して暮らして欲しいんです」
マナは気の良さそうなテュエルの両親の顔を思いだす。テュエル同様、マナを優しく迎え入れてくれた。
マナにも切実な願いが伝わってきた。だが、今の瑛気を使えないマナでは、その思いに応えることはできない。
テュエルは両手を胸の前で組み、目を閉じた。今も祈っているのだろう。
圧倒的に美しい星空の下、二人はそれぞれの思いを抱えていた。
小屋に戻ると後からテュエルもやって来た。テーブルの上の中身の冷めたポットを新しい物に変えるテュエル。その様子を見ながら、マナはいった。
「同い年なんだしさ。敬語はやめてよ。タメ口でいいじゃん」
「いいえ。マナ様は大切な虹の鍵人様です。この世界を救ってくれるおかた。タメ口だなんてとんでもないです」
まいったな、と思うマナ。そして自分を頼りにしてくれているテュエルに申し訳なく思うのだった。
(俺、虹の鍵人としてここに来てるのに、瑛気のひとつも操れないだなんて、意味ないじゃん……。デビルタワーを壊すって約束したのに……)
しかし、そんなマナの心を見透かすように、テュエルは優しかった。
「マナ様は、ガイアで大切な女の子を闇からその瑛気で守ったと聞きました。その想いがあれば、こちらでもきっと瑛気を使いこなせる日が来ます。焦らないで」
(う……)
上目遣いでマナを見ている。マナのことを大切に思ってくれるテュエルを見て、可愛いと思ってしまう。
(なんとかしなきゃ)
テュエルは両手を胸の前で結びマナにいう。その大きな瞳でマナをしっかりと見ながら。
「私は、マナ様のことを信じています」
「あ、ありがとう」
(も、萌えだ。これは……)
「邪魔するぜ」
そのとき、小屋のドアが開いた。意外な来訪者に、マナは驚く。
「レオルドさん!」
レオルドはその長身を折り、敷居をくぐった。そしてマナとテュエルの前にあるテーブルに来ると、椅子を親指で指さした。
「いいか?」
「ど、どうぞ」
レオルドはどかっと椅子に座り足を組んだ。そしてテーブルに片肘を突き、頬を支えた。
マナとテュエルが、その英雄の動向を緊張しながら見守っていると、レオルドがむすっとした表情で口を開いた。
「修行の方はどうだ」
「い、いえ。なんとも……」
マナは消え入るような声で答える。
(あんな啖呵切ったのに、このていたらく。情けない……)
あんなとは、瑛気さえ発動させられれば、すごいんだと強気に発言したことだ。マナは情けなさでいっぱいになった。
そんなマナの表情を見て、レオルドは「ぷっ」と笑った。
「なんでえ。しけた面しやがって。元気出せよ、おい」
レオルドはその長い手を伸ばし、マナの肩をぽんぽんと叩く。
どうやらバカにしにきたのではなさそうだ。
「シェバから聞いたぜ。おまえが瑛気を発動させる理由を。シェバには正義の心って説明を受けたらしいな」
「は、はい」
「いいじゃねえか。おまえの正義。好きな女を守るためか」
マナは今度は顔が赤くなるのを感じた。テュエルにもいわれたことだが、やはりハナのことを好きだとばれているのだ。思春期のマナにはとてもデリケートな問題だった。
レオルドは今度は意地悪そうな顔をした。面白がっているようだ。
「照れるな、照れるな。若い証拠だ。おまえなんて、たかだか一五年しか生きてねえんだろう。まだまだ恋の甘さに憧れを抱く歳だ。俺くらいになると、苦みも知ってるがな」
わははと笑うレオルド。
(この人、何歳なんだろう? 若く見えるけど、ミハヤシさんの歳もすごかったからな)
じっと見ているマナを見て、またくくくと笑うレオルド。そしていった。
「フェアにいこうかと思ってな」
「フェア……ですか?」
「おう。おまえの信じる正義を聞かせてもらったからな。俺も俺の信じる正義ってやつをおまえに教えてやろうと思ったんだ」
「レオルドさんの……!」
すごく興味があった。レオルドの闇に対する圧倒的な強さ。その瑛気を発動させるための、心から信じる正義がなんなのか。聞いてみたかった。
「と同時に、俺がデビルタワーに挑まねえ理由もな。俺はまだ死ねないんだ」
レオルドはマナから視線を外し、目の前の窓の景色を見ているように見える。だが、本当は何を見ているのかを、これから聞かされた。
「俺には幼い頃、一人、親友がいた。デルダという男だ。同じ町に住んでいて、そいつは孤児だった。どこから来たのか分からなかったが、ある日町にやって来て、うちの近所の気のいいおじさんとおばさん夫婦に育ててもらっていた」
