第二十八話 蒼海に還る
越智三郎の人生は、決して長くはなかった。
王者と呼ばれた二十一年後の昭和六年(一九三一年)に、四十代の若さで亡くなる。
死因は脳溢血である。
三郎は止まらなかった。止まれなかった。
何でも自分でやってしまう。商品の出荷には必ず自ら立ち会い、帳面は夜中まで自分でつけた。船の航海日誌さえ自分で書いた。部下に仕事を任せられない。ただ仕事一筋。酒も飲まず、博打もせず、贅沢も嫌い、ただひたすらに働いた。その過労がついに、爆発してしまったのだ。
三郎が運ばれた病院は大学病院の一等病室だった。
亡くなる直前に、三郎の瞳は、病室の窓から夏の空を臨んでいた。
博多の空は青い。入道雲が白く盛り上がっている。
その空の向こうに、見えるものがあった。
瀬戸内の海だ。
島々の緑と、白い砂浜と、青い海。松の間を吹き抜ける潮風。大龍丸の帆がはらむ風の音。
蝉の声が、窓の外から聞こえていた。
夏の陽が、白いシーツの上に四角い光を落としている。
やがて、三郎は絞るような声で言った。
「骨は」
三郎は目を閉じたまま、唇だけを動かした。
「――桜井から、瀬戸内の海へ」
それが、越智三郎の末期の言葉だった。
博多に骨を埋めると、かつて三郎は言った。
だが最期の最期に、三郎が望んだのは、故郷の海だった。
桜井の白い砂浜から、瀬戸内の蒼い海へ。
あの海に、還りたいと。
入道雲が、白い帆のようにふくらんでいた。
(了)
今回をもって最終回です。
本作は史実をもとにしたフィクションです。
戦前に活躍した実在の伊予商人たちの事績を題材としていますが、主人公・越智三郎ほか、登場する人物はすべて架空のものです。
越智三郎は、愛媛県桜井出身の実業家で、月賦制度の創始者と呼ばれた田坂善四郎という実在の人物をモデルにしています。
もしもこの作品を読んで、田坂善四郎とその仲間にご興味がわいてくださったのであれば、検索などで調べてみてくだされば幸いです。
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。




