第二十七話 我が国漆器商業界の王者たる越智三郎氏
共進会が終わった五月以降、越智三郎は博多の商人組合の理事となった。
愛媛人の月賦商人が、博多商人の組合の中枢に迎えられたのだ。
大島紀一朗の推薦があったことも大きいが、他の商人の間でも、共進会での働きが認められたのだ。このことは地元の新聞でも取り上げられた。
六月になると、東京の新聞までが、丸三へと取材にやってきた。
記者は東京から汽車を乗り継いで博多まで来た。若い記者だった。
三郎に会うと、まず名刺を差し出し、それから中奥堂町の店舗を見回して感嘆の声を上げた。
「立派なお店ですね。店員さんも大勢いらっしゃる」
「まだまだですよ。東京の大店に比べれば、うちなど小さいものです」
「ご謙遜を。九州では、越智さんの右に出る方はいないと聞いております」
記者は三郎にいくつかの質問をした。商売の始まり、月賦の仕組み、博多に店を構えた経緯。三郎は包み隠さず語った。桜井の貧しい農家の三男坊が、椀船に乗って九州に来たこと。頼母子講で漆器を売ったこと。月賦を思いつき、博多で展開させたこと。
「月賦は、これからの日本に必要な仕組みです」
三郎は力を込めて言った。
「金がない者でも、良い品を手にすることができる。それが月賦です。住宅でも、衣服でも、家具でも。毎月少しずつ払うことで、庶民の暮らしが豊かになる。月賦は、日本の民を豊かにする商法なのです」
記者は熱心に、三郎の話を聞いていた。
三郎は記者の表情を見て、手応えを感じた。
その日の夜、三郎は中奥堂町の二階で、サキと向かい合って座った。
階下では店員たちが明日の準備をしている。帳面を繰る音、荷を動かす音が、床板を通してかすかに伝わってくる。
「これで決まったよ」
三郎は、会心の笑みを浮かべた。
普段は笑顔の中にも緊張を隠している男だが、この夜ばかりは、底の底まで力が抜けた、穏やかな笑みだった。
「東京の新聞に載るのだ。おれの名前が」
「すごいことですね」
「すごいことだ。桜井の三男坊が、東京の新聞に載る」
三郎は茶を飲んだ。サキが淹れた茶は、いつもほどよい温度で、香りがいい。
「幸四郎の結婚も決まった。博多の娘だ。良い縁だ」
「ええ。幸四郎さんも、ようやく落ち着かれますね」
「あいつには苦労をかけた。桜井を出てからずっと、おれについてきてくれた。博多に戸籍まで移してくれた。あいつがいなければ、丸三は回らなかった」
三郎は幸四郎のことを思った。
あの門司港の夜、大龍丸の上で「日本一は無理だろう」と言った弟。「兄弟ふたりで暮らせる家を建てられれば御の字」と言った弟。
いま幸四郎は博多に家を持ち、嫁をもらおうとしている。
御の字どころか、桜井にいたころには想像もできなかった暮らしだ。
「金庫を見てみろ」
三郎は立ち上がり、部屋の隅にある金庫を開けた。
中には、帳面と、束ねた紙幣が入っている。
「銀行の口座にも相当な額が入っている。借金はすべて返した。大龍丸の代金も、銀行の融資も。いまの丸三には、借りはない」
「立派なことです」
「立派ではない。当たり前のことだ。商人が借金を返すのは当たり前だ。……だが、嬉しい」
三郎は金庫を閉じて、サキのもとに戻った。
「三郎さんが嬉しいなら、わたしも嬉しい」
「ああ。やり遂げたぞ、おれは」
三郎は繰り返した。
薪を三本しか使えなかった越智家の三男坊が、博多の一等地に店を構え、五十人の店員を抱え、銀行に金を預けている。母が握らせてくれたわずかな銭が、ここまでの富に化けたのだ。
一ヶ月後、東京の新聞が自宅に届いた。
記事には、こう書かれていた。
――我が国漆器商業界の王者たる越智三郎氏。
三郎はその紙面を手に取り、何度も読んだ。
(王者、か)
くすぐったかった。自分が王者だとは思わない。だが、そう呼ばれるだけの商いをしてきた自覚はある。
記事はさらに、三郎を月賦業界の創始者として紹介していた。
(創始ではないが……)
月賦は、三郎が始めたわけではない。
東京や大阪で、もっと早くに月賦を展開させた商人がいることを三郎は知っていた。
だが少なくとも九州、瀬戸内において、これだけの規模で月賦ビジネスを展開させたのは、三郎が最初だった。
そしていまでは三郎の門下から、多くの月賦商人が巣立ち、各地に進出していた。三郎の甥は半年前に独立して、熊本県で時計の月賦商を開始した。四年前に桜井で雇った若者も、月賦商人として三ヶ月前、大阪や東京に旅立った。田村も北條も、先日、三郎に「今年中に独立したい」と言い始めた。
丸三で働いていた店員たちが独立して、各地で月賦販売の店を開こうとしていた。商人の世界ではすでに噂になっていたのだ。『越智門下』の人間が月賦商売を各地で展開させている、と。
そうなると、月賦の創始者は越智三郎だ、という評判が立つのも自然の流れだった。
するとサキがやってきて、新聞を覗き込み、
「確かに月賦の創始者ではないかもしれません。ですが、周囲からそう思われるほどの活躍をしたのですよ、あなたは」
「そうか。……そうだな」
三郎はうなずいた。
サキは言葉が正確だ。創始者ではないかもしれないが、創始者と呼ばれるほどの活躍をした。それは事実だ。
三郎は、新聞の『王者』の文字をもう一度見つめた。
(決まった。おれはやったよ)
越智三郎の名前はいま確かに、故郷の桜井に、商都の博多に、愛する瀬戸内に、そして日本中に鳴り響いたのだ。
大龍丸の上に寝そべって、「日本一の金持ちになりたいものだ」と言った夜。あの夜から、すべてが始まった。
すべてが、王者という二文字に繋がっていたのだ。
三郎は、やったのだ。
次回が最終回です。