マナもテュエルも真剣に聞き入っている。レオルドはつづけた。
「俺と奴はすぐに気が合ってな。毎日遊んだよ。楽しかった。母さんにはよくデルダのことを話していたんだ。母さんもデルダのことを良く思っていたようだった」
マナは過去形で話すレオルドの話に不安を覚えた。テュエルが親友の話をしたように、レオルドが大切な人の話をすることを。嫌な予感がしていた。
「よく二人で月を見た。夜中、こっそり家を抜けだして、草原の丘の上から月を眺めていたんだ。そして俺はデルダにいった。あんな空の上からなら、この星の全てが見渡せるね、と。デルダは笑いながら応えた。そうさ、レオルド。たとえ僕たち二人が別れ別れになることがあっても、あの月から見下ろせば、必ず見つけ出せるよ、と」
そして、レオルドは険しい顔になった。
「それが何を意味しているのかを、俺はのちに思い知る。痛いほどにな。それから一年くらい経ったある日、母さんが殺されたんだ」
(闇だ!)
マナの中で悲しみと怒りが織り混ざった。だが次のレオルドの言葉で、感情がこんがらがってしまった。
「デルダに殺された」
なぜ? マナは話の結びつきが分からず困惑した。レオルドはその答えを解き明かすように話した。デルダの正体を。
「奴は闇だった。デルダが町に来てから三年もの間、俺たちを騙していたんだ」
マナは雷に撃たれたようなショックを受けた。親友だと思っていた人間が邪悪な闇だった。そして親友だと思っていた闇に大切な母親を殺されたのだ。計り知れない痛みだろう。
そして想像を絶する真実をレオルドの口から聞かされた。
「あの日、俺が自分の家のリビングの扉を開くと、倒れた母さんと、その横に立っているデルダがいた。母さんと声をかけても返事はない。その代わりにデルダがいったんだ。『ごめんよ。僕が君の母さんを殺したんだ』と。何が起きているのか、分からなかった。だが、デルダのその右腕は人の形を成していなかった。右腕の代わりに生えていたのは、鋭い刃だった。その切っ先は血で濡れていた。誰の血なのかはすぐに分かった。そんなはずはないと思っても、現実は確かにそれを示していた。母さんの方をすぐに見ると、背中に貫かれたような傷跡があり、血の海が広がり始めていたんだ。デルダがそんなことをするはずがない。これは何かの間違いだ。そう思った瞬間、現実に踏みにじられた。デルダが母さんを踏んだんだ。俺が絶句しているとデルダはいった。『大丈夫だよ。君の母さんは死んでいるから、こんなことをされても痛みを感じないんだ』と。デルダはぐりぐりと母さんを踏みしめた。どういう感情だったのか、今でもよく覚えていない。俺が固まったままでいると、デルダはまたいった。『楽しかったよ、レオルド。僕のことをずっと親友だと思ってくれていたんだろう? だまされているとも知らずに。僕は君と遊んだあと、毎晩ベッドの上でおかしくてしかたがなかったんだ。だまされているとも知らずに、あんなに楽しそうにしているだなんて。レオルドは最高の玩具だって。そしていつかやろうと思っていたんだ。そうしたらもっと楽しいことになるだろうって』そういってデルダは刃になっている右手についた血を舐めた。デルダはいった。『期待以上の反応だよ、レオルド。君、今、どんな顔をしているか分かる? 鏡で見てごらんよ。それを絶望っていうんだ。ずっとそれを見るのを楽しみに生きてきたんだ』と。デルダは大笑いしたあ後、ゆっくりと歩きだして、俺の横に来た。俺は動けなかった。その場で震えていることしかできなかった。デルダはいった。『でもまだ遊びは終わらない。僕らが生きている限り、この遊びは終わらないんだ。君はまだ混乱しているけれど、もう少しして頭の中が整理できたら、その身を焼き尽くすような怒りで満たされることになる。今度は追いかけっこだよ。いつか僕を捕まえてごらん』そして、奴は去っていった。血の海に沈む母さんを見て、俺も溺れていた。息がまともにできなかった」
レオルドはここで言葉を止めた。マナは血の気の失せた顔で、窓の外を見ているレオルドを見ている。レオルドが今見ているのは、窓の外の景色なんかじゃないとマナは理解した。
「そんなことって……」
「これがこの世界の現実だ。闇は心底腐ってる。そして俺は必ず、デルダを見つけだして殺す。それが、俺の信じる正義だ」
(だから、レオルドさんはあんなに強いのか!)
