Ep.2-1
「いやぁ、この茄子の色艶。まるで宝石みたいだねぇ」
マリアが立派に育った艶やかな茄子に頬を寄せ、うっとりと呟く。
「ああ。今年は土のバランスが完璧だったからな。焼いて味噌を塗るか、それとも冷たい煮浸しにするか……どっちも捨てがたいな」
俺は泥まみれの軍手を払い、額の汗を拭った。
「はやく食べたいなぁ!」
隣ではミーニャが、ヨダレをたらしそうほど美味しそうに茄子を見つめている。
あの夜以降、俺が作った食事を続けた結果、マリアの浮腫は完全に消え去り、驚くべき速さで健康を取り戻した。そして、今後は、外での適度な運動を勧めたところ、二人は「畑仕事を手伝わせてほしい」と懇願してきた。
正直なところ、俺は一人でこの静かで穏やかな生活を満喫したかった。だが、彼女たちなりに「ただで食い物を貰う」という恩義に耐えかねているのだろう。その自尊心を無下にするのも野暮だと考え、俺は渋々ながらも提案を受け入れた。
畑仕事や家畜の世話に終わりはない。一人では日暮れまでかかっていた重労働も、三人いれば驚くほど捗った。何より、収穫したての野菜を「美味しい」と笑い合いながら食べる二人の姿を見るのが、日課になっていた。
――誰かのために飯を作り、それが喜ばれる。
俺の中にそんな感情が残っていたとは。自分でも驚くような、人間らしい変化だった。
そんなある日のことだ。事件は起きた。
ミーニャたちの家が、跡形もなく壊されていたのだ。
二人は申し訳なさそうに「もともと古くてボロボロだったから、寿命だよ」と笑ってみせたが、俺はどうしても納得がいかなかった。
倒壊の痕跡はあまりに不自然だった。風や老朽化でこうなるはずがない。
村の連中が、また余計なマネをしたのか? 俺と親しく付き合っているせいで、あの二人が理不尽な嫌がらせを受けている――。
そう考えると、胸の奥で静かな怒りが燃え上がった。俺はこれまで、村人たちとの接触を最低限にしてきた。だが、俺の知っている人間を傷つけるとなれば話は別だ。
二人はとりあえずの間、俺の家に身を寄せることになった。
「家ができるまでだからな」と俺が言っても、二人は住まわせてもらうことにひどく恐縮し、新しい家など望むべくもないといった様子で肩を小さくしていた。
そんなある日、俺はリュックに、畑で収穫したばかりの瑞々しい胡瓜や大根を詰め込み、村へと向かった。
村の広場を抜け、ひときわ大きく建てられた村長の家を探し、尋ねた。
「たしか、ここだったな」
重厚な扉をノックすると、しばらくして顔を出したのは六十を過ぎた痩せこけた老人だった。顎に蓄えた長い髭が特徴的な、村長のグレイだ。
「……変わり者の男か。一体、何の用だ。」
「村外れに住むコータだ。マリアの家の件で話がある」
俺の言葉に、グレイは鼻を鳴らした。
「ふん、まあいい。中に入れ」
促されるまま足を踏み入れると、部屋の片隅で村長の妻であるリーゼが服の繕いをしていた。彼女は低級魔法使いらしく、指先から小さな光を漏らして糸を操っている。
室内をぐるりと見渡すが、到底、裕福とは言い難い暮らしぶりだ。村全体の生活水準そのものが低いのだろうか。
俺は椅子にどっかと腰を下ろしたグレイを見据え、冷徹に切り出した。
「単刀直入に聞く。マリアの家を壊したのはあんたか?」
「あ? 知らんわ。ワシがやるわけなかろう」
「……つまり、村の誰かがやったという自覚はあるわけだな」
「ぎ、ぎくり……っ! 知らんと言っておるだろうが!」
俺が畳み掛けると、グレイは顔を紅潮させた。
「いいか、お前のような異端者が村の秩序を乱すから、天罰が下ったのだ。……聞いたぞ、怪しげな手法でマリアの身体を治したそうだな。我らは神から授かりし魔法の力で土を肥やし、作物を得ている。お前のやっている糞尿まみれの不浄な泥遊びとは、根本から違うのだよ」
グレイはそう吐き捨てると、わざとらしく俺の顔面にタバコの煙を吹きかけた。
俺は眉一つ動かさず、静かに言い放つ。
「そうかい。俺から言わせれば、あんたらの魔法農法とやらの方が、よほど土を瘦せさせてるんだがな」
「なっ、貴様……!」
グレイが激昂して立ち上がる。横にいた妻のリーゼも、侮蔑に満ちた目で俺を睨みつけていた。
「ほざけ! 口先だけの異端者が。いいわ、そんなに自信があるなら、うちの野菜と見比べてやる!」
リーゼは奥の納屋から、自慢げに胡瓜と茄子を持ってきた。それは俺の持ち込んだ野菜の三倍から四倍はあろうかという、異様な巨大さを誇っていた。
「見なさい! これが神の恩恵を受けた魔法で作られた野菜よ。魔力を注ぎ込まれたこの立派な姿、かたち。お前のような魔法も使えない若造が、かなうはずがないだろう!」
リーゼは鼻高々に笑い、グレイも汚らしい笑い声を上げた。
俺は無言でナイフを抜き、それぞれの野菜を横にスライスした。
俺の胡瓜は断面から瑞々しいしずくが溢れ、切り口が宝石のように輝く。対するリーゼの野菜は、内部の繊維がスカスカで、中心部はスポンジのようなワタで埋め尽くされていた。
一目瞭然の格差。俺は淡々と一口サイズに切り分け、皿を差し出した。
「能書きはいい。何もつけずに食ってみろ」
二人は嘲笑を浮かべながら、リーゼの胡瓜を口に入れた。次いで、俺の胡瓜を口にする。
その瞬間、二人の表情が凍りついた。
口内で響く『シャキッ』という鮮烈な咀嚼音。噛むほどに溢れる豊かな水分と、凝縮された旨味。
「……っ!?」
グレイとリーゼは驚愕に目を見開き、口元を押さえた。それは、彼らが人生で一度も味わったことのない、「本物の植物」の生命力そのものだった。




