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糞尿に手を突っ込んで農業している俺が、実は王子である事をみんなは知らない。  作者: 山河國破


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Ep.1-2


「婆さんだって腹は減ってるはずだ。見舞いに行ってやる」

「でも……村の人は、コータさんの野菜を食べたら呪われるって……」

「ふっ、そうかも知れないな」


俺はぶっきらぼうにそう言い捨て、雨の降る夜の闇へと足を踏み出した。


うちから村までは歩いて三十分かかる。

夜の闇と降り続く冷たい雨。この悪天候の中を歩いてきた少女の心中を思うと、胸の奥がわずかに締め付けられるような感覚があった。俺は何も言わず、彼女の背中を追った。


ようやく辿り着いた彼女の家は、お世辞にも裕福とは言えない村の中でも、特に年季が入っていた。傾いた扉を慎重に立て直してノックし、断りを入れてから中に入る。

室内は薄暗く、一本の蝋燭が心許ない光を揺らしていた。


奥の簡素な寝台に、老婆――マリアが横たわっていた。呼吸を確保するためだろう、上半身を少し起こしている。ゼェゼェと苦しそうな音が、静かな部屋に響いていた。


「おばあちゃん、お腹空いたでしょ? 村外れの男の人が、ご飯を持ってきてくれたよ!」


ミーニャが駆け寄り、祖母の肩を揺らす。マリアは弱々しく目を開け、俺を確認すると、掠れた声で言った。


「……なんだい、あの変わり者さんかい。悪いねぇ、あたしゃもうお迎えを待つ身でね。食欲も湧かないんだ。ミーニャにでも食べさせてやっておくれよ」


息も絶え絶えの拒絶。俺は無言で彼女の傍らに歩み寄り、額に手を当てた。熱はない。続いて手首の脈を測り、足首に指を押し当てる。皮下組織が水分を溜め込み、沈んだ指の跡がなかなか戻らない。


「おいおい、こんな老婆の身体を触って何が楽しいんだい? ゴホッ、ゴホッ……」


「婆さん、俺が飯を作るから大人しくしてな」


俺は短い言葉で制すと、リュックから持参した食材を取り出し、即座に調理を開始した。

その様子を、ミーニャが興味深そうに、真剣な眼差しで覗き込んでいる。


俺は持参した冬瓜を、手際よく下処理していく。ワタと種を丁寧に取り除き、皮を剥いて細切りに。

鍋の湯が沸騰したところで鶏ガラの出汁を加え、冬瓜を投入する。加熱しすぎると野菜の細胞壁が崩れすぎてしまうため、火加減を厳密に調整しながらじっくりと煮込んでいく。


片栗粉でとろみをつけると、溶き卵を回し入れ、鮮やかな黄色がスープに溶け込む。最後に塩を振る代わりに、粉末状にした山椒を少量。これで、減塩しながらも口内の三叉神経を刺激し、食欲を増幅させる「味の骨格」ができる。


次に、別の鍋で小豆を茹でた。灰汁を抜き、指で容易に潰れるまで煮たところで、牛乳とリコリスから抽出した微かな甘味を足す。仕上げに細かくちぎったパンを投入し、煮崩れるまで煮詰めた。


「婆さん、出来たぞ」


二品を椀に装い、ベッド脇の卓に置いた。


「なんだいこりゃ……見たこともない料理だねぇ。おや……不思議だね。さっきまで、あんなに食欲がなかったのに、なんだか無性に食べたくなってきたよ」


マリアは恐る恐る冬瓜スープを口に運んだ。


「……うまい!」


さっきまでの弱気な声は消え失せ、マリアは夢中で(さじ)を動かした。


「一体、何だい、この料理は? そして、このピリッとした痺れは……」

「冬瓜の卵スープと、小豆のパン粥だ。冬瓜は体内の水分を追い出し、心臓の負荷を軽くする。山椒は胃腸を温め、消化を助ける。婆さんの身体に今一番必要な、栄養補給食だ」


俺の淡々とした解説に、ミーニャも興味津々でスープを一口すする。


「んんーっ、舌がビリビリする! でも、すごく美味しい!」

「はは、それは山椒の成分だ。子供には少し刺激が強かったか」


俺は笑いながら、作り置きしておいた米麹発酵の小豆餡を練り込み、パン生地に包んで焼いたものをミーニャに手渡した。


「こっちは小豆餡のパンだ。こっちなら子供でも食えるだろ」

「あまーい!」


マリアとミーニャは、あっという間に皿の上の料理を平らげていった。空っぽになった器を見て、マリアは満足げに息を吐く。


「夏野菜は体内の余計な水分を排出する。適切なカリウム摂取を続ければ、婆さんの心不全の症状も劇的に改善するはずだ」


俺は帰り支度をしながら、淡々と告げた。専門的な言葉を並べたところで、魔法信仰の強い彼女たちがその詳細を理解できるとは思わない。だが、結果がすべてを証明するはずだ。


「婆さんのお迎えを少しばかり先送りにしたければ、明日から毎日、俺の畑へ野菜を取りに来い。ミーニャ」


家を出ようとする俺の背中に、ミーニャの必死な感謝の言葉が飛んできた。振り返ると、彼女は俺の姿が見えなくなるまで、何度も、何度も手を振っていた。


外に出ると、いつの間にか雨は止んでいた。

分厚い雲は去り、夜空には吸い込まれるような満天の星が広がっている。雨に洗われた空気は冷たく、そして澄み渡っていた。


「……明日は晴れるな」


小さく呟いて、俺は歩き出した。

ふと、自分の頬が妙に緩んでいることに気づく。カミュが死んでから、この荒れ地で独り、土とだけ向き合ってきた日々。誰かに必要とされ、誰かの命を繋ぐために知識を使うという感覚が、予想以上に心地よいという事実に、俺は苦笑した。

第1話をお読みいただき、ありがとうございます。

魔法主義の異世界で、あえて科学的な知識で無双(?)するコータの物語の始まり、いかがでしたでしょうか。


今後、コータが自身の知識で周囲の「常識」をどのように覆していくのか、続きを書いていく予定です。

もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部の評価や、ブックマーク登録をしていただけると、非常に励みになります!

感想もいただけると、更新のモチベーションが爆上がりします。どうぞよろしくお願いいたします。


次回予告

「マリアとマーニャの家が、何者かによって壊された!?」

お楽しみに!

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