レオルドの闇に対する圧倒的な強さ、冷酷さの秘密が分かった気がした。レオルドが何を背負って生きているのかを。
(なんて重いものを背負っているんだ……)
普通に学生生活を送っていたマナとは、あまりにもかけ離れたものだ。マナはその重さに圧倒された。レオルドにかけられる言葉など、とうてい見つからない。
「そんなわけで、奴をこの手で殺すまで、俺は死ぬわけにはいかないんだ。あれから何度かデルダを見つけてやり合っているが、未だに決着はついていない。勝算のないデビルタワー攻略に打って出るわけにはいかんのさ。分かってくれ」
そしてレオルドは立ち上がると、小屋を出ていった。
嗚咽が聞こえてきた。横を見ると、テュエルが泣いていた。マナはここでもかける言葉が見つからずに俯いた(うつむいた)。
(レオルドさんに頼ることはできないんじゃ……。これじゃ、デビルタワーを倒すなんてことは……)
小屋の入り口の方から音がした。見ると、レオルドが出ていき、開け放たれていたドアからシェバが入ってきていた。
「マナ、いっておかなければならないことがある。デビルタワーを壊せるのは、明日からあと四日しかない」
「ええ?」思いもしなかった事実を知らされる。「四日って!」
「焦らせては気が鈍ると思い、あえていわなかった。すまない。デビルタワーは普段は巨大な邪気のエネルギーでできた球体状のものに包まれていて、どんな瑛気も通さない。虹の鍵人、全員でかかったとしても無理だろう」
マナは不思議そうな顔をした。
「え? でも、今は」
マナは実際に見ているのだ。遠目にではあるがデビルタワーの姿を。そんな球体などなかった。
「そうだ、今はその姿を露わにしている。しかしそれは一時的なものなのだ。今は唯一、その邪気が晴れ、デビルタワーがその姿をさらしている瞬間なんだ。この世界には三つの月がある。その三つの月が折り重なる時期があり、そのときだけはあのデビルタワーの邪気が晴れる。今がそのときで、この現象は一ヶ月だけつづく」
「じゃあ、時間がないじゃないか!」
「そうだ。もうあと四日で、月の重なりはとれる。次また月が重なりあうのはかなり先のことだ」
「それは、いつ?」
「百年後だ」
「ひゃ、百?」
マナは思わず大きな声をあげた。そして膝から崩れ落ちそうな感覚に見舞われながら嘆いた。
「そんなあ」
その場にしゃがみ込みたくなる。
「レオルド・ファイアはそれを知っている。そして、それでも奴は動かないのだ」
絶望的な気がした。レオルドを説得するのも、デビルタワーを壊して、元の世界に戻ることも。またハナに会うことも。
◇
マナが絶望感を漂わせていると、シェバがいった。
「レオルド・ファイアが協力してくれなければ、デビルタワー攻略は不可能だろう。だが仮に、今回、協力してくれなかったとしても百年後になんらかの手を考えてチャレンジするという方法もある」
「百年後って……俺、死んでるじゃん!」
盛大につっこみを入れるマナ。だがシェバの目はいたって真剣だ。
「それはおそらく問題ない。強力な瑛気使いほど寿命は長い。私も三百年生きている。瑛気を使いつづけていれば、君もそうなる可能性は高い。どのみち、いずれ君は瑛気を使いこなせるようになるだろう。そうすれば百年の年月で君が死ぬとは思えない」
百年以上寿命が長くなるなど、突拍子もない話だ。だが、マナはそれ以前に、別のことで頭を痛めていた。
(百年経ったら、ハナがこの世にいるかどうか分からないじゃん! ずっとフリーでいるわけないし、生きててもおばあちゃんじゃないか! いや待てよ。ハナも虹の鍵人の資質を持っているということは、もしかして……。あ、でも、シェバは瑛気を使いつづけていればっていった! じゃあ、やっぱり駄目じゃん!)
