第二十四話 九州沖縄八県連合共進会
博多が、変貌していく。
三郎が博多に店を構えてから数年の間に、この町は目に見えて姿を変えた。
博多駅は一度取り壊されて新築された。以前の木造駅舎に代わり、ルネッサンス様式の、堂々たる西洋風駅舎が姿を現した。駅前の広場は整備され、人力車の溜まりにはアーチ状の屋根がかけられた。
「時代は動いている」
三郎は中奥堂町の二階の窓より、町の風景を見ながら言った。
「おれたちも動かねば、置いていかれるぞ」
丸三――合資会社丸三越智商店の事業は、年を追うごとに拡大していた。
店員は五十人を超えた。博多の本店のほかに、小倉にも支店を設け、さらに久留米、唐津、下関、今治にも出張所を置いた。販路は九州一円から瀬戸内海沿岸にまで広がっていた。
取り扱う商品も、漆器と陶器だけだった初期とは比べ物にならない。呉服、反物、帯、洋服、マント、コート、特産品。月賦で売れるものは、何でも扱った。
丸三の行動圏は、九州の主要都市を中心に四十余りの町村に及んだ。
展覧会方式の陳列販売を各地で開催し、新聞広告を打ち、店員を派遣して戸別訪問させる。月賦の契約を結び、毎月の回収に回る。その車輪が止まることなく回り続けていた。
小倉に支店を設けるとき、かつて世話になった門司の宮本只八にも報告に行った。
只八はさらに痩せていた。だが目は変わらず鋭く、三郎の成功を喜んでくれた。
「あなたが成功して、わたしは嬉しい。本当に嬉しいよ」
只八は何度もそう言った。
「初めて会ったときは、まだどこか子供っぽさが残っていた行商人だった」
「ぼろぼろの小舟を宿にして、ガチガチの握り飯を頬張っていました」
「そうだったなあ。それがいまや」
只八は何度もうなずいた。
田野浦で喧嘩をしたのは、四年半ほど前のことだ。
その四年半で三郎の人生は、夢か幻かと思うほどに変転している。三郎自身も、ある朝目が覚めたらすべては夢で、本当の自分は初代大龍丸で行商をしているのではないか、と錯覚するほどだ。
「素晴らしいことだ」
「そういえば、梅与さんは」
「ああ、あれか」
只八は、笑った。
「去年、片付いたよ。今度こそ良縁に恵まれて、下関の商家に嫁いだ。腹の中にはもう子供もおる」
「それはよかった。めでたいことです」
三郎は心からそう言った。梅与との関係も、いまとなっては笑い話のようだ。
「また来ます。お元気で」
「越智さんも」
三郎は笑顔で、宮本呉服店をあとにした。
三郎は博多に戻ったが、サキから新たな話を聞かされた。
来年の春に、福岡で大きな催しが開かれることになったのである。
「九州沖縄八県連合共進会《きゅうしゅうおきなわはちけんれんごうきょうしんかい 》、というそうです」
「長いな」
会の名称が、である。
舌を噛みそうだ、と三郎は笑った。
共進会とは九州各県と沖縄の特産品を一堂に展示する地方博覧会だ。各県が自慢の産品を持ち寄り、品評し、商談を行う。物産の振興と、各県の交流を深めることが目的であった。
福岡市が会場となったのは、九州の中心都市としての面目を示す意味もあった。このころの福岡市は熊本や長崎よりも賑わいが劣っていた。
――福岡市に、もっと人を集めるのだ。
そう決めた福岡市は、市を挙げての大事業として共進会を行うことにした。
福岡市役所は、総力を挙げて準備に取りかかっていた。
三郎のもとに、福岡市役所の職員が訪ねてきたのは、そんな秋の日のことだった。
「越智さん。共進会の準備について、お力をお借りしたい」
市役所の職員は、福岡県と佐賀県の特産品展示について、三郎の協力と意見を求めた。
三郎は博多に住みながらも、九州各地と瀬戸内海沿岸を回って商いをしている。各地の特産品についての知識と人脈は、博多の商人の中でも群を抜いていた。加えて、展覧会方式の陳列販売を何度もこなしてきた実績がある。品物の見せ方、並べ方、客の呼び込み方を知り尽くしている。
市役所がこの男に白羽の矢を立てたのは、当然のことだった。
「喜んでお引き受けします」
三郎は即答した。
(これも商いに繋がるはずだ)
と、三郎は踏んでいた。
だが、この話を聞いて怒った男がいた。
大島紀一朗である。
大島紀一朗は、博多を代表する大島呉服店の主人であった。
四十五歳。恰幅が良く、風格がある。博多商人の組合でも重鎮の地位にあり、市の商業政策にも影響力を持つ人物だ。器が大きく、同時に抜け目がない。博多の商人として、長年この町の商業を支えてきた自負がある。
「なぜ愛媛県の者に、福岡の共進会のことを決めさせるのか」
大島は市役所に乗り込んで抗議した。
「越智は伊予の椀屋ではないか。博多の生え抜きでもない男に、福岡の共進会を任せるとは何事ですかな。このようなことは、私のところに話を持ってくるのが筋でしょう」
大島の言い分ももっともだった。
よそ者の月賦商人が、福岡を代表する催しに関わるのは、博多の古くからの商人にとっては面白くない。もっと博多商人を大事にしてくれ、という気持ちにもなる。
市役所は困り果てた。
大島の抗議を無視するわけにもいかないし、かといって三郎の協力なしでは、特産品の手配が間に合わない。
(……揉めた、か)
三郎はこの話を聞いて、ただそう思ったあと、黙した。
怒りはなかった。
むしろ大島の言い分はもっともだと思った。博多の生え抜きの商人が、よそ者、それもまだ二十代の若僧に大事な催しの采配を取られるのは面白くあるまい。三郎が逆の立場でも、同じことを言っただろう。
だが、引くつもりはなかった。
「兄やん、どうする。市役所が板挟みになっているぞ」
幸四郎が、聞いた。
箔屋町の越智漆器店で、三郎たちはふたりきりである。
「どうもこうもない。口で反論したところで、大島さんの怒りは収まるまい。あのお方は博多の王者だ。口喧嘩でおれが勝ったら、余計に面目を潰すことになる」
「ならば、どうする」
「動く。仕事で黙らせる。それしかない」
三郎は立ち上がった。
「幸四郎。おれはこれから各地に手配をかける。お前は博多に残って、届いた品物を受け取り、仕分けをしてくれ。中奥堂町の倉庫を空けろ。あそこにすべてを並べる」
「品物を集めるのか。どこから」
「どこからも、だ。おれたちがこれまでに築いてきた繋がりの、すべてを使う」
三郎の目が光った。
幸四郎は、その目を見て、うなずいた。
「分かった。倉庫は任せろ。しかし兄やん、期限はどれくらいだ」
「五日」
「五日!」
「五日で集める。六日目に大島さんと市役所を呼ぶ。そういう手はずをする」
幸四郎は目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「やろう」