あががと、その場で倒れそうになるマナ。シェバを見る。シェバは目を閉じていた。悩んでいるように見える。
(だよなあ。シェバだって、早くパワーテイルを平和にしたいんだろうし)
はあっとため息をつくマナ。そしてぼそりといった。
「でもさ、あんな話聞かされたんじゃなあ。レオルドさんを巻き込んじゃいけない気がしてきたよ。だってレオルドさんにはやらなきゃいけないことがある。俺たちが邪魔する権利なんてないよ。デビルタワー攻略で危険を犯すわけにはいかないって意味が、よく分かったよ」
マナはまたため息をついた。シェバも目を瞑った(つむった)ままだ。春だというのに冬のような凍てついた沈黙が場を支配した。
しかし、今まで押し黙っていたテュエルが、その沈黙を破った。
「そうでしょうか」
「え」
思わずテュエルを見るマナ。テュエルはまだ涙を溜めた瞳で、マナを見ていた。
「確かにレオルド様にはやるべきことがあることが分かりました。私も闇に友達を殺されています。復讐したい気持ちはよく分かります。憎しみを抱えつづけなければいけないつらさもよく分かります。本当につらいんですよ。でも、その闇を一体倒したら、それで終わりという話なんでしょうか。私はそれでも憎しみの連鎖は、この世界の恐怖は幕を閉じないと思います」
「テュエル……」
テュエルはまた泣きだしそうな顔をしていた。マナに振りまいていた笑顔など見る影もなく。
(俺の前であんなに笑顔を振りまいてくれているのに、つらいっていってる。こんな顔をして。テュエルもどうしようもない感情を抱えているんだ)
「本当にレオルド様のつらい旅を終わらせるには、この世から闇をすべて消してしまうことなんじゃないでしょうか? デビルタワーを壊してしまうことなんじゃないでしょうか? だって、あれがあると、いくらでも闇は生まれてきます。終わらないですよ。レオルド様や私だけじゃない。この世界に住むすべての人の悲しみや憎しみは」
そしてテュエルは、申し訳なさそうにいった。それは自分の無力を恨むかのようでもあった。
「私には瑛気を使う力もない。だからシェバ様やマナ様に頼ることしかできない。頼ることしかできないんです。でも、そうするしかないんです。お願いします。私たちを救ってください。もう嫌なんです。憎みつづけることも、びくびくして生きていくことも!」
マナには見ているだけでつらかった。テュエルのその表情が。テュエルのそんな顔をこれ以上見たくなかった。そんな顔をしてほしくなかった。
(必死に懇願している。俺たちを頼りにしている。だとしたら、俺にできることはなんだ?)
マナはシェバを見た。シェバはマナの思いを確認するように頷いた。マナは決意を固める。そしてこの決意は、けして揺らいではいけないと誓いながら、テュエルの方を見た。そして、今再び宣言する。
「テュエル。俺、デビルタワーを壊すことは簡単じゃないと思ってる。でも、必ず壊してみせる! 瑛気を使いこなしてみせる! この世界を平和にするために!!」
マナは今度こそ、不退転の覚悟を示した。瑛気使いになるのだ。そして、シェバに振り返った。
「レオルドさんに勝てる見込みを示せばいいんだ。デビルタワーを必ず攻略できると。俺、瑛気を使いこなしてみせる。絶対に……!」
「分かった。時間はないが、可能性はある。やってみようじゃないか」
シェバも決意を固めたようだった。
「マナ様、信じています」
テュエルの言葉を受けて、マナは頷く。
(絶対にやってやる! やるしかないんだ……!)
マナは思い切り右手を握りしめた。




